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愚痴りに来たならのろけるな
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「よっ。久しぶり。今晩泊めてくれ」
「飯時に押し掛けてきていきなりなんだお前は」
高校時代からツルんでいた幸助は、俺と恵太の共通の友達だ。その当時から俺達が起こす喧嘩の仲裁役でもあった。
そんなに仲が悪いならお互いがお互いの眼中に入らないように距離を保って過ごせばいいだろ。迷惑なのは周りなんだから少しは弁えろ馬鹿じゃねえの。
そう説教をされたのは一度や二度の事ではない。毛を逆立ててフーフーと威嚇し合う野良猫のようだった俺と恵太は、幸助によってそんな感じに毎回窘められていた。
デカくて小奇麗なマンションの一室。ここは幸助の住んでいる部屋だ。現在も何かと世話になっている幸助の家に、今のように休みの日に押しかける事も少なくはない。
いいとこの大企業に就職なんかしやがったこいつは昔から器用な奴ではあったけど、しかしまあなんというか、ここに来ると格差を感じる。
何この高層マンション。ここから見ると空も広く感じるよ。世の中はいつだって不公平だ。
「で。今度は何があったよ」
「別に何も。ただいつものように恵太がウザくていつものようにマジ死んでほしくていつものように取り敢えず顔も見たくねえからお前んとこに避難してきただけ」
「迷惑だ」
問答無用で切り捨てられた。シックっていう表現が一番似合うガラステーブルで向かい合い、幸助お手製の美味いパスタをモグモグしながら笑ってごまかす。
口では冷たくされるけど、幸助は基本的に優しい。それをよく知っているから、なんと言われようが構いもせずに好きなだけ居座り続ける。
「いつも思うんだけどあいつは存在がウザい。恵太やめて幸助と同居しようかな」
「なんでそうなるよ。俺がヤダし。お前と同居なんかしたら恵太に殺される」
うんざりしたように幸助が溜め息をついた。俺達が致す事を致しちゃっている仲だと唯一知っている幸助は、今や俺にとってのよき理解者だ。
と、俺が勝手に言っているだけだから、本人を目の前に褒めたとしても嫌な顔をされるんだけど。
「何があったか知んねえけどよ、とりあえずそれ食ったら帰れ」
気に食わない奴の顔を見ずに食えるメシの旨いこと。感涙に浸っていた俺だったが、幸助の最後の一言でえッと顔を上げていた。
「なんで。泊めてよ」
「ダメだ」
「えー。いいじゃんケチ」
幸助相手にふくれっ面でカワイコぶっても意味はない。
ブーブーと文句を垂れる俺に、幸助は迷惑そうな視線を寄越した。仕方なしに口を閉じればまたもや深いため息を聞かされる。
「高校からのダチがなんか知らんうちに男同士でくっ付いてようが俺は構わねえと思うけどな、だからってテメエら二人のしょうもねえ痴話喧嘩に巻き込まれるのはゴメンなんだよ。この前だって仕方なく泊めてやった日どうなった。鬼みてえな顔した恵太に真夜中に乗り込んで来られた時の俺の気持ちがお前に分かるか?」
「あー……その節はどうも」
「どうもじゃねえよアホ共が」
いつだったか恵太と大喧嘩をして勢いで家を飛び出し、結局行くアテがなかったために今のように幸助を頼った事があった。
夜になって恵太からしつこく着信が入りだしても全部にガン無視を決め込んでいたところ、俺の行動を把握しているあいつは幸助のマンションにやって来た。首根っこを引っ掴まれて自宅に強制送還させられた俺が、そこから本気の地獄と言うものを体験させられたのは言うまでもない。
「……怖かったなあ、アレは」
「怖ぇのは俺だよ。なんなんだよマジでお前らは」
今回もこのまま放っておいたら恵太が探しに来るだろうか。そうなったら今度こそ俺の下半身は死滅させられるかもしれない。
「……そろそろ電話鳴るかな」
「鳴ったら帰れ。即帰れ。もう二度と俺を巻き込むな」
心から嫌そうに言われてしまえば俺に返す言葉はない。またもや適当に笑って誤魔化すと余計に鬱陶しそうにされた。
これはどうやら泊めてくれる気配ではなさそうだ。今夜もまたあの野郎と同じ空気を吸わないとならない。最悪。
「恵太死なねえかな」
「さすがに不謹慎だぞ。変わんねえよなお前らはホント」
「だってあいつマジ嫌いなんだもん」
短気だし。何考えてるか分かんねえし。
頭の中に恵太の顔を思い浮かべるだけでムカムカしてくる。それは表情にも出ていたようで、俺の顔を見た幸助はなんとも言えない苦笑い。
しかしそこで、その視線がふと下がった。一点に留めた目を僅かに見開いた幸助。つられ気味に幸助の視線を辿ると、到達したのは自分の薬指だった。
左の。
「あ……」
恵太に指輪をもらってからは、ここに来るのは初めてだ。パスタの皿に添えていた左手をサッとテーブルの下に隠した。
「キライねえ……?」
「……いや……嫌いだし。ほんとキライ。今死んでほしい」
手は隠せても熱くなっていく顔までは隠せない。この指輪にはなんの意味もないと分かっているのに、それでもなお四六時中つけたままでいる自分が恥ずかしい。
期待している訳じゃない。そもそもあいつに対して持つべき期待自体がない。
顔をやや俯かせながらチラッと目だけで幸助を窺う。普段よりも一段と、幸助は大人っぽい表情をしていた。
「それ食って落ち着いたら帰れ。ついでに自分を客観視してみろ。お前が恵太の愚痴言っててもな、全部ノロケにしかなってねえんだよ」
「…………」
避難所失ったかも。
***
いくら俺が繊細じゃなくてもあのまま幸助の所にはいられない。
それで渋々帰ってきたものの、玄関の扉は重かった。リビングに入ると当然恵太がそこにいる。癪だけど一応は声をかけた。
「…………おう」
「おう」
お互いに挨拶未満の挨拶。チラっと顔を上げて俺に一瞬目を向けた恵太は、すぐにまた視線を手元に落として開いていた雑誌を見始めた。
喧嘩の末に人が家を飛び出したと言うのに、この男は欠片の心配もしていなかったようだ。ソファーで寛ぎながら手にしているそれは、定期購読している猫雑誌。
キモイし。タトゥー雑誌とかバイク雑誌とか、いかにもそっち系が好きそうな顔して何見てやがんだこの男。とてつもなく似合わねえ趣味やめろよ。
心の中でブツブツと唱えながらさり気なくソファーの後ろを通り過ぎようとした。
だけどその時、ふと気づいた。ああコイツこれ、読んでねえわ。
「……恵太」
「んだよ」
「雑誌、逆さま」
あ、って。恵太が素で発したのを聞いた。
背後にいる俺の視線が気になるのか、ギクシャクとした鈍い動作で何事もなかったと無理に装い雑誌を横に置いたこいつ。
だっさ。見事なまでの無様っぷりだ。普段なら指差して笑ってやるところだけど、生憎そんなテンションではない。
通過するはずだった場所に留まり、ソファーの前へと足を向けた。
そっちが謝罪の一つも言ってこないつもりなら俺だって謝ってやるつもりはない。だけど喧嘩中だからと言って共用のソファーに座っちゃ駄目なんて決まりを作った覚えもない。
恵太の隣にどさっと腰を下ろした。手を伸ばしてテーブルの上に投げ出してあるリモコンを取る。音のない部屋にテレビの音声を垂れ流すと少しは気も楽になった。
興味のないクイズ番組に意識は集中しそうにない。幸助に夕食を恵んでもらったばかりだからか、食欲の満たされた脳は場違いに眠気を訴えてきた。
天敵が真横にいると言うのに、ついうっかりウトウトしかける。俺も大概呑気なもんだけど、幸助の作るメシは昔から美味いよなと思い耽っていると、同時に気づいた。
俺の隣にいるこのバカはちゃんとメシ食ったのかなって。
「なあ」
「ああ」
「お前、メシは?」
恵太ではなくテレビに顔を向けたままそれとなく聞く。すると恵太も俺には顔を向けず、まだだと小さく吐き捨ててきた。
仕方ねえなこの野郎。雑誌読んでましたみたいなクソ下手すぎる芝居なんかしてねえで飯くらい作れよ。
「…………」
無言でソファーから腰を上げた。冷蔵庫の中には何があっただろうかと記憶を辿る。しかしキッチンへと行こうとしたその時、後ろからガシッと腕を掴まれた。
「なん…」
「行かなくていい」
「は?」
「座れ」
犬か俺は。テメエにお座りとか言われる筋合いはねえ。
イラッときて振り向こうとすると、しかしその前に背中に重みが。後ろからぎゅっと、体の前に両腕を回され、肩には恵太の顔が埋められた。
「座れよ。そこ」
「…………」
なんだこいつ。
そう思うが、同居人の傲慢に慣れてしまうともうロクな事がない。ソファーではなく、ソファーの前。テーブルとの間の隙間。
そこに俺をお座りさせて、恵太も俺の背後に座り込んだ。
「……おい」
そしてまたもや後ろ抱き。恵太の腕の中に閉じ込められた。スペース的にも体勢的にも身動きはまったく取れない。
恵太が立てた膝の間にすっぽりと収められている。抱きついているのだかなんなのだか分からないような情けない仕草で、俺の肩に顔を埋めてくる。横暴メンヘラ野郎のこいつには溜め息しか出てこない。
「甘えてんじゃねえよキメぇな」
「……てねえし。うぜえ黙れ」
「お前が黙れ雑誌逆さま野郎」
「…………うぜえ」
低い声で言い返しつつ、回される腕の力は強くなる。痛ぇと文句を垂れてはみるが、お互い離れる気はサラサラない。
床の上に付いた左手に、すっと重ねられた恵太の左手。どうせ意味なんてないんだろうけど、指輪の上から強く握られた。
腹が立つ。ぎゅっとしてくるから、余計に。
「……恵太いつ死ぬの」
「お前が死ぬ時」
「…………」
どういうつもりだよ。
「飯時に押し掛けてきていきなりなんだお前は」
高校時代からツルんでいた幸助は、俺と恵太の共通の友達だ。その当時から俺達が起こす喧嘩の仲裁役でもあった。
そんなに仲が悪いならお互いがお互いの眼中に入らないように距離を保って過ごせばいいだろ。迷惑なのは周りなんだから少しは弁えろ馬鹿じゃねえの。
そう説教をされたのは一度や二度の事ではない。毛を逆立ててフーフーと威嚇し合う野良猫のようだった俺と恵太は、幸助によってそんな感じに毎回窘められていた。
デカくて小奇麗なマンションの一室。ここは幸助の住んでいる部屋だ。現在も何かと世話になっている幸助の家に、今のように休みの日に押しかける事も少なくはない。
いいとこの大企業に就職なんかしやがったこいつは昔から器用な奴ではあったけど、しかしまあなんというか、ここに来ると格差を感じる。
何この高層マンション。ここから見ると空も広く感じるよ。世の中はいつだって不公平だ。
「で。今度は何があったよ」
「別に何も。ただいつものように恵太がウザくていつものようにマジ死んでほしくていつものように取り敢えず顔も見たくねえからお前んとこに避難してきただけ」
「迷惑だ」
問答無用で切り捨てられた。シックっていう表現が一番似合うガラステーブルで向かい合い、幸助お手製の美味いパスタをモグモグしながら笑ってごまかす。
口では冷たくされるけど、幸助は基本的に優しい。それをよく知っているから、なんと言われようが構いもせずに好きなだけ居座り続ける。
「いつも思うんだけどあいつは存在がウザい。恵太やめて幸助と同居しようかな」
「なんでそうなるよ。俺がヤダし。お前と同居なんかしたら恵太に殺される」
うんざりしたように幸助が溜め息をついた。俺達が致す事を致しちゃっている仲だと唯一知っている幸助は、今や俺にとってのよき理解者だ。
と、俺が勝手に言っているだけだから、本人を目の前に褒めたとしても嫌な顔をされるんだけど。
「何があったか知んねえけどよ、とりあえずそれ食ったら帰れ」
気に食わない奴の顔を見ずに食えるメシの旨いこと。感涙に浸っていた俺だったが、幸助の最後の一言でえッと顔を上げていた。
「なんで。泊めてよ」
「ダメだ」
「えー。いいじゃんケチ」
幸助相手にふくれっ面でカワイコぶっても意味はない。
ブーブーと文句を垂れる俺に、幸助は迷惑そうな視線を寄越した。仕方なしに口を閉じればまたもや深いため息を聞かされる。
「高校からのダチがなんか知らんうちに男同士でくっ付いてようが俺は構わねえと思うけどな、だからってテメエら二人のしょうもねえ痴話喧嘩に巻き込まれるのはゴメンなんだよ。この前だって仕方なく泊めてやった日どうなった。鬼みてえな顔した恵太に真夜中に乗り込んで来られた時の俺の気持ちがお前に分かるか?」
「あー……その節はどうも」
「どうもじゃねえよアホ共が」
いつだったか恵太と大喧嘩をして勢いで家を飛び出し、結局行くアテがなかったために今のように幸助を頼った事があった。
夜になって恵太からしつこく着信が入りだしても全部にガン無視を決め込んでいたところ、俺の行動を把握しているあいつは幸助のマンションにやって来た。首根っこを引っ掴まれて自宅に強制送還させられた俺が、そこから本気の地獄と言うものを体験させられたのは言うまでもない。
「……怖かったなあ、アレは」
「怖ぇのは俺だよ。なんなんだよマジでお前らは」
今回もこのまま放っておいたら恵太が探しに来るだろうか。そうなったら今度こそ俺の下半身は死滅させられるかもしれない。
「……そろそろ電話鳴るかな」
「鳴ったら帰れ。即帰れ。もう二度と俺を巻き込むな」
心から嫌そうに言われてしまえば俺に返す言葉はない。またもや適当に笑って誤魔化すと余計に鬱陶しそうにされた。
これはどうやら泊めてくれる気配ではなさそうだ。今夜もまたあの野郎と同じ空気を吸わないとならない。最悪。
「恵太死なねえかな」
「さすがに不謹慎だぞ。変わんねえよなお前らはホント」
「だってあいつマジ嫌いなんだもん」
短気だし。何考えてるか分かんねえし。
頭の中に恵太の顔を思い浮かべるだけでムカムカしてくる。それは表情にも出ていたようで、俺の顔を見た幸助はなんとも言えない苦笑い。
しかしそこで、その視線がふと下がった。一点に留めた目を僅かに見開いた幸助。つられ気味に幸助の視線を辿ると、到達したのは自分の薬指だった。
左の。
「あ……」
恵太に指輪をもらってからは、ここに来るのは初めてだ。パスタの皿に添えていた左手をサッとテーブルの下に隠した。
「キライねえ……?」
「……いや……嫌いだし。ほんとキライ。今死んでほしい」
手は隠せても熱くなっていく顔までは隠せない。この指輪にはなんの意味もないと分かっているのに、それでもなお四六時中つけたままでいる自分が恥ずかしい。
期待している訳じゃない。そもそもあいつに対して持つべき期待自体がない。
顔をやや俯かせながらチラッと目だけで幸助を窺う。普段よりも一段と、幸助は大人っぽい表情をしていた。
「それ食って落ち着いたら帰れ。ついでに自分を客観視してみろ。お前が恵太の愚痴言っててもな、全部ノロケにしかなってねえんだよ」
「…………」
避難所失ったかも。
***
いくら俺が繊細じゃなくてもあのまま幸助の所にはいられない。
それで渋々帰ってきたものの、玄関の扉は重かった。リビングに入ると当然恵太がそこにいる。癪だけど一応は声をかけた。
「…………おう」
「おう」
お互いに挨拶未満の挨拶。チラっと顔を上げて俺に一瞬目を向けた恵太は、すぐにまた視線を手元に落として開いていた雑誌を見始めた。
喧嘩の末に人が家を飛び出したと言うのに、この男は欠片の心配もしていなかったようだ。ソファーで寛ぎながら手にしているそれは、定期購読している猫雑誌。
キモイし。タトゥー雑誌とかバイク雑誌とか、いかにもそっち系が好きそうな顔して何見てやがんだこの男。とてつもなく似合わねえ趣味やめろよ。
心の中でブツブツと唱えながらさり気なくソファーの後ろを通り過ぎようとした。
だけどその時、ふと気づいた。ああコイツこれ、読んでねえわ。
「……恵太」
「んだよ」
「雑誌、逆さま」
あ、って。恵太が素で発したのを聞いた。
背後にいる俺の視線が気になるのか、ギクシャクとした鈍い動作で何事もなかったと無理に装い雑誌を横に置いたこいつ。
だっさ。見事なまでの無様っぷりだ。普段なら指差して笑ってやるところだけど、生憎そんなテンションではない。
通過するはずだった場所に留まり、ソファーの前へと足を向けた。
そっちが謝罪の一つも言ってこないつもりなら俺だって謝ってやるつもりはない。だけど喧嘩中だからと言って共用のソファーに座っちゃ駄目なんて決まりを作った覚えもない。
恵太の隣にどさっと腰を下ろした。手を伸ばしてテーブルの上に投げ出してあるリモコンを取る。音のない部屋にテレビの音声を垂れ流すと少しは気も楽になった。
興味のないクイズ番組に意識は集中しそうにない。幸助に夕食を恵んでもらったばかりだからか、食欲の満たされた脳は場違いに眠気を訴えてきた。
天敵が真横にいると言うのに、ついうっかりウトウトしかける。俺も大概呑気なもんだけど、幸助の作るメシは昔から美味いよなと思い耽っていると、同時に気づいた。
俺の隣にいるこのバカはちゃんとメシ食ったのかなって。
「なあ」
「ああ」
「お前、メシは?」
恵太ではなくテレビに顔を向けたままそれとなく聞く。すると恵太も俺には顔を向けず、まだだと小さく吐き捨ててきた。
仕方ねえなこの野郎。雑誌読んでましたみたいなクソ下手すぎる芝居なんかしてねえで飯くらい作れよ。
「…………」
無言でソファーから腰を上げた。冷蔵庫の中には何があっただろうかと記憶を辿る。しかしキッチンへと行こうとしたその時、後ろからガシッと腕を掴まれた。
「なん…」
「行かなくていい」
「は?」
「座れ」
犬か俺は。テメエにお座りとか言われる筋合いはねえ。
イラッときて振り向こうとすると、しかしその前に背中に重みが。後ろからぎゅっと、体の前に両腕を回され、肩には恵太の顔が埋められた。
「座れよ。そこ」
「…………」
なんだこいつ。
そう思うが、同居人の傲慢に慣れてしまうともうロクな事がない。ソファーではなく、ソファーの前。テーブルとの間の隙間。
そこに俺をお座りさせて、恵太も俺の背後に座り込んだ。
「……おい」
そしてまたもや後ろ抱き。恵太の腕の中に閉じ込められた。スペース的にも体勢的にも身動きはまったく取れない。
恵太が立てた膝の間にすっぽりと収められている。抱きついているのだかなんなのだか分からないような情けない仕草で、俺の肩に顔を埋めてくる。横暴メンヘラ野郎のこいつには溜め息しか出てこない。
「甘えてんじゃねえよキメぇな」
「……てねえし。うぜえ黙れ」
「お前が黙れ雑誌逆さま野郎」
「…………うぜえ」
低い声で言い返しつつ、回される腕の力は強くなる。痛ぇと文句を垂れてはみるが、お互い離れる気はサラサラない。
床の上に付いた左手に、すっと重ねられた恵太の左手。どうせ意味なんてないんだろうけど、指輪の上から強く握られた。
腹が立つ。ぎゅっとしてくるから、余計に。
「……恵太いつ死ぬの」
「お前が死ぬ時」
「…………」
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