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第二部
58.崩壊劇Ⅱ
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「見かけた時すぐ先輩だって分りましたよ。まさかこんな所で会うとは思ってませんでしたけど」
学生が多く集まる安い居酒屋はガヤガヤと賑やかで元気だ。テーブルを挟んだ向こうにいる根本はこの雰囲気に溶け込んでいた。
普通の感覚と一般的な常識を持った爽やかな男との会話。神経はもちろん削られない。
「俺は全然分かんなかったけどな最初。背ぇかなり伸びただろ」
「九十一あります」
「デケぇ。なんかやってんの?」
「いいえ、特には。大学の連中とかと遊びでバスケやるくらいですかね」
その顔を見ようとすると少し視線が上に行く。かつては俺の方が少々高かったはずだが今では頭一つ分近い差ができていた。しかしそれ以上に気になる単語が。
「大学生か」
「ええ」
「お前がなぁ」
「覚えてませんか。こう見えて結構頭いいんです」
「自分で言うなよ」
人懐っこい笑顔で冗談のように言われ、つられて俺も表情が緩んだ。
「どこの大学行ってるんだ?」
「駅三つ東です。M大」
「M大……って、あの?」
そうですと、当たり前のようにうなずかれて少々目を見開いた。最終学歴バカ高卒の俺だって名前くらいは知っている。確かに根本は頭も良かったが、同じくバカ高出身のこいつからその大学名が出てくるとは。
伝統のある名門大学。偏差値は聞いただけでもびっくりできる。少なくとも俺があの高校にいた時点では、あそこからM大合格者を輩出できた事はなかったと思う。というかそもそも進学率は一割以下だ。
しかし順当にいっているなら根本は今年の春すでに大学を卒業しているはず。それにあの大学はたしか、医療系の学部に重きを置いたマンモス大ではなかったか。
続けて聞かされた根本の言葉は、その記憶を裏付けた。
「実はうちの実家、病院やってるんです。と言っても小さい内科ですけど。俺は長男なのでまあ一応はって感じですかね」
「そうなのか……」
そんな話は初めて聞いたが、根本ならば似合う気もする。
「よく分かんねえけど大変そうだな」
「いえいえ、そんな」
どこぞのアホとは違って謙虚だ。無邪気で明るいこの笑顔も人好きされることだろう。どこぞの闇医者とは大違い。
「先輩は? 今どうしてるんですか?」
勝ち組の男にそんなことを聞かれた。誰かと比べることに意味はなくても自嘲的な苦笑いはやむを得ない。
「しょうもねえ生活してるよ。なんとか食い扶ち繋いでる感じかな。俺が死にかけたらお前んとこに担ぎ込まれてやるから必ず助けろ」
「そりゃもう喜んで。俺が家継いで実権握ったら診療所貸切りで特別待遇します」
「頼もしいな」
根本は昔と変わらない。ただ少し、実際頼もしくなった。
言動とか仕草とか、穏やかな顔つきとか、どれをとっても大人っぽくなったと思う。成人している男に大人っぽくなったなどと思うのも失礼だろうけれど。
賑やかな店の中で不味くはないメシを食いながらそうやってゆっくり話を進めた。内容はなんてことない。大学の食堂で一番ウマいのは結局なんだかんだでカレーだとか。昨日の帰り道にすれ違ったハチワレ猫がすごく可愛かったとか。
薄っぺらくて片肘の張らない話題は気安いしちょうどよく落ち着く。しかし言葉の端々から根本の雰囲気に変化を感じ取ったように、こいつもこいつで俺と話していて思うところはあったようだ。
「なんか、先輩……」
「ああ」
「……もしかしてちゃんとした彼女でもできました?」
「はっ?……なんだよ、急に」
行き会った野生の猫の話からなぜそんな方向へ話題が逸れる。思わずむせ返りかけたのをごまかし、ビールのグラスをテーブルに置いた。
「雰囲気ちょっと柔らかくなった気がしたので、落ち着くとこ落ち着いたのかなって。すみません、偉そうですね」
「…………」
取って付けたように謝るこいつは爽やかな笑顔。
「違いました?」
「……気のせいだろ」
「そうかな。先輩はそんな笑うような人じゃなかった。もっと冷たい印象強かったですよ。高校で初めて声かけた時すげえ緊張しましたもん」
「なんだそりゃ。貶してんのか」
「や、違います。そうじゃなくて」
さっさと違う話に逸らしたい。しかし根本はとことん俺を追い詰めた。
「今の方が幸せそう……?」
「し……あ?」
「恋すると人は変わるってよく言うじゃないですか」
「…………」
そんなの知らない。知りたくもない。幸せそうなんて初めて言われた。
「先輩?」
「……誰が言うんだよそんなこと」
「大昔のなんか……賢人?」
「そんなあやふやな情報源を俺は信じない」
逃げるように再びビールを手にした。軽く飲まないとやり過ごせない。
「男二人でする話じゃねえだろ。早々に酔ったか」
「まだ全然シラフです。なかなか酔えないんですよね」
言いながら素晴らしい飲みっぷりを披露された。グビグビとグラスの中身が減っていく。強くはない俺からすればその豪快さが羨ましい限りだ。
柔らかくなった。幸せそう。どちらも俺にはパワーワードだ。いやむしろデスワードか。
あの野郎のせいでそう見えるようになったのだとすれば不本意だ。俺はそこまでホイホイと他人に左右される人間じゃない。はず。
「…………」
忘れよう。ほどほどに飲んでいたビールをそこで一気にグイッと仰いだ。
大丈夫。限界はもう知っている。飲みすぎなければいいだけの話。
「急にどうしました?」
「……別に。なんでも……」
頭の中のこの鬱陶しい雑念さえ振り払えればいい。
そう思っていた。酒が回る前に止めればいいと。話題を無理やり根本の大学のことやなんかに持っていかせつつ、当たり障りのない内容で言葉を交わしながら合間には酒。
酔えないと言うだけあって根本は本当に強かった。そしてオーダー時には飲み放題で頼んだ。元を取らねば。貧乏人のサガも加わる。
まだ平気。もう少しくらい。大丈夫大丈夫と安易に考え、根本につられるようにして飲みに飲んだ。
レモンサワーくらいなら度数もそんなだし。カクテル。ジュースじゃん、これ甘いもん。平気平気。大丈夫大丈夫。
そうして数時間が経ってみると。こうなった。
「先輩。……先輩。大丈夫ですか? ちゃんと掴まっててください」
「あははははははへーきへーきへーき」
「…………」
楽しい。
見慣れた大通りを根本に支えられながら歩く。足元はふらふらと覚束ない。文句こそ付けてこないものの、根本は半ば呆然としていた。
「家どこですか? 送ってきますから」
「んー……あっち」
「あっちって……」
困ってる。へへ。困ってる。
ひとまずは俺が指さした方向に足を向けてくれたようだが、ゆっくり進むその足は時々止まる。通行人の目も気にせずに騒ぐ俺を根本はやんわり宥めた。
「先輩、家遠い……?」
遠いんだっけ。近かったかも。いいよもう、ここで寝ようよ。
ふらりとした俺をほぼほぼ抱えて根本は道の端っこに移動し、建ち並ぶ店のシャッターが閉まった建物前でそっと足を止めて顔を覗き込んできた。
「二人で迷子ってのも最悪だし、ウチ来てもらってもいいですか? ここからそんな距離ないんで」
「まいご……あははっ。迷子!」
「…………」
いくらか遠い目をした根本は自分で自分を納得させるようにうんうんと何度か頷き、それから再び俺の腕を引いた。
「もう連れてっちゃいますからね。すぐ着くんで頑張って」
「おう。さけよこせ!」
「……バカ言わないでください」
「バカっつったなテメエッ!!」
「すみません。落ち着いて」
暴れると簡単に押さえつけられた。デカいから寄りかかるのにちょうどいい。
ぐだっと体を預けながらどうにかこうにか歩かされている状態の中、ポケットの中身が小刻みに振えた。ほとんど俺を抱きかかえて歩かせていた根本にもその振動が伝わったようだ。
「先輩、スマホ……。鳴ってますよ」
「あー?」
「いいんですか? 店でもずっと鳴ってましたけど」
促されるままジーンズのポケットに手を伸ばした。目に入った発信者の名前。竜崎だ。店にいる時からこいつだ。
「んっだよしつけえな!」
出た。開口一番大声を上げて。電話の向こうで竜崎は笑った。
『そりゃねえだろ。店来ねえから心配してやってんじゃん』
「たのんでねえよバーカかーば! いちいちかけてくんなっ!」
後輩に寄りかかりながらスマホに向かって喚き散らす。相手がしつこいクソ野郎なのは辛うじて分かっているものの、なんだか楽しい。怒りなんてものは持続せずにクスクスと笑いが零れた。
『……裕也?』
怪訝な声で名前を呼ばれた。ふざけた調子は消えている。
『……酔ってんのか?』
「よってねえッ! 俺のすることに口出しすんなころすぞ!!」
街中で殺人をほのめかしつつ足元はふらつくから根本が支える。フラフラ防止のため腕を掴まれた。それに遠慮なく寄りかかる。
『今どこ?』
「ぁあ゛ッ!?」
『落ち着け。どこにいる』
「………………どこだ?」
『…………』
どこだろう。見覚えのある場所のような気もするがここがどこなのかよく分からない。
俺が不審にキョロキョロしていると黙っていた根本は状況を察したようだ。横からすっと手を伸ばし、俺が耳に当てているスマホにそっと触れた。
「ちょ……すいません、先輩。代わります」
「んー?」
やんわりスマホを取り上げられて、根本が何やら話始めるのを聞く。しかしそれにもすぐに飽き、ふらふらとさまよいそうになる俺を根本が片腕一本で押さえていた。
首輪を付けられた散歩中のワンコたちはこんな気分かな。目に入ってくる人間の顔をぼんやりと間抜けに眺めた。
「先輩。はい。返しますねスマホ。ポケット入れますよ。落とさないで」
スマホをしっかり元の場所に戻すと再び俺を連れて歩き始めたこいつ。
「竜崎さん、友達ですか? 迎え来てくれるみたいですよ」
「むかえだぁ……?」
「そこに公園あるんで。すぐ行くから待ってろって」
「あいつの助けなんかひつようねえッ、何サマだあのヤロウ!!」
「はいはい、分りましたから。ちゃんと歩いて」
根本もだんだん適当になってきた。喚いている間も足は休ませてもらえない。
「俺はなあ! 変えられてなんかねえんだよッ! あんなカバに変えられてたまるか!!」
「なに言ってんですか。ほら、もうすぐですから」
「あのヘンタイのせいで俺がどんだけくろうしてることか……ッ!? 俺は可哀想だ!!」
「はいはい。落ち着いて」
何を言っても聞き流されるから喚きたいだけ存分に喚いた。
しばらくして辿り着いたのは通りに面したちょっとした一角。そこまで広くはない公園だ。この時間にはもう誰もいないが、街路樹を挟んで少しだけ外と隔てられていた。
「先輩ここ座って。大丈夫ですか?」
敷地内に植えられている中程度の高さの木のすぐそばには古いベンチが設置されている。そこに丁寧に座らされ、おとなしくその手に従った。しかしこの場に座る場所ができるとすぐさまだらけたくなってくる。まともに座っていたのは数秒でベンチの上で横になった。ゴロンと。
「先輩……子供じゃないんだから」
呆れながらも小さな笑顔。根本は俺の前で屈んだ。目の位置が近くなった根本の顔から疲れを感じ取り、ケラケラ笑い転げた後はしばらくするとまぶたが重くなってくる。
「眠いんですか? もうすぐ友達の人来ますから頑張って」
「ともだち……?」
「竜崎さん。違うんですか?」
「…………」
答えず、ただ空を見上げた。強くはない風がサラサラ吹いている。木の葉を僅かに揺らしながら流れていく空気が余計に眠気を誘った。
「……そら」
「はい?」
「たけぇな。星見える。明るいのに」
ガラでもないことをポツリと呟き、根本もしゃがんだまま見上げた。
「ほんとだ。俺らの地元のがもっと見えたけど。大通り出ちゃうと見えないかな」
「……そうだよな」
近くにあるように見えるのに。手を伸ばしても決して届かない。現実には触れることすら叶わない過去の光だ。
明るい街の光で今にも消えてしまいそうな星を見上げ、虚しさのような、言いようのない苦しい感覚に覆われる。
いつか。離れて行ってしまうのでは。そういう恐怖感がずっとある。そこからはいつも目を逸らしているから今もまた知らない振りをして、ベンチの上でゴロゴロ動き回って窮屈に身を捩った。
「だからいくつですかアンタ……。落っこちますよ」
「ふへへへへ」
「…………」
俺が落下しないように根本は献身的に支えてくる。ゴロゴロするのにも飽きてきて俺がようやくおとなしくなると、小さな笑みをこぼしながら手を離して呟いた。
「まさか先輩のこんな姿見られるなんて……」
そう言って見守られる。穏やかで、温かみのある顔だ。どちらが年上かまるで分らない。
ベンチのスペースなんてたかが知れているから、片方だけ腕がダランと落ちた。ベンチの高さはそこまでない。指に砂の感触が当たり、それにも構わず適当にそのまま垂らしておいたこの腕。根本はふっと笑いながら、俺の腕をそっと押し上げた。
「俺ね、先輩。あの時……最初に声かけた時よりも結構前から、俺は先輩のこと知ってたんです」
あの時。高校の時かな。どうやって知り合ったんだ。ああ、そう。たしか。勉強がどうのって。屋上で。
「裏庭によくいたでしょう? あそこ非常階段から見えるんですよ。先輩がいるのそこで見かけて、その時先輩、ネコに餌やって遊んでた」
落ちかけそうな聴覚を伝い、断片的に入ってくる静かな声。内容は分かるようでいまいち分からない。それでも楽しそうな様子は分かった。
「みんな先輩のこと好き放題に言ってたけど、ネコ抱いて笑ってる先輩見たら違うんだろうなって。優しい人なんだってすぐ分かりました」
「…………」
「優しいんですよ、先輩は。優しくて強くてすげえカッコ良くて、あの時からずっと俺の憧れなんです」
浮ついた思考は穏やかに入ってくる言葉を受け取るまでが限界。ぼんやりしながらウトウトし出す俺に話しかけるのを根本は諦め、それでもどこか満足そうに屈んでいた体勢を中腰に起こした。
抱き起される。肩を支えられ、くたっと座り直させられた。
「駄目ですよ。竜崎さん来るまで耐えてください。寝てる人間抱えて帰るのってかなりキツイんですから。でもまあ先輩なら軽いか」
「どうっせおれはひんじゃくな男だよチクショウ!!」
「そんなこと言ってませんって。そういうところは反応しますね」
喚きながら腕を振り回すと根本に押さえ留められた。そうして俺を支えたまま隣に腰を下ろしたこいつ。
ベンチの背もたれは役に立つ。そして隣にもちょうどいいのが来た。ばふっと根本に寄りかかり、体半分をずっしり預けてもしっかりした腕はビクともしない。
「先輩やっぱ軽い……」
「うっせえぞバカヤロー。これから育つんだよぉ」
「もう終わってるでしょ、成長期」
時折ガクンと俺が崩れるとその都度根本が引っ張り上げた。何度かそれが続いてしまえば一回一回引っ張り起こすのも面倒になってきたのか、またもやガクッと前のめりになると今度は肩に腕を回して抱えられた。
この身長差はどうやら抜群だ。肩を抱かれるとようやく上半身全体が安定する。
「寝ないでくださいね」
「ん」
「……聞いてます?」
「ん?」
わかんない。
根本が笑うと俺の体にもその振動が伝わった。
「竜崎さん、さっきすぐ来るって言って…………あ」
俺を抱いたまま辺りを見回していた根本は、前方に顔を向けたところでピタリと止まって声を上げた。
「先輩、起きて。あの人……?」
ゆさゆさと弱い加減で揺り起こされる。眠いけどしぶしぶ目を開けた。
前方からは走ってくる一つの影。それがだんだん近づいてくる。いささか息を上げながら、俺達のそばまで駆け寄ってきたそいつはすぐ目の前で足を止めた。
竜崎だ。ノコノコ来やがったなあの野郎。それは分かるがすごく眠いから根本に寄りかかったまま起き上がらない。
俺の様子を窺いつつも二人は一度目を合わせた。それからこいつの指先の感触。撫でるように頬に触れられた。
「裕也」
根本が何か言いかけたものの、それよりも早く竜崎が俺の手をとった。座り心地はそんなによくないけど頑張れば眠れるベンチから引き剥がされる。やむを得ず今度は竜崎に寄りかかり、それに合わせて根本も腰を上げた。
ベンチがいい。座りたい。横になりたい。眠りたい。眠い。
「てめぇ……ノコノコ出てきてんじゃねえよはなせー! 誰がテメエの世話になんか……ッ!!」
「それは前にも聞いた。ほら、しっかりしろ」
「アホりゅうざき! クソ犬!! ばーかばーかばーかばーかッ」
分かった分かったと頭を撫で付けて宥めてくる。その腕をビシバシぶっ叩いた。
すぐ横では根本が言葉を失っているが、俺を抱きかかえる竜崎と再び目が合うと軽く頭を下げて言った。
「竜崎さん……で、いいんですよね?」
「ああ」
暴れていたら拘束された。根本と向かい合った竜崎。とりあえずその足をゲシゲシ踏んづけてみるが全然相手にしてくれない。このやろう。
「悪かったなコイツ。大変だったろ」
「いえ。俺も先輩が酒弱いって知ってたら止めたんですけど……。こちらこそすみません」
二人の声は聞こえているが内容は頭に入ってこない。蹴り飛ばすのも疲れてきたから今度はその腰にガシッと両腕を回した。
「竜崎ぃぃっ……!!」
「今度はどした」
「くっくっくっく」
「…………」
二人ともなぜか俺から目を逸らした。ケンカ売ってんのか。買うぞこら。
「先輩……いつもこんな感じで……?」
「そもそも普段はここまで飲まねえんだけど……今回のはひどいな」
ぐわっと腰から腕を剥がされ、そのままこいつの肩に回すようにされた。前回の苦い体験を経て二度目はないと心に誓ったのは果たしていつの事だっただろう。
「世話掛けた。こいつ引き取るから」
竜崎にしては物言いが淡白。脱力しそうな俺を抱えてこいつは早々に立ち去ろうとした。
が、復活。なんか急に抵抗したくなってきた。一歩踏み出そうとしたところで俺がジタバタ暴れ始めるとその足もやむなく止まった。見かねたのだろう根本はすぐに声をかけてくる。
「あの、やっぱ大変そうですし先輩ウチに泊まってもらった方が……。すぐそこなんで」
わざわざ来ていただいたのにかえって申し訳ありませんが。そう付け足して根本は言った。
さすがは根本。超常識人。そしてちゃんと礼儀正しい。
「先輩、ほとんどもう寝そうですよね。こっから俺の部屋までなら歩いて…」
「平気だ」
竜崎がそれを遮った。俺の体を抱きなおし、振り返って根本と向かい合う。
「でも……」
「ここまでで十分だ。あとは俺が連れて帰る」
どことなく威圧的。抱えられながらそんな雰囲気を感じ取る。睨み合いとはタイプが違うが二人の間の空気はなんか微妙。
引き下がるべきかどうか判断しかねているかのような根本の困り顔を眺めつつ、ぴょこッと軽く頭を跳ねさせた。
「ひよこ!」
「は?」
「にわとりッ……!」
ヒヨコは可愛い。ニワトリは美味い。二人は揃って怪訝な顔を向けてきた。それがおかしくて笑い出す。
竜崎はしばしの間俺のその状態を見ていた。そしてフッと小さく笑うと、さっきまでの威圧感を消してスッキリしたように根本に言った。
「こんなだけど、こいつは俺のだから」
「……え?」
いくらか遅れて聞き返した根本。竜崎はしっかりと俺を抱いた。
「いくら裕也の後輩でも一晩中預けとく訳にはいかねえよ」
「……あの」
「じゃあな。手間取らせて悪かった」
ヒヨコってなんで黄色いんだろう。なんでニワトリは白くなるんだ。トサカの正体ナゾすぎる。世界中のヒヨコたちがどうか幸せでありますように。
ピヨピヨした頭でなすがまま竜崎に寄りかかって歩いた。俺達のそんな後ろ姿を、根本がどのような面持ちで見送っているかも、つゆ知らず。
学生が多く集まる安い居酒屋はガヤガヤと賑やかで元気だ。テーブルを挟んだ向こうにいる根本はこの雰囲気に溶け込んでいた。
普通の感覚と一般的な常識を持った爽やかな男との会話。神経はもちろん削られない。
「俺は全然分かんなかったけどな最初。背ぇかなり伸びただろ」
「九十一あります」
「デケぇ。なんかやってんの?」
「いいえ、特には。大学の連中とかと遊びでバスケやるくらいですかね」
その顔を見ようとすると少し視線が上に行く。かつては俺の方が少々高かったはずだが今では頭一つ分近い差ができていた。しかしそれ以上に気になる単語が。
「大学生か」
「ええ」
「お前がなぁ」
「覚えてませんか。こう見えて結構頭いいんです」
「自分で言うなよ」
人懐っこい笑顔で冗談のように言われ、つられて俺も表情が緩んだ。
「どこの大学行ってるんだ?」
「駅三つ東です。M大」
「M大……って、あの?」
そうですと、当たり前のようにうなずかれて少々目を見開いた。最終学歴バカ高卒の俺だって名前くらいは知っている。確かに根本は頭も良かったが、同じくバカ高出身のこいつからその大学名が出てくるとは。
伝統のある名門大学。偏差値は聞いただけでもびっくりできる。少なくとも俺があの高校にいた時点では、あそこからM大合格者を輩出できた事はなかったと思う。というかそもそも進学率は一割以下だ。
しかし順当にいっているなら根本は今年の春すでに大学を卒業しているはず。それにあの大学はたしか、医療系の学部に重きを置いたマンモス大ではなかったか。
続けて聞かされた根本の言葉は、その記憶を裏付けた。
「実はうちの実家、病院やってるんです。と言っても小さい内科ですけど。俺は長男なのでまあ一応はって感じですかね」
「そうなのか……」
そんな話は初めて聞いたが、根本ならば似合う気もする。
「よく分かんねえけど大変そうだな」
「いえいえ、そんな」
どこぞのアホとは違って謙虚だ。無邪気で明るいこの笑顔も人好きされることだろう。どこぞの闇医者とは大違い。
「先輩は? 今どうしてるんですか?」
勝ち組の男にそんなことを聞かれた。誰かと比べることに意味はなくても自嘲的な苦笑いはやむを得ない。
「しょうもねえ生活してるよ。なんとか食い扶ち繋いでる感じかな。俺が死にかけたらお前んとこに担ぎ込まれてやるから必ず助けろ」
「そりゃもう喜んで。俺が家継いで実権握ったら診療所貸切りで特別待遇します」
「頼もしいな」
根本は昔と変わらない。ただ少し、実際頼もしくなった。
言動とか仕草とか、穏やかな顔つきとか、どれをとっても大人っぽくなったと思う。成人している男に大人っぽくなったなどと思うのも失礼だろうけれど。
賑やかな店の中で不味くはないメシを食いながらそうやってゆっくり話を進めた。内容はなんてことない。大学の食堂で一番ウマいのは結局なんだかんだでカレーだとか。昨日の帰り道にすれ違ったハチワレ猫がすごく可愛かったとか。
薄っぺらくて片肘の張らない話題は気安いしちょうどよく落ち着く。しかし言葉の端々から根本の雰囲気に変化を感じ取ったように、こいつもこいつで俺と話していて思うところはあったようだ。
「なんか、先輩……」
「ああ」
「……もしかしてちゃんとした彼女でもできました?」
「はっ?……なんだよ、急に」
行き会った野生の猫の話からなぜそんな方向へ話題が逸れる。思わずむせ返りかけたのをごまかし、ビールのグラスをテーブルに置いた。
「雰囲気ちょっと柔らかくなった気がしたので、落ち着くとこ落ち着いたのかなって。すみません、偉そうですね」
「…………」
取って付けたように謝るこいつは爽やかな笑顔。
「違いました?」
「……気のせいだろ」
「そうかな。先輩はそんな笑うような人じゃなかった。もっと冷たい印象強かったですよ。高校で初めて声かけた時すげえ緊張しましたもん」
「なんだそりゃ。貶してんのか」
「や、違います。そうじゃなくて」
さっさと違う話に逸らしたい。しかし根本はとことん俺を追い詰めた。
「今の方が幸せそう……?」
「し……あ?」
「恋すると人は変わるってよく言うじゃないですか」
「…………」
そんなの知らない。知りたくもない。幸せそうなんて初めて言われた。
「先輩?」
「……誰が言うんだよそんなこと」
「大昔のなんか……賢人?」
「そんなあやふやな情報源を俺は信じない」
逃げるように再びビールを手にした。軽く飲まないとやり過ごせない。
「男二人でする話じゃねえだろ。早々に酔ったか」
「まだ全然シラフです。なかなか酔えないんですよね」
言いながら素晴らしい飲みっぷりを披露された。グビグビとグラスの中身が減っていく。強くはない俺からすればその豪快さが羨ましい限りだ。
柔らかくなった。幸せそう。どちらも俺にはパワーワードだ。いやむしろデスワードか。
あの野郎のせいでそう見えるようになったのだとすれば不本意だ。俺はそこまでホイホイと他人に左右される人間じゃない。はず。
「…………」
忘れよう。ほどほどに飲んでいたビールをそこで一気にグイッと仰いだ。
大丈夫。限界はもう知っている。飲みすぎなければいいだけの話。
「急にどうしました?」
「……別に。なんでも……」
頭の中のこの鬱陶しい雑念さえ振り払えればいい。
そう思っていた。酒が回る前に止めればいいと。話題を無理やり根本の大学のことやなんかに持っていかせつつ、当たり障りのない内容で言葉を交わしながら合間には酒。
酔えないと言うだけあって根本は本当に強かった。そしてオーダー時には飲み放題で頼んだ。元を取らねば。貧乏人のサガも加わる。
まだ平気。もう少しくらい。大丈夫大丈夫と安易に考え、根本につられるようにして飲みに飲んだ。
レモンサワーくらいなら度数もそんなだし。カクテル。ジュースじゃん、これ甘いもん。平気平気。大丈夫大丈夫。
そうして数時間が経ってみると。こうなった。
「先輩。……先輩。大丈夫ですか? ちゃんと掴まっててください」
「あははははははへーきへーきへーき」
「…………」
楽しい。
見慣れた大通りを根本に支えられながら歩く。足元はふらふらと覚束ない。文句こそ付けてこないものの、根本は半ば呆然としていた。
「家どこですか? 送ってきますから」
「んー……あっち」
「あっちって……」
困ってる。へへ。困ってる。
ひとまずは俺が指さした方向に足を向けてくれたようだが、ゆっくり進むその足は時々止まる。通行人の目も気にせずに騒ぐ俺を根本はやんわり宥めた。
「先輩、家遠い……?」
遠いんだっけ。近かったかも。いいよもう、ここで寝ようよ。
ふらりとした俺をほぼほぼ抱えて根本は道の端っこに移動し、建ち並ぶ店のシャッターが閉まった建物前でそっと足を止めて顔を覗き込んできた。
「二人で迷子ってのも最悪だし、ウチ来てもらってもいいですか? ここからそんな距離ないんで」
「まいご……あははっ。迷子!」
「…………」
いくらか遠い目をした根本は自分で自分を納得させるようにうんうんと何度か頷き、それから再び俺の腕を引いた。
「もう連れてっちゃいますからね。すぐ着くんで頑張って」
「おう。さけよこせ!」
「……バカ言わないでください」
「バカっつったなテメエッ!!」
「すみません。落ち着いて」
暴れると簡単に押さえつけられた。デカいから寄りかかるのにちょうどいい。
ぐだっと体を預けながらどうにかこうにか歩かされている状態の中、ポケットの中身が小刻みに振えた。ほとんど俺を抱きかかえて歩かせていた根本にもその振動が伝わったようだ。
「先輩、スマホ……。鳴ってますよ」
「あー?」
「いいんですか? 店でもずっと鳴ってましたけど」
促されるままジーンズのポケットに手を伸ばした。目に入った発信者の名前。竜崎だ。店にいる時からこいつだ。
「んっだよしつけえな!」
出た。開口一番大声を上げて。電話の向こうで竜崎は笑った。
『そりゃねえだろ。店来ねえから心配してやってんじゃん』
「たのんでねえよバーカかーば! いちいちかけてくんなっ!」
後輩に寄りかかりながらスマホに向かって喚き散らす。相手がしつこいクソ野郎なのは辛うじて分かっているものの、なんだか楽しい。怒りなんてものは持続せずにクスクスと笑いが零れた。
『……裕也?』
怪訝な声で名前を呼ばれた。ふざけた調子は消えている。
『……酔ってんのか?』
「よってねえッ! 俺のすることに口出しすんなころすぞ!!」
街中で殺人をほのめかしつつ足元はふらつくから根本が支える。フラフラ防止のため腕を掴まれた。それに遠慮なく寄りかかる。
『今どこ?』
「ぁあ゛ッ!?」
『落ち着け。どこにいる』
「………………どこだ?」
『…………』
どこだろう。見覚えのある場所のような気もするがここがどこなのかよく分からない。
俺が不審にキョロキョロしていると黙っていた根本は状況を察したようだ。横からすっと手を伸ばし、俺が耳に当てているスマホにそっと触れた。
「ちょ……すいません、先輩。代わります」
「んー?」
やんわりスマホを取り上げられて、根本が何やら話始めるのを聞く。しかしそれにもすぐに飽き、ふらふらとさまよいそうになる俺を根本が片腕一本で押さえていた。
首輪を付けられた散歩中のワンコたちはこんな気分かな。目に入ってくる人間の顔をぼんやりと間抜けに眺めた。
「先輩。はい。返しますねスマホ。ポケット入れますよ。落とさないで」
スマホをしっかり元の場所に戻すと再び俺を連れて歩き始めたこいつ。
「竜崎さん、友達ですか? 迎え来てくれるみたいですよ」
「むかえだぁ……?」
「そこに公園あるんで。すぐ行くから待ってろって」
「あいつの助けなんかひつようねえッ、何サマだあのヤロウ!!」
「はいはい、分りましたから。ちゃんと歩いて」
根本もだんだん適当になってきた。喚いている間も足は休ませてもらえない。
「俺はなあ! 変えられてなんかねえんだよッ! あんなカバに変えられてたまるか!!」
「なに言ってんですか。ほら、もうすぐですから」
「あのヘンタイのせいで俺がどんだけくろうしてることか……ッ!? 俺は可哀想だ!!」
「はいはい。落ち着いて」
何を言っても聞き流されるから喚きたいだけ存分に喚いた。
しばらくして辿り着いたのは通りに面したちょっとした一角。そこまで広くはない公園だ。この時間にはもう誰もいないが、街路樹を挟んで少しだけ外と隔てられていた。
「先輩ここ座って。大丈夫ですか?」
敷地内に植えられている中程度の高さの木のすぐそばには古いベンチが設置されている。そこに丁寧に座らされ、おとなしくその手に従った。しかしこの場に座る場所ができるとすぐさまだらけたくなってくる。まともに座っていたのは数秒でベンチの上で横になった。ゴロンと。
「先輩……子供じゃないんだから」
呆れながらも小さな笑顔。根本は俺の前で屈んだ。目の位置が近くなった根本の顔から疲れを感じ取り、ケラケラ笑い転げた後はしばらくするとまぶたが重くなってくる。
「眠いんですか? もうすぐ友達の人来ますから頑張って」
「ともだち……?」
「竜崎さん。違うんですか?」
「…………」
答えず、ただ空を見上げた。強くはない風がサラサラ吹いている。木の葉を僅かに揺らしながら流れていく空気が余計に眠気を誘った。
「……そら」
「はい?」
「たけぇな。星見える。明るいのに」
ガラでもないことをポツリと呟き、根本もしゃがんだまま見上げた。
「ほんとだ。俺らの地元のがもっと見えたけど。大通り出ちゃうと見えないかな」
「……そうだよな」
近くにあるように見えるのに。手を伸ばしても決して届かない。現実には触れることすら叶わない過去の光だ。
明るい街の光で今にも消えてしまいそうな星を見上げ、虚しさのような、言いようのない苦しい感覚に覆われる。
いつか。離れて行ってしまうのでは。そういう恐怖感がずっとある。そこからはいつも目を逸らしているから今もまた知らない振りをして、ベンチの上でゴロゴロ動き回って窮屈に身を捩った。
「だからいくつですかアンタ……。落っこちますよ」
「ふへへへへ」
「…………」
俺が落下しないように根本は献身的に支えてくる。ゴロゴロするのにも飽きてきて俺がようやくおとなしくなると、小さな笑みをこぼしながら手を離して呟いた。
「まさか先輩のこんな姿見られるなんて……」
そう言って見守られる。穏やかで、温かみのある顔だ。どちらが年上かまるで分らない。
ベンチのスペースなんてたかが知れているから、片方だけ腕がダランと落ちた。ベンチの高さはそこまでない。指に砂の感触が当たり、それにも構わず適当にそのまま垂らしておいたこの腕。根本はふっと笑いながら、俺の腕をそっと押し上げた。
「俺ね、先輩。あの時……最初に声かけた時よりも結構前から、俺は先輩のこと知ってたんです」
あの時。高校の時かな。どうやって知り合ったんだ。ああ、そう。たしか。勉強がどうのって。屋上で。
「裏庭によくいたでしょう? あそこ非常階段から見えるんですよ。先輩がいるのそこで見かけて、その時先輩、ネコに餌やって遊んでた」
落ちかけそうな聴覚を伝い、断片的に入ってくる静かな声。内容は分かるようでいまいち分からない。それでも楽しそうな様子は分かった。
「みんな先輩のこと好き放題に言ってたけど、ネコ抱いて笑ってる先輩見たら違うんだろうなって。優しい人なんだってすぐ分かりました」
「…………」
「優しいんですよ、先輩は。優しくて強くてすげえカッコ良くて、あの時からずっと俺の憧れなんです」
浮ついた思考は穏やかに入ってくる言葉を受け取るまでが限界。ぼんやりしながらウトウトし出す俺に話しかけるのを根本は諦め、それでもどこか満足そうに屈んでいた体勢を中腰に起こした。
抱き起される。肩を支えられ、くたっと座り直させられた。
「駄目ですよ。竜崎さん来るまで耐えてください。寝てる人間抱えて帰るのってかなりキツイんですから。でもまあ先輩なら軽いか」
「どうっせおれはひんじゃくな男だよチクショウ!!」
「そんなこと言ってませんって。そういうところは反応しますね」
喚きながら腕を振り回すと根本に押さえ留められた。そうして俺を支えたまま隣に腰を下ろしたこいつ。
ベンチの背もたれは役に立つ。そして隣にもちょうどいいのが来た。ばふっと根本に寄りかかり、体半分をずっしり預けてもしっかりした腕はビクともしない。
「先輩やっぱ軽い……」
「うっせえぞバカヤロー。これから育つんだよぉ」
「もう終わってるでしょ、成長期」
時折ガクンと俺が崩れるとその都度根本が引っ張り上げた。何度かそれが続いてしまえば一回一回引っ張り起こすのも面倒になってきたのか、またもやガクッと前のめりになると今度は肩に腕を回して抱えられた。
この身長差はどうやら抜群だ。肩を抱かれるとようやく上半身全体が安定する。
「寝ないでくださいね」
「ん」
「……聞いてます?」
「ん?」
わかんない。
根本が笑うと俺の体にもその振動が伝わった。
「竜崎さん、さっきすぐ来るって言って…………あ」
俺を抱いたまま辺りを見回していた根本は、前方に顔を向けたところでピタリと止まって声を上げた。
「先輩、起きて。あの人……?」
ゆさゆさと弱い加減で揺り起こされる。眠いけどしぶしぶ目を開けた。
前方からは走ってくる一つの影。それがだんだん近づいてくる。いささか息を上げながら、俺達のそばまで駆け寄ってきたそいつはすぐ目の前で足を止めた。
竜崎だ。ノコノコ来やがったなあの野郎。それは分かるがすごく眠いから根本に寄りかかったまま起き上がらない。
俺の様子を窺いつつも二人は一度目を合わせた。それからこいつの指先の感触。撫でるように頬に触れられた。
「裕也」
根本が何か言いかけたものの、それよりも早く竜崎が俺の手をとった。座り心地はそんなによくないけど頑張れば眠れるベンチから引き剥がされる。やむを得ず今度は竜崎に寄りかかり、それに合わせて根本も腰を上げた。
ベンチがいい。座りたい。横になりたい。眠りたい。眠い。
「てめぇ……ノコノコ出てきてんじゃねえよはなせー! 誰がテメエの世話になんか……ッ!!」
「それは前にも聞いた。ほら、しっかりしろ」
「アホりゅうざき! クソ犬!! ばーかばーかばーかばーかッ」
分かった分かったと頭を撫で付けて宥めてくる。その腕をビシバシぶっ叩いた。
すぐ横では根本が言葉を失っているが、俺を抱きかかえる竜崎と再び目が合うと軽く頭を下げて言った。
「竜崎さん……で、いいんですよね?」
「ああ」
暴れていたら拘束された。根本と向かい合った竜崎。とりあえずその足をゲシゲシ踏んづけてみるが全然相手にしてくれない。このやろう。
「悪かったなコイツ。大変だったろ」
「いえ。俺も先輩が酒弱いって知ってたら止めたんですけど……。こちらこそすみません」
二人の声は聞こえているが内容は頭に入ってこない。蹴り飛ばすのも疲れてきたから今度はその腰にガシッと両腕を回した。
「竜崎ぃぃっ……!!」
「今度はどした」
「くっくっくっく」
「…………」
二人ともなぜか俺から目を逸らした。ケンカ売ってんのか。買うぞこら。
「先輩……いつもこんな感じで……?」
「そもそも普段はここまで飲まねえんだけど……今回のはひどいな」
ぐわっと腰から腕を剥がされ、そのままこいつの肩に回すようにされた。前回の苦い体験を経て二度目はないと心に誓ったのは果たしていつの事だっただろう。
「世話掛けた。こいつ引き取るから」
竜崎にしては物言いが淡白。脱力しそうな俺を抱えてこいつは早々に立ち去ろうとした。
が、復活。なんか急に抵抗したくなってきた。一歩踏み出そうとしたところで俺がジタバタ暴れ始めるとその足もやむなく止まった。見かねたのだろう根本はすぐに声をかけてくる。
「あの、やっぱ大変そうですし先輩ウチに泊まってもらった方が……。すぐそこなんで」
わざわざ来ていただいたのにかえって申し訳ありませんが。そう付け足して根本は言った。
さすがは根本。超常識人。そしてちゃんと礼儀正しい。
「先輩、ほとんどもう寝そうですよね。こっから俺の部屋までなら歩いて…」
「平気だ」
竜崎がそれを遮った。俺の体を抱きなおし、振り返って根本と向かい合う。
「でも……」
「ここまでで十分だ。あとは俺が連れて帰る」
どことなく威圧的。抱えられながらそんな雰囲気を感じ取る。睨み合いとはタイプが違うが二人の間の空気はなんか微妙。
引き下がるべきかどうか判断しかねているかのような根本の困り顔を眺めつつ、ぴょこッと軽く頭を跳ねさせた。
「ひよこ!」
「は?」
「にわとりッ……!」
ヒヨコは可愛い。ニワトリは美味い。二人は揃って怪訝な顔を向けてきた。それがおかしくて笑い出す。
竜崎はしばしの間俺のその状態を見ていた。そしてフッと小さく笑うと、さっきまでの威圧感を消してスッキリしたように根本に言った。
「こんなだけど、こいつは俺のだから」
「……え?」
いくらか遅れて聞き返した根本。竜崎はしっかりと俺を抱いた。
「いくら裕也の後輩でも一晩中預けとく訳にはいかねえよ」
「……あの」
「じゃあな。手間取らせて悪かった」
ヒヨコってなんで黄色いんだろう。なんでニワトリは白くなるんだ。トサカの正体ナゾすぎる。世界中のヒヨコたちがどうか幸せでありますように。
ピヨピヨした頭でなすがまま竜崎に寄りかかって歩いた。俺達のそんな後ろ姿を、根本がどのような面持ちで見送っているかも、つゆ知らず。
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