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「おはようございます。マーガレット様。今から朝食ですか。私もご一緒させてください」

朝食を食べに来たらヘリオトロープが笑顔で座っていた。

使用人達がいる手前無碍に扱うことは出来ず「おはようございます。私でよければ喜んで」と了承する。

使用人達はヘリオトロープと一緒に食事ができるマーガレットを羨ましそうに眺めるが、当の本人は今すぐこの場から逃げ出したいほど嫌でしかたなかった。

'何でこんなやつと朝から仲良く一緒に食事をしないといけないのよ'

当初の目的など忘れ心の中で悪態をつく。

ふと、我に返り周りに目を向けると使用人達がヘリオトロープの虜になっていることに気付いた。

'えっ?なんで?そんなになるほど?'

使用人達は顔を赤らめて熱い視線を向けている。

なんでヘリオトロープにそんな目を向けるのか理解出来ず顔を引きつらせてしまう。

どこがいいのかわからずヘリオトロープをジーーっと見つめてしまう。

腰まである美しい白に近い金髪。

目を合わせば引き込まれる金色の瞳。

何より世の女性を虜にする整った顔立ち。

普通の女性ならヘリオトロープを見たら顔を赤く染めるが、マーガレットは何とも思わないのか会ったときからただの神官くらいにしか思っていない。

見た目がいいのは認めるが、中身が最悪なので、今ではじゃがいもにしか見えていない。

「どうしたのですか?そんなに見つめて。私の顔に何かついてますか?」

自分の顔がいいことをわかっているのか、蝶が花に引き寄せられような甘い笑み浮かべながら尋ねる。

使用人達は更に顔を赤くしてヘリオトロープを見つめ、マーガレットは引きつりそうな顔を何とか我慢し笑顔で返事をする。

「ええ、まあ、そんなところですかね」

間抜け面がついてる、と心の中で付け足す。

二人は料理が運ばれて来るまでただニコニコとお互いを見つめ合いながら笑い続けた。

お互いの腹の中を探るもヘリオトロープはマーガレットのことが全くわからなかった。

いや、わからなくなった。

ヘリオトロープは神官でありながらよく町に赴き平民達と話す。

そこで、ある日一人の平民がマーガレットのことを褒めると近くにいた人達がそれに同調していく。



一度会ったことがあるが本当に優しい人だった。

そこらの着飾ることしか脳のない令嬢達とは違う。

見栄でちっぽけな金を奉仕するだけの男達とは違う。

本当に私達のことを想い真摯に接してくれる人。



当時のことを思い出しているのか、幸せそうな表情をする町の人達。

貴族の人間はマーガレットのことを悪く言うが、平民達はを良く言う。

立場や価値観が違えば人の評価はこうも変わるのか、と当時のヘリオトロープは彼女自身よりも彼女の噂に興味があった。

誰よりも人に優しい人。

困っている人がいたら助け、助けを乞う人がいたら手を差し伸べる。

花を愛でるように人を愛する人。

そんな人だと聞いていた。

この町に訪れマーガレットに会うまではそういう人なんだろうなと思っていた。

だが、実際に会うと確かにその通りだと思うも何故か違和感を感じた。

それが何かと聞かれた答えられないが、マーガレットが発する光が少なからず関係している気がした。



「一体どこまでついてくるおつもりですか」

深いため息を吐き迷惑だと表情で訴える。

食事を終えてからずっとマーガレットの傍にいる。

「この町にいる間はお傍でお守りいたします」

結構です、と断ろうとしたががそれより先に話を続けられた。

「また狙われる可能性があります。相手が呪術師の可能性もあります。私以上にマーガレット様を守ることができる人はいませんよ。それに、私なら確実に生きたまま捕まえられます」

どうです?これなら文句はないでしょう、といわんばかりの顔をする。

腹立たしいが、その通りなのでなにも言えなくなる。

それに言葉の裏に「君が犯人かもしれないのに見張らない訳にはいかないでしょう」と言っている気がした。

暫くは見張られると思っていたが、ヘリオトロープ自身が見張り役になるとは思ってもみなかった。

「クラーク様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません。私にもできることがあれば手伝わせてくださいね」

笑顔でお礼を述べるも心の中では「暇人なのかな。この人」と思っていた。

「ありがとうございます。お気持ちだけありがたく頂戴いたしましす。もし、マーガレット様に何かあっては公爵様に合わす顔がありませんから」

ヘリオトロープがフフッと笑うと老若男女関係なく目を奪われている。

「ところで今日は何をするのですか?」

浄化が終わって何も手伝わないのなら早く神殿に帰って欲しいと思うが、ヘリオトロープがここにいるだけで結構役に立ってはいるので無碍な態度をとるわけにもいかない。

「お礼を言いに行くのです」

「お礼ですか?誰に?」

公爵家の一人娘が一体誰にお礼を言うのか、と不思議そうな顔をして尋ねる。

ーー失礼な男だな。私がお礼も言えない女に見えるのか。

ヘリオトロープの表情から「貴方お礼なんて言えるのですね」と言われている気がして腹が立つ。

「私を助けてくれた少年にですよ」

少年。

その言葉でマンクスフドから聞かされた話を思い出した。

自分達がこの町に到着する前日にマーガレットが四人の男に襲われたというのを。

そのとき、命がけでマーガレットを助けた少年がいると。

マンクスフドから聞かされた話しだけだと何とも言えないが、この町の少年が大の大人を、それも四人も殺せるものだろうかと疑った。

この町の子供達は酷く痩せていてそんな体力があるようには見えない。

何かの間違いではないかと尋ねたが間違いではなく事実だと言われ、それ以上は何も言えなくなる。

マンクスフドが嘘を言っているようには見えなかったが、その話を信じることもできなかったので自作自演ではないかと疑った。

'今から少年に会えるのなら自分の目でそれが本当かどうか確かめられるな'

ヘリオトロープの目は神官の中でも特別で真意を見通す力があった。

まだ力は不安定で自分が使いたいときに必ず使えるわけではないし、特定の人間の真意を見通すことはできない。

少年にはいつか会おうと思っていたが、こんなに早く会えるとは思ってなかった。

少年の真意が見えれば、マーガレットが犯人かどうかがわかる。

手に汗が溜まっていくのがわかる。

はやる気持ちを抑えて自分を落ち着かせる。

「そうですか。ところで、その少年はどんな子なのですか?」

ヘリオトロープは自分を落ち着かせるためだけに言ったのだが、マーガレットの体が一瞬ビクッと震えるのが見え何かおかしな事でも言ったと首を傾げる。

'どんな子だって。私を殺した男よ'

ヘリオトロープに他意があって言ったのではないとわかってはいるが、他人の心に土足で踏み込み荒らしていく目の前なら男が憎くて仕方なかった。

本当はお礼なんて言いたくない。

あんな男に助けられたと思うと反吐が出る。

それでも、復讐を誓ったからにはカラントの力が必要不可欠である。

カラントを手に入れる為に今から会いにいくのだ。

過去のマーガレットの身に何が起きたのかヘリオトロープには知る由もないが、今のマーガレットにとってその質問は無神経すぎるものだった。

「それが、あまり覚えてなくて。恥ずかしながら、怖くて目を瞑っていたので何が起きたのか見てなかったのです」

嘘。

本当は全部覚えているし瞬きするのも忘れてその光景を眺めていた。

目を閉じれば起きたことを全て思い出せる。

あのときは一秒が何時間にも感じるくらいゆっくりと流れていた。

血が地面に落ちるまで、男の首がカラントに斬られるまで、それら全て一瞬の出来事なのにマーガレットの目にはスローで見えていた。

カラントが男の首を斬った瞬間、落ちていく男の顔が自分に見えた。


「忘れるな」

落ちていく男にそう言われた気がした。

「お前を殺した男の顔を忘れるな」

カラントが男達全員を殺し終えると今は血塗れた姿の少年だが、その瞳だけはあのときと変わらず同じだった。
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