No morals

わこ

文字の大きさ
上 下
68 / 121
第二部

68.望むべきもの、ほしいもの ~日常と旅立ち~Ⅰ

しおりを挟む
 しつこく聞いてくるものだから家の場所を教えたら、根本はすぐにやって来た。もう深夜だった。
 ドアを開けた瞬間、大丈夫ですかっ、と。心配そうな顔が目に飛び込んできた。

 慌ただしい別れ方をしたのは夕べ。ずっと気がかりだったのだろう。こいつだって暇じゃないのに余計なことで気を揉ませてしまった。竜崎からの着信を受けたくなくてずっと電源を切っていたから、この時間になるまで根本にも応じてやることができなかった。
 さっき電話で話した時も、こうしてやって来た今も、大丈夫と俺が言っても根本は一つも納得しない。
 ひとまず入れと部屋の中を示したがそれすらも、ここでいいと。玄関前で向かい合ったまま根本は神妙な顔をしていた。

「すみません。俺があんなこと……」
「違う。お前は何も悪くない」

 律儀な奴だからこうやって背負い込むが、根本が責任を感じる必要はない。今朝、俺が自分であいつを捨てた。切り捨てた。待てと言われても聞かないで。
 俺じゃない誰かといた。間違いなく女の匂いだった。

 どっかの女と一晩寝てくる。別にいい。たったそれだけだ。どうでもいいこと。気にもならない。以前の俺ならそう思えたが、言いようのない感情が込み上げてきた。

「元々がダメだったんだ。最初からうまくいくはずなかった」

 毎日一緒だった。そばにいた。だけどずっと怖かった。
 この関係に落ち着いてからも依然として壁はあった。全てをさらけ出しているようで、いつも一定の線を引かれている。どこかに一人で行ってしまいそう。そんな気は常にしていた。それが思っていたよりも早く、現実になっただけのこと。

「……これでよかった」
「先輩……」

 笑ったつもりだったが失敗したと思う。余計に根本の眉間をきつくさせた。

「……俺は先輩のそんな顔見たくない」

 静かに、しかし強く言い落された一言。おとなしそうに見えて押しが強いところは昔もあった。今もはっきり俺を捉えている。

「俺にできることならなんだってします。それがあなたのためになるなら」
「どうして……」

 そこまで。
 なんの義理もない。一年弱、同じ高校で顔を合わせていただけだ。
 見上げた先で根本は穏やかに笑った。その雰囲気になぜか、言葉を奪われた。

「先輩は昔から借りとか嫌いでしたよね。同じなんです、俺も」

 俺が何も答えないうちに根本は自ら一歩下がった。

「俺が話してきます」
「は……」
「これでいいはずがない」

 背を向けようとする、その腕を、はっとして咄嗟に掴んだ。

「待てよっ、俺らはもう……」
「これ以上誤解される要因は増やしたくないんで、ここに来たってことは黙っときますね」

 こいつは当事者じゃない。ただ巻き込まれた。なのに俺よりも必死だった。

「先輩は待っててください」
「根本……」
「大丈夫です。信じて」
「…………」

 あいつがどこにいるかも知らないくせに。根本は俺にそう言って約束した。竜崎がうちのドアを叩いたのは、それから三日後のことだった。
 許してやる気なんてなかった。これ以上はもう無理だと思った。初めてその隣を望んだ相手は、そばにいると、ただただ、つらい。


 大嫌いで、イライラするし、関わりたいタイプの人間じゃないのに。そばにいたって苦しいだけなのに、最後の最後で手放せない。
 一度触れればすぐ取り戻したくなった。しばらく重ねていなかった体を繋げた。それはつまらない意地でしかなかった。消さないと。この男にまとわりついた、不愉快なだけの女の匂いを。
 跨って、煽って、腰を揺らして、こいつの欲情を駆り立てるためにみっともなく曝け出した。恥も何もかもかなぐり捨てれば、この男はようやくキスをくれた。

 どう頑張っても女にはなれない。それでも誰かに取られるのは嫌だ。
 みっともない姿を晒しながら繋ぎ止めるために抱きしめ、抱き返され、目を閉じた。一緒がいい。放したくない。






***






「なあ……」
「ん……?」
「カギ……」
「うん?」

 やることやって気づいた時にはいつの間にか寝ていたようだ。最近まともに寝ていなかった。それは多分こいつも同じだろうが、次に気づいた時にはしっかりとその腕に抱きしめられていた。
 ベッドの中でいくらか身じろぎ、俺が起きたことにこいつも気づいた。けれど腕は離されず、俺も離れる気がなかったから、呼びかけた。竜崎は応えた。カギ、と言ったら、その目がこっちに向いた。

「お前の部屋のカギ、返せ……」
「え……?」

 あの朝、自分で投げつけた。そうやって突き返したのは、俺だけど。

「……お前が最初に渡してきたんだ。あれはもう俺の物だろ」

 突き返した物をまた差し出され、それを弾き飛ばしたのも俺だ。部屋の隅にまだ落ちているはず。あれをもう一度俺の物にしたい。
 竜崎の肩口に顔を埋めた。すでにしっかり抱きしめられていたが、さらに強く抱き寄せられた。
 ベッドが狭いから、仕方がない。朝までくっついているしかない。こんなにもつらいのに、俺にはこいつの隣しかない。

 戻ってきた。それだけだ。その背にそっと、腕を伸ばした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

処理中です...