No morals

わこ

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第二部

53.理由 ~side裕也~Ⅱ

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「んッ……っ……」
「……痛いか」

 抱けと言ったのは俺だった。せがんだ。抱いてほしかった。
 ベッドの上で裸になって組み敷かれたまでは良かったが、竜崎には躊躇いしかない。申し訳なさそうに聞かれて首を左右に小さく振った。

 甚振られたそこに塗り込まれるのは軟膏。最低的に恥ずかしいけど、丁寧だ。これがこの男だ。指先も声の調子も、ついさっき起こった出来事を埋めるかのように優しい。
 酒は抜けきっていないだろう。それは分かるが時々上から落とされるキスはあたたかく、それに悲しかった。

「ぁ……」
「……ごめん」
「っん……」
「ごめん。裕也……」

 さっきから何度謝られたか。何度も何度も同じことを言われた。そのたびに首を横に振った。

「んんッ……」

 薬を塗り込みながら、内壁に伝って指をクリっと回される。痛みとは全く違うその感覚。竜崎の腕にしがみ付き、それ以上はしようとしない竜崎の顔を見上げた。
 困っている。懺悔っていうか。後悔だ。いつだろうとこいつは言い訳をしないが、何を考えているのかも話してくれない。

「はぁ……ぁ……」

 薬を塗り込むだけ塗り込んで、指を引き抜き俺から目を逸らした。抱けと言ったのに。勝手に終わりにされそう。ただしこの男は変に律儀で、熱を持った俺の中心にそっと上から触れてきた。
 何も言わずに撫でられる。その間もやはり目は逸らされている。

「ぁ……、あっ……ン」

 俺のことをこいつは全部知っている。長い指をそこに絡めて、俺が一番感じやすい加減で優しく手を動かしている。

「っ……りゅう……」

 気持ちいいけど、それじゃない。
 その体に両腕を回し、肌が重なるように抱き寄せた。いつもみたいに抱きしめ返してはもらえない。俺に吐き出させるためだけに、慰めるように手を動かしていた。

「あ……はぁ……っなあ……竜崎……」
「…………」
「ん、ぅ……りゅうざき……」

 頬に触れた。無理やりこっちを向かせる。

「ちゃんと、抱けよ……今すぐ」
「裕也……」
「シたい」

 パッと、くっついていた体が離された。目は逸らされる。中心を包み込まれた。優しくも慌ただしいその手つきが、終わらせたいと言っている。

「ぁっ……ッ、ン……」

 上下に扱かれ、やらしく音が立つ。親指の腹は先端をスリスリと押しつけるように擦っていた。
 窪みにクリッと感じた刺激でこの腕がピクリと動いた時、体を離そうとする竜崎をぎゅっと抱きしめ、引き寄せた。ずっと逃げたがっているから。逃げていってしまわないように。

「んっ、は……あ……ッ」
「……裕也」
「んんッ……っ」

 限界まで張りつめていたオスは欲を放つのも早い。手を動かしながら先端にかけてきゅうッと締め付けるように窄められ、果てた。呆気なく。その体を抱きしめたまま。
 速い鼓動に落ち着かず、整わない呼吸で体が上下に動く。抱きついて放さない竜崎の体に、自分の中にある熱を伝えた。

「裕也……」

 宥めるような声。放してほしそうなのを知りながら余計に腕に力を込めると、竜崎はベッドについた手を立たせて自ら離れようとした。
 抱き止め、それを許さない。俺から離れる。そんなのはだめだ。ぎゅっとしがみつく俺に手を伸ばし、竜崎の指先は髪を撫でた。

「……無理しなくていい」
「そうじゃない」
「…………」
「このまま終わす気かよ……」

 せがむように腕を引く。実際もう、せがんでる。
 こんな気遣いなんていらない。下からじっとその顔を見上げ、そうしていると竜崎が視線を逸らした。

「……いま……ダメだって……何するか分からない」
「それでいい」
「裕也……」
「言ったろ。何したっていい……お前なら、好きにしていい」

 後ろ頭に回した両手でグイッと引き寄せ、唇を重ねた。ついばみ、舌を差し込んで、駆り立てるためのキスをする。
 気持ちいいキスをいつもこいつは俺にする。自分がされて気持ちいいことを、同じようにして竜崎に仕掛けた。舌を絡めて触れ合わせ、誘うためだけに撫で上げる。したくてたまらない。抱かれたい。俺の中で、いってほしい。

「っン……」

 躊躇いしかなかったその腕がようやく動いた。俺の顔の横に手をつかせ、肘を折り曲げ、体が重なる。同時にキスは、深くなる。

「ッ……ん」

 負かしたのか、負かされたのか。よく分からない。どっちでもいい。
 隙間を完全に埋められて、重なる体温に満たされる。やわらかいけど激しいキスだった。それを全部丸ごともらって、濡れた唇がそこから離れると喉元へと伝い下りていく。
 痛みのない甘ったるさ。肌を撫でる唇が優しい。どこか性急で余裕はなくて、けれど力は抜けそうになる。

 竜崎だからだ。こいつだから。全部許せるし、受け入れたいし、プライドなんてかなぐり捨てられる。そうしたくなるのはこいつだから。それ以外に、理由なんていらない。







「はぁ、っぁ……んっ……あッ……」

 抱き合って貫かれ、酒を浴びたのはどちらだろうかと思うくらいの喘ぎを漏らす。竜崎の下で快感に体を震わせ、離れていってしまわないようにその背をしっかり抱いていた。
 痛くない。恐怖もない。ただ欲しい。求めて、溺れたい。

「裕也……」
「っ……ぁ、あ……」

 いつもより、加減がないような気がする。いつもはきっと、抑えてる。
 その声に呼ばれ、腕に力を込めると、竜崎は少しだけ息を詰めた。

「……優しくねえな……俺」
「ん、ぁ……え……?」
「…………」
「あッ……」

 ぐっと、奥を突き上げられた。下品に喘ぐ俺をこいつが上から見ていた。

「大事なのに……」

 小さく呟き、口にキスされた。優しくてあったかくて丁寧だけれど、泣いてみるみたいなキスだった。
 時々、本当に時々、分からないくらいに。不安そうな顔をするのは知っていた。気づいていたのに気づかないふりをした。何が怖いのか聞いてしまったら、俺を置いていなくなりそうな気がする。
 この男の過去はあまりに重くて、話したいことではないだろう。だから聞かないし、そういう話もしないし、それでよかった。俺も怖いから。今でも思い出す。あの、光景を。

「あ……りゅうっ、ぁ……」

 生きて、そばにいてくれるなら。もうそれでいい。十分だ。
 俺がどんなにそう思っても、こいつは自分を許さない。

「ッ……」
「あっ、はぁ……んんッ……」

 俺たちの動きに合わせてベッドがギシギシと軋んでいた。異常なほど熱い。爪を立てている。快感が強ければ強いほど、その背中を引っかき、傷をつけた。
 気持ちいいことにおぼれて不安を隠す。そうやって紛らわせているのは、たぶん俺だけじゃないと思う。応急処置にもならないことだが、俺達にはこんなことしかできない。

「んっ、ぁ……ッ……っ」
「ッ……ゆうや……」
「アっ……ッぁあ……」

 パタパタと、腹に落っこちてくる。お互いの体の間で淫らに放ち、体を汚した。生産性も何もないこれが、俺とこの男を繋げている。

「んッ……っく……」

 すぐ後、竜崎も低く呻いた。けど、こない。中は満たされなかった。
 イケなかったというよりは、イかなかったのだろう。わざと止めた。胸を上下させながら竜崎を見上げると、苦しそうな表情。眉間を寄せて、腕を立たせようとするのが分かった。

「っだめ……」

 咄嗟に口を突いて出ている。この腕も竜崎を無理やり引き寄せ、ぎっちり咥え込んでいるそこに自ら腰を押し付けた。

「っ……」
「ン……ッなんで……イけよ……」

 欲しいのに。そんなふうにやめるな。下から擦り付けるように腰を揺らすと竜崎はさらに表情を険しくさせた。
 自分を落ちつけるかのように一度深く息をつき、困ったように、押し殺した顔で俺のことを見下ろしてくる。

「……つけてない」
「え……?」
「……ゴム」

 その声は切羽詰まっていた。言われて理解する。ああ。そうか。
 そうだよな。俺のせいだ。それで怒鳴りつけた。ミオでのあれは八つ当たりだったが。

 中に出すな。その要求を、今でも竜崎は受け入れている。俺達の間にある問題は山積みで、今こうして直面しているのは欠陥のある意思疎通だ。
 言わなきゃ分からないこともある。この場合は、俺が言わないと。

「……いいから」

 下からそっと抱き寄せた。もっとちゃんと素直な言い方が、できる人間だったらよかった。

「……このまま、なか……出せ」

 腕の中でピシリと、竜崎の体が一瞬で硬直したような気がした。

「この前、いやだった……。中に……欲しくて」
「っ……」
「ほしい」

 直後、降ってくる。強い感情のこもったキスが。それを夢中で受け入れると同時、ズクッと、腰が動かされた。
 卑猥に咥え込んでいる。淫乱。その通りだ。狂ってる。そんな俺をこの男は、壊さないように丁寧に抱く。
 優しくされるのがこんなに嬉しい。もっと欲しくて、満たされたくて、他の何も考えることなく竜崎を求め続けた。





***





 朝になって目を覚まし、ぼんやりと目が合ったその瞬間には抱き寄せられていた。
 ごめん。第一声はそれ。こいつは俺に謝ってばかりいる。コンッと、なんの打撃にもならないような小さな頭突きで返してやったら、竜崎は弱く笑って、それでまた抱きしめられた。

 何があった。聞いてどうなる。何があったってこいつはいつも一人きりで抱え込む。
 仮に何もなかったのだとしても、ほころびは隠しようがなかった。俺達の関係は絶対とは程遠い。どちらかが今を諦めた瞬間、たぶん、すぐさま粉々になる。
 俺も竜崎も見ないようにしている。現実ってやつを。いつかはきっと来る。俺はその現実が、どんなものなのかも分かっていない。

 いつかが来るのは、いつだろう。それすらも分からないから、今はただバカみたいに二人で並んで一緒に過ごす。いつかがまだ来ていないなら、それまでは今に、甘えたい。
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