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第二部
96.引っ越しをしようⅤ
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闇医者と変態アホ野郎の神経はどうかしている。
あのあとも昭仁さんはひたすら煙草と酒を楽しみ、ダンボールを処理し終えた竜崎もまたそれに交じって飲み直していた。なんやかんやと男四人で騒ぎ通すうち昇ってきてしまったお日様。ようやく玄関前で解散となった俺達は朝の空気の中それぞれ自分の行くべき方向へと分かれた。
昭仁さんはそのまま帰宅。オッサンは帰って一度寝るんだと、気楽な自営業者はそんな事を煙を散らしながら漏らしていた。
肩身の狭いフリーターである俺と竜崎は各々バイト先へ。こいつはどう考えても自業自得だが、俺までつかれた。ろくな目に遭わない。
そしてちょっとそこのコンビニへと、一緒になって出てきた加賀。竜崎とはついさっき信号で別れ、コンビニに差し掛かるまでの道を俺と歩いていた。
「マジに朝まで飲むとかあり得ねえ。なんで潰れねえんだよあの二人」
「昭仁さんも恭介さんも強いですからね。さすがに今朝はキツそうでしたけど」
「限度なんかあったもんじゃねえからな」
飲まずとも話に付き合わされた俺と加賀も当然に眠い。
「いつもは家戻ってから二人で飲まないんですか?」
「あぁ、俺が飲まねえからな。昭仁さんみたいな相手がいりゃあいつも飲むんだろうけど」
「なんかいいですね。分かり合ってるって感じで」
「…………どこが?」
分かりあえていれば俺は毎日声を張り上げて喉を傷めつけない。加賀は時々おかしなことを言い出すが、今はなんだか嬉しそうだ。
「恭介さんがあんなふうに笑うなんて……昔は想像できませんでした」
「…………」
ただ純粋にあいつを慕って、あいつが笑えていることを自分のことみたいに喜んで。こういう奴が近くにいてくれることを、あいつはちゃんと分かってんのか。
加賀の言葉には皮肉も同情も混じっていない。本当にただただ、嬉しそう。
「裕也さんだからなんでしょうね。恭介さんがあんなふうに笑えるようになったのは」
「俺が初めて会った頃からあんなだったぞ。ヘラヘラしてんのは元からじゃねえの?」
「そう思える裕也さんはやっぱスゴイです」
ニコニコと邪気のない奴の目に俺達はどう映っているのか。あまり深くは考えずに歩いた。時間の流れは穏やかで、以前は気にも留めなかった朝日の明るさも今は知っている。
このまま続けばいいと思う。俺達の今の、この日常が。いつまでも幸せに、なんておとぎ話みたいなことを願うほどメルヘンな人間じゃないが、それでも、続けばいいと思う。
酒豪二人に朝まで付き合い寝ずに夜を明かしてしまったせいか、バカになりそうなほどゆったりした気分でガラでもないことを気づけばふわふわと。
途中目に入ったスズメがチュンチュンと地面をつついている様子とか、あの間の抜けたなんとも言えない鳴き方で鳩胸を膨らませているハトとか、メジャーな鳥を見かける度にキョロキョロしている加賀は可愛い。
ぬるま湯みたいに平和な朝だ。らしくねえなと内心では微妙な笑いが零れたその時、飛び立ったスズメ数羽を見送った加賀がひょこっとこちらに顔を向けた。
「そういえば、恭介さんとはどうやって知り合ったんですか?」
「え?」
「初めて会ったのもあの店で……?」
何を突然。小さい鳥を見ていた奴がなぜ急にそんなことを。
竜崎も竜崎だ。余計なことはペラペラ喋るくせにその辺は話していなかった模様。おかげで俺がこんな場面でこんな純粋な目をした奴からこんな質問を食らうことになった。
「いや……俺も最初は助けられたんだよ。フクロにされてるとこにあいつが出てきて、気づいた時にはミオにいた」
なんとも情けない出来事だった。しかしあの時、立てるかと、上から落とされたあの声だけは記憶の片隅で覚えている。
帰り道に昭和系ヤンキーどもから因縁を付けられなければ。引き摺り込まれたのがあの細道ではなかったとしたら。俺と竜崎は今でもきっと、赤の他人のままだった。
「初めて顔合わせた瞬間にふざけた奴だってことだけは分かったな。腹の中読めねえ感じがとにかくすげえムカついて、絶対にウマなんか合わねえと思ったし」
「そうだったんですか……。あれ、じゃあ……付き合いはじめたのっていつからなんです?」
「……あ?」
確かに。いつだ。俺達がこうなったのはいつから。
バカなことをあいつが言い始めたのはそれこそもうずいぶん前だし、改めて付き合おうなどと言われた記憶も一切ないし。俺から言うことも死んでもあり得ない。
強いて言うなら、あの時からか。あいつと寝た日。男に抱かれることを初めて知った日だ。
俺のものになれと言われた。一緒にいようと、手を繋がれた。思い出せば思い出すほど即死できそうな恥ずかしさだが、そんなことを加賀に話せるはずもなく。
「……気づいたら?」
「気づいたら……ですか?」
「…………」
「…………」
こいつ普段は気遣いの塊なのになんでこういうときだけ食いついてくるんだ。
「あ……いや、だから……そのうちあいつといるのがこっちも当然になってたし、いたらいたで鬱陶しいけど実際いなくなられると逆に調子狂うし……。毎日飽きもしねえで惚れただのなんだの聞かされてたから俺もマヒしてて……」
「マヒ……」
「マヒっつーか……」
「はぁ……」
「いや、あのな……なんか……その……」
「…………」
「…………」
それ以上何も言えなくなった俺に代わって雀がチュンチュン言っていた。
何を言い訳がましく言っているのか。何を無様に焦っているのか。やめておくんだった、こんな話。なぜ朝からこうも恥ずかしい目に。
「………………加賀」
「……ハイ」
「…………忘れろ」
「……ハイ」
いい奴だし可愛げもあるけど、こいつには一生勝てないと思う。
男二人で微妙に赤面しながら、コンビニまでの道を情けなく歩いた。
あのあとも昭仁さんはひたすら煙草と酒を楽しみ、ダンボールを処理し終えた竜崎もまたそれに交じって飲み直していた。なんやかんやと男四人で騒ぎ通すうち昇ってきてしまったお日様。ようやく玄関前で解散となった俺達は朝の空気の中それぞれ自分の行くべき方向へと分かれた。
昭仁さんはそのまま帰宅。オッサンは帰って一度寝るんだと、気楽な自営業者はそんな事を煙を散らしながら漏らしていた。
肩身の狭いフリーターである俺と竜崎は各々バイト先へ。こいつはどう考えても自業自得だが、俺までつかれた。ろくな目に遭わない。
そしてちょっとそこのコンビニへと、一緒になって出てきた加賀。竜崎とはついさっき信号で別れ、コンビニに差し掛かるまでの道を俺と歩いていた。
「マジに朝まで飲むとかあり得ねえ。なんで潰れねえんだよあの二人」
「昭仁さんも恭介さんも強いですからね。さすがに今朝はキツそうでしたけど」
「限度なんかあったもんじゃねえからな」
飲まずとも話に付き合わされた俺と加賀も当然に眠い。
「いつもは家戻ってから二人で飲まないんですか?」
「あぁ、俺が飲まねえからな。昭仁さんみたいな相手がいりゃあいつも飲むんだろうけど」
「なんかいいですね。分かり合ってるって感じで」
「…………どこが?」
分かりあえていれば俺は毎日声を張り上げて喉を傷めつけない。加賀は時々おかしなことを言い出すが、今はなんだか嬉しそうだ。
「恭介さんがあんなふうに笑うなんて……昔は想像できませんでした」
「…………」
ただ純粋にあいつを慕って、あいつが笑えていることを自分のことみたいに喜んで。こういう奴が近くにいてくれることを、あいつはちゃんと分かってんのか。
加賀の言葉には皮肉も同情も混じっていない。本当にただただ、嬉しそう。
「裕也さんだからなんでしょうね。恭介さんがあんなふうに笑えるようになったのは」
「俺が初めて会った頃からあんなだったぞ。ヘラヘラしてんのは元からじゃねえの?」
「そう思える裕也さんはやっぱスゴイです」
ニコニコと邪気のない奴の目に俺達はどう映っているのか。あまり深くは考えずに歩いた。時間の流れは穏やかで、以前は気にも留めなかった朝日の明るさも今は知っている。
このまま続けばいいと思う。俺達の今の、この日常が。いつまでも幸せに、なんておとぎ話みたいなことを願うほどメルヘンな人間じゃないが、それでも、続けばいいと思う。
酒豪二人に朝まで付き合い寝ずに夜を明かしてしまったせいか、バカになりそうなほどゆったりした気分でガラでもないことを気づけばふわふわと。
途中目に入ったスズメがチュンチュンと地面をつついている様子とか、あの間の抜けたなんとも言えない鳴き方で鳩胸を膨らませているハトとか、メジャーな鳥を見かける度にキョロキョロしている加賀は可愛い。
ぬるま湯みたいに平和な朝だ。らしくねえなと内心では微妙な笑いが零れたその時、飛び立ったスズメ数羽を見送った加賀がひょこっとこちらに顔を向けた。
「そういえば、恭介さんとはどうやって知り合ったんですか?」
「え?」
「初めて会ったのもあの店で……?」
何を突然。小さい鳥を見ていた奴がなぜ急にそんなことを。
竜崎も竜崎だ。余計なことはペラペラ喋るくせにその辺は話していなかった模様。おかげで俺がこんな場面でこんな純粋な目をした奴からこんな質問を食らうことになった。
「いや……俺も最初は助けられたんだよ。フクロにされてるとこにあいつが出てきて、気づいた時にはミオにいた」
なんとも情けない出来事だった。しかしあの時、立てるかと、上から落とされたあの声だけは記憶の片隅で覚えている。
帰り道に昭和系ヤンキーどもから因縁を付けられなければ。引き摺り込まれたのがあの細道ではなかったとしたら。俺と竜崎は今でもきっと、赤の他人のままだった。
「初めて顔合わせた瞬間にふざけた奴だってことだけは分かったな。腹の中読めねえ感じがとにかくすげえムカついて、絶対にウマなんか合わねえと思ったし」
「そうだったんですか……。あれ、じゃあ……付き合いはじめたのっていつからなんです?」
「……あ?」
確かに。いつだ。俺達がこうなったのはいつから。
バカなことをあいつが言い始めたのはそれこそもうずいぶん前だし、改めて付き合おうなどと言われた記憶も一切ないし。俺から言うことも死んでもあり得ない。
強いて言うなら、あの時からか。あいつと寝た日。男に抱かれることを初めて知った日だ。
俺のものになれと言われた。一緒にいようと、手を繋がれた。思い出せば思い出すほど即死できそうな恥ずかしさだが、そんなことを加賀に話せるはずもなく。
「……気づいたら?」
「気づいたら……ですか?」
「…………」
「…………」
こいつ普段は気遣いの塊なのになんでこういうときだけ食いついてくるんだ。
「あ……いや、だから……そのうちあいつといるのがこっちも当然になってたし、いたらいたで鬱陶しいけど実際いなくなられると逆に調子狂うし……。毎日飽きもしねえで惚れただのなんだの聞かされてたから俺もマヒしてて……」
「マヒ……」
「マヒっつーか……」
「はぁ……」
「いや、あのな……なんか……その……」
「…………」
「…………」
それ以上何も言えなくなった俺に代わって雀がチュンチュン言っていた。
何を言い訳がましく言っているのか。何を無様に焦っているのか。やめておくんだった、こんな話。なぜ朝からこうも恥ずかしい目に。
「………………加賀」
「……ハイ」
「…………忘れろ」
「……ハイ」
いい奴だし可愛げもあるけど、こいつには一生勝てないと思う。
男二人で微妙に赤面しながら、コンビニまでの道を情けなく歩いた。
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