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#7 いのちをまもるということ 後編
しおりを挟む言葉が伝わらない小さな命に、
怒鳴っちゃだめです。
___________
白石は、六花と一緒に、
六花の家であるマンションへと向かっていく。
「おうち、きらいなんだよね。」
「…僕も昔は嫌いでした。
嫌い、という感情だけが募って…
今は、何も思い出せないけれど。」
六花は、振り絞るような、
小さく、微かな、泣き出しそうな声で言った。
「私が非力なせいで、由花、守れない。」
「ゆいか…さん?」
「2歳の妹。…お父さん違うけど。
それでも大切な妹なの。
手を挙げられるところも、
怒鳴られるところも、もう見たくない。
何回か、止めようとしたよ、私も。
だけど、吹き飛ばされるように、部屋の隅にやられた。
私はこどもセンターで守られているけれど、
私が守られていても、由花も守られないと、意味がない。」
白石は屈んで、六花の目線に合わせて話す。
「もう、大丈夫です。
危険から逃げるという正しい選択を、」
「出来てない…!」
六花は叫んだ。
「ママ…変わっちゃった…
由花が産まれて、最初は幸せそうだったのに、
由花のお父さんも、どこかに、いなくなって。
私のお父さんもどこに居るのか分からないし、
痛い思いしたくなくて私だけ家から逃げた…
その選択が出来ない小さな子を置いて。
私は…最低?
私は…地獄に落ちるの?」
泣く六花の肩を撫でて大きく息を吐いて、吸う。
「言い切りますね、落ちません。
あと最低でもないです。
僕の好きな映画で、
12歳の少女が『もう大人よ、あとは歳を取るだけ』って言うんです。」
あなたは大人が取るような、
最善の方法をとったのです。
しかし、年齢的にという意味で精神が身体よりも、抜きん出て成長しているから、
2歳の子を救う方法までは、
"10歳という力"だけでは、
どうしても、どうにもならなかった。
どうにもならないことは、
大人が助けます。どうか、泣かないで。」
___________
子供が必死に泣き声を上げている。
「ここだよ。ほんと、ただ辛いだけの場所。」
「六花さんには、
僕が居ます。」
インターフォンを押す。
「六花だよ…。」
インターフォンからは舌打ちが聞こえた。
少しして、扉が開くや否や、
「よそで勉強してたんじゃないの。
帰ってこないでよ、由花で手一杯なの、
分かるでしょ。その気持ち悪い性格も、
由花の為とかに上手く使えないの?
この、出来損ない。」
母親から溢れる、子への罵詈雑言。
六花は涙が出るのを必死に堪えていた。
白石が後ろに立っているのに、母親が気づいた。
「誰」
白石が口を開く。
「あの、
六花さんも手一杯です。
生きるのに、手一杯です。
あと、気持ち悪くないです。
出来損ないなんかじゃない。
ギフテッドは、天性の才能です。
帰るお家がここしかないのに、
帰ってくるな、は虐待に値します。
六花さんは、変わってしまう前のお母様に戻って欲しいと切に願っています。」
「黙れよ。」
母親は戸を閉めようとした。
すかさず白石が閉まりかけた戸に鞄を挟んだ。
そのまま、戸にできた隙間に右手をかけた。
母親は驚き、白石を見る。
扉は全く閉まりはしなかった。
「由花さん及び六花さんの虐待容疑にて、
お話させて頂きたく、お伺いしました。
白石と申します。」
___________
母親は今もなお怪訝そうにしていた。
というよりは、鋭く睨みつけるようだった。
子供の泣き声が止まない。
白石は母親に告げる。
「由花さん、泣いています。
先に、行ってあげてください。」
「アンタ、なに。
警察とか?」
「いえ、大学生です。」
「大学生が何の用なの、邪魔なんだよ。
こっちは2歳の子供育ててるんだぞ。」
「育てられてないです。」
母親は戸をそのままに、部屋の奥に向かって行く。
怒号と2歳の子の声であろう、泣き声がまた響く。
白石は何かを感じ取った。
靴も脱がず、すかさず部屋へと入って行き、
由花を殴ろうとした母親の腕を掴んだ。
母親がどれほど動いて抵抗しても、白石は、びくともしなかった。
「お母様、やめてください。」
___________
母親は白石を突き飛ばした。
その場に崩れ落ち泣く母親が堰を切ったように叫ぶ。
「ワンオペ育児…ずっとずっと泣く子供。
寝る時間も割かれる。ご飯も美味しくない。
養育費…食費…光熱費…
大学生風情が調子乗りやがって。
子育てしたことないくせに!!
父親も居ない、助けてくれる人間だって居ない、
アンタに何が分かるの!?
もう私……
疲れたんだけど……」
白石は冷ややかな目で母親の手をやっと離した。
母親の掴まれていた腕は、真っ赤を通り越して青みがかっていた。
「こどもから見る大人は自分の2倍強だそうです。
あなたは自分より2倍以上高い人間から見下ろされて怒鳴られ続ける恐怖を感じたことはありますか?
言葉が伝わらない小さな命に、
怒鳴っちゃだめです。
あなたが疲れたって言っても、
由花さんは"疲れ"なんてものより先の、
生命の綱渡をしているんです。
大げさでなく。
まだ言語というものを完璧には知らない、だけど、
食べなきゃいけない
息をしないといけない
それをあなたに伝えなきゃいけない、
だから、必死に声を上げる。
なのに、言語でしか理解できない大人たちは、勝手に対等の立場だと思い込んで、伝わらない苛立ちで八つ当たりする。
本当に、やめてあげてください。
あと、
言葉の伝わる言語力のとても高い子にもそんな罵詈雑言浴びせないでください。
産まれた環境に罪はないし、
子は親を無条件に愛する。
親は子を幸せに育て上げる義務がある。
頭も良い、要領も良い六花さんは、貴方をとても愛している。
ちゃんとその愛に、答えられていますか?
あなたが罵詈雑言を放つよりも先に、
おかえり、と言いましたか?
帰ってきた子に、今日の事ちゃんと話せてますか?
今日のご飯は、何に時間を使ったのか、
逆にあなたは何をしていたのかな、とか
他愛のない話、出来てますか?
いまは片親家庭のサポートも自治体で取り組まれていたり、行政もちゃんと動き出している。
生活が苦しかったら、こころの相談ができる場所だってちゃんとある。
親も、子も。
誰も、独りじゃないようにすべく為に
この世は動いている。
どれだけ時間が掛かろうと。
泣く子に手をあげるより、あなたは助けを求めなきゃいけなかった。
あなたは…」
「うるさい!!!!」
母親は激昂し、近くにあったガラスコップを白石に向かって投げつけようとした。
白石は六花を身を挺して庇いながら叫ぶ。
「六花さん伏せて!!!」
___________
母親がガラスコップを投げようとした刹那、
「コップから手を離しなさい!!
両手を上げなさい!!
子供から離れなさい!!」
数人の警官がやってきた。
「けいさ…つ…?」
六花は、白石の中で守られながら呟いた。
白石は小声で六花に話す。
「……はい、僕の友達の方に、呼んでもらっていました。」
六花は安心したのか、力が抜けたように泣いていた。
母親は膝から崩れ落ち、
ただ茫然と晴れた空を見ていた。
___________
「お久しぶりです。」
「お久しぶりです。」
警官と、会釈を交わす。
その人物は、
白石が看護師に殺されかけた際の事件にて
白石に事情聴取をした警官だった。
「今回は、本当にありがとうございました、子ども達はこちらで一旦…」
「あの、僕からのお願いです。
僕が言っても、意味はないかもしれないけれど、」
白石は、警官の話を遮った。
「六花さんと、由花さんは、
絶対に引き離さないであげて欲しいんです。」
___________
それから時間は経った。
"里親保護"
という形になった、六花由花姉妹。
どうか"2人"を迎えてくれる人に。
白石は、切に願った。
「元気なら、いいな。」
住川は白石に話す。
「警察の方を呼んでいただき、ありがとうございました。」
「当然だろ。しかし、母親も相当参ってたんだろうな。」
「参っていても、やっちゃダメなことはしちゃダメです。」
「そうだな、お前が居て良かっただろうな、六花ちゃん。」
白石は、少し考えてから住川を見た。
「考えすぎなら、良いんですが、
僕は親のこともあまりちゃんと思い出せないけど、僕は六花さんからお母様を引き離しました。
本当の親から、引き離したんです。
それは、事実です。」
「……は?
なんだ?悪いことした訳じゃねぇだろ、
なんで悲観するんだよ、」
「悲観しますよ。
実の母親から、断片を見ただけの大学生に引き離されたんですよ。
母親の顔は、僕みたいじゃない限り、忘れないでしょう。
思い出は、美化されていくものです。
どれだけ殴られていようと、蹴られようと、暴言を吐かれようと、
親からの寵愛は、それよりも大きく印象に残り続けるのではないでしょうか。
"本当に血が繋がっている"というのは、
奇跡のようなものです。
六花さんも、由花さんも、血がちゃんと繋がっている。と、同時に、お母様とも繋がっているんです。ずっと永劫にです。
それを僕は、
引き裂いて、よかったのでしょうか。」
白石は、遠くを見つめた。
「バカかお前は。」
住川は、白石の頭をこづいた。
「あいたっ」
白石は両手で頭を抑えた。
「血がどうの言ってたけどよ、
お前が介入しなきゃ、由花ちゃんだっけか、死んでたと思うぞ。
どっちも、低体重だったみたいだ。
これから殴られるか、風呂で溺れるか、
腹が減って死ぬか、なんて考えたくねえだろ。
助けたんだよ、ちゃんと。お前はこの手で、殴ろうとした女の手を止めたんだろ?
だったら生かせたんだよ命を。
言ってただろ、お前もあの双子の姉妹の前で。
命は尊いって。
全部救ったんだから、大丈夫なんだよ。」
住川は煙草に火をつけ、ふかす。
「けほけほ…っ、けむたい…」
「たまに六花ちゃん達に、顔、出そうな。」
住川は白石の方を見た。
白石も見つめ返した。
「もちろんです。
…んげほげほげほ。」
___________
(引用 『レオン』より
フランス映画 1995年放映)
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