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第二部
76.胸中いまだ人知れずⅦ
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「卒業……おめでとうございます」
卒業式の真っ最中だ。こんな偏差値ど底辺校でも一応はそれなりの式が執り行われる。
つまらない式典になんて先輩は初めから参加する気がない。屋上のフェンス越しに体育館の方向を見下ろしていた。
いかにも退屈そうな顔。卒業証書だけはあとで取りに来い。担任からはそう言われているらしい。
そのため卒業式が終わるまでここで仕方なしに待っている。そんな先輩に俺も付き合った。勝手にそうした。こうしたかったから。
誰も聞いていない校長の話は眠くなるだけでつまらないし、歌詞もメロディーも覚えていない校歌なんて歌えないし。誰一人として真面目に参加する気のない式は俺もサボった。
「お前はここにいていいのか?」
「先輩以外の三年祝っても仕方ないですし。知り合いいませんから」
「お前がそれでいいなら構わねえけど」
そう言って先輩はフェンスに背を向けた。その顔を俺が見上げると、ふっと小さく笑われる。
この顔も見納めか。そう思うと妙に苦しい。ついつい俯いてしまったところで、ポンッと頭に手を乗せられた。
「シケたツラしてんなよ。お前時々めんどくせえぞ」
「…………」
思った以上に、結構キツイ。本当にもうこれが最後だ。今後は会うこともないだろう。
卒業したら家を出る。先輩はそう言っていた。どこに行くかは聞いていない。聞けば教えてくれたかもしれない。
けれど家を出ると俺に言った時の先輩のあの顔つきは、全てをここに置いて行きたいと、そう物語っていた。
「先輩……」
「うん?」
「……俺……」
伝えたい事がありすぎる。最後なのに。何も言えない。
先輩の手が離れても俯いたまま黙りこくっていた。どうしよう。まずは何を言えば。グルグルと考えを巡らせているうちに結局は何も見出せず、おずおずと顔を上げると、先輩は微かに表情を緩めた。
「ありがとな」
「…………え?」
なんで、先輩がそんなことを。それを言うのは俺なのに。
だけど先輩は穏やかなまま、静かにもう一つ付け足した。
「お前も頑張れよ」
「…………」
口を半開きにさせたまま立ち尽くす俺の前から先輩は足を踏み出した。俺を通り過ぎてドアの方へと。
少しして背後でガチャリと重いドアの音を聞いた時、ようやくハッと引き戻されて慌てて先輩を振り返った。
「っ……先輩!!」
思わず、叫んだ。先輩は足を止めた。ほんの少し横顔が見える程度に振り向いた、その表情。
はっきり見えた。笑っていた。綺麗な弧を描いた、口元が動いた。
「じゃあな」
シンプルなお別れは先輩らしくて、それだけ言い残して出ていった。バタンと音を立ててしまった扉。結局何も言えなかった。思うことは、ただ一つ。
なんて、かっこいい人だろう。かっこよくて、とても綺麗。
宮瀬裕也。それがその人。生まれて初めて、俺が恋した人だ。
六年後、唐突に再会を果たした。夜の街にはうんざりするほど多くの人が流れているのに、ゴチャゴチャした中であの姿を見つけて一目で先輩だと分かった。
相変わらずかっこいい。それ以上にもっと、綺麗になった。思わずそう感じてしまったのは、俺の間違いではなかったようだ。
先輩には大切な人ができた。とても大事な人なのだろうと、あの顔を見れば自然と分かった。
本人は死んでも認めないだろうが、先輩はいま、恋をしていた。
空港へ向かっている途中、先輩からメッセージが届いた。
ついついふっと笑っている。「ありがとな」と、そしてもう一文、「頑張れよ」。あの時と変わらない素っ気ない文章がとても先輩らしかった。
先輩と出会っていなければ、俺はきっとどこかで腐ってた。人生舐め切ったクソガキごときが生き抜けるほど世の中は甘くない。
これから十年かそれくらい経ってまともな医者になれていたら、あの二人にまた会いに行こう。
竜崎さんは絶対に嫌な顔をする。ガラにもなく人の恋路に手を貸してしまったのだから、それくらいの仕返しはさせてもらってもきっとばちは当たらない。
先輩の隣にはあの人が座った。ただ一人、先輩に許された。
それを悔しいと思ったことは、俺だけの一生の秘密だ。
卒業式の真っ最中だ。こんな偏差値ど底辺校でも一応はそれなりの式が執り行われる。
つまらない式典になんて先輩は初めから参加する気がない。屋上のフェンス越しに体育館の方向を見下ろしていた。
いかにも退屈そうな顔。卒業証書だけはあとで取りに来い。担任からはそう言われているらしい。
そのため卒業式が終わるまでここで仕方なしに待っている。そんな先輩に俺も付き合った。勝手にそうした。こうしたかったから。
誰も聞いていない校長の話は眠くなるだけでつまらないし、歌詞もメロディーも覚えていない校歌なんて歌えないし。誰一人として真面目に参加する気のない式は俺もサボった。
「お前はここにいていいのか?」
「先輩以外の三年祝っても仕方ないですし。知り合いいませんから」
「お前がそれでいいなら構わねえけど」
そう言って先輩はフェンスに背を向けた。その顔を俺が見上げると、ふっと小さく笑われる。
この顔も見納めか。そう思うと妙に苦しい。ついつい俯いてしまったところで、ポンッと頭に手を乗せられた。
「シケたツラしてんなよ。お前時々めんどくせえぞ」
「…………」
思った以上に、結構キツイ。本当にもうこれが最後だ。今後は会うこともないだろう。
卒業したら家を出る。先輩はそう言っていた。どこに行くかは聞いていない。聞けば教えてくれたかもしれない。
けれど家を出ると俺に言った時の先輩のあの顔つきは、全てをここに置いて行きたいと、そう物語っていた。
「先輩……」
「うん?」
「……俺……」
伝えたい事がありすぎる。最後なのに。何も言えない。
先輩の手が離れても俯いたまま黙りこくっていた。どうしよう。まずは何を言えば。グルグルと考えを巡らせているうちに結局は何も見出せず、おずおずと顔を上げると、先輩は微かに表情を緩めた。
「ありがとな」
「…………え?」
なんで、先輩がそんなことを。それを言うのは俺なのに。
だけど先輩は穏やかなまま、静かにもう一つ付け足した。
「お前も頑張れよ」
「…………」
口を半開きにさせたまま立ち尽くす俺の前から先輩は足を踏み出した。俺を通り過ぎてドアの方へと。
少しして背後でガチャリと重いドアの音を聞いた時、ようやくハッと引き戻されて慌てて先輩を振り返った。
「っ……先輩!!」
思わず、叫んだ。先輩は足を止めた。ほんの少し横顔が見える程度に振り向いた、その表情。
はっきり見えた。笑っていた。綺麗な弧を描いた、口元が動いた。
「じゃあな」
シンプルなお別れは先輩らしくて、それだけ言い残して出ていった。バタンと音を立ててしまった扉。結局何も言えなかった。思うことは、ただ一つ。
なんて、かっこいい人だろう。かっこよくて、とても綺麗。
宮瀬裕也。それがその人。生まれて初めて、俺が恋した人だ。
六年後、唐突に再会を果たした。夜の街にはうんざりするほど多くの人が流れているのに、ゴチャゴチャした中であの姿を見つけて一目で先輩だと分かった。
相変わらずかっこいい。それ以上にもっと、綺麗になった。思わずそう感じてしまったのは、俺の間違いではなかったようだ。
先輩には大切な人ができた。とても大事な人なのだろうと、あの顔を見れば自然と分かった。
本人は死んでも認めないだろうが、先輩はいま、恋をしていた。
空港へ向かっている途中、先輩からメッセージが届いた。
ついついふっと笑っている。「ありがとな」と、そしてもう一文、「頑張れよ」。あの時と変わらない素っ気ない文章がとても先輩らしかった。
先輩と出会っていなければ、俺はきっとどこかで腐ってた。人生舐め切ったクソガキごときが生き抜けるほど世の中は甘くない。
これから十年かそれくらい経ってまともな医者になれていたら、あの二人にまた会いに行こう。
竜崎さんは絶対に嫌な顔をする。ガラにもなく人の恋路に手を貸してしまったのだから、それくらいの仕返しはさせてもらってもきっとばちは当たらない。
先輩の隣にはあの人が座った。ただ一人、先輩に許された。
それを悔しいと思ったことは、俺だけの一生の秘密だ。
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