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第二部
85.記憶Ⅳ
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坂上さんとは駅を降りたところで別れた。そこからタクシーを走らせて二十分ほど経った頃、塀代わりの樹木に外周を囲まれた公園のような場所に着いた。
霊園だ。広くて明るく、緑に覆われた。墓石は綺麗に建ち並び、一つ一つのスペースも大きく、おどろおどろしい雰囲気どころか開放的でとてものどかだ。
多分あそこにいると思う。そう言ったのは坂上さんだった。広い霊園に足を踏み入れ、近辺をゆっくりと見回した。
敷地自体は広大であってもすっきりとした配置で見通しもいいから、人がいればすぐ目に入るだろう。思いつつ一歩ずつ足を進めるが、裕也に会って、何を言えばいいのか。
こんなところまで押しかけて来た。裕也の過去を人づてに聞いてしまった。預かった物をポケットの中で慎重にそっと握りしめ、とある列に差し掛かった時、ふと足を止めてその場所を見た。
列の中央よりやや先に行った辺り。人がいた。墓の前で佇むひとつの影が。目に映るのは紛れもなく、探し求めた裕也だった。
「…………」
遠くからその姿を眺める。迷ったのは最初の数秒で、すぐに足を向けていた。
ゆっくり近づいても裕也は俺に気づかない。俯いているから表情も見えない。泣いているのか。一瞬、思った。
「……裕也」
すぐ近く。斜め後ろから声をかけると、そこでようやく裕也も気づいた。のろのろと上げた顔を振り向かせ、俺を見ると驚いたような顔をした。
泣いてはいなかった。ただ少し、困惑気味に、目を大きくさせている。
「……なんで……」
「坂上さんに教えてもらった」
「奈緒に……?」
裕也が立つその足元には水桶がある。墓前には真新しい花もきちんと供えられていた。
一歩踏み出し、裕也の横で、墓に向けてしゃがみ込む。宮瀬という名が刻まれたそれに黙ったまま手を合わせる俺を、裕也が立ち尽くしたまま見下ろしている。
「……聞いたのか」
とても静かな声が降ってきた。線香の煙に紛れて合わせていた両手をそっと離し、立ち上がり、裕也を振り返り、なんの感情もこもっていないような、整っているだけの顔を見つめた。
怒りもしないが、それ以外も見せない。つらいとか、苦しいとか。そういうのを一つでも零せばいいのに、そんなものを見せてくるどころか、俺の前で裕也は、器用に笑った。
サラサラと空気が流れ、木の葉の擦れる音がする。そんな中で見せられた顔に、息を止め、目を見張った。
綺麗に形作られたそれ。贔屓目でもなんでもなく、ただ驚くほど美しい。
けれどそれは写真の中で見た、幼い頃の裕也が浮かべる明るい笑顔とは正反対だった。
自分で自分を、痛めつけでもするかのような。息をのむくらい綺麗なのに、あまりにもそれは、悲しかった。
かつて病気が発覚した母親は、それから一年もせずにこの世を去った。半年前に倒れた父親は、手を施せるような状態ではすでになかった。
どうしようもないということはある。誰のせいでもない。もちろん本人のせいでも。裕也にだってなんの罪もない。それでも自分を責めるのが人間で、それが今の、裕也だった。
「……裕也」
「あーあ。お前にこんなとこ見られるなんてな。情けなくて笑える」
「…………」
最大限の強がりにはいくらなんでも無理がある。俺には無駄口くらいしか叩けない。こういうときに限ってそれが出てこない。
黙ったまま突っ立っていれば裕也は困ったように笑った。目は合わない。と言うより、裕也が合わせようとはしない。
どちらも何も喋らないまましばらくは風の音だけを聞き、静かにこちらへと歩み寄った裕也は、ぽすっと、俺の肩に顔を埋めた。
「……わり。ちょっと……借りる」
たまらずに、抱きしめた。泣けばいい。押し殺す必要なんてない。
裕也はずっと一人で立ってきた。それはきっとこれからも変わらない。けれどせめてこんなときくらい、支えにする人間を見つけたところで罪にはならない。
裕也の目の前には俺がいる。少しくらいは、支えになれる。
「好きなだけ使えよ。いつだってくれてやる」
「はっ……カッコ付けんな竜崎のクセに。マジで俺が情けなくなるだろ」
「分かんねえよ。いま見えねえもん、お前の顔」
裕也の頭をそっと抱き込んだ。撫でるとまではいかない程度に、それでもしっかりと触れて、遠くを眺めた。
躊躇いを見せていた裕也の両手も俺の背中に伸びてくる。服をキュッと握りしめた。そうやって黙ったまま、こらえていたものを押し流すように、ようやく小刻みにその体を揺らし始めた。
声は出さない。一切の嗚咽も漏らさない。けれどこの肩には雫を感じる。
大丈夫だ。俺は見ていない。望むなら、忘れてやることもできる。
だけど今はそばにいる。ただただ強く抱きしめて、静かな風の音を一緒に感じた。
霊園だ。広くて明るく、緑に覆われた。墓石は綺麗に建ち並び、一つ一つのスペースも大きく、おどろおどろしい雰囲気どころか開放的でとてものどかだ。
多分あそこにいると思う。そう言ったのは坂上さんだった。広い霊園に足を踏み入れ、近辺をゆっくりと見回した。
敷地自体は広大であってもすっきりとした配置で見通しもいいから、人がいればすぐ目に入るだろう。思いつつ一歩ずつ足を進めるが、裕也に会って、何を言えばいいのか。
こんなところまで押しかけて来た。裕也の過去を人づてに聞いてしまった。預かった物をポケットの中で慎重にそっと握りしめ、とある列に差し掛かった時、ふと足を止めてその場所を見た。
列の中央よりやや先に行った辺り。人がいた。墓の前で佇むひとつの影が。目に映るのは紛れもなく、探し求めた裕也だった。
「…………」
遠くからその姿を眺める。迷ったのは最初の数秒で、すぐに足を向けていた。
ゆっくり近づいても裕也は俺に気づかない。俯いているから表情も見えない。泣いているのか。一瞬、思った。
「……裕也」
すぐ近く。斜め後ろから声をかけると、そこでようやく裕也も気づいた。のろのろと上げた顔を振り向かせ、俺を見ると驚いたような顔をした。
泣いてはいなかった。ただ少し、困惑気味に、目を大きくさせている。
「……なんで……」
「坂上さんに教えてもらった」
「奈緒に……?」
裕也が立つその足元には水桶がある。墓前には真新しい花もきちんと供えられていた。
一歩踏み出し、裕也の横で、墓に向けてしゃがみ込む。宮瀬という名が刻まれたそれに黙ったまま手を合わせる俺を、裕也が立ち尽くしたまま見下ろしている。
「……聞いたのか」
とても静かな声が降ってきた。線香の煙に紛れて合わせていた両手をそっと離し、立ち上がり、裕也を振り返り、なんの感情もこもっていないような、整っているだけの顔を見つめた。
怒りもしないが、それ以外も見せない。つらいとか、苦しいとか。そういうのを一つでも零せばいいのに、そんなものを見せてくるどころか、俺の前で裕也は、器用に笑った。
サラサラと空気が流れ、木の葉の擦れる音がする。そんな中で見せられた顔に、息を止め、目を見張った。
綺麗に形作られたそれ。贔屓目でもなんでもなく、ただ驚くほど美しい。
けれどそれは写真の中で見た、幼い頃の裕也が浮かべる明るい笑顔とは正反対だった。
自分で自分を、痛めつけでもするかのような。息をのむくらい綺麗なのに、あまりにもそれは、悲しかった。
かつて病気が発覚した母親は、それから一年もせずにこの世を去った。半年前に倒れた父親は、手を施せるような状態ではすでになかった。
どうしようもないということはある。誰のせいでもない。もちろん本人のせいでも。裕也にだってなんの罪もない。それでも自分を責めるのが人間で、それが今の、裕也だった。
「……裕也」
「あーあ。お前にこんなとこ見られるなんてな。情けなくて笑える」
「…………」
最大限の強がりにはいくらなんでも無理がある。俺には無駄口くらいしか叩けない。こういうときに限ってそれが出てこない。
黙ったまま突っ立っていれば裕也は困ったように笑った。目は合わない。と言うより、裕也が合わせようとはしない。
どちらも何も喋らないまましばらくは風の音だけを聞き、静かにこちらへと歩み寄った裕也は、ぽすっと、俺の肩に顔を埋めた。
「……わり。ちょっと……借りる」
たまらずに、抱きしめた。泣けばいい。押し殺す必要なんてない。
裕也はずっと一人で立ってきた。それはきっとこれからも変わらない。けれどせめてこんなときくらい、支えにする人間を見つけたところで罪にはならない。
裕也の目の前には俺がいる。少しくらいは、支えになれる。
「好きなだけ使えよ。いつだってくれてやる」
「はっ……カッコ付けんな竜崎のクセに。マジで俺が情けなくなるだろ」
「分かんねえよ。いま見えねえもん、お前の顔」
裕也の頭をそっと抱き込んだ。撫でるとまではいかない程度に、それでもしっかりと触れて、遠くを眺めた。
躊躇いを見せていた裕也の両手も俺の背中に伸びてくる。服をキュッと握りしめた。そうやって黙ったまま、こらえていたものを押し流すように、ようやく小刻みにその体を揺らし始めた。
声は出さない。一切の嗚咽も漏らさない。けれどこの肩には雫を感じる。
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