No morals

わこ

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第三部

107.決意と覚悟Ⅲ

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「じゃあやっぱり……」
「ああ。店の方もあらかた調べは付いた。多少のぼったくり感はあるが表面上は会員制ホストクラブだ。組に目ぇ付けられたのは裏でやってる商売の方だな」

 普段のミオなら静まり返っている時間帯。午前中にこの場所を訪ねた。昭仁さんと並んでカウンター席に座り、たった一晩で集めてもらった情報を受け取っていく。

「優良顧客なんつー名目で薬売りつけてはボロ儲けしてる。最近ここらに劣悪な商品が流れだしてるって聞いてはいたんだが、そこのオーナー名乗ってる奴が売人の元締めで間違いねえ。警戒心だけは強くて捜査機関もなかなか尻尾は掴めねえでいたようだ」

 ボッと煙草に火がつけられた。明かりをつけず、全ての窓にはカーテンがかかっている。煙草の先でチリチリと燃える小さなオレンジが浮き出て見えた。

「裕也はそこのホストに勧誘されたんだろ? 危うく売人にされるとこだったぞ。つってもまあ、あいつが引っ掛かるはずもねえが」
「……赤城が踏み込んだ形跡は」
「いいや。だが夕べモメたらしい」
「…………」

 裕也が見た限りでは、あいつと、もう一人いたと言っていた。他にも誰かいるような口振りだったと。
 あいつといたのは神谷だろう。赤城和明がここにいるなら、神谷がここにいないはずはない。

「男四人が店の中急に乗り込んできたんだと。オーナー出せっつって。そこで大人しくしときゃいいのをヘタにはぐらかそうとでもしたんだろ。見事に内装破壊しまくってったって話だ」
「……消されるな。その自称オーナー」

 どういう状況だか知らないが被害届など出せるはずもない。そういう連中なら後ろめたいのはクスリだけではないだろう。

「ああそれとな、暴れてった奴らに西訛りの男が交じってたってよ」

 取ってつけたようにサラリと零される。破壊された店にあいつが姿を現さなくとも、高みの見物が似合いの男だ。何も不思議なことではない。
 視線だけそれとなく下げてカウンターの上で拳を握った。昭仁さんは前を見たまま、新しい煙草を取り出して続けた。

「あながちお前の見当違いって訳でもなさそうだ」
「…………」

 関西の人間自体は珍しくもなんともないが、この辺りではあまり見かけない。
 煙草を咥えながら一枚の紙切れを差し出され、横から手を伸ばし、カウンター上で受け取ったそこには文字の走り書き。

「事務所の場所だ。ここに来てからまだ日も浅ぇみてえだから詳細は探る必要がある」
「……助かったよ」

 十分だ。住所の示されたメモを握り、上着のポケットにクシャリと押し入れた。
 そのまま椅子から腰を上げても昭仁さんの顔は見ない。だがパシッと、腕を掴まれた。珍しい。この人が、こんなことを。

「場所教えたのはヤリ合って来いって意味じゃねえぞ。お前が赤城になんでそこまでこだわってんだか知んねえけどな、相手は関西一帯仕切ってる奴だろ。一人でケンカ売りに行ってタダで帰れるはずがねえ」

 顔を上げた。真正面から受ける。他に誰もいないミオの店内は、夜とは異なる別空間のようだ。
 昭仁さんから威圧的な目で見られることなんて早々ない。止められても押し切れると思っていたのに。情に厚い人間はむしろ厄介だ。

「心配すんなよ、ヘタな真似はしねえから。俺だってヤクザと張り合うなんてごめんだ」

 適当にはぐらかしてはみるがこの人には通用しない。赤城和明の素性を知っているくらいだ。俺に何が起こっているか、ある程度分かっているに違いない。
 いつもはギリギリまで吸うはずの煙草を昭仁さんは長いまま押し潰した。その視線は俺から離れ、静かにカウンターへと移った。

「……竜崎組の若頭が交代したってのは有名な話だよ。けどお前の除籍通知が回ってきたなんて事務所の話は一向に入って来ねえ。単なる形式だとしてもだ……お前んとこの親父なら回状の一つも出さねえって事はねえだろ」
「…………」

 チラシは出さない。親父は言った。義理回状とも呼ばれるそれは、言ってみればこの業界での回覧板。たとえば除籍通知もその一つであり、それが出回っていないうちはまだ俺の名前も組に残ったままだ。

「名目上は切れてねえ。違うか? いくら赤城が身内だからってこんなこと続けてたら本気で抜けらんなくなるぞ。除籍されてねえってことは、お前次第じゃいつでも戻れるって事だろ」

 戻るのは簡単。そうだ。その通り。親父の望みを、叶えることも。

「……話してくるだけだ。あいつとはガキの頃から顔合わせてる。騒ぎになるような事はしねえよ」

 昭仁さんの手から逃れ、その場から足を踏み出した。じっとしていることはできない。俺がまいた種だ。回収しないと。
 ドアの前で腕を上げ、忠告からも目を逸らす。

「裕也には言ってあるのか」

 背中に向かって投げつけられた。ドアについた手も咄嗟に止まった。

「あいつはお前が思ってる以上にお前のこと信じてるぞ。だから何があったっていつも黙って待ってられんだ。根っこが強い奴じゃなかったらああはなれねえ」
「…………」

 最初はとにかく威嚇的で、関わればそれだけその強さを知った。優しい奴だ。強いから、あそこまで頑なにいられる。何も言わずに、俺を受け止めてくれた。

「……分かってる。俺なんかよりもずっと強い」

 振り返らずに呟いて残し、今度こそミオを後にした。
 歩きながら紙切れに目を落とす。吐き出したくなる焦燥を堪え、手の中でクシャリと握り潰した。




 先代を継いだ三島組は大阪を本拠地とする大組織だ。あいつは好き放題やるような奴だが、この程度の死守りのために自ら乗り出してくるとは思えない。
 目的は裕也だ。それ以外にない。あの時の親父の言葉がただの脅しなのか、そうではないのか、それがずっと気がかりだった。
 危険因子が存在するなら事前に消し去るのが最善だ。何かが起きる前に取り除く。俺のせいでまたあんな目に。それだけは避ける。今度こそ、守る。
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