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おい、機嫌直せよ
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俺の心はガラス製だなんて言うつもりはない。優しくしてほしいと思った事だって一度もない。
だけどもう、それにしたって。この男には俺に対する配慮があまりにも欠けている。
デリカシーのない言葉や行動にプチプチと血管を切らせ、無意味な争いに疲れ果てるのはこっちももう飽き飽きしている。
だいぶ長いこと一緒にいるけど、昨日ほど恵太の野郎を殺したいと思った事はなかった。
死んじまえと毎日絶えず祈っている。でも地獄よりももっと奥深くの、いやむしろ地球の核辺りで身動き取れなくなったまま心底もがき苦しめとまでは、さすがの俺も考えた事はなかった。これまでは。
しかし今は思う。これ以上ないくらいの苦しみを全身で味わえ。死んだ方がマシだと思えるほどの凄惨な苦痛を奴に毎日お届けしてください、三百六十五日欠かさず。死ぬまで。毎日。できれば分刻みで。さらに可能なら秒ごとに。
そう祈ってる。心から。
「いつまでもヘソ曲げてんじゃねえよ」
「…………」
「おい」
「…………」
「道哉」
「…………俺はもうお前を居ないものとみなしている」
呟いた一言に恵太はうんざりと溜め息をついた。
どこのガキだ。蔑んだような眼差しと共にそんな一言を投げつけられて、俺がブチ切れたのは三秒後。
そもそもこの思いやりゼロパーセントな男とは昔からウマが合わなかった。
視線が絡めば睨み合いになり、すれ違えば取っ組み合いになり、言葉を交わせば殴り合いに発展していた高校時代。あの頃に比べればお互いマイルドになったものの、未だに喧嘩三昧の日々を送っている事に変わりはない。
体を繋げている時でさえ、それぞれから出てくる言葉は罵詈雑言に、恨みに辛みに。その他諸々の悪感情だ。
死ねとか殺すとか言い合いながらそれなりの頻度でセックスしてる。俺は恵太で体内を満たし、恵太は俺に欲を吐き出す。
心の底から馬鹿げていると自分でも思う。思いながらもここまで続けてきた。
この男に今さら何を求めたところで無駄だという事くらい重々承知しているから、この関係が良い方向に進むことはないのも分かっていた。
そんな気色の悪い方向にはそもそも俺が進めたくない。
俺達は付き合っている訳じゃない。恋人同士なんかじゃない。そんな可愛らしい関係を、今後結ぶつもりだってない。
一緒に住んでいるのはあくまで単なる節約のためで、体を重ねるのは性格不一致でもセックスの相性は良かったからで。
俺は恵太が嫌い。恵太も俺が嫌い。その前提が崩れる事は、一生かけても絶対に有り得ない事だと知っている。
だけど、だ。お互いいがみ合っているとは言え、最低限度のマナーくらいはあるんじゃねえのかっていう話で。
かいつまんでザックリ言ってみれば、こいつは夕べ人の中で遠慮もクソもなくイッた直後、プツリとこと切れたかのように一人でさっさと眠りコケやがった。
あろうことか、挿れたまま。
「…………」
「…………」
「………けい、た……?」
その時の俺の様子はこんな感じ。ポカンだった。
中でこいつの熱を感じ、そのすぐあとには体の上に、恵太が重くのしかかってきた。そしてなぜかそのまま動かなくなった。
さすがにこれはおかしいと思って胸を上下させながら呼んでも、恵太からはうんともすんとも返ってこない。無反応だった。
肩に手を置き、ゆさゆさと揺すった。けれどもやっぱり反応はなく、そこでとんでもない事に気が付いた。
なんかこいつ、寝てねえか。
「…………」
「はぁぁああッ?」っと、心の中では大絶叫。しかし実際には呆然として言葉も出ないような状態で、口をポカンと間抜けに開けたまま途方に暮れることしかできない。
ふざけんなよ。どうすんだよ、コレ。そこ。
ガッチリ嵌まったままなんですけど。イッて早々意識を飛ばしやがったくせして萎える気配はまるでゼロ。
なんなんだマジで死ね。ホント死ね。イカレてるにも程があるだろ。
どうにか起こせやしないかと、何度か雑に揺すってみたり軽く殴ってみたりしたけどどれもこれも無駄だった。
確かにここ最近の恵太は仕事がずいぶん忙しかったようで、帰宅が午前零時を過ぎる日が先週くらいから続いてはいたが。朝になって家を出て行く時間も通常より電車三本分ほど早くなってはいたと思うが。
だからと言って、コレはねえだろ。だいたいそこまで眠かったのならヤらずにさっさとおとなしく寝とけよ。
などと恨み言を吐き散らしても現状は変わらない。恵太は寝ていて、ギンギンのブツはしっかり穴に突っ込まれたままで、さっきまで散々抱かれていた俺は正直もう腰に力が入らない。
これを一言で表すならこう。最悪だ。
「っ……」
苦慮の末、自ら行動を起こす事にした。
重く圧し掛かる恵太の体をひとまずは退かせようと、その肩を鷲掴みにして自分の肘もどうにか立たせる。アレを引き抜くにはどうあったって、自分が下にいるこの体勢じゃ無理。だからお互いの位置を入れ替えるために、恵太の体を懸命に押した。
ギッチリ嵌まったおぞましいモノが弾みで抜けてはくれないだろうか。そんなささやかな期待もあったが、儚い望みは塵となって消えた。
動くとそれで、中が擦れる。そのちょっとした刺激でさえ、好き勝手されたばかりの敏感な体には過激なまでに酷だった。
「ン……」
一体何が悲しくてこんな事を。
恵太の体に足をかけ、腕には渾身の力を込めた。勢いをつけてガッと隣に倒し、やっとの思いでその体をボスっとベッドに沈めることに成功。縺れながら恵太に覆い被さり、こいつの上で荒く呼吸を刻んだ。
「ッは、……」
疲れた。見下げる顔が心から憎い。
このクソ野郎。寝てんじゃねえよ。起きたら殺す。絶対殺す。八つ裂きにしてやる。それで野良犬のエサにする。
やけに熱い体には気づかないふりを通した。のろのろと上体を起こして恵太の上に座り込む。とにかくコイツを引き抜くために、まともに力の入らない足を叱咤して腰を上げようとした。
でも、無理だった。両足が震える。生まれ立ての小鹿みたいだ。情けないやら虚しいやらでいよいよ泣きたくなってきた。
「ぅ……ン……ッ」
繋がっているそこに右手を回した。僅かにどうにか腰を浮かせ、それによって耳に入る卑猥な水音。死にたい。
不躾にも中で出した。そのまま自分だけ眠りに落ちた。後の事は全部俺に押し付けた。なんとも気楽な奴だなこの男は。
「ぁッ……っ……く、そ……」
引き抜こうとしているだけなのに、ギチッと締め付ける。そうじゃない。俺はただ抜きたいんだ。どうしてこんなにも恥辱にまみれる行為を俺がしなきゃならない。
寝ている男の上に跨って勝手に後ろで感じるなんて、虚しさにも限度ってもんがある。これじゃまるで俺が変態みてえじゃねえかよチクショウこの野郎。
「……ん、ッふ……」
歯を食いしばってはいても鼻から抜ける自分の声。何も聞こえなかった事にして、萎える気配のないソレをどうにか少しずつ引き抜いていった。
カタカタと、膝が震える。抜こうとすれば内壁を擦りつけることになる。太くて硬くて、熱いのがよく分かる。眉間に情けなく力が入り、無駄な持続力を見せるこの男をドス黒い気分で呪った。
萎えろ。さっさと萎えろこの野郎。カリが抜けねえんだよ、どうしてくれんだこの半端な体勢。つーか今のこの状況で起きたらマジぶっ殺す。
「ぁ……」
なんて思っていた矢先。見下ろしていた顔の、まぶたが動いた。
「っ……」
「………………なにしてんだテメエ」
眉根を寄せ、寝ぼけた顔で呟いた恵太。寝ぼけているようではあるがはっきりと目は合う。
もう嫌だ。ほんとに死にたい。
「っ……に、してんだじゃ……ねえよ……クソやろ……ッ」
最悪のタイミングで寝落ち、最悪のタイミングで覚醒した恵太に最大限の虚勢を張った。しかし全身は小刻みに震え、自覚できる程の涙目になっていてはまったくもって様にならない。
でもいい。まあいい。とにかくこれでなんとかなった。ようやくこの苦痛から解放される。ブツの持ち主が目覚めたのなら、あとは引き抜いてもらうだけ。
「はやく抜け……っ」
「あぁ?」
必死だった、俺は。しかし恵太が返してきたのはあり得ない反応だった。
ふざけんなとでも言わんばかりの顔をして怪訝に眉をひそめ、当然のように俺の腰を左右の手でガシッと掴んだ。
「ぇ……」
「バカか。抜けるかよこの状態で。腰下ろせ」
「なっ……」
バカはてめえだ。
そう吐き捨ててやる前に、最低野郎は強行に及んだ。掴んだ俺の腰を、打ち付けるみたいに、グッと。
「っ……ぁあッ」
同時に下から突き上げられれば、元より危うかった膝が折れるのは簡単だ。
せっかく途中まで引き抜いたのに。恥辱に耐えつつも頑張ったのに。こともあろうに再び俺の中に戻ってきた大バカ野郎。去ったはずの圧迫感が勢いよく体内で増した。
「あっ……は、……」
「休んでねえで動け」
「っふざけ、な……さっきまで寝てたクセに……ぅあッ」
突き上げられて声がひっくり返る。いつもの事だが酷い横暴。腹が立ちすぎて本気で泣けてくる。
むしろもうすでに泣いている。生理的に、はたまたキレているこの感情的に、どちらなのか定かでない涙が一筋だけ頬を伝った。
「……なに泣いてんだよ」
「ッ……、ぃて……ねえよクソが……っ……んッ、ぁ……」
「…………」
全身がガチガチだ。上体を辛うじて支えている腕に、スッと恵太の手が触れてきた。
掴むよりも柔らかい手つき。その仕草で手首を握られ、強引にとは言い難い、誘うような雰囲気で俺を引き寄せた。
いくらか近づいたお互いの顔。剣呑に忌々しく見下げる俺とは対照的に、寝起きの男はどことなく、普段より表情があどけない。
俺を見る時は常にガン垂れているのがこいつだ。なのに今は珍しく静かな目つきで、じっと俺の顔を見ていた。
「……お前今日、なんか可愛いな」
「ッ……!」
瞬間、カッと血が上った。だがここでも怒鳴りつける前に突き上げられて何も言えなくなった。
まだ寝ぼけてやがんのか。こいつは今何を言った。
出会ってからここまで、なんだかんだ遠く距離を置いた事は一度としてなかったけれど、そんな気色の悪いセリフを聞かされたのは初めてだ。
普段言われ慣れていない言葉に俺の頭はよほど混乱したのだろう。
その後はもう命じられるまま、不覚にも恵太の上で腰をいいように振る始末。一度零した涙は止まらず、天敵の上で存分に泣き顔を晒しながら一夜を明かす事となった。
という出来事があった。
何が悪いかと問われれば、それはもう十割十分途中で寝やがった恵太の野郎だ。殴っても起きなかった奴が都合の悪いタイミングで起きるなんて、嫌がらせ以外のなんだというのか。
そういう訳で死んでほしい。むしろ俺の中では恵太の生命はすでに絶たれている。
この世に存在してねえはずの奴が話しかけてくんじゃねえよ気味ワリぃな。
「道哉」
「…………」
「聞けって」
「…………」
「いい加減にしろよ」
「…………」
いい加減にすんのはテメエだ。
ムカツク顔は見たくないから、朝からずっと自室に籠っていた。鍵なんか付いていない部屋のドアをあっさり開けやがった恵太は、朝からちょいちょい俺に絡んでくる。つまり全然一人になれない。
普段は喧嘩になるとそれぞれ口をきかなくなるのに、今日はどういうつもりかウザい。こんな男にも欠片程度の罪悪感くらいはあったのかどうなのか。一人で部屋にこもりたい俺を、こいつは意地でも一人にさせなかった。
一人でベッドにもぐりこんで恵太に背を向けていたけれど、何度もしつこく呼びかけてくるから頭からシーツを被って呼び声もろとも遮断した。
実際に遮断なんてできないが。防音室じゃないもん。ただの布団だもん。何様だか知らんが深く溜め息なんぞ吐きやがったのもちゃんと聞こえた。てめえコラ態度改めろ。
「……道哉」
ギシッとベッドのふちが沈み込む。恵太がすぐ近くに腰を下ろしたのが分かった。
ムカムカする。出てけとか死ねとか言ってやりたいけど口をききたくないから黙っていた。すると今度は被っていた布団を腹の辺りまでずり下ろされた。やめろよ。
「なあ」
「…………」
布団を強奪されたことによって顔が空気に晒される。恵太のいる方に背を向けたままその存在を除外していたが、こいつはなんの許可もなく、ベタベタと俺に触ってくる。
超ウザい。身を捩って心からの拒絶を表した。
だけどこいつは全然やめない。それどころか人の顔に手を伸ばし、スッとその指先が触れた。
「触んじゃ…」
手のひらが覆ったのは目元。視界が暗く閉ざされる。
やや控えめにぐっと肩を掴まれ、背中がそっとシーツに触れた。そうやって仰向けにされると同時に、唇に重なる。この感触は、おそらく、いや間違いなく。恵太の唇だ。
「…………」
俺の視界を遮りながら、ただ触れるだけのキスをしてきた。目元を覆われているから恵太の顔は見えないけれど、いつものキスより確実に優しい。
啄むようなそれに、ちょっと戸惑う。憎らしいほど、よく馴染む。
キスはそれ以上深まる事なく、唇はゆっくり離れていった。まぶたの上に乗せられていた手も退かされて、恵太の顔が目に映る。
「昼メシ。もうできてるから欲しけりゃ来い」
「…………」
そう言って部屋を出て行った。俺がこれで引きこもりをやめるのが分かっているかのように、ドアは閉めずに開かれたまま。
閉めてけと言って怒鳴らなかったのは、別に今のキスが嬉しかったとかそういうあれでは断じてない。渋々ベッドから下りたのは、離れる間際に掠める程度、キュッと手を握られた事とはこれっぽっちも関係ない。
「……んだってんだよ」
ずり落ちそうな布団をベッドに戻して、仕方がないから部屋を出た。
昼飯がオムライスじゃなかったら思いっきりぶん殴る。
だけどもう、それにしたって。この男には俺に対する配慮があまりにも欠けている。
デリカシーのない言葉や行動にプチプチと血管を切らせ、無意味な争いに疲れ果てるのはこっちももう飽き飽きしている。
だいぶ長いこと一緒にいるけど、昨日ほど恵太の野郎を殺したいと思った事はなかった。
死んじまえと毎日絶えず祈っている。でも地獄よりももっと奥深くの、いやむしろ地球の核辺りで身動き取れなくなったまま心底もがき苦しめとまでは、さすがの俺も考えた事はなかった。これまでは。
しかし今は思う。これ以上ないくらいの苦しみを全身で味わえ。死んだ方がマシだと思えるほどの凄惨な苦痛を奴に毎日お届けしてください、三百六十五日欠かさず。死ぬまで。毎日。できれば分刻みで。さらに可能なら秒ごとに。
そう祈ってる。心から。
「いつまでもヘソ曲げてんじゃねえよ」
「…………」
「おい」
「…………」
「道哉」
「…………俺はもうお前を居ないものとみなしている」
呟いた一言に恵太はうんざりと溜め息をついた。
どこのガキだ。蔑んだような眼差しと共にそんな一言を投げつけられて、俺がブチ切れたのは三秒後。
そもそもこの思いやりゼロパーセントな男とは昔からウマが合わなかった。
視線が絡めば睨み合いになり、すれ違えば取っ組み合いになり、言葉を交わせば殴り合いに発展していた高校時代。あの頃に比べればお互いマイルドになったものの、未だに喧嘩三昧の日々を送っている事に変わりはない。
体を繋げている時でさえ、それぞれから出てくる言葉は罵詈雑言に、恨みに辛みに。その他諸々の悪感情だ。
死ねとか殺すとか言い合いながらそれなりの頻度でセックスしてる。俺は恵太で体内を満たし、恵太は俺に欲を吐き出す。
心の底から馬鹿げていると自分でも思う。思いながらもここまで続けてきた。
この男に今さら何を求めたところで無駄だという事くらい重々承知しているから、この関係が良い方向に進むことはないのも分かっていた。
そんな気色の悪い方向にはそもそも俺が進めたくない。
俺達は付き合っている訳じゃない。恋人同士なんかじゃない。そんな可愛らしい関係を、今後結ぶつもりだってない。
一緒に住んでいるのはあくまで単なる節約のためで、体を重ねるのは性格不一致でもセックスの相性は良かったからで。
俺は恵太が嫌い。恵太も俺が嫌い。その前提が崩れる事は、一生かけても絶対に有り得ない事だと知っている。
だけど、だ。お互いいがみ合っているとは言え、最低限度のマナーくらいはあるんじゃねえのかっていう話で。
かいつまんでザックリ言ってみれば、こいつは夕べ人の中で遠慮もクソもなくイッた直後、プツリとこと切れたかのように一人でさっさと眠りコケやがった。
あろうことか、挿れたまま。
「…………」
「…………」
「………けい、た……?」
その時の俺の様子はこんな感じ。ポカンだった。
中でこいつの熱を感じ、そのすぐあとには体の上に、恵太が重くのしかかってきた。そしてなぜかそのまま動かなくなった。
さすがにこれはおかしいと思って胸を上下させながら呼んでも、恵太からはうんともすんとも返ってこない。無反応だった。
肩に手を置き、ゆさゆさと揺すった。けれどもやっぱり反応はなく、そこでとんでもない事に気が付いた。
なんかこいつ、寝てねえか。
「…………」
「はぁぁああッ?」っと、心の中では大絶叫。しかし実際には呆然として言葉も出ないような状態で、口をポカンと間抜けに開けたまま途方に暮れることしかできない。
ふざけんなよ。どうすんだよ、コレ。そこ。
ガッチリ嵌まったままなんですけど。イッて早々意識を飛ばしやがったくせして萎える気配はまるでゼロ。
なんなんだマジで死ね。ホント死ね。イカレてるにも程があるだろ。
どうにか起こせやしないかと、何度か雑に揺すってみたり軽く殴ってみたりしたけどどれもこれも無駄だった。
確かにここ最近の恵太は仕事がずいぶん忙しかったようで、帰宅が午前零時を過ぎる日が先週くらいから続いてはいたが。朝になって家を出て行く時間も通常より電車三本分ほど早くなってはいたと思うが。
だからと言って、コレはねえだろ。だいたいそこまで眠かったのならヤらずにさっさとおとなしく寝とけよ。
などと恨み言を吐き散らしても現状は変わらない。恵太は寝ていて、ギンギンのブツはしっかり穴に突っ込まれたままで、さっきまで散々抱かれていた俺は正直もう腰に力が入らない。
これを一言で表すならこう。最悪だ。
「っ……」
苦慮の末、自ら行動を起こす事にした。
重く圧し掛かる恵太の体をひとまずは退かせようと、その肩を鷲掴みにして自分の肘もどうにか立たせる。アレを引き抜くにはどうあったって、自分が下にいるこの体勢じゃ無理。だからお互いの位置を入れ替えるために、恵太の体を懸命に押した。
ギッチリ嵌まったおぞましいモノが弾みで抜けてはくれないだろうか。そんなささやかな期待もあったが、儚い望みは塵となって消えた。
動くとそれで、中が擦れる。そのちょっとした刺激でさえ、好き勝手されたばかりの敏感な体には過激なまでに酷だった。
「ン……」
一体何が悲しくてこんな事を。
恵太の体に足をかけ、腕には渾身の力を込めた。勢いをつけてガッと隣に倒し、やっとの思いでその体をボスっとベッドに沈めることに成功。縺れながら恵太に覆い被さり、こいつの上で荒く呼吸を刻んだ。
「ッは、……」
疲れた。見下げる顔が心から憎い。
このクソ野郎。寝てんじゃねえよ。起きたら殺す。絶対殺す。八つ裂きにしてやる。それで野良犬のエサにする。
やけに熱い体には気づかないふりを通した。のろのろと上体を起こして恵太の上に座り込む。とにかくコイツを引き抜くために、まともに力の入らない足を叱咤して腰を上げようとした。
でも、無理だった。両足が震える。生まれ立ての小鹿みたいだ。情けないやら虚しいやらでいよいよ泣きたくなってきた。
「ぅ……ン……ッ」
繋がっているそこに右手を回した。僅かにどうにか腰を浮かせ、それによって耳に入る卑猥な水音。死にたい。
不躾にも中で出した。そのまま自分だけ眠りに落ちた。後の事は全部俺に押し付けた。なんとも気楽な奴だなこの男は。
「ぁッ……っ……く、そ……」
引き抜こうとしているだけなのに、ギチッと締め付ける。そうじゃない。俺はただ抜きたいんだ。どうしてこんなにも恥辱にまみれる行為を俺がしなきゃならない。
寝ている男の上に跨って勝手に後ろで感じるなんて、虚しさにも限度ってもんがある。これじゃまるで俺が変態みてえじゃねえかよチクショウこの野郎。
「……ん、ッふ……」
歯を食いしばってはいても鼻から抜ける自分の声。何も聞こえなかった事にして、萎える気配のないソレをどうにか少しずつ引き抜いていった。
カタカタと、膝が震える。抜こうとすれば内壁を擦りつけることになる。太くて硬くて、熱いのがよく分かる。眉間に情けなく力が入り、無駄な持続力を見せるこの男をドス黒い気分で呪った。
萎えろ。さっさと萎えろこの野郎。カリが抜けねえんだよ、どうしてくれんだこの半端な体勢。つーか今のこの状況で起きたらマジぶっ殺す。
「ぁ……」
なんて思っていた矢先。見下ろしていた顔の、まぶたが動いた。
「っ……」
「………………なにしてんだテメエ」
眉根を寄せ、寝ぼけた顔で呟いた恵太。寝ぼけているようではあるがはっきりと目は合う。
もう嫌だ。ほんとに死にたい。
「っ……に、してんだじゃ……ねえよ……クソやろ……ッ」
最悪のタイミングで寝落ち、最悪のタイミングで覚醒した恵太に最大限の虚勢を張った。しかし全身は小刻みに震え、自覚できる程の涙目になっていてはまったくもって様にならない。
でもいい。まあいい。とにかくこれでなんとかなった。ようやくこの苦痛から解放される。ブツの持ち主が目覚めたのなら、あとは引き抜いてもらうだけ。
「はやく抜け……っ」
「あぁ?」
必死だった、俺は。しかし恵太が返してきたのはあり得ない反応だった。
ふざけんなとでも言わんばかりの顔をして怪訝に眉をひそめ、当然のように俺の腰を左右の手でガシッと掴んだ。
「ぇ……」
「バカか。抜けるかよこの状態で。腰下ろせ」
「なっ……」
バカはてめえだ。
そう吐き捨ててやる前に、最低野郎は強行に及んだ。掴んだ俺の腰を、打ち付けるみたいに、グッと。
「っ……ぁあッ」
同時に下から突き上げられれば、元より危うかった膝が折れるのは簡単だ。
せっかく途中まで引き抜いたのに。恥辱に耐えつつも頑張ったのに。こともあろうに再び俺の中に戻ってきた大バカ野郎。去ったはずの圧迫感が勢いよく体内で増した。
「あっ……は、……」
「休んでねえで動け」
「っふざけ、な……さっきまで寝てたクセに……ぅあッ」
突き上げられて声がひっくり返る。いつもの事だが酷い横暴。腹が立ちすぎて本気で泣けてくる。
むしろもうすでに泣いている。生理的に、はたまたキレているこの感情的に、どちらなのか定かでない涙が一筋だけ頬を伝った。
「……なに泣いてんだよ」
「ッ……、ぃて……ねえよクソが……っ……んッ、ぁ……」
「…………」
全身がガチガチだ。上体を辛うじて支えている腕に、スッと恵太の手が触れてきた。
掴むよりも柔らかい手つき。その仕草で手首を握られ、強引にとは言い難い、誘うような雰囲気で俺を引き寄せた。
いくらか近づいたお互いの顔。剣呑に忌々しく見下げる俺とは対照的に、寝起きの男はどことなく、普段より表情があどけない。
俺を見る時は常にガン垂れているのがこいつだ。なのに今は珍しく静かな目つきで、じっと俺の顔を見ていた。
「……お前今日、なんか可愛いな」
「ッ……!」
瞬間、カッと血が上った。だがここでも怒鳴りつける前に突き上げられて何も言えなくなった。
まだ寝ぼけてやがんのか。こいつは今何を言った。
出会ってからここまで、なんだかんだ遠く距離を置いた事は一度としてなかったけれど、そんな気色の悪いセリフを聞かされたのは初めてだ。
普段言われ慣れていない言葉に俺の頭はよほど混乱したのだろう。
その後はもう命じられるまま、不覚にも恵太の上で腰をいいように振る始末。一度零した涙は止まらず、天敵の上で存分に泣き顔を晒しながら一夜を明かす事となった。
という出来事があった。
何が悪いかと問われれば、それはもう十割十分途中で寝やがった恵太の野郎だ。殴っても起きなかった奴が都合の悪いタイミングで起きるなんて、嫌がらせ以外のなんだというのか。
そういう訳で死んでほしい。むしろ俺の中では恵太の生命はすでに絶たれている。
この世に存在してねえはずの奴が話しかけてくんじゃねえよ気味ワリぃな。
「道哉」
「…………」
「聞けって」
「…………」
「いい加減にしろよ」
「…………」
いい加減にすんのはテメエだ。
ムカツク顔は見たくないから、朝からずっと自室に籠っていた。鍵なんか付いていない部屋のドアをあっさり開けやがった恵太は、朝からちょいちょい俺に絡んでくる。つまり全然一人になれない。
普段は喧嘩になるとそれぞれ口をきかなくなるのに、今日はどういうつもりかウザい。こんな男にも欠片程度の罪悪感くらいはあったのかどうなのか。一人で部屋にこもりたい俺を、こいつは意地でも一人にさせなかった。
一人でベッドにもぐりこんで恵太に背を向けていたけれど、何度もしつこく呼びかけてくるから頭からシーツを被って呼び声もろとも遮断した。
実際に遮断なんてできないが。防音室じゃないもん。ただの布団だもん。何様だか知らんが深く溜め息なんぞ吐きやがったのもちゃんと聞こえた。てめえコラ態度改めろ。
「……道哉」
ギシッとベッドのふちが沈み込む。恵太がすぐ近くに腰を下ろしたのが分かった。
ムカムカする。出てけとか死ねとか言ってやりたいけど口をききたくないから黙っていた。すると今度は被っていた布団を腹の辺りまでずり下ろされた。やめろよ。
「なあ」
「…………」
布団を強奪されたことによって顔が空気に晒される。恵太のいる方に背を向けたままその存在を除外していたが、こいつはなんの許可もなく、ベタベタと俺に触ってくる。
超ウザい。身を捩って心からの拒絶を表した。
だけどこいつは全然やめない。それどころか人の顔に手を伸ばし、スッとその指先が触れた。
「触んじゃ…」
手のひらが覆ったのは目元。視界が暗く閉ざされる。
やや控えめにぐっと肩を掴まれ、背中がそっとシーツに触れた。そうやって仰向けにされると同時に、唇に重なる。この感触は、おそらく、いや間違いなく。恵太の唇だ。
「…………」
俺の視界を遮りながら、ただ触れるだけのキスをしてきた。目元を覆われているから恵太の顔は見えないけれど、いつものキスより確実に優しい。
啄むようなそれに、ちょっと戸惑う。憎らしいほど、よく馴染む。
キスはそれ以上深まる事なく、唇はゆっくり離れていった。まぶたの上に乗せられていた手も退かされて、恵太の顔が目に映る。
「昼メシ。もうできてるから欲しけりゃ来い」
「…………」
そう言って部屋を出て行った。俺がこれで引きこもりをやめるのが分かっているかのように、ドアは閉めずに開かれたまま。
閉めてけと言って怒鳴らなかったのは、別に今のキスが嬉しかったとかそういうあれでは断じてない。渋々ベッドから下りたのは、離れる間際に掠める程度、キュッと手を握られた事とはこれっぽっちも関係ない。
「……んだってんだよ」
ずり落ちそうな布団をベッドに戻して、仕方がないから部屋を出た。
昼飯がオムライスじゃなかったら思いっきりぶん殴る。
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