104 / 121
第三部
104.出会いと遭遇の裏側Ⅶ
しおりを挟む
どっちもずっと黙ってた。竜崎のアパートに連れられ、部屋に入るとシャワーでも浴びてこいと。大人しくそれに応じ、使い慣れた狭い浴室内で自分の行動を振り返った。
普段通りパチ屋でバイトをしていた。そこに客として現れたのが赤城さんだった。
連絡先を強引に渡され、ほとんど忘れかけていたところ今日になってばったり出くわし、助けてもらったという理由もあって断り切れず酒を共にした。
何かを間違えただろうか。素性は不明。しかしきわめて怪しい。どんな経緯があったとしても、ついて行くべきではなかったか。
竜崎のあの、敵意剥き出しの顔。何かあるのだとすればそれはあの二人の方だ。
なんらかの関りがあるのは明らか。あの人の職業もおそらく考えすぎではない。
竜崎のあの言動と、あの人の様子を照らし合わせれば、実家絡みだろう。そう推測できる。わざとらしく知らないふうの口振りでおちょくってはいたが、あの人も竜崎を知っている。
風呂場から出て部屋に戻ると、ベッドに腰掛けるその姿が目に入った。横顔からは表情が抜け落ちている。周りには白い煙が立ち込めていた。
吸っているところは初めて見た。俺の前では吸わなかった。別人に見える。煙草のせいじゃない。こいつの知らない顔が俺には、数え切れないほどたくさんある。
「……竜崎」
近づいて声をかけると、竜崎ははっとしたように顔を上げた。人よりもずいぶん鋭い男が、今は意識がここにない。
空き缶の口に煙草を擦り付け、何事も無かったかのようにベッドから腰を上げた。目は合わない。故意にだろう。事務的に淡々と告げてくる。
「今夜は泊まってけ。寝てていいよ、疲れてんだろ。俺も風呂入ってくる」
そのまま通り過ぎようとしたから、その前に竜崎の腕をパシッと掴んだ。
「なあお前、あの人とどういう……」
腕から、伝わってくる。さっきと同じような緊張感。
何をそんなに怖がっている。何が起きると思ってる。もどかしさにはこれ以上の我慢がきかず、竜崎の前に回り込んで無理やりに目を合わせた。
「誰なんだよ。知ってんだろ」
「…………」
気まずそうに逸らされた視線。この男に、こんな顔をさせている。
「……竜崎」
諦めたような溜め息を聞いた。こんな様子は久しぶりに見る。
その口がゆっくりと開かれ、低い声で俺に聞かせた。
「……政深会の幹部だ」
「…………」
いつ以来だろう。その名を聞いたのは。
言葉の出ない俺の手から竜崎はそっと身を引き、目を合わせる事なく先を続けた。
「関西の構成団体の一つに三島組ってのがある。赤城は今そこの二代目組長のはずだ。ウチに顔出す事も稀にあったけど……こっち来てるとはな」
厳しくなったその目元。赤城さんの存在に気づいた瞬間、異様なくらい驚いていた。それに加えてあの激昂ぶり。
あの人の所属が政深会なら、そんな相手にどうしてあそこまでの、ほとんどもう殺意に近い、怒りの表情を見せたのか。
以前のあの、滝川組のときとは状況が違うと思う。少なくとも敵ではないだろう。けれど竜崎は俺の身を一番に案じた。
結局は分からないことだらけだ。竜崎は静かに問いかけてきた。
「……ミオに行く前に何があった」
聞かれて辿る。ジュエルだ、確か。怪しげなホストクラブの勧誘から始まり、事の次第を要点だけ掻い摘んで話した。
竜崎の表情は厳しくなるばかり。一人で何かを考え込んで、俺に目を向けると不安そうに眉根を寄せた。
「あいつとは関わるな。あの男に人の情なんてもんはない。なんだろうと平気な顔でやる」
「別に俺が何かされる理由なんて……」
「裕也」
遮られて思わず口を閉じた。真剣な目。さっきのような怒りは含まれない。そこにあるのはやはり、不安だ。
「頼むから……警戒して。もしもまた俺のいない所で近づいて来たとしても、絶対に隙だけは見せるな」
「なんでそんな……」
「ごめん」
部屋に響いた。一言。謝罪。
胸を一突きに、刺された気がした。
「……ごめん」
「…………」
これ以上俺に、何が言えるだろう。これ以上どう追いつめと。
諦めと、懺悔と、恐怖、それに、悲しいのも混じっているみたいな。そんな顔をする男を前にして、頷く以外の事はできない。それ以外をしたら、壊れそう。
どこか遠く、届かない場所へ。そんなようなところへ離れていかないように、繋ぎ止めるだけのことしかできない。
普段通りパチ屋でバイトをしていた。そこに客として現れたのが赤城さんだった。
連絡先を強引に渡され、ほとんど忘れかけていたところ今日になってばったり出くわし、助けてもらったという理由もあって断り切れず酒を共にした。
何かを間違えただろうか。素性は不明。しかしきわめて怪しい。どんな経緯があったとしても、ついて行くべきではなかったか。
竜崎のあの、敵意剥き出しの顔。何かあるのだとすればそれはあの二人の方だ。
なんらかの関りがあるのは明らか。あの人の職業もおそらく考えすぎではない。
竜崎のあの言動と、あの人の様子を照らし合わせれば、実家絡みだろう。そう推測できる。わざとらしく知らないふうの口振りでおちょくってはいたが、あの人も竜崎を知っている。
風呂場から出て部屋に戻ると、ベッドに腰掛けるその姿が目に入った。横顔からは表情が抜け落ちている。周りには白い煙が立ち込めていた。
吸っているところは初めて見た。俺の前では吸わなかった。別人に見える。煙草のせいじゃない。こいつの知らない顔が俺には、数え切れないほどたくさんある。
「……竜崎」
近づいて声をかけると、竜崎ははっとしたように顔を上げた。人よりもずいぶん鋭い男が、今は意識がここにない。
空き缶の口に煙草を擦り付け、何事も無かったかのようにベッドから腰を上げた。目は合わない。故意にだろう。事務的に淡々と告げてくる。
「今夜は泊まってけ。寝てていいよ、疲れてんだろ。俺も風呂入ってくる」
そのまま通り過ぎようとしたから、その前に竜崎の腕をパシッと掴んだ。
「なあお前、あの人とどういう……」
腕から、伝わってくる。さっきと同じような緊張感。
何をそんなに怖がっている。何が起きると思ってる。もどかしさにはこれ以上の我慢がきかず、竜崎の前に回り込んで無理やりに目を合わせた。
「誰なんだよ。知ってんだろ」
「…………」
気まずそうに逸らされた視線。この男に、こんな顔をさせている。
「……竜崎」
諦めたような溜め息を聞いた。こんな様子は久しぶりに見る。
その口がゆっくりと開かれ、低い声で俺に聞かせた。
「……政深会の幹部だ」
「…………」
いつ以来だろう。その名を聞いたのは。
言葉の出ない俺の手から竜崎はそっと身を引き、目を合わせる事なく先を続けた。
「関西の構成団体の一つに三島組ってのがある。赤城は今そこの二代目組長のはずだ。ウチに顔出す事も稀にあったけど……こっち来てるとはな」
厳しくなったその目元。赤城さんの存在に気づいた瞬間、異様なくらい驚いていた。それに加えてあの激昂ぶり。
あの人の所属が政深会なら、そんな相手にどうしてあそこまでの、ほとんどもう殺意に近い、怒りの表情を見せたのか。
以前のあの、滝川組のときとは状況が違うと思う。少なくとも敵ではないだろう。けれど竜崎は俺の身を一番に案じた。
結局は分からないことだらけだ。竜崎は静かに問いかけてきた。
「……ミオに行く前に何があった」
聞かれて辿る。ジュエルだ、確か。怪しげなホストクラブの勧誘から始まり、事の次第を要点だけ掻い摘んで話した。
竜崎の表情は厳しくなるばかり。一人で何かを考え込んで、俺に目を向けると不安そうに眉根を寄せた。
「あいつとは関わるな。あの男に人の情なんてもんはない。なんだろうと平気な顔でやる」
「別に俺が何かされる理由なんて……」
「裕也」
遮られて思わず口を閉じた。真剣な目。さっきのような怒りは含まれない。そこにあるのはやはり、不安だ。
「頼むから……警戒して。もしもまた俺のいない所で近づいて来たとしても、絶対に隙だけは見せるな」
「なんでそんな……」
「ごめん」
部屋に響いた。一言。謝罪。
胸を一突きに、刺された気がした。
「……ごめん」
「…………」
これ以上俺に、何が言えるだろう。これ以上どう追いつめと。
諦めと、懺悔と、恐怖、それに、悲しいのも混じっているみたいな。そんな顔をする男を前にして、頷く以外の事はできない。それ以外をしたら、壊れそう。
どこか遠く、届かない場所へ。そんなようなところへ離れていかないように、繋ぎ止めるだけのことしかできない。
1
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集
夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。
現在公開中の作品(随時更新)
『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』
異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる