No morals

わこ

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第二部

89.コンプレックスの行方

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 パチ屋で時給労働を始めた。金が良かったという以外に、これを選んだ理由はもう一つ。

 パチスロ系の店は大体みんなどこであろうとバイト金払いがいい。それはバイトも例外ではなく、しかしそれゆえかなりハードだ。開店作業したり清掃したり巡回したりアナウンスしたり、その他諸々の雑用も多々あり、台にエラーが出れば駆けつけ。
 それだけなら体力も持つだろうが、パチ屋と言えば銀色の玉。一粒だったら軽い玉でもドル箱に敷き詰まってりゃ当然のごとくずっしり重く、それをキャリーに積み上げて駆けまわったり、箱を担ぎ上げて計数機に流し込んだり。

 騒音の中で駆け回りながら腕と足腰を酷使するバイトだ。パチスロが好きな訳じゃない俺がそんな場所でのホールスタッフを選んだ。
 時給の良さはもちろんだけれど、体力がつくとか筋肉がつくとか、そんな話をちらっと聞いたことがあったから。

 人に向かって細いだなんだと常日頃から言ってきやがるクソ男が身近にいるせいで、自分の容姿に対するコンプレックスは人知れず悪化の一途を辿っている。
 どうにかしたい。筋肉付けたい。できたらあの野郎をギャフンと言わせたい。そうしてパチ屋の面接に行った。肉体改造への希望を託しつつ。
 ところがいざ働きだして一ヵ月が過ぎた現在、俺にあるのはただただ憂鬱。びっくりするほど筋肉が付かない。


「そりゃお前、体が細すぎんだろ。筋肉付けるったって元になる肉がなけりゃ外観はそう変わらねえよ。まずは肉食え、肉」
「……食ってる。人並みに」
「ならもう仕方ねえ。体質だ」

 人体の専門家にキッパリ言われて項垂れる。貧しさの中でも食事だけはバランスよく確保しているというのにバキバキのボディーにはまったく届かない。

「……プロテインとか……」
「無駄だと思うぞ、お前の場合は。外側の筋肉が付きにくいんだよ。それだけ力仕事ばっかやってて変わんねえなら諦めるしかねえな」
「…………」

 昭仁さんは時々残酷だ。立て続けに沈没させられた俺を加賀だけは気づかってくれる。

「見た目変わらなくても力自体は付いてるんじゃないですか? えっと、インナーマッスルってやつ……?」

 気づかってはくれている。

「……女のダイエットじゃねえんだ。それじゃ意味がねえんだよ」
「あ、でも恭介さんはそれくらいが好きそうですよね。抱き心地いいって言ってますし」
「…………」

 気づかってはくれている。

 分かってる。こいつに悪気はない。しかしこうもケロッと言われてしまうと手にしたグラスを叩き割りたくなってくる。
 ニヤつく顔を隠そうともしない店主は加賀の肩をポンポンと叩いた。

「無邪気なのもほどほどにな」
「え?」

 最初はキョトンとして昭仁さんを見上げた加賀も、それによってようやく察したらしい。すみませんと慌てて付け足されて力なく首を左右に振った。

「俺はあいつの抱き枕じゃねえ……」
「へー。抱き合って寝てんのか」
「っ……!」

 しまった。が、時すでに遅し。昭仁さんはとても愉快そうだ。加賀は加賀でそれとなく目を逸らし、さっき拭き終わったはずのグラスをまたせっせと磨き始めた。
 この場合俺がすべきこと。否定だ。

「違ぇよッ、野郎同士でそんな気味悪いことするか!!」
「野郎同士でセックスまでしてて今さら何を言ってんだ」
「!?」 

 余計に首を絞めることに。あけすけな指摘にぐっと詰まった。腹黒い店主の隣で不自然に目を逸らしている加賀を見ると居た堪れなくなってくる。

 俺だって何も抱き合いたくて抱き合っている訳じゃない。背を向ける俺にしつこく腕を伸ばしてくるのがあの男で、振り返らずに無視を決め込んでいるとヤラシイあれこれをされるから、やむを得ず向き合うことになる。不可抗力だ。言ってみれば被害者だ。
 あんな男の抱き枕になるのは屈辱以外の何ものでもない。そのうえ触れるのは見事なまでに引き締まったあの体。コンプレックスは強くなる一方。

 この力関係から脱出するには俺が肉体改造をする必要がある。ムサ苦しくてイカついガチムチにでもなれば、さすがのあいつもそんな野郎を抱いて寝ようとは思わないだろうと。目論んだところ、たったいま打ち砕かれたわけだが。
 俺が望んだ脱貧弱体形は昭仁さん曰く無情にも、不可能。この世に平等なんてない。

「そもそもなんでいきなり気にしはじめたんだ?」
「……元々気にしてた。誰にも言わなかっただけで」
「ほう。だがまあお前もそこまで可哀想な体格ではねえだろ」
「可哀想とか言うな」

 追い打ちだ。
 思春期と言われるような時期からこの体格は悩みの種でもあった。しかし竜崎の存在がなければ、ここまで酷いコンプレックスには育っていなかったような気もする。

「恭介にまたなんか言われたか」
「それは今に始まった事じゃねえよ」
「知り合ったばっかの頃から言ってたもんなぁ、細い細と。恭介もあの辺りから徐々に変態っぽくなってったよな」
「…………」

 他人ごとだと思って面白がりやがって。

「どうせあれだろ、恭介見返してやりてえとか。そういう発想は単にあいつを喜ばせることになるだけだぞ」
「…………ほっとけ」

 この人はなんなんだ。読心術まで身につけてんのか。
 竜崎にこんな悩みが知れたら屈辱的な事態に陥るだけだからここで密かに打ち明けたのに。なんの意味もない。むしろ間違いだった。昭仁さんは相談相手に向いていない。

「んな気にする事もねえじゃんよ。お前もあいつもパッと見そんな変わんねえって」
「慰めなんかいらねえよ」
「そう卑屈になるな若者」

 くっと肩を小刻みに揺らしてあからさまに人を笑い者にするのはせめてなんとかしてほしい。
 項垂れる俺を哀れに思ったか、人でなしの店主の横で加賀が頑張って言葉を探していた。

「あの……恭介さんも着痩せする感じだし見ただけじゃすぐには分かんないですよね。確かに引き締まってはいますけどガッチガチって訳でもないし……えっと……はい……」
「…………」

 いいよ。お前は頑張った。徐々に言葉尻を窄めてはいったがその心遣いだでもありがたい。
 その横で一層笑いを堪えているオッサンがいるからなおさらだ。いつまで笑ってんだこの人は。

「だけどほんと、そんなに差はないと思いますよ? 何もそこまで悩むこと……。やっぱ近くにいると比べちゃうもんですか?」

 恨みを込めた視線を昭仁さんにジトッと送っていると、加賀が最後にそう付け足した。
 近くにいるから。比べてしまう。考えた事もなかったが、たしかに。

「……まあ……そうかも。だってあいつの胸板ってスゲエしっかりしてるし上腕なんかかなり綺麗だし腹筋なんてもうバキバキで……」

 あの肉体を思い浮かべながら途中まで呟き、ピタリと止めた。チラッと昭仁さんの顔を見上げる。ニヤニヤと大人気のない笑顔を目にして、口を閉じた。
 答えていい質問ではなかった。と言うより回答を間違えた。

「愛想の欠片もなかったお前がずいぶんと乗せられやすくなったもんだ」
「…………」
「お前でも自分のこと抱いてる男の体はよく見てんだな」
「っ!?」

 苦し紛れに口を付けた酒をブファッと一気に噴き出すところだった。
 顔面をほのかに赤らめた加賀。金魚みたいにパクパクする俺。この動揺は隠しきれない。

「なっ、なに……は……ッ!?」

 こんなにも正面切って死球投げつけてくんじゃねえよ。

「焦りすぎだろ。何も今さら隠すようなことでもねえ」
「言い方ってもんがあんだろッ! いい年して何考えてんだ!!」
「お。中年蔑視か? 年は関係ねえよなあ樹?」
「えっ。あー……どうですかね……はは……」

 加賀を巻き込むな可哀想だろうが。俺とは目も合わせてくれなくなった。
 どうすればバキバキボディーになれるか。最初はそういう話だったのに、なぜここまで路線がずれた。迂闊に悩み相談なんてするものじゃない。特に昭仁さんにはするべきではない。

「ま、そういう訳だ。腹筋バキバキは諦めろ」
「なに勝手に完結させてんだよ! あんた最低だッ」

 飽きたのだろう、この話に。人の深刻な悩みをなんだと思って。竜崎と口論になる度に店のドアに当たり散らすのが気に食わないのか、昭仁さんによる俺への風当たりは以前よりも強くなったように思える。
 最終的に俺の悩みは解決するどころか増えた。コンプレックスなんてものを易々と他人に明かしてはならない。割かし重要な教訓ができた。

 そしてこのあと少しして店にやって来た竜崎には、百パーセント八つ当たりで前触れなく殴りかかった。
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