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第三部
118.新境地Ⅱ
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先々月からバイト先を変えた。量販店の裏方作業は相変わらずだし、単発もたまに入れるが。そこそこ金になる重労働とか、隙間時間の農作業バイトで苗植えたりトマト収穫したりとか。
そしてそれらとはまた別に、路地裏の飯屋で働き始めた。
元々はとある日の夕方過ぎに竜崎がふらっと立ち寄った店だった。腕を引っ張られ、ちょうど腹も減っていたから、断る理由もなく一緒に入った。
外観はかなり古そう。しかし中は意外にも清潔感のある食堂だ。古いことに変わりはないが、隅々まで手入れされているのは分かった。
竜崎は生姜焼き定食。俺はサバ味噌定食。出来立てが出てきた。味噌汁の味にも手抜きがない。価格は良心的。確実に値段以上の美味さ。
注文やら調理やら会計やらを全部一人でこなす店主は素っ気ない口調でニコリともしない。不愛想でいかにもな頑固親父だ。そんな時代錯誤の店主の元には、夕食時になるにつれて続々と馴染みらしき客が集まってきた。
帰る時にふと目に入ったのは、これまた古臭い引き戸にセロハンテープで貼り付けてあったバイト募集のヤル気ない告知。
時給応相談。胡散臭かった。だけど店の味は気に入った。
翌日バイトの面接に行ったら、頑固ジジイと秒でケンカになった。初見でクソガキクソジジイ言い合いながら怒鳴り散らした挙げ句の果てに、どうしてそうなったか採用された。
変わったジジイだ。文字通りの老いぼれジジイでクソほど頑固なうえ口も悪いが、なぜなのかリピーターが絶えない。
客層はガテン系やその辺ばかりかと思いきやこれまたそういう訳ではないようで、小綺麗な格好をした若い女が多いのも謎。おまけにカップルも来る。意味が分からない。
外装は汚いくせに出てくる食事は綺麗だからだろうか。客のほとんどは常連になる。反対に二度と来ない奴は本当に来ない。
出来立ての料理にいちいちスマホのレンズを向けるような常連客はたったの一人もいないから、結局のところそういうのばっかり集まってくる店なのだろう。
アウトローの部分だけを取っ払ったミオって感じだ。気安く、楽し気で、賑わい、居心地もいい。飯を食う客は満足そうな顔。
そこで今日も夕方の開店前から準備に動き回り、コキ使われて、閉店時間となる二十一時半までジジイと怒鳴り合いながら働いた。
もういいから上がれ。残業代をケチりたいジジイは二十一時半を過ぎると俺に言う。
今夜は特に客入りが良くて、洗い残した皿はまだあったのだが、居座ったら居座ったでさっさと帰れと言われるのがオチ。だから言われた通り店を出てきた。その店に向かって、いま歩いている。
いつ見ても何度見ても変わりようもなく古臭い店だ。だいぶ色褪せている質素な暖簾はバイト終わりに外してきた。
デカい台風が直撃したら壊れるだろうボロい引き戸を、躊躇いなくガラッと開ける。
店主の姿はすぐ目に入った。カウンターの前で頑固ジジイがパソコンを使いこなしている姿には今でも慣れない。こんな古ぼけた店のくせして支払いはキャッシュレス可なのもムカつく。クソジジイが時代に合わせてんじゃねえよ。
カウンターに向かって進む俺をチラリと振り返ることもせずに、ジジイは愛想の欠片もなく言った。
「何しに戻ってきやがった小僧」
「老いぼれが一人で腰でもヤってたら明日から俺の働き口がなくなる」
「ガキ」
「ジジイ」
クソジジイを通り過ぎて奥の厨房に入ってみれば、案の定汚れた皿がまだまだ大量に流しの中に。一気に客が来た日はこうなる。そのくせ最後の客が席を立てば俺にはすぐさま帰れと言う。
俺が来る前はずっと一人でやっていたそうだ。小さな店とは言え連日この客入り。バイトを雇わないジジイは頑固が過ぎる。
俺が来てからも混雑は解消されていない。たまに気のいい常連達が厚意で手伝いに入ろうとするのに、テメエは食ってろ客の分際で皿洗いなんぞすんじゃねえと。
変なジジイだし変な店だ。客商売として成立していない。なのにここに来る常連は、みんなにこやかになって帰っていく。
バカみたいに美味いメシを出すからかもしれない。威圧的で口も態度もとんでもなく悪いくせして、どんな客も受け入れるからかもしれない。
食い方も好みも何も押し付けない。たまにメニュー以外のリクエストが飛んでくると、面倒くせえ注文すんじゃねえとか言いながら要望通りのメシを出す。
一番めんどくせえの誰だよって話だ。面倒くさいジジイの手が回りきらなかった皿を捌き、最後の一枚をキュッと拭いた。
食器乾燥機を備える金があるなら定食価格に反映させちまうようなアホジジイのせいで作業工程が多い。
大量の皿を片付け、微妙に凝った肩を回しながらホールに戻った。
ジジイはまだ大量の伝票とパソコンの画面に向き合っている。何度見ても似合わねえ。
「勝手に戻ってきた奴に残業代は出さねえぞ」
「そうかよドケチジジイ」
「黙れ、使えねえガキが」
ジジイが腰を上げたのと入れ替わりで俺がカウンター席に座った。
開きっぱなしのノートパソコンが意図せず視界に入ってくる。たかがバイト二ヶ月目にすぎない男がここにいるというのに、よくもまあ堂々と帳簿を晒しておける。
売り上げは上々。あれだけ客が入れば当然。その反面で利益は微妙。税金払ってギリギリでマイナスにならない。どうにか生活できそうな程度。だがこれも当然だろう。
不況を乗り越えてここまで来ているのだからそれなりの備えくらいはあるのだろうが、ジジイはそもそも儲ける気があるのか否か。
どこの馬の骨とも分からないバイトが帳簿を見ていても気にしないジジイが安っぽいコップ片手に戻ってきた。
そのコップは俺の前に出された。茶色い液体が入っている。バイト代をせびりに来た俺を殺すための毒薬。ではなくて、中身は普通のウーロン茶。
クソジジイが気の利いたことしてんじゃねえ。こっちも遠慮なくプラスチックコップを手に取った。
「おいジジイ」
「なんだ小僧」
「ここ間違ってる」
「ああ?」
ウーロン茶に口を付けながら、指さした画面の表。とある一列。
料理する以外に能がないと見せかけて意外と数字に強いジジイは、俺の一言ですぐ気づいたようだ。
「…………」
「モウロクするには早いんじゃねえのか。何年自営業やってんだ」
「うっせえ、できるもんならテメエでやってみろ」
俺の横にドサッと腰を下ろし、ジジイは鬱陶しそうに息をついた。
年の割に時代についていこうとするジジイなら会計ソフトくらい使いこなせるだろうが、必要な機能を制限なく求めるとなるとおそらく完全なフリーにはならない。
自力でなんとかなる作業に余計な経費をかけるよりも、その辺で腹空かせて鳴いている犬猫にメシをくれてやるようなジジイはたとえ一円だろうとも惜しむ。アホみてえだがそれがこの店だ。不適切にバカ盛にする訳でもバカ安くするのでもなくて、このジジイのやっている事こそが本物の衡平ってやつなのだろう。
経理担当なんて雇うはずがないしそもそもそこまでの規模ではない。
ジジイの見ている横でカーソルを移動し、正しくなるように操作した。
「……お前こんなのできたのか」
「勉強中だよ悪いかジジイ」
ただのバイトが店の数字をガッツリ見ていようと気にも留めない。作業の流れで入力を始めても、何も言ってくる気配がないから特に不満はないらしい。
無駄に元気なジジイでも、一人で全部やるには無理がある。デカすぎる負担を分散するために、家族を頼るなりすればいいものを。
「……息子いるって言ってたよな」
「ああ」
「ここ継がねえのか」
「寄り付きもしねえ倅にどうやって店を渡せってんだ」
ジジイはスッパリこの通り。これだから頑固な老いぼれは。
「うっかり死んじまう前に一度くらい会っとけよ」
「うるせえクソガキ」
「遠いとこにいるわけじゃねえんだろ?」
「会ったところでお互いなんの得にもならねえ。どうせ怒鳴り合いになって終わりだ」
「アンタと話してて怒鳴り合いにならねえ奴なんかいねえよ」
「ゴチャゴチャと口やかましいガキだな」
「後悔するぞ。あんたも、息子も」
珍しくジジイの憎まれ口が止んだ。三秒待っても飛んでこなかった。
一人息子と何があったかは知らない。息子がいるならその母親もいる。その人がなぜここにいないのかも知らないし聞くつもりもない。
憎まれ口ばかり叩くジジイだ。実の息子との折り合いが悪くなった経緯なんかに興味はないが、息子が憎しみの対象であるなら、他人の俺にそいつの存在は明かさなかっただろう。
息子が父親をどう思っているかは分からない。けれどジジイは、少なくとも憎んではいない。
ウーロン茶をまたひと口クイッと。年季の入ったカウンターに俺がコップを置けば、ようやく憎まれ口が復活した。
「……ガキが生意気言ってんじゃねえ」
「悪ぃけどこれに関しちゃ俺のがアンタよりも知ってる。息子に後悔なんかさせたくねえだろ」
「…………」
また止んだ。変なところでヒヨりやがってジジイが。
親の死に目にさえ間に合わなかった無様なクソ息子の話を、一ヵ月前このジジイに、なぜしてしまったのかは心からの謎だ。
分からないけど、俺は父親を一人で死なせた。ジジイとその息子は、まだ生きている。怒鳴り合えるのなんて生きている間だけだ。
「まあ好きにしろジジイ。俺が口出す事じゃねえ」
「しっかり口出した後に何言ってやがるこの出しゃばり小僧」
「今そんだけ元気ならあと三十年はピンピンしてるな」
「クソガキ」
「妖怪ジジイ」
嫌なジジイだ。
***
閉店後の作業を終えてから、元来た道を一人で戻った。頑固な捻くれジジイのせいで不必要に往復する羽目になっている。
店の前の通りを抜けて、少し行った先。目の前からは見知った顔が。俺に気付くと、そいつも足を止めた。
へらっと笑った竜崎がそこにいる。再びこっちに向かって歩きながら、能天気な顔で口を開いた。
「おかえり」
「……おう」
道の途中で合流し、二人で一緒に歩き出す。俺もこいつも帰る場所は同じ。
二人で一緒に、家に帰る。
そしてそれらとはまた別に、路地裏の飯屋で働き始めた。
元々はとある日の夕方過ぎに竜崎がふらっと立ち寄った店だった。腕を引っ張られ、ちょうど腹も減っていたから、断る理由もなく一緒に入った。
外観はかなり古そう。しかし中は意外にも清潔感のある食堂だ。古いことに変わりはないが、隅々まで手入れされているのは分かった。
竜崎は生姜焼き定食。俺はサバ味噌定食。出来立てが出てきた。味噌汁の味にも手抜きがない。価格は良心的。確実に値段以上の美味さ。
注文やら調理やら会計やらを全部一人でこなす店主は素っ気ない口調でニコリともしない。不愛想でいかにもな頑固親父だ。そんな時代錯誤の店主の元には、夕食時になるにつれて続々と馴染みらしき客が集まってきた。
帰る時にふと目に入ったのは、これまた古臭い引き戸にセロハンテープで貼り付けてあったバイト募集のヤル気ない告知。
時給応相談。胡散臭かった。だけど店の味は気に入った。
翌日バイトの面接に行ったら、頑固ジジイと秒でケンカになった。初見でクソガキクソジジイ言い合いながら怒鳴り散らした挙げ句の果てに、どうしてそうなったか採用された。
変わったジジイだ。文字通りの老いぼれジジイでクソほど頑固なうえ口も悪いが、なぜなのかリピーターが絶えない。
客層はガテン系やその辺ばかりかと思いきやこれまたそういう訳ではないようで、小綺麗な格好をした若い女が多いのも謎。おまけにカップルも来る。意味が分からない。
外装は汚いくせに出てくる食事は綺麗だからだろうか。客のほとんどは常連になる。反対に二度と来ない奴は本当に来ない。
出来立ての料理にいちいちスマホのレンズを向けるような常連客はたったの一人もいないから、結局のところそういうのばっかり集まってくる店なのだろう。
アウトローの部分だけを取っ払ったミオって感じだ。気安く、楽し気で、賑わい、居心地もいい。飯を食う客は満足そうな顔。
そこで今日も夕方の開店前から準備に動き回り、コキ使われて、閉店時間となる二十一時半までジジイと怒鳴り合いながら働いた。
もういいから上がれ。残業代をケチりたいジジイは二十一時半を過ぎると俺に言う。
今夜は特に客入りが良くて、洗い残した皿はまだあったのだが、居座ったら居座ったでさっさと帰れと言われるのがオチ。だから言われた通り店を出てきた。その店に向かって、いま歩いている。
いつ見ても何度見ても変わりようもなく古臭い店だ。だいぶ色褪せている質素な暖簾はバイト終わりに外してきた。
デカい台風が直撃したら壊れるだろうボロい引き戸を、躊躇いなくガラッと開ける。
店主の姿はすぐ目に入った。カウンターの前で頑固ジジイがパソコンを使いこなしている姿には今でも慣れない。こんな古ぼけた店のくせして支払いはキャッシュレス可なのもムカつく。クソジジイが時代に合わせてんじゃねえよ。
カウンターに向かって進む俺をチラリと振り返ることもせずに、ジジイは愛想の欠片もなく言った。
「何しに戻ってきやがった小僧」
「老いぼれが一人で腰でもヤってたら明日から俺の働き口がなくなる」
「ガキ」
「ジジイ」
クソジジイを通り過ぎて奥の厨房に入ってみれば、案の定汚れた皿がまだまだ大量に流しの中に。一気に客が来た日はこうなる。そのくせ最後の客が席を立てば俺にはすぐさま帰れと言う。
俺が来る前はずっと一人でやっていたそうだ。小さな店とは言え連日この客入り。バイトを雇わないジジイは頑固が過ぎる。
俺が来てからも混雑は解消されていない。たまに気のいい常連達が厚意で手伝いに入ろうとするのに、テメエは食ってろ客の分際で皿洗いなんぞすんじゃねえと。
変なジジイだし変な店だ。客商売として成立していない。なのにここに来る常連は、みんなにこやかになって帰っていく。
バカみたいに美味いメシを出すからかもしれない。威圧的で口も態度もとんでもなく悪いくせして、どんな客も受け入れるからかもしれない。
食い方も好みも何も押し付けない。たまにメニュー以外のリクエストが飛んでくると、面倒くせえ注文すんじゃねえとか言いながら要望通りのメシを出す。
一番めんどくせえの誰だよって話だ。面倒くさいジジイの手が回りきらなかった皿を捌き、最後の一枚をキュッと拭いた。
食器乾燥機を備える金があるなら定食価格に反映させちまうようなアホジジイのせいで作業工程が多い。
大量の皿を片付け、微妙に凝った肩を回しながらホールに戻った。
ジジイはまだ大量の伝票とパソコンの画面に向き合っている。何度見ても似合わねえ。
「勝手に戻ってきた奴に残業代は出さねえぞ」
「そうかよドケチジジイ」
「黙れ、使えねえガキが」
ジジイが腰を上げたのと入れ替わりで俺がカウンター席に座った。
開きっぱなしのノートパソコンが意図せず視界に入ってくる。たかがバイト二ヶ月目にすぎない男がここにいるというのに、よくもまあ堂々と帳簿を晒しておける。
売り上げは上々。あれだけ客が入れば当然。その反面で利益は微妙。税金払ってギリギリでマイナスにならない。どうにか生活できそうな程度。だがこれも当然だろう。
不況を乗り越えてここまで来ているのだからそれなりの備えくらいはあるのだろうが、ジジイはそもそも儲ける気があるのか否か。
どこの馬の骨とも分からないバイトが帳簿を見ていても気にしないジジイが安っぽいコップ片手に戻ってきた。
そのコップは俺の前に出された。茶色い液体が入っている。バイト代をせびりに来た俺を殺すための毒薬。ではなくて、中身は普通のウーロン茶。
クソジジイが気の利いたことしてんじゃねえ。こっちも遠慮なくプラスチックコップを手に取った。
「おいジジイ」
「なんだ小僧」
「ここ間違ってる」
「ああ?」
ウーロン茶に口を付けながら、指さした画面の表。とある一列。
料理する以外に能がないと見せかけて意外と数字に強いジジイは、俺の一言ですぐ気づいたようだ。
「…………」
「モウロクするには早いんじゃねえのか。何年自営業やってんだ」
「うっせえ、できるもんならテメエでやってみろ」
俺の横にドサッと腰を下ろし、ジジイは鬱陶しそうに息をついた。
年の割に時代についていこうとするジジイなら会計ソフトくらい使いこなせるだろうが、必要な機能を制限なく求めるとなるとおそらく完全なフリーにはならない。
自力でなんとかなる作業に余計な経費をかけるよりも、その辺で腹空かせて鳴いている犬猫にメシをくれてやるようなジジイはたとえ一円だろうとも惜しむ。アホみてえだがそれがこの店だ。不適切にバカ盛にする訳でもバカ安くするのでもなくて、このジジイのやっている事こそが本物の衡平ってやつなのだろう。
経理担当なんて雇うはずがないしそもそもそこまでの規模ではない。
ジジイの見ている横でカーソルを移動し、正しくなるように操作した。
「……お前こんなのできたのか」
「勉強中だよ悪いかジジイ」
ただのバイトが店の数字をガッツリ見ていようと気にも留めない。作業の流れで入力を始めても、何も言ってくる気配がないから特に不満はないらしい。
無駄に元気なジジイでも、一人で全部やるには無理がある。デカすぎる負担を分散するために、家族を頼るなりすればいいものを。
「……息子いるって言ってたよな」
「ああ」
「ここ継がねえのか」
「寄り付きもしねえ倅にどうやって店を渡せってんだ」
ジジイはスッパリこの通り。これだから頑固な老いぼれは。
「うっかり死んじまう前に一度くらい会っとけよ」
「うるせえクソガキ」
「遠いとこにいるわけじゃねえんだろ?」
「会ったところでお互いなんの得にもならねえ。どうせ怒鳴り合いになって終わりだ」
「アンタと話してて怒鳴り合いにならねえ奴なんかいねえよ」
「ゴチャゴチャと口やかましいガキだな」
「後悔するぞ。あんたも、息子も」
珍しくジジイの憎まれ口が止んだ。三秒待っても飛んでこなかった。
一人息子と何があったかは知らない。息子がいるならその母親もいる。その人がなぜここにいないのかも知らないし聞くつもりもない。
憎まれ口ばかり叩くジジイだ。実の息子との折り合いが悪くなった経緯なんかに興味はないが、息子が憎しみの対象であるなら、他人の俺にそいつの存在は明かさなかっただろう。
息子が父親をどう思っているかは分からない。けれどジジイは、少なくとも憎んではいない。
ウーロン茶をまたひと口クイッと。年季の入ったカウンターに俺がコップを置けば、ようやく憎まれ口が復活した。
「……ガキが生意気言ってんじゃねえ」
「悪ぃけどこれに関しちゃ俺のがアンタよりも知ってる。息子に後悔なんかさせたくねえだろ」
「…………」
また止んだ。変なところでヒヨりやがってジジイが。
親の死に目にさえ間に合わなかった無様なクソ息子の話を、一ヵ月前このジジイに、なぜしてしまったのかは心からの謎だ。
分からないけど、俺は父親を一人で死なせた。ジジイとその息子は、まだ生きている。怒鳴り合えるのなんて生きている間だけだ。
「まあ好きにしろジジイ。俺が口出す事じゃねえ」
「しっかり口出した後に何言ってやがるこの出しゃばり小僧」
「今そんだけ元気ならあと三十年はピンピンしてるな」
「クソガキ」
「妖怪ジジイ」
嫌なジジイだ。
***
閉店後の作業を終えてから、元来た道を一人で戻った。頑固な捻くれジジイのせいで不必要に往復する羽目になっている。
店の前の通りを抜けて、少し行った先。目の前からは見知った顔が。俺に気付くと、そいつも足を止めた。
へらっと笑った竜崎がそこにいる。再びこっちに向かって歩きながら、能天気な顔で口を開いた。
「おかえり」
「……おう」
道の途中で合流し、二人で一緒に歩き出す。俺もこいつも帰る場所は同じ。
二人で一緒に、家に帰る。
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