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第二部
68.望むべきもの、ほしいもの ~日常と旅立ち~Ⅰ
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しつこく聞いてくるものだから家の場所を教えたら、根本はすぐにやって来た。もう深夜だった。
ドアを開けた瞬間、大丈夫ですかっ、と。心配そうな顔が目に飛び込んできた。
慌ただしい別れ方をしたのは夕べ。ずっと気がかりだったのだろう。こいつだって暇じゃないのに余計なことで気を揉ませてしまった。竜崎からの着信を受けたくなくてずっと電源を切っていたから、この時間になるまで根本にも応じてやることができなかった。
さっき電話で話した時も、こうしてやって来た今も、大丈夫と俺が言っても根本は一つも納得しない。
ひとまず入れと部屋の中を示したがそれすらも、ここでいいと。玄関前で向かい合ったまま根本は神妙な顔をしていた。
「すみません。俺があんなこと……」
「違う。お前は何も悪くない」
律儀な奴だからこうやって背負い込むが、根本が責任を感じる必要はない。今朝、俺が自分であいつを捨てた。切り捨てた。待てと言われても聞かないで。
俺じゃない誰かといた。間違いなく女の匂いだった。
どっかの女と一晩寝てくる。別にいい。たったそれだけだ。どうでもいいこと。気にもならない。以前の俺ならそう思えたが、言いようのない感情が込み上げてきた。
「元々がダメだったんだ。最初からうまくいくはずなかった」
毎日一緒だった。そばにいた。だけどずっと怖かった。
この関係に落ち着いてからも依然として壁はあった。全てをさらけ出しているようで、いつも一定の線を引かれている。どこかに一人で行ってしまいそう。そんな気は常にしていた。それが思っていたよりも早く、現実になっただけのこと。
「……これでよかった」
「先輩……」
笑ったつもりだったが失敗したと思う。余計に根本の眉間をきつくさせた。
「……俺は先輩のそんな顔見たくない」
静かに、しかし強く言い落された一言。おとなしそうに見えて押しが強いところは昔もあった。今もはっきり俺を捉えている。
「俺にできることならなんだってします。それがあなたのためになるなら」
「どうして……」
そこまで。
なんの義理もない。一年弱、同じ高校で顔を合わせていただけだ。
見上げた先で根本は穏やかに笑った。その雰囲気になぜか、言葉を奪われた。
「先輩は昔から借りとか嫌いでしたよね。同じなんです、俺も」
俺が何も答えないうちに根本は自ら一歩下がった。
「俺が話してきます」
「は……」
「これでいいはずがない」
背を向けようとする、その腕を、はっとして咄嗟に掴んだ。
「待てよっ、俺らはもう……」
「これ以上誤解される要因は増やしたくないんで、ここに来たってことは黙っときますね」
こいつは当事者じゃない。ただ巻き込まれた。なのに俺よりも必死だった。
「先輩は待っててください」
「根本……」
「大丈夫です。信じて」
「…………」
あいつがどこにいるかも知らないくせに。根本は俺にそう言って約束した。竜崎がうちのドアを叩いたのは、それから三日後のことだった。
許してやる気なんてなかった。これ以上はもう無理だと思った。初めてその隣を望んだ相手は、そばにいると、ただただ、つらい。
大嫌いで、イライラするし、関わりたいタイプの人間じゃないのに。そばにいたって苦しいだけなのに、最後の最後で手放せない。
一度触れればすぐ取り戻したくなった。しばらく重ねていなかった体を繋げた。それはつまらない意地でしかなかった。消さないと。この男にまとわりついた、不愉快なだけの女の匂いを。
跨って、煽って、腰を揺らして、こいつの欲情を駆り立てるためにみっともなく曝け出した。恥も何もかもかなぐり捨てれば、この男はようやくキスをくれた。
どう頑張っても女にはなれない。それでも誰かに取られるのは嫌だ。
みっともない姿を晒しながら繋ぎ止めるために抱きしめ、抱き返され、目を閉じた。一緒がいい。放したくない。
***
「なあ……」
「ん……?」
「カギ……」
「うん?」
やることやって気づいた時にはいつの間にか寝ていたようだ。最近まともに寝ていなかった。それは多分こいつも同じだろうが、次に気づいた時にはしっかりとその腕に抱きしめられていた。
ベッドの中でいくらか身じろぎ、俺が起きたことにこいつも気づいた。けれど腕は離されず、俺も離れる気がなかったから、呼びかけた。竜崎は応えた。カギ、と言ったら、その目がこっちに向いた。
「お前の部屋のカギ、返せ……」
「え……?」
あの朝、自分で投げつけた。そうやって突き返したのは、俺だけど。
「……お前が最初に渡してきたんだ。あれはもう俺の物だろ」
突き返した物をまた差し出され、それを弾き飛ばしたのも俺だ。部屋の隅にまだ落ちているはず。あれをもう一度俺の物にしたい。
竜崎の肩口に顔を埋めた。すでにしっかり抱きしめられていたが、さらに強く抱き寄せられた。
ベッドが狭いから、仕方がない。朝までくっついているしかない。こんなにもつらいのに、俺にはこいつの隣しかない。
戻ってきた。それだけだ。その背にそっと、腕を伸ばした。
ドアを開けた瞬間、大丈夫ですかっ、と。心配そうな顔が目に飛び込んできた。
慌ただしい別れ方をしたのは夕べ。ずっと気がかりだったのだろう。こいつだって暇じゃないのに余計なことで気を揉ませてしまった。竜崎からの着信を受けたくなくてずっと電源を切っていたから、この時間になるまで根本にも応じてやることができなかった。
さっき電話で話した時も、こうしてやって来た今も、大丈夫と俺が言っても根本は一つも納得しない。
ひとまず入れと部屋の中を示したがそれすらも、ここでいいと。玄関前で向かい合ったまま根本は神妙な顔をしていた。
「すみません。俺があんなこと……」
「違う。お前は何も悪くない」
律儀な奴だからこうやって背負い込むが、根本が責任を感じる必要はない。今朝、俺が自分であいつを捨てた。切り捨てた。待てと言われても聞かないで。
俺じゃない誰かといた。間違いなく女の匂いだった。
どっかの女と一晩寝てくる。別にいい。たったそれだけだ。どうでもいいこと。気にもならない。以前の俺ならそう思えたが、言いようのない感情が込み上げてきた。
「元々がダメだったんだ。最初からうまくいくはずなかった」
毎日一緒だった。そばにいた。だけどずっと怖かった。
この関係に落ち着いてからも依然として壁はあった。全てをさらけ出しているようで、いつも一定の線を引かれている。どこかに一人で行ってしまいそう。そんな気は常にしていた。それが思っていたよりも早く、現実になっただけのこと。
「……これでよかった」
「先輩……」
笑ったつもりだったが失敗したと思う。余計に根本の眉間をきつくさせた。
「……俺は先輩のそんな顔見たくない」
静かに、しかし強く言い落された一言。おとなしそうに見えて押しが強いところは昔もあった。今もはっきり俺を捉えている。
「俺にできることならなんだってします。それがあなたのためになるなら」
「どうして……」
そこまで。
なんの義理もない。一年弱、同じ高校で顔を合わせていただけだ。
見上げた先で根本は穏やかに笑った。その雰囲気になぜか、言葉を奪われた。
「先輩は昔から借りとか嫌いでしたよね。同じなんです、俺も」
俺が何も答えないうちに根本は自ら一歩下がった。
「俺が話してきます」
「は……」
「これでいいはずがない」
背を向けようとする、その腕を、はっとして咄嗟に掴んだ。
「待てよっ、俺らはもう……」
「これ以上誤解される要因は増やしたくないんで、ここに来たってことは黙っときますね」
こいつは当事者じゃない。ただ巻き込まれた。なのに俺よりも必死だった。
「先輩は待っててください」
「根本……」
「大丈夫です。信じて」
「…………」
あいつがどこにいるかも知らないくせに。根本は俺にそう言って約束した。竜崎がうちのドアを叩いたのは、それから三日後のことだった。
許してやる気なんてなかった。これ以上はもう無理だと思った。初めてその隣を望んだ相手は、そばにいると、ただただ、つらい。
大嫌いで、イライラするし、関わりたいタイプの人間じゃないのに。そばにいたって苦しいだけなのに、最後の最後で手放せない。
一度触れればすぐ取り戻したくなった。しばらく重ねていなかった体を繋げた。それはつまらない意地でしかなかった。消さないと。この男にまとわりついた、不愉快なだけの女の匂いを。
跨って、煽って、腰を揺らして、こいつの欲情を駆り立てるためにみっともなく曝け出した。恥も何もかもかなぐり捨てれば、この男はようやくキスをくれた。
どう頑張っても女にはなれない。それでも誰かに取られるのは嫌だ。
みっともない姿を晒しながら繋ぎ止めるために抱きしめ、抱き返され、目を閉じた。一緒がいい。放したくない。
***
「なあ……」
「ん……?」
「カギ……」
「うん?」
やることやって気づいた時にはいつの間にか寝ていたようだ。最近まともに寝ていなかった。それは多分こいつも同じだろうが、次に気づいた時にはしっかりとその腕に抱きしめられていた。
ベッドの中でいくらか身じろぎ、俺が起きたことにこいつも気づいた。けれど腕は離されず、俺も離れる気がなかったから、呼びかけた。竜崎は応えた。カギ、と言ったら、その目がこっちに向いた。
「お前の部屋のカギ、返せ……」
「え……?」
あの朝、自分で投げつけた。そうやって突き返したのは、俺だけど。
「……お前が最初に渡してきたんだ。あれはもう俺の物だろ」
突き返した物をまた差し出され、それを弾き飛ばしたのも俺だ。部屋の隅にまだ落ちているはず。あれをもう一度俺の物にしたい。
竜崎の肩口に顔を埋めた。すでにしっかり抱きしめられていたが、さらに強く抱き寄せられた。
ベッドが狭いから、仕方がない。朝までくっついているしかない。こんなにもつらいのに、俺にはこいつの隣しかない。
戻ってきた。それだけだ。その背にそっと、腕を伸ばした。
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