ケンカップル

わこ

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ケンカしてるだけ!別れてねえよ!

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18日(日) 7:15 p.m. 恵太


「そういやお前らとうとう別れた?」
「ああっ?」

 幸助の部屋を訪れて平和な夜を過ごしていたら、なんとも不吉な事を言われた。
 無駄に見栄えと味のいいパスタをフォークに巻き付けていた手を止めて、思わずギロッと睨んだ先で幸助はわざとらしく肩を竦めた。その面倒臭そうな表情が、興味のない事を物語っている。

「昨日は道哉で今日はお前だ。どうして俺はお前らにことごとく土日の夜を奪われなきゃならねえんだかな」
「……やっぱ夕べここに来てたのか」
「お前と同じようにいきなり来てメシ食わせろってな。ガキじゃねえんだから適当にその辺の店入っとけって二日連続で思わされてる」

 行き場を失くして押し掛けた幸助のマンションのダイニングにて、クソムカつく同居人の夕べの行動を聞かされた。二十二時過ぎになってようやく帰ってきた昨日のあいつを、フォークを握りしめながらぼんやりと思い起こす。
 二日前の金曜から口をきかない日が続いている。土曜だった昨日は道哉が一日家を空けていた。日曜である今日は仕方なしに俺が外をふらつき、あれこれと考え込んでいる間に愚痴の一つでも零したくなって、そのまま家に帰ることなく幸助のマンションに足を向けた。

 平日の喧嘩はまだいい。お互い仕事で部屋を出るから朝から夜まで顔を合わせなくて済む。
 だがこれが土日に当たるとか、祝日を挟む日にはなかなかにキツイ。今回の土日はどちらか一方が外出することで落ち着いているが、そう言えば俺は昨日から、あいつの姿を見ていない。
 昨日のあいつは俺が寝ている間に部屋を出ていき、夜は夜で俺が浴室にいる間にこそこそ帰って来やがった。イライラする気持ちをやり過ごそうと頭からシャワーに打たれている最中、見計らったかのようにいつの間にか帰ってきて部屋にこもったあいつ。その後も俺がリビングにいる間は決して自室から出てこなかった。

 喧嘩中にお互いの顔を見ず、声も聞かずという事は良くある。しかしたったいま幸助に言われたその一言は、聞き流せるものではなかった。

「手ぇ止めてねえでさっさと食え。これから出掛けんだからよ」

 道哉に対してこいつは甘いのに、俺に対してはひどく辛辣。いつもなら食ってかかるがそんな事をしている場合ではない。

「……今のなんだよ。別れたって話は」
「はあ? 知らねえし。お前らの事だろ。昨日来た時に道哉が指輪外してたからとうとう終わったのかと」
「…………あ?」

 指輪。と言うと、誕生日に渡したあれしかない。

 不満そうな顔をしつつも、なんだかんだで道哉はあれから常に指輪を嵌めていた。人がどういう思いで指輪を買ったか知りもしないだろうあのアホは、それでも決して俺が最初に嵌めた指から外す事はなかった。
 それを外した。まさか。あり得ない。

「外すわけねえよ……」
「いや、俺にそれ言われても知らねえって。見たまんま言っただけだ」
「……別れてねえし」
「あーそう。つーかあいつ、そもそもお前と付き合ってるって意識あんの?」
「…………」

 幸助の厳しい指摘に、殺されるかもしれないと本気で思った。心臓が寒い。





16日(金) 6:09 a.m. 道哉


 やばい。どうしよう。本気で困ってる。

「…………ない」

 指輪がない。

 朝起きたら外した覚えのない指輪の消息が途絶えていた。ベッドサイドにもヘッドボードにもテーブルの上にもどこにもない。寝室を出てキッチンを探し回っても、洗面所の床に食らいついても、行方がまったく分からない。
 排水溝に結婚指輪を落とす主婦の話はしばしば耳にするから水回りでは決して外さなかったし、ちょっとの間外した場合の置き場所だってベッドサイドの一ヵ所だけにすると決めてあった。どこかに行ってしまうなんて、絶対に有り得ないはずなのに。どうして。

 恵太に知られたらなんと言われるか。色々パターンはありそうだけど、なんとなくキレられるような気がする。
 その場合、失くしてしまった俺に反論の余地はない。明らかな形勢不利だ。

 やべえ。平謝りとか超イヤなんだけど。

 そんなこんなで今度はリビングをこそこそ探し回っていたら、とうとう見かねた恵太が俺の首根っこを掴んだ。
 相変わらず似合わないネクタイをカッチリと真面目ぶって締めている。見るからに不審そうな顔をして、ぐいっと二の腕を無理やり引かれた。

「おい。さっきから何チョロチョロしてんだテメエ」

 人をネズミか何かみたいに。
 だけど今は言い返しているだけの余裕がない。ただただ、もう本当にただっただ素知らぬ顔を貫いて、そしてさり気なく目を逸らした。

「…………別に」
「別にって事はねえだろ。それよりさっさとメシ食えよ。お前のせいで片付かねえ」

 人の苦労も知らないで。
 条件反射でピキッとこめかみに血管が浮きそうになるが、それは寸前で懸命に抑えてバッと恵太の手を払いのけた。

「うるせえな、後で食うから文句垂れるくらいなら仕事行けよ。忙しいんだよ俺は」

 指輪の捜索で。
 などと言えるはずもなく、鬱陶しくシッシと追い払う。しかしそれは逆効果だった。俺がピキッとなる前に、恵太のこめかみがビギッとなった。

「……んだよその態度は」
「うぜえし、いちいちキレてくんじゃねえよ。早いとこ消えろ」

 そしてこうなる訳で。三秒後には怒鳴り合いに発展。
 かくして無意味な戦争が、出社前の貴重な時間に始まってしまった。





17日(土) 8:12 p.m. 道哉


「知るかよ。わざわざ人んちに泣きに来てる暇があるなら家帰って探せ」
「探せるかよ恵太いんだぞっ! バレたらどうなるか分かんねえもん!!」
「知らねえよマジで。ほんと帰って」

 夕べは会社から帰った後にもう一度家の中を探し回った。しかし指輪は出てこなかった。
 その後すぐに恵太も帰ってきたから、そこで捜索はいったん中止し、夜中にひっそりとコソコソ起きだして思いつくところを這い回った。それでも指輪は出てこなかった。

 こんな状況で冷静に恵太と顔を合わせられる自信がない。だから夜が明けると同時に逃げるようにして部屋から一人飛び出してきた。
 焦燥感を抱えたまま何をするでもなく街中をさ迷い、これはもう諦めて恵太に真実を話すしかないかと思い至りはしたものの、最後の意地がそれを許さない。あいつに謝る。絶対に嫌だ。

 ブンブンと首を横に振り、少しでも気を紛らわせようと夜になって訪れた幸助宅。
 どうかメシを食わせてください。暗い雰囲気全開でそう言って頭を下げたら、うんざりを通り越した顔になりつつも幸助は俺に情けをかけた。
 入れてもらった部屋の中で目の前に出されたのはパスタ。美味いし見た目もオシャレなんだけどこいつパスタしか作んねえよな。


「もう正直に話して謝れよ。わざと失くした訳じゃねえんだから恵太だってそこまで怒んねえだろ」
「だって……」
「だってもクソもねえ、いい加減ウゼエぞ。お前さえ来なけりゃ俺は今頃合コンに……」

 そしてその後二時間ほど居座って、最終的には追い出された。合コンを蹴ってまで匿ってもらえるほど俺は暗い顔をしていたらしいが、キャビンアテンダントさん方との出会いの場を失った幸助はちょっと本気で残念そうだった。
 今度笹山さん辺りでも紹介してやろうかな。あの人は美人で仕事もできる上に英語と中国語とフランス語も喋れる。現在は韓国語を勉強中のとっても素敵な頑張り屋さんだ。酔っ払うとめちゃくちゃ怖いけど。





18日(日) 11:24 p.m. 恵太


 幸助に部屋を追い出されてからは適当に外で飲んできた。気を紛らわす事は到底できないまま渋々戻ってきた俺に、道哉の野郎はやはり顔を見せない。

 帰ってきてリビングのドアを開けた瞬間、慌てた様子でドタバタと自分の部屋に走り去っていったあいつ。その後姿だけはチラリと見えたが、その左手の薬指に、指輪があったかどうかは分からない。

 幸助の言っていたことが本当ならば、あいつはどうして今回に限っては、あの指輪を外したのだろう。
 とうとう別れた。幸助の声で、その言葉がよみがえる。
 道哉に付き合っている意識はあるのかと。それもまた、脳裏を掠めた。

「…………」

 風呂入ろう。少し落ち着かないと発狂しそうだ。





19日(月) 0:15 a.m. 恵太


 いくらか酒を飲んだ後のぼんやりとした頭でお湯に打たれた。
 分担した家事だけは、あいつも欠かさずこなしている。道哉が洗濯した部屋着を眺め、それから気だるくゴソゴソと着込んだ。

 リビングに戻ってもどうせ一人だ。脱力気味にソファーに腰を下ろした。
 多少でもいいから気分を良くしたい。冷蔵庫の中にあったはずの缶ビールを頭に浮かべたが、明日は仕事だし、取りに行くのも億劫だしで、結局は動かずソファーに沈んだ。

 どこで何を間違えたんだか。こんなときに馬鹿げているけど、いま無性にキスしたい。
 そういえばこの前、喧嘩になる前の日の夜。キスしようとしてしそびれた。
 道哉に触りたい。無理矢理にでもこの前キスしておけばよかった。

 シャワーを浴びて体温を上げたせいか、余計に酒が回ったようで頭はそんな事ばかり考える。
 ぼんやりした心地でソファーの背もたれに身を埋まらせて、溜め息と共になんの気もなくズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 すると、カチッと。指先に何か、硬い物が当たった感触。
 洗濯機にぐるぐると回されたズボンのポケットの奥底で、ひっそりと息を潜めていたらしきその物体に気がついた。

 入っていたのがティッシュでなくてよかった。そんなしょうもない事をうつらうつら思いつつ、その硬くて小さな物体を指先でつまんで取りだした。

「…………」

 何気なく目にする。それだけのはずだった。
 ところがそこで目に飛び込んできたのは、見覚えのある小さな銀色。酔いの回った頭がスッと、その瞬間に起動した。

「……ん?」

 これは……。





15日(木) 11:59 p.m. 恵太


 帰り際に突如急ぎの仕事が入って残業を余儀なくされた。会社とはどうしてこうなのか。人が帰ろうと腰を上げた瞬間に面倒な仕事ぶっ込んでくんじゃねえ。

 家に着いたのはギリギリ今日だった。道哉はもう寝ているだろうか。
 いささか控えめに家の鍵を開け、音を立てないようにしながら入ったリビングは明るかった。
 ソファーにそっと近づけば、座ったまま眠っている道哉の姿が。そこからダイニングテーブルを眺めると、ラップのかかった皿が目に入る。

 疲れていたはずの体がふわっと軽くなったのはきっと気のせいだ。妙にほんわかした気分なんて道哉のアホには与えられたくない。
 俺の癒しは常に存在の可愛い犬とか猫とかウサギとかに限る。道哉は癒しどころかその正反対のムカツクくそ野郎でいればいい。

 そうは思うが、まあ仕方ない。無理に起こすのもなんだから、自分の部屋に荷物を置きがてら毛布だけは持ってきてやった。アホ面を晒して寝ている道哉にそれを掛け、間抜けな顔をじっくり見下ろしてから足音に注意して風呂場に向かった。

 身体的疲労感の回復を目的とはしていないから、こういう日の入浴時間は短い。浴槽に張られたままだった湯は、焚き直さずにシャワーだけで済ませた。
 風呂場を出てきて首にかけたタオルで髪をガシガシと雑に乾かし、あとはもう寝るだけだと脳が眠気を訴えてくる。睡眠態勢に入る準備は頭も体も完了していた。

 とにかく眠い。とにかく疲れた。しかしリビングに戻ってみれば、道哉がまだソファーの背もたれに埋まっている。
 呆れる反面、素通りするのはもったいないと欲が出る。起こさないように左隣にそっと腰掛け、黙ってさえいれば可愛い顔をすぐ近くから覗き込んだ。背もたれに腕を回し、身を乗り出してさらに近付く。

 まだ起きるじゃねえぞ。そう呪いながら、キスするためだけに顔を寄せた。
 しかしあともう少しで唇が触れるという時、自分の毛先から落ちた水の粒がポタッと、道哉の頬を濡らした。
 はっと反射的に動きを止める。道哉の頬を濡らした水滴を、慎重な動作でそっと拭った。

「んん……」
「っ……」

 身じろぐアホに驚く俺。サッと指を引っ込めたが、こいつが目を覚ます気配はない。
 平和な顔して寝やがって。いっそ襲ってやろうかと、邪な感情が徐々に芽生える。

 ところがこの視線の先で、おとなしく冬眠していた道哉がもぞもぞとミノムシのように動きだした。身じろぎながらあろうことか、俺の肩に擦り寄ってくる。思わず、ピシリと固まった。
 ソファーを背にしたまま俺の腕に体を預け、どうやらその位置で落ち着いたらしく、スヤスヤと再び寝息を立てている。

「…………」

 なんなんだよ。クソ可愛いだろこいつ。

 ついついムラムラきそうになるのをやっとの思いで押さえ鎮める。目のやり場に困った結果、その顔から視線を外して襲い掛かりたくなるのを堪えた。
 けれども今度は道哉の指先が視界のど真ん中に入ってくる。左の薬指にしっかりと嵌まった、銀色のリングを見下ろした。

「…………」

 本当を言えばあの時、突き返されることも覚悟はしていた。
 いらねえよと。バカじゃねえのかと。いつもの調子でムカツク返答をされる可能性が高かったはず。
 しかしこいつは意外なまでにあっさり、いる、と。その直後には思い出したかのように、仕方ねえからもらってやるなんて可愛くないことを付け足していた。

「……道哉」

 ほぼ音にならない大きさで呟く。そっと道哉の左手を取った。嵌められたリングに触れて、起きない事を確認してからゆっくり銀色を引き抜いていく。
 こんなこと、ガラでもない。もしもこの野郎が起きていたらきっと酷い悪態をつかれた。
 それでも今は寝ているから。自分で自分に言い訳し、すっと持ち上げた道哉の左手。

 常に指輪を嵌めている、薬指にそっと口づけた。落とした唇で肌を撫で、起こさないうちにとすぐさま離す。
 誕生日に指輪。あり得ないと思う。今思い出してもクサいしサムいし自分を嘲笑いたくなる。
 笑いたくなるような行動を、俺はあの時、実際にとった。道哉の左手に触れている今は、あの時のデジャブを起こしている。
 外した指輪を持ち直し、あの日のようにもう一度、この手で嵌めてやりたくなった。

 ちゃんと分かってんのか、って。俺はもう、どこにもお前を逃がす気なんてねえんだぞ。

「……んん」

 しかし、金属がほんの少し道哉の指先に触れたその時。俺の肩に凭れていた頭がまたもやもぞもぞと動き出した。
 瞬間びくっと、咄嗟にこの手を引っ込めている。

 隠すようにズボンのポケットに指輪を持った手を突っ込んだ。焦る気持ちそのままに、中にポトッと落とした指輪。
 視線の先では道哉の瞼がゆっくりと上がる。その速度に合わせ、俺も少しずつ正気を取り戻していった。一体何をしていたのだか。

「ん……けい……?」

 今になってようやく覚醒したこの男。寝ぼけているこいつの頭は、真隣にいる俺に悪態をつくという習慣をすぐには思い出せないようだ。
 ぼけっとアホ丸出しの顔で見上げてくる。それを鬱陶しく眺め返し、ポケットの中には指輪だけを残して自分の手をそれとなく引いた。さ迷わせるこの手には、次の行き場が見当たらない。

「帰って……?」
「……ああ。つーか退けよ、重い」
「え?」

 苦々しく俺が言い放ってはじめて、道哉は自分の体勢に気づいたようだ。寄り掛かっているのが俺だと分かると弾かれたようにバッと身を起こし、睨み合いに近い視線のやり取りがそこから始まる。

「……帰ってるなら帰ってるらしい振る舞いしろよ。コソ泥かお前は」
「ああ? テメエが勝手にこんなとこで寝コケてたんだろ。帰ってきて早々目障りだ」
「んだとコラ」

 毛布なんか掛けなきゃよかった。言い合いながら思った。もう二度とかけてやらない。
 道哉は道哉で気まずいのか、投げて寄越す勢いで毛布を俺に突っ返してきた。

「……寝る。てめえもさっさと髪乾かせよ。床濡らしたら殺す」
「うぜえ死ね」
「てめえが死ねクソ恵太。サビ残で朽ち果てろ」

 なんて可愛げのない。
 自分の部屋に引っ込む道哉の後姿をイライラと眺めた。治まりきらずに舌打ちしながら、指輪のことなどすっかり忘れて俺もソファーから腰を上げた。





19日(月) 0:19 a.m. 恵太


 あの時か。指先に摘まんだ銀色を見つめてその経緯を思い出した。それと同時に妙な安堵感に満たされる。
 あいつが自分で外した訳じゃなかった。こうして俺の服のポケットに数日の間入っていたのだから、道哉の薬指にこれが嵌まっているはずがない。

 だけどあいつ、そもそも無い事に気づいているのか。
 気づいてさえいなかったらそれはそれでムカツク。

 そこまで思うとじっとなどしていられなくなり、腰を上げて向かったのは道哉の寝室。
 ドア越しに呼び掛けたが返事はない。俺が風呂に入っている間に寝たか、狸寝入りを決め込んでいるか。
 どっちだろうと構わず入るが。

「道哉」

 部屋に足を踏み入れ、静かに呼びかけるが無言。道哉は布団にくるまっていた。電気のついていない部屋の中、開けたままのドアの外から入ってくる明かりを背にして、奥へと無遠慮に足を進める。
 ベッドの縁に腰掛けた。布団がこんもりしている部分を、囲い込むようにして腕をつく。

「起きてんだろ」
「…………」
「シカトしてんじゃねえよ」

 ギシッとベッドを軋ませながら、布団の上から覆いかぶさるようにミノムシ野郎を抱きしめた。ビクッと、中の本体が微かに揺れたのが腕に伝わる。
 布団一枚隔てて抱きしめていても、声を発する様子はない。仕方なく腕を立たせてこんもりしたそこを眺め落とした。そしてガバッと、剥ぎ取った布団。

「な……っ」
「シカト決めてんじゃねえっつってんだろ」

 全身をすっぽり隠していた布団を俺に奪われ、あたふたした様子で滑稽に俺を見上げてくるこいつ。小動物みたいにオロオロしながらもしっかり威嚇は表して、泣きそうな目で睨まれた。

「テメエ勝手に入って来てんじゃねえよっ、出てけッ。寝てんの邪魔すんな……ッ」
「うるせえタヌキが。なに機嫌悪くしてんのか知んねえけどいい加減うぜえんだよ」

 言い返し、ほぼ無理やりに近い形で道哉の左手首を掴んだ。グイッと引っ張り、喚くのも構わず、薬指に狙いを定める。
 数秒の後、眉間の縦筋を消した道哉は間抜けにポカンと。

「…………え?」

 持ち主の元へと戻った指輪。俺がこの手で嵌め直した。
 自分の薬指を見下ろしたこいつは、力なく口を開いた。

「なんで……どこに……」
「あ?」
「いや、その……」

 ぱちくりと瞬きを繰り返している。近い距離で見るその顔が、状況を呑み込めないと訴えてきた。恐る恐ると言った様子で俺の顔をチラチラ見てから、困ったように目を逸らされた。

「探した、の……?」
「は?」
「気づいてたのか……」

 なに言ってんだコイツ。意味が分からない。だがまあ、とりあえず大人しくなったし。ヤル事ヤルにはちょうどいい。
 下心満載で再び道哉の上に乗る。今度は布団を挟まずに組み敷き、その左手を手のひらで覆い包んだ。しっかり嵌まったリングを撫でて、ゆっくりと開かせた五本の指を互い違いに絡ませる。
 珍しくおとなしい道哉は、珍しくしおらしげな顔をして、恥ずかしそうにまぶたをいくらか伏せ気味にした。クソが。かわいい。

「ずっと嵌めとけ。他の奴には触らせんなよ」

 この指輪をこの指に嵌めていいのは俺だけだ。その意味合いを込めて呟いたのだが、きっとこのアホは理解していない。
 案の定こいつは分かったんだか分かってないのだか、読み取りにくい困惑顔だ。いくらかばかり頬を紅潮させてやれたのがせめてもの救いか。

「…………ばかじゃねえの」
「バカはてめえだ。オラこっち向け」

 言うなり口をむぐっと塞いだ。抵抗をする訳でもなく、すんなり俺を受け入れたこいつはもはや通常の道哉じゃない。
 謎の可愛い生物と化し、繋いだ手をごくごく控えめにきゅっと握り返してきた。

 俺に応えたのは道哉だ。それはつまり、一晩好きにしていいって事だ。
 なんの負い目を感じているのだか知らないがやっぱり大人しいし。

「ン……けい……」
「黙ってろ」

 食おう。これは絶好のチャンス。
 こんな好機は滅多な事では訪れない。








20日(火) 9:12 p.m.


 指輪は結局どこにあったのか。後日、そんな話題が二人の間に上がった。

「は……?」
「いやだから、俺が持ってたっつーの。つーかポケットに入れたまま洗濯してた」
「…………あ゛ッ?」
「なんだよ今さら。ちゃんと返してやっただろ」
「…………てめえは……俺がどれだけ探し回ったと……」

 三秒後に道哉はキレて、恵太は状況もわからぬまま逆ギレ。
 喧嘩が始まったのは言うまでもない。これが彼らの日常だ。

 喚きながら家を飛び出した道哉が、幸助のもとを訪れるまであと四十九分。
 激怒する道哉を前にして溜め息をつく幸助が、二度とコイツらに手は貸さねえと落胆させられるまであと五十二分。
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