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#6 いのちをまもるということ 前編
しおりを挟む「なんで絵描き歌って、
歌の通りに描いても、
なんか違うんですかね。」
白石は、また住川に問う。
住川は即座に答えた。
「そりゃ描いてる人間が
ひとりひとり違うからだろ。」
「でも、こう描いたら上手く似るように描けるよって提示されているのにも関わらず、
自分の画風が出てしまうのって、
なんだか上手くいかなかった感じがするんですよね。」
「それっぽく描けりゃいい、
絵描き歌ってそんなもんだろ?」
「そんなものでいいんですかね。
ちょっと目が離れた、とか
輪郭や鼻の位置が違ったりしただけで
それはもう別物が誕生してしまう訳です。
僕だって、「なんだコレ」って生物を生み出したくて描きたいんじゃないんですよ?」
「それは"なんだコレ"を生み出すお前の画力の問題じゃねぇの?」
「でも、誰が描いても "なんだコレ"にならずに、
その実物に近づけられるように描くための絵描き歌じゃないんですか?」
住川はとっとと話を終わらそうと、
解決策を考えた。
「じゃあとりあえずなにか絵描き歌どおりに描いてみて、見せてみろ。」
白石はおもむろに手帳を取り出した。
「これ僕が描いたんですけど…」
……恐らく猫型ロボット。
住川は少し黙った後、溜息をついた。
「なんとも言えない顔してるな。こいつ。」
___________
白石は、定期的に病院に通っている。
今日は診察日で、内容は世間で言うところのカウンセリングのようなものだ。
医者に最近の色々を話す。
「絵描き歌通りに絵が描けないんですよ。」
「…うん…
…ん?え?」
「僕何回も練習したんです。」
白石は手帳を医者に見せた。
10ページ程、絵描き歌に白石が挑戦したものが描き記されている。
「ね、どれもなんか違いません?
これとかは上手な気がするんだけど、
こっちは瞳が離れているので駄目です。
こっちは何を迷ったのか、塗りつぶしてしまったのでだめです。」
医者は問いかけた。
「えっと…絵描き歌…か…。
じゃあ最近は絵描き歌の練習と…
あとは何かあったかな?」
白石は考え、
なにか閃いたように医者を見た。
「あ、友達が出来ました。
とある家族から連絡があって、
お家から、男の子の子供服が出てきたんですね、
でもその家には双子の姉妹しか居なくて、いったい誰のものなのか、
って話を解決しました。
結局、遺品だったんですけれどね。
それから、妹さんと仲良くなりました。
この前はサボテンを頂きました。
今もたまにお話しますよ。」
白石は友莉の事を楽しそうに思い出し、笑う。
医者は頭を悩ませた。
(この前は殺されかけ、今度は訳のわからない問題に巻き込まれ……)
気を取り直し、医者は白石に提案を持ちかけた。
「この近くに、うちの病院と連携しているこどもセンターっていうのがあるんだ。
こども達が遊んだり、本を読んだり、
勉強したり、自由にコミュニティを広げる場なんだ。
基本はこどもたちが主なんだけど、
白石君はメンタルの波だったり、
持っている病があるから、
僕がそこに白石君についてのデータを書いて送れば、君もそこに行くことは可能になるよ。
絵を描いたりする子も多いから、
絵が好きなら行ってみたらどうかな?」
白石は聞き入っていたが
少しだけ顔をしかめた。
「……僕は特段絵を描くのが好きというわけではないです。
ですが興味が湧きました。
行ってみようかなと思います。」
___________
「失礼しまーす…
僕、白石という者です…」
館内は静かで涼しかった。
診察日から少し経ち、白石はこどもセンターへ足を運んだ。
「え…これ、僕過ごして良いのかな、ここで。」
静けさがより一層体感温度を下げる。
涼しかったのが、なんだか寒く思える程だ。
白石は考えていた。
「でもさすがにこどもセンターなるものに成人の大学生が居たら何か誤解を生む可能性も大いにありうる…
僕の場合目に見えるような障がい等ではないから何かあった時の為にヘルプマークを付けているけれど、
ヘルプマーク自体のこどもへの浸透性は未だ低いと思われる…
それどころか大人でさえ存在を知らない人もまだ沢山いるのに…
…僕が何かこどもの皆さんに誤解を招いて管理者の方に思わぬ形で連絡をされたら…
僕だけじゃなく住川さん、ひいては雫さん、友莉さんにも迷惑がかかって…」
「お兄ちゃん。」
背後から少女の声がした。
咄嗟に白石は振り向き、声を出した。
「はい!!
…僕ですか?」
「何1人でお話ししてたの?」
少女は机に向かって何かを描いていた。
今は白石を見上げている。
「あ、いや、
僕、ここと繋がっている病院に通院していまして、
なのでここに居ても大丈夫な人間なんです。
だけど、誤解を生むんじゃないかなって。」
「なんで?」
少女は首を傾げた。
「知らない人には話しかけちゃダメなんですよ。僕が言いたいのはそういう事です。」
白石は自分で言っておいて不思議な気持ちになった。
ここはコミュニティを広げる場なのに、
黙っていろというのはおかしいのではないか?
「そっかぁ。
じゃあ仲良くならないでおくね。」
少女は白石に目を背け
絵を描きだしてしまった。
「いやいやいや、仲良くなりましょう…!!
僕は白石っていいます。」
「しらいしくん?」
「はい、白石です。
持病がありますが、至って普通の休学中の謎解きでお金をいただく、ヘルプマークを付けた、甘いものと塩辛いものを交互に食べるのが好きな、本やゲームを趣味とする大学生、
23歳です。」
少女は少しの沈黙をおいて、白石に言い放つ。
「なんか私の思う普通じゃない。」
「がーん。」
白石は、シンプルに傷ついた。
「でも、普通の人間なんていないから。
って本に書いてた。」
白石は目を丸くし、頷いた。
「良い言葉ですね。今の世界は"普通"に囚われ"普通"を必死に創り上げ、"普通"を強要し、"普通"になれば自分という"特定"の顔が消えるおかげで、"普通"で固めた装備で
"普通"ではない人間を言葉のナイフで
"普通"に殺めたりする。」
少女はさらに首を傾げた。
「全然わかんないけど、
言葉のナイフっていいね。
その言葉が好きなんじゃなくて、
比喩が素敵だね。
馬鹿にも伝わり易くて。」
すかさず白石が斬り込む。
「それも言葉のナイフですよ。
僕が馬鹿だったらあなたはナイフを翳したことになってしまいます。」
「馬鹿に馬鹿って言わないよ。
伝わらないから。」
少女は少し遠くを見つめて、そう呟く。
「あ、そうだ、」
白石は少女を見る。
「あなたのお名前は?」
「私、六花。」
___________
「これ、見てください。」
白石は、手帳の中の沢山の絵を見せた。
六花は思わず吹き出しそうになって口を押さえたが、それでも笑いを堪えきれていなかった。
「目、離れすぎじゃない…?」
「絵描き歌って上手に描けますか?」
六花。10歳。
ここには毎日のように通う少女。
いつも同じ席で絵を描いているそうだ。
「絵描き歌って…どこかで披露するものなの…?」
「どこかで披露するものなんですか?」
六花はまだ面白そうにしている。
「いや、こんなに真剣に絵描き歌を練習するなんて…誰かに見せるの?」
「なんで絵描き歌って上手に描けないんだろうって思いまして。
暇な時は、頭の中で歌って描いてみています。」
六花はどれも似ていない中で、
特に似ていないものを指差した。
「頭の中にあるイメージがあまりにも強すぎる…とか?
白石くん、同じ絵を何枚も描いてるけど、最近は実物よりも、この…
個性の強い絵ばかりみているから…」
「実物を見て描くのは模写です。
僕は純粋に絵描き歌を歌いながら描いた絵が本物に近いという状態を作りたいんです。
ですが、六花さんの意見も最もです。
実物を見直さなければいけませんね。」
___________
「ということがありました。
で、こちらを見てください。
一番似ています。」
住川はじとっとした目で白石を見た。
特に睨んだ訳ではないが、そんな目になってしまった。
「平・々・凡・々……としか言えねぇ……」
場に沈黙が流れた。
「なんでそんなこと言うんですか!」
白石は頬を膨らませた。
「それ以外なんて言やぁ正解なんだよ!
まぁ…
お前の絵は平凡そのものだけど、
その、六花…ちゃんだったか?
その子はすげぇな。洞察力というか。
それ以外にも、色々と10歳とは思えんな。」
「僕の絵と六花さんのスペックを結びつけないで下さいよ。
でも確かにそうですね。
明日も会いに行こうと思っています。」
「もうこの絵の相手させてやるなよー。」
___________
次の日、白石がこどもセンターへ着いた時には、
六花はいつもの場所で絵を描いていた。
「あ、白石くんだ!」
六花は白石に手を振った。
「こんにちは、白石です。」
白石も微笑んで手を振りかえした。
「今日はどんな絵を描きましょうか
一味、方向性を変えて…」
白石は続きの言葉を発する前に、
ある事に気づき、少し黙ってしまった。
「どうしたの?」
「…」
「白石くん?」
白石は、何度も瞬きした。
鼻を掻く仕草をしたり、
長くなった髪を振ったりして。
それから、少し上を向いた後、
目を六花と合わせ、言った。
「痛かったですよね。」
六花は目を丸くしたが、
咄嗟に
腕を隠した。
「何のこと…かな、分かんない。」
「痛い、痛いって言いたいですよね。」
「白石くん、絵、描こうよ…」
「痛いって言いたいし、
痛かったんだよ、って言いたいし、
今も痛いんだよって言いたい。」
「しらいしく…」
「僕、人の傷に弱いんです。
僕は記憶障害があるせいで、昔のことをあまり覚えていないのにも関わらず、
途端に"嫌だった"と思わしき、
「ただただ辛い何か」を思い出して、
僕も痛くなる。
少し取り乱してしまいました。
申し訳ありません。」
白石は頭を下げ、続けて話す。
「六花さんって、ギフテッドですか?」
六花は動揺した。
「うん、
うん…そう…
そのことば…知ってるの?」
「僕、年下の方とお話しする時は
目線を合わせるようにしているんです。
これは完全に僕の中の直感と独断ですが、
六花さんには自然と同年代と話すように
話している自分がいました。
もちろん、六花さんが子供らしくないというわけではありませんよ。
あなたはりっぱな、素敵なこどもです。
だけれども、人をうまく客観視する能力や、話し方、人との接し方、コミュニケーションの取り方は、10歳では会得できるものではない程のものです。
恐らく、ギフテッド…
天才児…なのだろうと思いました。
まさしく、逸材です。
…だからこそ
僕は
あなたが虐待されているのが、
とてもつらい。」
六花は潤んだ瞳で白石を見つめた。
「…どうして…」
白石はしゃがみ込み、
六花の手を取り、目を合わせた。
「よく、耐えましたね。」
「…白石くん…」
「大人が、然るべき対応をします。
警察も、周りの大人も、
ちゃんとあなたを守る力があります。
僕が気付いたので、
もうひた隠しにしなくても大丈夫です。」
「…もう…見て見ぬふり…しなくて…」
白石はただただ、六花に寄り添い続けた。
しかし、六花から溢れ出た言葉に、
少し考え込んだ。
"見て見ぬふり…?"
白石は少し息をついて、
六花に放つ。
「あなたの安全の保証は、先ほども言った通り、この国の大人たちが責任を持って対応します。
だけれど、僕は、
まだ安全を確保される必要がある子が
居るように聞こえました。
あの、
もしよければ僕、
六花さんのお家に、着いていっても
よろしいでしょうか?」
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