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「マーガレット様。少年はもう中におります」

使用人の一人が話しかける。

マンクスフドに指示してカラントを連れてくるように言った。

「ありがとう。助かったわ」

本来のマーガレットなら自分で捜してお礼を言いにいくが相手が相手なだけにそれをするのに抵抗があった。

「あの、もしかして中に入るつもりですか」

部屋に入ろうとしたがヘリオトロープも一緒に入ろうとしていたので扉を開けるのをやめる。

「そうだですけど、何か問題でも?」

「ありませんが、何故ですか?」

問題大ありよ、と心の中で叫ぶ。

ヘリオトロープがいたらカラントを上手く丸め込んで連れて行こうとする作戦が決行できなくなる。

外で待っとけ、と目で訴えるがそんなに気づいていませんといった感じで「興味があるからです」と言う。

「興味ですか?」

「ええ。ですから、ご一緒させていただきます。それに、私が傍を離れている隙に襲われたりしたら困りますので。私のことは空気とでも思ってください」

大人を殺す少年を見たことが無いわけではないが、神官として見過ごせないと思う自分と、どんな少年なのか知りたいと思う自分がいた。

マーガレットが嫌がっているのには気づいていたが、せっかくの機会を逃すわけにはいかないので気づいていない振りをして一緒に入る。

「わかりました」

そう言って中に入る。

「マ、マーガ、レット、さま」

マーガレットが入ると勢いよく立ち上がり頭を下げる。

「お、お体は、だ、だい、じょうぶ、でしょ、うか」

目の前で倒れたのを見てからずっと心配していた。

本当は傍にいたかったが、貴族でもない孤児の少年のカラントが傍にいれるはずもない。

それに町に現れたマーガレットの部下達に事情を説明したりしていたので、こっそり見守ることもできず自分の目で見るまでは心配で心が休まらなかった。

「ええ。もう大丈夫よ」

優しい笑みを向け一息つくとカラントに頭を下げ礼を言う。

「私を助けてくれて本当にありがとう。貴方があのとき私を助けてくれてなければ、今頃私は生贄にされて死んでいたわ。本当に感謝してもしきれないわ。ありがとう」

貴族の娘が平民にそれも孤児の少年に頭を下げお礼を言う姿など一度も見たことがないヘリオトロープは驚きを隠せなかった。

神官になってから貴族に何度かあったことがあるが、全員自分は特別だと勘違いした愚かな人達だった。



ヘリオトロープは神官になる前は平民だった。

顔が整っていたのでいろんな身分の人達に言い寄られた。

その中でも身分の高い人達は金や権力をみせれば誰でも簡単に言うことを聞くと思っている者達が多かった。

神聖力が七歳の時には発現していたので神殿に行くことが決まっていた。

神殿は十五歳にならないと行けないのでそれまでは家で勉強させられた。

神殿に行くまでに大勢の貴族達がヘリオトロープの元を訪れその美貌に魅了され、一夜でいいから相手をしてくれと金を渡してきた。

だが、全員ヘリオトロープが神官になることが決まっていると知ると慌てて今のは忘れてくれと頼んだ。

当然だ。

神官は心が清く人のために一生を捧げられる人が選ばれる。

そんな相手に一夜だけでいいから相手をしてくれと金をちらつかせれば罰せられる。

権力で無理矢理相手にしようものならば処刑される。

現国王はそのような行いをするものを毛嫌いしているのでバレたら容赦なく罰せられる。

そのため、皆内緒にしてくれと頼んでくるが相手は神官になることが決まった者。

見逃すはずがない。

平民達は貴族達とは違い金や権力を使ってないので見逃されたがそれ以外の者達は全員罰せられ、なかにはは爵位を剥奪された者もいるが自業自得だ。

ヘリオトロープは神官になることが決まっていたし高い神聖力が備わっていたので助かったが、それがない者は貴族達のおもちゃにされ人生を奪われていた。

当然の報いだ。

神官になるまでの間、ずっとこんな経験を何度もしたので貴族が大嫌いだった。

ただ、ブローディア家だけは平民達から好かれていたのでいつか会いたいとは思っていた。

特にマーガレットに。

「聖女になるのはきっとマーガレット様のような方だ」

と、よく言っているのを耳にしていた。

マーガレットに会ったことがある同僚に話を聞けば「俺もマーガレット様が聖女だったら嬉しい」と心の底から願うように言うので余計に会ってみたかった。

普通なら「聖女の代理人になるかもしれない」と言うくらいなのに“聖女”と言うので自分も会ったらそう思うのだろうかと、会える日を待ち望んでいた。

実際に会えるとわかった日は願いが叶って嬉しかったが、町に訪れ使用人達から話を聞いてがっかりした。

自分が思っていたような人ではなかった。

皆が言うよな人ではなかった。

人によって態度を変えるような女なのだと。

そう思った。

次の日にマーガレットを目にした瞬間、失望したのと同時に「私はこの人の傍にいたい」と願う自分がいた。

何度も気のせいだと、そんな自分を殺しマーガレットに冷たく接した。

聞いていた話しとは違ったが、皆が何故聖女になって欲しいと願うのか傍にいるとわかった。

今でさえ自分より遥かに身分が低い少年に頭を下げてお礼を言う。

ヘリオトロープは今までそんな人間に会ったことはなかった。

貴族や平民関係なく。

神官たちですら自分より下の者に頭を下げ詫びる者を見たことはない。

自分が悪いことをしたら勿論謝るが自分より身分の低い者に頭を下げる者はいなかった。

ヘリオトロープもそうだった。

生まれて初めて見る光景に言葉を失った。

理解できない。

理解したい。

マーガレットのことを知りたい。

マーガレットの傍にいたい。

マーガレットを護りたい。

マーガレットを傷つける者は許さない。

マーガレットが聖女ならいいのに……

気づけばマーガレットのことで頭がいっぱいになっていた。

いつの間にかマーガレットを疑っていた自分は消え去っていた。

寧ろさっきまで疑っていた自分を殺したくなるほど自分に怒りを覚える。

何でかわからないがマーガレットの為なら命を捧げられる。

マーガレットが望むなら人を殺すこともできる。

心の底からそう思った。

今までの倫理観が一瞬で崩れていく。

昔、神官になったばかりに聖女についてと翼について聞いたことがあるのを思い出した。

翼は聖女の代理人には七人、聖女には十二人いる。

翼は主人のためなら全てを捧げ、主人の傍を離れるのを嫌う。

主人が望むことなら全てでき、嫌がることは絶対にしない。

全ての行動が主人の為になる。

最初にそれを聞いたときは翼に選ばれるのは絶対に嫌だと思っていた。

そんなの奴隷ではないかと嫌悪感を抱いていた。

だが、今はマーガレットの翼になりたいと心の底から願った。

今ならわかる。

翼になれることが、選ばれることがどれほど幸せなことなのか。

言葉に現すことなど到底できない。

翼にならなければわからないことなのだと。

ヘリオトロープはまだ翼にはなっていない。

翼が誕生するには主人の許可がいる。

例え翼になれたとしても許可がなければ、認めてもらえなければ傍にいることはできない。

そもそもまだマーガレットが聖女、聖女の代理人に決まったわけではない。




それに過去のマーガレットの人生ではどちらにもなっていない。

他の者がなっていた。

どちらの人生でも選ばれたのは違う者達だった。
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