ケンカップル

わこ

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本人たちは真剣です

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 高校時代はそれこそ毎日のように殴り合いをしていた俺達だが、お互い大人になった今ではせいぜい口論で終わる事がほとんど。しかしそれでも血を見る喧嘩は時々始まる。
 少なくとも毎日という意味ではだいぶ落ち着いただろうものの、元々がこれでもかと言うくらいに相性の悪い相手だ。そこはもう、仕方ないと言うより他にない。

 同居までして、その家の中ではくっついたり繋がったりしていれば、ムカツク顔が年がら年中目に入ってくるのはむしろ当然。
 ささやかな出来事に苛立ち、青春時代の闘争本能にふとしたキッカケで火がついてしまうのも、やはり仕方のない事だ。



「ッ……」

 ガツっと鈍い音を立て、俺の拳が恵太の左頬に気持ちいいくらいヒットした。追い込んだその体をドガッと壁に打ち付ける。悔しくも身長差により見上げる事になるこいつの襟元に、手荒くガッと掴みかかった。
 睨み付けるその顔。いつ見てもムカつく顔だ。切れたその口角には僅かな血が滲んでいた。

「テメエはどう考えてもおかしい」

 大嫌いな顔を忌々しく見上げながら、腹の底から低く吐き捨てた。恵太の眉がピクッと動いたのが分かる。

「……俺の勝手だろ」
「見てるとこっちがイライラすんだよ」
「見なきゃ済む話だろうが」
「顔つき合わせてメシ食ってたら嫌でも目に入ってくんだよ。クソ恵太が、マジ死ね」

 最後の一言は、言えたかどうか。そんなタイミングで衝撃が来た。力技で肩を掴み返され、同時に左頬へ鈍い一発。

 ガッ、ドダッと。
 次の瞬間には床の上に派手に転がされている。即座に俺に跨って、胸ぐらを掴み上げてきたこいつ。

「うぜえんだよ道哉がよぉ。ガタガタガタガタ抜かしやがって」
「はッ。言わせてんのテメエだろ」

 至近距離で睨み合う。恵太の目は心なしか据わっているけど、俺だってこの腹の虫はおさまらない。
 こいつはおかしい。どう考えても間違っている。
 掴み上げてくるその腕を、パシッと反対に握りしめ、ギリギリと力を込めながら胸糞悪く口を開いた。

「やっぱお前とは合わねえな」

 そう言った俺に、ピクリと。またもや恵太の眉が不機嫌に動いた。

「そういうところがムカツクんだよ。合おうが合わなかろうが俺の勝手だ、人のやることに口出しすんじゃねえ。いちいちピーピー喚きやがって女かテメエは」
「女じゃなくても気になんだよカス。こっちだって好き好んで口出ししてるわけじゃねえ。テメエのアレが異常すぎんだろ。毎日毎日イミ分かんねえもん見せつけられる俺の身にもなれ」
「だから見なきゃいいだろ。バカかてめえは」
「バカって言う方がバカなんだよバカ」
「ガキが」

 ゴツンッ。
 そんな音を聞いた。俺の胸ぐらを掴み上げていた恵太の手も外れている。

「っ……てッ、め……」

 俺の頭突きで額にダメージを受けた恵太。頭を押さえて苦痛と共に苛立ちを見せるその顔を、下からわなわなと睨み付けた。

「誰がガキだコラ、ぁあッ!?」
「うぜえ! ガキっつわれてそんだけキレてりゃ十分ガキだろッ」

 そして再び取っ組み合いになった。床の上でボコスカと殴り合い、組み敷き組み敷かれを交互に繰り返す。
 ドッタンバッタン、ガダンズガンと。下の階、もしくはお隣さんから苦情が来ても文句は言えない。

「ンのクソ道哉ッ、いい加減にしろ!」
「うるせえ! てめえのあのイミ分かんねえ行動はマジ許せねえ!!」

 だって、本当におかしい。
 なぜ。どうして。

「っ……なんっでいつもいつも食いもんにやたらマヨネーズかけんだよテメエはぁああッ」

 本っ当にあれは意味が分からない。
 最後にドタンっと俺が恵太を組み敷いた。恵太は下からは俺の顎を突っぱねて抗議してくる。

「うるせえ! 好きなんだから仕方ねえだろッ!」
「好きだからって限度ってもんがあんだろうが! なんでトンカツにマヨなんだよっ、なんで目玉焼きにマヨなんだよっ、なんでさんまの塩焼きにマヨなんだよぉおッ!?」

 今朝、ついさっき。こいつは今日も俺の焼いたさんまにマヨネーズをかけやがった。
 この数年、そんな異様な光景にもどうにか耐えに耐えてきた。だけどもう限界だった。吐き気のする意味不明なこいつの行動にとうとうキレて、そして今に至る。

「醤油とかソースとかいつだってちゃんと用意してやってんじゃねえかよ! なんで揚げ物だしても焼き魚出しても当たり前みたいな顔して冷蔵庫にマヨ取り行くんだ!? 味覚がどっか欠損してるとしか思えねえ!!」
「してねえよ失礼も大概にしろッ。つーかテメエ退けっ」
「マヨやめるって宣言させるまでどくかこの野郎!」
「誰がそんな宣言するか! 退かねえんならこのまま犯すぞクソがッ」

 物騒な内容を叫ばれてはっとした。下からグイッと、肩を鷲掴みにされてようやく気付く。

 下半身の。この男の異変。
 あまりの怒りでついつい忘れていたが、こいつは稀に見る、

「…………恵太」
「勃った」
「…………」

 ヘンタイだった。

「…………恵太くん」
「ヤラせろ」
「…………」

 超ムリ。

「っ……」

 気づけば行動は早かった。恵太の手を振り切りバッと身を起こし、今にも食われそうな男の目から逃げるためだけに足を立たせた。
 ものの、止むなく失敗。逃げ去る前に腕を掴まれ、床の上へとゴーバック。

 バゴッと強引に押し倒されて、しこたま打ち付けた背中が痛い。
 痛みで顔を歪める俺。それを見下ろし、恵太はスッと目を細めた。

「お前が悪い。つまんねえ事で俺につっかかった自分を恨め」
「いや、あの……」
「知ってんだろ」
「けい…」
「俺はなぁ」

 怖い怖い怖い怖い。

「テメエ殴ってると勃つんだよ」

 ああッ。いやだッ。その直球イヤだッ。

「ッキモい! っつーか怖えよッ、そのクセなおせって言ってんだろ!?」

 いつからこいつがそんな訳の分からない身体作用を催すようになったのかは知らないけれど、とことん殴り合った末にいきなり強姦紛いの行為に及ばれる事が割とある。

 徐々に手や足の出る喧嘩が減っていった事の最大要因はそれだ。
 気づいた時にはヤる仲になっていたあの頃には、すでに体格差もはっきりしていた。そんな悲しい現実によって喧嘩もやりづらくなってきていた。それで俺は少しずつ、こいつとの殴り合いを避けるようになった。
 だってヤられちゃうし。喧嘩で興奮状態にある時の恵太って性欲増すし。

 ていうかこの人、ホント怖いし。

「ちょっと待て……落ち着け……」
「黙れ。犯す」
「ちょっ、待ッ……」

 マヨネーズがどうとか。そんな事を言っている場合ではなくなった。とにもかくにも恵太の胸板を押し返す事に今は必死。
 しかしこの男はそれを許さない。恵太と同様に殴られた衝撃で切れている俺の口角を、舌先で押しつけるように舐めてきた。

「ッ……」

 痛い。ヤバい。食われる。

「道哉」
「……は、ははははは」

 顔が引きつる。笑い声も引きつる。欲情しきった声に背筋が凍った。
 物の食い方が狂ってる恵太は、俺の犯し方もかなり狂ってる。

「……ッいやだぁああ!!」
「うるせえ。頭からマヨネーズぶっかけるぞ」
「!」

 同居生活の絶対条件。
 食の好みが合う相手を選びましょう。
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