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ぎくしゃくぎくしゃく
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高校の時のダチ数人でかなり久しぶりに集まった。その場には恵太もいたけど、幸助もいてくれたおかげで激しい諍いは起こらなかった。
相変わらずだなと言われたり言ったり、同期の中ですでに結婚した奴らの名前を挙げ連ねたり。それで妬んだり呪ったり。
懐かしさも相まって、男だけで夜更けまで盛り上がった。金曜の夜から始まった飲み会は深夜になってようやくお開き。
胸を張れるかどうかは別として年齢的には十分に大人だ。社会にも出て真面目に働いて税金だって納めている俺らは、十代の頃を思い出したのかなんなのか妙にテンションが高いままだった。
疲れるって何。って感じに、恵太と二人歌合戦を繰り広げながら帰り道をフラフラ歩いてきた。
楽しさと、心地よさと。たぶん程よい酔い方ができたのだろう。泥酔とまではいかず、意識も足取りもそれなりにはっきりしていて、しかし感情的にはハイで。
暗い部屋の中に入ってもおかしな高揚感は止まらなかった。おとなしく寝てしまえばいいものを、俺達の高まった気分がそれを許さなかった。
リビングの真ん中でパチッと視線が交わった時にはもう遅い。熱のこもった目を細めた恵太は俺の腕を強めに引いた。期待に胸を弾ませた俺は、恵太に従って付いて行った。
突き倒される事も投げ飛ばされる事もなく、ベッドにトサッと組み敷かれた。
上に覆いかぶさる恵太を見上げる。スッと伸ばされた右腕は、俺の顔を殴るものではない。額にかかった前髪を指で払って、そこに静かに、口づけられた。
もう駄目だった。お互いの感覚がヤワい。
完全に雰囲気に飲まれている。普段の俺達が見たとすれば確実に吐くような行動も、当たり前のような顔で実行し、当たり前のように受け入れていた。
きっと全部酒のせいだ。懐かしい奴らに会って、羽目を外しきっていたせいだ。だって、そうでなかったら困る。
「ん………」
何度もキスされた。啄んでは離れ、その都度唇が触れている時間が少しずつ長くなっていく。
すでに何回繰り返したか分からないキスをして、再びチュッと唇が離れたその時、次のもう一回を待つ前に自分から恵太に手を伸ばしていた。
首に回した腕を引いて、下から恵太の唇に重ねる。口を開いて舌を差し出せばすぐにキスは深くなる。
「んッ……」
「っ……は……道哉……」
唇の表面が触れ合ったまま熱っぽく名前を呼ばれ、その直後には再び舌と舌がしつこくねっとり絡まっている。
こいつとのキスなんて初めてでもなんでもない。なのにやたらと気持ちいい。恵太の頭を引き寄せて、髪に指を差し込みながら何度も何度も唇を重ねた。
「ン……ふ……」
「道哉……」
「ぁ……」
恵太の唇は俺の首元へと。執拗に肌を舐められる、その濡れた感覚に背筋が震える。
肩口で甘ったるく歯を立てられ、次いでその場所にチュッと吸い付かれ、いつもならば跡を残すなと確実に悪態をついてやったはずだが、今はそれができなかった。
甘噛みも、肌に散らされる恵太の痕跡も、全てが変に嬉しくて。突っぱねるどころか、抱いている恵太の頭を更にぎゅっと引き寄せた。しつこく触れている唇の、熱を余すところなく感じ取る。
恵太は妙に優しくて、俺も完全におかしくなっていた。異常に優しい恵太による甘ったるい前戯のせいで、神経は相当にイカレてた。
抱き合って舐め合って。キスして、また抱き合う。
こいつの腕の中にいるという事が、あり得ないほどひどく心地良い。安心しきった状態で全身を投げ出して、自分の何もかもを恵太に捧げる勢いでその背を強く抱いた。
触られるところはどこでも気持ちいい。名前を呼ばれるとなぜか嬉しい。激しく、けれど労わるように肌の上を這いまわる唇には、温かみさえ感じられる。
もっと近くに欲しいと思った。もっと奥の深いところで、恵太を直に感じたかった。
「あ……」
「……道哉」
とにかく。とにかくだ。
とにかく、この時の俺達は最高潮に盛り上がっていた。
「ああぁッ!」
「っく……」
死ぬ程気持ちいいものがあるとするならこれ以外にないだろう。
ゆっくりとした時間はとっくに終わっている。本能の赴くままに、欲望に従って体を繋げた。足を大きく開かされて、奥までズクッと埋め込まれる。
「ああッ……あ、ン……恵太っ……けいた……ッ」
「っ……道哉……」
「ンンっ……」
恍惚とした表情を、惜しげもなく晒す恵太に腹の底から欲情していた。数年に渡って好きなようにされてきた俺の体も、すっかりこいつの意に添うよう仕上げられてしまっている。
中で恵太をぎゅうぎゅうと締め付け、バカみたいに腰を揺らして、更に奥へと誘い込んだ。
「ん……ぁああッ」
内壁を擦られるこの感覚。いい場所を突き上げられて、体中が甘ったるい痺れでビリビリと覆い尽くされた。
何度も何度も押し寄せてくる快感に思考能力は奪われる。ただただ恵太に抱きついて、狂ったように喘ぎ声を漏らした。
「あっ、はぁ……あ、あッ……」
「道哉……っ」
今日はいつにも増していちいち名前を呼んでくる。それが嬉しくないかと聞かれれば、嬉しくてもうたまらない。
少しだけ緩くした動き方で腰を打ち付けてくる恵太は、俺の首筋に吸い付て、いくつ目かも分からない跡を残しながら耳元でこの名前を呼んだ。
「道哉」
「ぁッ……は、……」
「……道哉」
「んん……ぁあっ……」
すでにしゃぶりつくされた乳首をまたしても弄られて、俺が敏感に反応するのを確かめながら指先で摘み上げてくる。
ピクンと勝手にこの肩は揺れる。揺れた肩は恵太に甘噛みされる。
下で繋がるそこはダイレクトな快感をもたらし、その指先で、その唇で、恵太は自分の全身を使って俺をおかしくさせていた。
クニクニと乳首をいじっていた指先はいつの間にか離れている。気づけば俺の両頬を囲い込むようにして、優しく手が添えられていた。
「ぁ……」
「道哉……」
目が合った。胸の締め付けがひどい。心臓は煩いくらいに音を立てている。
感じるのは恵太の熱だけだ。聴覚でさえ、荒く刻まれる恵太の呼吸にだけ向いている。
体中で。触れ合う肌の一カ所一カ所で。与えられる心地良い熱によって、嫌でも思い知らされる。
「……道哉」
愛されてる。
そう感じた。この時確かに、俺は恵太に愛されていた。
俺の頬を包み込む指先には、労わるような温かさがある。酷くなる一方の胸の苦しさに、情けなく眉根が寄った。
するとこの額にチュッと、恵太が唇で触れてきた。片手で髪を梳きながら、頬にも小さくキスを落とされた。
「道哉……」
見下ろしてくるその目がどこか切なくて、胸の締め付けは限界を超えた。
何も言えずに恵太を見上げる。今度はゆっくり唇が重なった。触れるだけだったそれが離れていくのを、こんなにも惜しいと思う。
呑まれていた。完全に、俺達は。
そうでもなければ、こんなこと。
「…………好きだ」
「ぁ……」
「好きだ……道哉……」
耳を疑う余裕さえなく、言うだけ言って恵太は再び俺の中を突き上げた。繋がったそこがギチギチと窮屈に締まる。濡れた音と自分の嬌声と、恵太の息遣いに鼓膜を犯された。
体は熱くて、恵太の切ない表情は頭から離れていかない。恵太の背をしっかりと抱きしめ、その肩口に顔を埋めて溢れる感情をそのままぶつけた。
喜怒哀楽のどれか。考えるまでもない。こんな、嬉しいことってあるか。
恵太が俺を見て、俺に言ったことを、疑う余地なんてあるはずがなかった。疑問に思う必要さえない。
だって、俺は今。恵太にこんなにも、愛されている。
気づけば俺は泣いていて、恵太はこの顔を両手で包んでそっと目尻に口づけた。
生理的なものか、感情的なものか、どっちなのかよく分からない。泣き止む方法も分からなくて、涙の跡を唇で優しく辿られるのをただ感じていた。
「道哉……好きだ……」
甘ったるくて切なくて、それでいて優しさの込められた口調。聞いた事がないような、声と表情を向けられる。
それを見せられ、聞かされてしまったら、言葉なんて勝手に出て行く。
「ぁ……あ、……俺、も……あッ……ンン……俺も、好き……」
「っ道哉……」
「すき、……恵太………けいた、ぁ……ぁあっ」
愛されていると、そう実感できることがこれ以上ないほど嬉しかった。この男を心から愛しいと思った。
今さら言葉のやり取りなんて有り得ないと思っていたし、この関係がなんであるのかそれさえ定かでなかったけれど。
この時ばかりは、欲が出た。恵太と抱き合う事で得られる、この感情に名前が欲しかった。
「あ、んん……っ……ぁああッ」
頭の中は真っ白で、恵太と一つになっているという事実以外に必要なものは何もない。満ち足りたまま俺は絶頂を迎え、この男の精を体に移される幸福感にじっとり浸かった。
お互い熱の冷めない体を離そうとする気配はない。優しく唇を重ねられて、体から抜けていく力とともにゆっくりと目を閉じた。
「……愛してる」
耳元で、切なく掠れた声が響いた。シーツの上に投げ出したのは、脱力して落ちた自分の手。その上から重ねられた恵太の手が、互い違いに指を絡ませ、しっかりと握り締めてきた。
あったかい。入らない力でささやかに、その手をそっと握り返した。掠めるようなキスをちゅっとされ、優しく包み込まれた俺はそのまま意識を手放した。
***
なんて事があった日の翌朝。
「…………」
「…………」
「………………はよ」
「………………おう」
過去最高にすんっごい気まずいことになった。
どうしよう。ホントどうしよう。これは困った、まずいよコレはヤバい困った。気まずすぎて硬直したまま動けない。
日曜の朝だ。時刻は九時を少し過ぎたところ。恵太の部屋のベッドの上でのろのろと目覚めた俺達は、これ以上くっ付きようがない体勢でお互いにがっちり抱き合っていた。
かつてないほどの密着度合い。どうしてこうなったのかと言えば、そりゃもう当然夕べの延長みたいなもので。
俺と同様に明らかに気まずそうな顔をしている恵太の野郎は、絡んでいた足をさっと戻して、俺を抱く腕もぎこちなく離した。
「…………」
「…………」
どうしよう……ッ。
マジもうやヤだなんなのこれ泣きたいんだけど。
心の底から残念極まりない事に、俺は夕べの出来事を全て鮮明に覚えている。そしておそらくこの反応を見るからに、恵太も記憶は飛んでいない。
なんっにも、まっさら、ひたっすら、全力で、何も覚えてません。
みたいな顔して起きればよかった。そうすればあからさまに気まずい雰囲気に陥る事はなかったのに。
酔った勢いでセックス。それだけなら別にいい。今までだってなかった訳じゃないからその程度ならお互い軽く流せた。
でも、夕べのはマズイ。有り得ないくらい救いようがない。
何がいけないって、そりゃあもう。
『道哉……好きだ……』
『ぁ……あ、……俺、も………あッ……ンン……俺も、好き……』
『っ道哉……』
『すき、……恵太……けいた、ぁ……ぁあっ』
死にたい。
非常に困ったことになった。お互いがお互いの目を見る事もままならないこの痛い状況。
俺達は一体何をしているんだか。頭が悪すぎてもはや言葉も出てこない。
「恵太」
「道哉」
「…………」
「…………」
被るし。
とにかく、とりあえずはベッドから出ない事には何も始まらない。ゴソゴソと地味に動きだし、できる限りこの動揺を悟られないようにしながら布団から這い出た。
なんとなく音を立てずに床に足をつき、服を拾い上げながら腰を立たせる。しかしその瞬間、極度の緊張からか足がもつれて思いっきり床に倒れ込んだ。
ビッタン、と。
「ヘブッ……!」
片手に自分の服を持ったまま、顔面から床と衝突した俺。
地味に痛い。背後から投げられる視線もチクチクと突き刺さってくる。
「……道哉」
「……なんだ」
「……楽しいか、それ」
「……楽しくて泣けてくる」
「……そいつは良かったな」
あぁッ。キレがないっ。
ツッコむならツッコむでもっとすっぱり切り刻めよ。余計虚しいわアホが。
シャツ一枚だけ適当に羽織り、半裸でそそくさと風呂場に駆け込んだ。
居た堪れなさの数値が半端ない。死ねる勢いで恥ずかしかった。
とにかく落ち着け。まずは落ち着け。落ち着かないことにはどうにもならない。
最重要な大前提として、夕べのアレは俺の本心じゃない。雰囲気と酒の勢いに流されてついつい口走ってしまっただけで、あんなクソ野郎に好意的な感情なんてそもそも持てるはずがない。
「…………」
そうだ。持てるはずがない。て言うか好きじゃないし。嫌いだし。
この後三日間、ギクシャクとしたぎこちない距離感に精神は崩壊寸前。
幸か不幸か俺の作った卵焼きに恵太がお馴染みの難癖を付け、それをきっかけに血を見る殴り合いが始まった四日目の朝まで、俺達はお互いの目を見る事さえままならなかった。
こいつとのケンカに救われたのは、後にも先にもこの時だけだ。
相変わらずだなと言われたり言ったり、同期の中ですでに結婚した奴らの名前を挙げ連ねたり。それで妬んだり呪ったり。
懐かしさも相まって、男だけで夜更けまで盛り上がった。金曜の夜から始まった飲み会は深夜になってようやくお開き。
胸を張れるかどうかは別として年齢的には十分に大人だ。社会にも出て真面目に働いて税金だって納めている俺らは、十代の頃を思い出したのかなんなのか妙にテンションが高いままだった。
疲れるって何。って感じに、恵太と二人歌合戦を繰り広げながら帰り道をフラフラ歩いてきた。
楽しさと、心地よさと。たぶん程よい酔い方ができたのだろう。泥酔とまではいかず、意識も足取りもそれなりにはっきりしていて、しかし感情的にはハイで。
暗い部屋の中に入ってもおかしな高揚感は止まらなかった。おとなしく寝てしまえばいいものを、俺達の高まった気分がそれを許さなかった。
リビングの真ん中でパチッと視線が交わった時にはもう遅い。熱のこもった目を細めた恵太は俺の腕を強めに引いた。期待に胸を弾ませた俺は、恵太に従って付いて行った。
突き倒される事も投げ飛ばされる事もなく、ベッドにトサッと組み敷かれた。
上に覆いかぶさる恵太を見上げる。スッと伸ばされた右腕は、俺の顔を殴るものではない。額にかかった前髪を指で払って、そこに静かに、口づけられた。
もう駄目だった。お互いの感覚がヤワい。
完全に雰囲気に飲まれている。普段の俺達が見たとすれば確実に吐くような行動も、当たり前のような顔で実行し、当たり前のように受け入れていた。
きっと全部酒のせいだ。懐かしい奴らに会って、羽目を外しきっていたせいだ。だって、そうでなかったら困る。
「ん………」
何度もキスされた。啄んでは離れ、その都度唇が触れている時間が少しずつ長くなっていく。
すでに何回繰り返したか分からないキスをして、再びチュッと唇が離れたその時、次のもう一回を待つ前に自分から恵太に手を伸ばしていた。
首に回した腕を引いて、下から恵太の唇に重ねる。口を開いて舌を差し出せばすぐにキスは深くなる。
「んッ……」
「っ……は……道哉……」
唇の表面が触れ合ったまま熱っぽく名前を呼ばれ、その直後には再び舌と舌がしつこくねっとり絡まっている。
こいつとのキスなんて初めてでもなんでもない。なのにやたらと気持ちいい。恵太の頭を引き寄せて、髪に指を差し込みながら何度も何度も唇を重ねた。
「ン……ふ……」
「道哉……」
「ぁ……」
恵太の唇は俺の首元へと。執拗に肌を舐められる、その濡れた感覚に背筋が震える。
肩口で甘ったるく歯を立てられ、次いでその場所にチュッと吸い付かれ、いつもならば跡を残すなと確実に悪態をついてやったはずだが、今はそれができなかった。
甘噛みも、肌に散らされる恵太の痕跡も、全てが変に嬉しくて。突っぱねるどころか、抱いている恵太の頭を更にぎゅっと引き寄せた。しつこく触れている唇の、熱を余すところなく感じ取る。
恵太は妙に優しくて、俺も完全におかしくなっていた。異常に優しい恵太による甘ったるい前戯のせいで、神経は相当にイカレてた。
抱き合って舐め合って。キスして、また抱き合う。
こいつの腕の中にいるという事が、あり得ないほどひどく心地良い。安心しきった状態で全身を投げ出して、自分の何もかもを恵太に捧げる勢いでその背を強く抱いた。
触られるところはどこでも気持ちいい。名前を呼ばれるとなぜか嬉しい。激しく、けれど労わるように肌の上を這いまわる唇には、温かみさえ感じられる。
もっと近くに欲しいと思った。もっと奥の深いところで、恵太を直に感じたかった。
「あ……」
「……道哉」
とにかく。とにかくだ。
とにかく、この時の俺達は最高潮に盛り上がっていた。
「ああぁッ!」
「っく……」
死ぬ程気持ちいいものがあるとするならこれ以外にないだろう。
ゆっくりとした時間はとっくに終わっている。本能の赴くままに、欲望に従って体を繋げた。足を大きく開かされて、奥までズクッと埋め込まれる。
「ああッ……あ、ン……恵太っ……けいた……ッ」
「っ……道哉……」
「ンンっ……」
恍惚とした表情を、惜しげもなく晒す恵太に腹の底から欲情していた。数年に渡って好きなようにされてきた俺の体も、すっかりこいつの意に添うよう仕上げられてしまっている。
中で恵太をぎゅうぎゅうと締め付け、バカみたいに腰を揺らして、更に奥へと誘い込んだ。
「ん……ぁああッ」
内壁を擦られるこの感覚。いい場所を突き上げられて、体中が甘ったるい痺れでビリビリと覆い尽くされた。
何度も何度も押し寄せてくる快感に思考能力は奪われる。ただただ恵太に抱きついて、狂ったように喘ぎ声を漏らした。
「あっ、はぁ……あ、あッ……」
「道哉……っ」
今日はいつにも増していちいち名前を呼んでくる。それが嬉しくないかと聞かれれば、嬉しくてもうたまらない。
少しだけ緩くした動き方で腰を打ち付けてくる恵太は、俺の首筋に吸い付て、いくつ目かも分からない跡を残しながら耳元でこの名前を呼んだ。
「道哉」
「ぁッ……は、……」
「……道哉」
「んん……ぁあっ……」
すでにしゃぶりつくされた乳首をまたしても弄られて、俺が敏感に反応するのを確かめながら指先で摘み上げてくる。
ピクンと勝手にこの肩は揺れる。揺れた肩は恵太に甘噛みされる。
下で繋がるそこはダイレクトな快感をもたらし、その指先で、その唇で、恵太は自分の全身を使って俺をおかしくさせていた。
クニクニと乳首をいじっていた指先はいつの間にか離れている。気づけば俺の両頬を囲い込むようにして、優しく手が添えられていた。
「ぁ……」
「道哉……」
目が合った。胸の締め付けがひどい。心臓は煩いくらいに音を立てている。
感じるのは恵太の熱だけだ。聴覚でさえ、荒く刻まれる恵太の呼吸にだけ向いている。
体中で。触れ合う肌の一カ所一カ所で。与えられる心地良い熱によって、嫌でも思い知らされる。
「……道哉」
愛されてる。
そう感じた。この時確かに、俺は恵太に愛されていた。
俺の頬を包み込む指先には、労わるような温かさがある。酷くなる一方の胸の苦しさに、情けなく眉根が寄った。
するとこの額にチュッと、恵太が唇で触れてきた。片手で髪を梳きながら、頬にも小さくキスを落とされた。
「道哉……」
見下ろしてくるその目がどこか切なくて、胸の締め付けは限界を超えた。
何も言えずに恵太を見上げる。今度はゆっくり唇が重なった。触れるだけだったそれが離れていくのを、こんなにも惜しいと思う。
呑まれていた。完全に、俺達は。
そうでもなければ、こんなこと。
「…………好きだ」
「ぁ……」
「好きだ……道哉……」
耳を疑う余裕さえなく、言うだけ言って恵太は再び俺の中を突き上げた。繋がったそこがギチギチと窮屈に締まる。濡れた音と自分の嬌声と、恵太の息遣いに鼓膜を犯された。
体は熱くて、恵太の切ない表情は頭から離れていかない。恵太の背をしっかりと抱きしめ、その肩口に顔を埋めて溢れる感情をそのままぶつけた。
喜怒哀楽のどれか。考えるまでもない。こんな、嬉しいことってあるか。
恵太が俺を見て、俺に言ったことを、疑う余地なんてあるはずがなかった。疑問に思う必要さえない。
だって、俺は今。恵太にこんなにも、愛されている。
気づけば俺は泣いていて、恵太はこの顔を両手で包んでそっと目尻に口づけた。
生理的なものか、感情的なものか、どっちなのかよく分からない。泣き止む方法も分からなくて、涙の跡を唇で優しく辿られるのをただ感じていた。
「道哉……好きだ……」
甘ったるくて切なくて、それでいて優しさの込められた口調。聞いた事がないような、声と表情を向けられる。
それを見せられ、聞かされてしまったら、言葉なんて勝手に出て行く。
「ぁ……あ、……俺、も……あッ……ンン……俺も、好き……」
「っ道哉……」
「すき、……恵太………けいた、ぁ……ぁあっ」
愛されていると、そう実感できることがこれ以上ないほど嬉しかった。この男を心から愛しいと思った。
今さら言葉のやり取りなんて有り得ないと思っていたし、この関係がなんであるのかそれさえ定かでなかったけれど。
この時ばかりは、欲が出た。恵太と抱き合う事で得られる、この感情に名前が欲しかった。
「あ、んん……っ……ぁああッ」
頭の中は真っ白で、恵太と一つになっているという事実以外に必要なものは何もない。満ち足りたまま俺は絶頂を迎え、この男の精を体に移される幸福感にじっとり浸かった。
お互い熱の冷めない体を離そうとする気配はない。優しく唇を重ねられて、体から抜けていく力とともにゆっくりと目を閉じた。
「……愛してる」
耳元で、切なく掠れた声が響いた。シーツの上に投げ出したのは、脱力して落ちた自分の手。その上から重ねられた恵太の手が、互い違いに指を絡ませ、しっかりと握り締めてきた。
あったかい。入らない力でささやかに、その手をそっと握り返した。掠めるようなキスをちゅっとされ、優しく包み込まれた俺はそのまま意識を手放した。
***
なんて事があった日の翌朝。
「…………」
「…………」
「………………はよ」
「………………おう」
過去最高にすんっごい気まずいことになった。
どうしよう。ホントどうしよう。これは困った、まずいよコレはヤバい困った。気まずすぎて硬直したまま動けない。
日曜の朝だ。時刻は九時を少し過ぎたところ。恵太の部屋のベッドの上でのろのろと目覚めた俺達は、これ以上くっ付きようがない体勢でお互いにがっちり抱き合っていた。
かつてないほどの密着度合い。どうしてこうなったのかと言えば、そりゃもう当然夕べの延長みたいなもので。
俺と同様に明らかに気まずそうな顔をしている恵太の野郎は、絡んでいた足をさっと戻して、俺を抱く腕もぎこちなく離した。
「…………」
「…………」
どうしよう……ッ。
マジもうやヤだなんなのこれ泣きたいんだけど。
心の底から残念極まりない事に、俺は夕べの出来事を全て鮮明に覚えている。そしておそらくこの反応を見るからに、恵太も記憶は飛んでいない。
なんっにも、まっさら、ひたっすら、全力で、何も覚えてません。
みたいな顔して起きればよかった。そうすればあからさまに気まずい雰囲気に陥る事はなかったのに。
酔った勢いでセックス。それだけなら別にいい。今までだってなかった訳じゃないからその程度ならお互い軽く流せた。
でも、夕べのはマズイ。有り得ないくらい救いようがない。
何がいけないって、そりゃあもう。
『道哉……好きだ……』
『ぁ……あ、……俺、も………あッ……ンン……俺も、好き……』
『っ道哉……』
『すき、……恵太……けいた、ぁ……ぁあっ』
死にたい。
非常に困ったことになった。お互いがお互いの目を見る事もままならないこの痛い状況。
俺達は一体何をしているんだか。頭が悪すぎてもはや言葉も出てこない。
「恵太」
「道哉」
「…………」
「…………」
被るし。
とにかく、とりあえずはベッドから出ない事には何も始まらない。ゴソゴソと地味に動きだし、できる限りこの動揺を悟られないようにしながら布団から這い出た。
なんとなく音を立てずに床に足をつき、服を拾い上げながら腰を立たせる。しかしその瞬間、極度の緊張からか足がもつれて思いっきり床に倒れ込んだ。
ビッタン、と。
「ヘブッ……!」
片手に自分の服を持ったまま、顔面から床と衝突した俺。
地味に痛い。背後から投げられる視線もチクチクと突き刺さってくる。
「……道哉」
「……なんだ」
「……楽しいか、それ」
「……楽しくて泣けてくる」
「……そいつは良かったな」
あぁッ。キレがないっ。
ツッコむならツッコむでもっとすっぱり切り刻めよ。余計虚しいわアホが。
シャツ一枚だけ適当に羽織り、半裸でそそくさと風呂場に駆け込んだ。
居た堪れなさの数値が半端ない。死ねる勢いで恥ずかしかった。
とにかく落ち着け。まずは落ち着け。落ち着かないことにはどうにもならない。
最重要な大前提として、夕べのアレは俺の本心じゃない。雰囲気と酒の勢いに流されてついつい口走ってしまっただけで、あんなクソ野郎に好意的な感情なんてそもそも持てるはずがない。
「…………」
そうだ。持てるはずがない。て言うか好きじゃないし。嫌いだし。
この後三日間、ギクシャクとしたぎこちない距離感に精神は崩壊寸前。
幸か不幸か俺の作った卵焼きに恵太がお馴染みの難癖を付け、それをきっかけに血を見る殴り合いが始まった四日目の朝まで、俺達はお互いの目を見る事さえままならなかった。
こいつとのケンカに救われたのは、後にも先にもこの時だけだ。
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もちるうさん、とっても嬉しいご感想をありがとうございます! 当時これを書いていて良かったです!!
そのうち続きを書きたいなと思いつつ結局放置してしまっていたのでお約束はできないのですが、たぶんこの話に完結はなさそうなのでもしかしたら今後またぼちぼち更新するかもしれません。その時はまたご覧いただけたら幸いです(^^)
気に入ってもらえて本当に嬉しいです。ありがとうございました!
まさに理想のケンカップルでした!
ケンカップル、尊いですよね~!
続く予定があるなら、ぜひ読みたいです!
夢昴さん、ご覧いただきありがとうございます!
ケンカップルは書いていても楽しかったので、お気に召してくださる方がいてとても嬉しいです。続くかどうかは今のところ未定ですができる限り頑張ろうと思います!