解けない。

相沢。

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#2 春を待っていた者達

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「僕は、ブランコに乗りたいです。」

白石の言葉は、
また人を不思議な気持ちにさせる。

__________

前回の病院の事件から5ヶ月が経った。

看護師が自分を殺そうとしたのだ、
白石の病状の悪化を促してしまうのではないかと、新たな精神病院の医師達は口を揃え言った。

が、

当の本人はそれはそれは何事も無かったかのように、

寧ろ以前より三度のご飯を楽しんでいた。

それとなく医師が事件について尋ねてみても、

「僕は、人が殺められたという
事実を知っただけと言いますか、
なんというか、
他人の恋愛にとやかく言うのも失礼かなって。」

とのことだ。
医師達は、白石の価値基準には着いていけなかった。


白石の病状も、安定してきたようだ。
とはいえ、白石は自身の病気については
ほぼ覚えていない。

しかし白石は食欲も以前より増し、
病気から来る諸症状も少なくなり、
心は元気になりつつあった。

「何か、退院したらやりたい事とか、あるかな?」
医師は尋ねる。

「僕は、


僕は、ブランコに乗りたいです。」



ここの病院に来てから3ヶ月。
医師達は、退院の許可と
定期的な通院を義務付け、

白石は久しぶりに
自宅へと帰ることとなった。

____________


白石は表札を指差し確認する仕草を取った。

「白石、うん、僕の家だ。
あ、でも別の白石さんだったらどうしよう。
もしこの並び一帯白石さんだったら
僕はどこのインターフォンを押せばいいんだろう、
全員の白石さん1人1人が論理パズルを出してきたら解ける自信がないな」

恐る恐るインターフォンを押す。
多分画面に映っている自分は
まごまごしているだろうなとか考えていた。

「あ、お兄ちゃん!!!」
インターフォン越しに、
若い女性の声がした。

扉が開く。高校生の女の子だった。


「あのすみません、ここ僕の家ですか?」
「うん、そうだよ!!!

退院おめでとう。」

女の子は少しだけ、目を潤ませる。



白石は少しの沈黙の後、言った。

「あの、もし僕が貴方の兄であるのなら、
こんな兄で すみません。
妹である貴方の事は、覚えていません。」

「慣れてるからいいんだよ」

そんな事はどうでもいいんだよと言わんばかりに、
妹は兄の頭を軽く小突いた。

「あの、妹さん。」
「雫だよ。」
「雫さん、
単なる疑問です。
責め立てるつもりはありません。
僕は今から仮説を立てますが、
もしそれが本当であれば、悪いのは僕です。


通院中、僕の家族を名乗る方は、
誰一人として来ませんでした。

僕は、記憶があった時、
面会を謝絶していたのでしょうか。」

雫は、少し哀しそうな目をした。
「そうだね、
お兄ちゃんの言う通り、
面会は駄目って言われたよ。」


静かに白石は視線を落とした。

「雫さん、
辛かったですか。」



「……え?」


白石の言葉に、雫は呆気に取られて
自然と言葉を発せずにいた。

「僕が雫さんなら、
とても悲しいと思います。」


「そ、そんなの、

お兄ちゃんの方が大変なんだから、
私がつらいなんて、」

「あの、

もし雫さんに、この人だけには心を打ち明けられる、
そのままの自分で居られる、

そんな方が居れば、その方に抱きしめてもらってください。

大丈夫だよ、と
言ってもらってください。」

こんな僕が言うのは、おかしいかもしれないけれど。と、

兄は妹の手を取り、優しく握る。
妹は、優しく握り返した。

雫は自分で気付いては居なかったが、
両目から静かに涙を溢していた。

誤魔化すように、雫は話し出す。

「あ、あのさ!お兄ちゃん!!
お兄ちゃんの友達が、
お兄ちゃんが退院したら、
すぐ会いに行くって言ってたの。
連絡しておくね!」

白石は言った。
「はい、ありがとうございます。」

「じゃあ私、部屋戻るからさ、
なんかあったら言って!」

雫は、駆け足で2階へと上がっていった。

__________


雫は自室にて。
声を殺して泣いていた。

兄はいつも記憶を無くし、私を忘れてゆく。

分かってる。
お兄ちゃんは、私の何百何千倍と
辛い思いをしたんだから、
だから私は……

(この人だけには心を打ち明けられる、
そのままの自分で居られる、
そんな方が居れば、その方に抱きしめてもらってください。

大丈夫だよ、と言ってもらってください。)


そんなのお兄ちゃんしか、居ないんだよ。

心から抱きしめて欲しいと思う人は、
私の事をなんにも覚えていない。


いつも明るい彼女にだって、
震えて泣きたい程辛い日だってある。
無駄に青い空を
また一段と蒼白くなった兄の肌に重ね
この世の理不尽に悶え苦しみ泣いた。

___________

自宅にて。
白石は、休学中だった大学の
復学手続きを行っていた。

「新緑の5月がやって来る、
僕はずっとお腹が空いている。
…と言う事はずっと食欲の秋なのでは…
雫さんにずっとご飯を作ってもらっているのも何だか忍びないというか、」


色々独り言を重ねていたら、唐突にインターフォンが鳴った。




白石は自分の格好に戸惑いだす。

「え、え、どうしよう、どうしよう、
寝巻きなんだけどな…

そういえば病院で警察がきた時も寝巻きだったな、
あの時もちょっと恥ずかしかったしな、
コートとか羽織った方が良いのかな、

でも寝巻きだからコート着てるんだろうなって思われるのも恥ずかしい…
あぁ早くしないと相手に申し訳ないか、


えっと、
はーい!今出まーす!!!!」

とりあえず病院で来ていたカーディガンを羽織り、扉を開けた。


「久しぶり。白石。」

静かな低い声。
そこに立っていたのは、
上背が185cmほど、
上下黒の服を身に纏って、
眼鏡を掛けた短髪の男性だった。

「またブランコ漕ぐか?」


白石の記憶が、
少しだけ蘇った。


「貴方は、」

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