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第二部
49.この世で一番嫌いな男
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間違っているのは俺だろうか。
「ウチ寄ってけよ」
「誰が行くか」
俺のしていることは酷だろうかと、時々考えることがある。
「じゃあキスだけ」
「ふざけんな。ここどこだと思ってんだよ」
「歩道?」
「見渡しゃ人がいる道の真ん中だ。少しは弁えろ」
だけどどうしたって、いざこの男を目の前にするとそうとも言っていられない。
「だって俺どんだけ禁欲させられんの? 最後にシたのいつだよ。……えーっと」
「数えてんじゃねえバカ野郎ッ、帰って寝ろ!!」
「お前と寝たい」
「……っ死ね」
やはり悪いのは全て竜崎だ。
セックスの意義。動物の場合は単純に生殖だ。しかし人間はそれに限られない。面倒極まりないことではあるが、考え方は十人十色。
例えばただの性欲処理。例えば一種の愛の形。後者に至っては奥が深いもので、語り出したら熱くなる奇妙な人間も稀にいる。そしてそんな人間は割と身近なところにいた。現に俺を抱きしめているこの男こそがまさにそれ。
相手のことをどれだけ好きでも、そこはお互い別個の人間。決して同一化することはできない。いくら深く想っていても、全てを理解したいと望んでも、相手と同じになるのは不可能。
自分は自分で相手は相手。物理的に近くにいたところでその隔たりだけは埋まらない。だからその寂しさを忘れるために、相手と抱き合って、キスして、セックスもする。触れ合って体を繋げるその瞬間、確かに一つになれるその一瞬に、自分の想いを根こそぎ吐き出して同時に相手の全てを取り込む。
快感だとか恍惚だとか、共有できるものがあるのはただただ喜びでしかなくて。求めて求められて互いを強く、そして深く想うことで、ようやく得られる一体感はこの上ない至福の時だ。
などということをこの男は語った。それを俺の前でペラペラ言い連ねる異常さにはほとほと呆れる。今さらこの男の狂った性質をあれこれとやかく言ったところで俺が疲れるだけだろうが。
この男の魂胆は見え見えだ。隠し隔てもできないほどに。
そういう訳でセックスは重要。そんなクソみたいな結論を、熱弁の末に堂々と導き出したこのクズ野郎。
とどのつまりはヤリたいだけだ。男なんて誰でもそうだ。
気分次第で誰とでも寝られるし、興奮すれば勃つし扱けばイくし。この男の言う愛だのなんだのクソくだらないものがなくとも、セックスなんて簡単にできる。
「起きてるか」
「…………」
「裕也」
「……うるせえ」
どうせいつも流される。最終的には絶対にこうなる。本気で誘われたら抗えない。
分かれ道は別れ道にならなかった。腕を引かれ、俺は付いてきた。一戦ではとても済まない長時間に渡る格闘の果て、狭いベッドの上に男二人で裸のまま横たわっている。
「なに怒ってんだよ」
「怒ってねえよ」
「怒ってんじゃん」
溜め息。鬱陶しい。こいつも、俺自身も。
この男に背を向けていても後ろから抱きしめてくるのはいつものことだ。肘で腕を押しのける。こいつは懲りずに伸ばしてくる。これが毎回のように行われる。
「んだよ、触んな」
「なんで嫌がるんだ」
「暑苦しいっての」
「違くて。セックス」
片腕でしっかり抱きしめられた。布団の下で肌が密着し、余韻の残る体が強張る。
この男は分かっていない。男が男に抱かれるということが、どれだけのことであるのか。女のようによがって喘ぐ自分をいくら嫌いになっても気が済まない。
慣らされていく。時間が経てば経つほど。そんな自分が滑稽に思えてならない。
「毎回あそこまで拒否することねえじゃん」
「テメエがサカりすぎなんだよ」
「普通だろ。俺ら若いんだから」
「知るか」
肘でドンッと竜崎の体を押し返した。その腕から逃れる。事後の甘ったるい時間なんていらない。ほだされていく自分も許せない。
セックスに感情は不必要だ。抜ければいい。そのための一つの手段にすぎない。セックスの前提に曖昧なものを吊り下げておく意味はないのだと、ずっとそう思ってきた。そう思ってきたはずだった。
気持ちよければいい。十分だ。感情がなくても快感は得られる。しかしこの男と体を重ね、気づいた。俺は知らなかっただけだ。
宙に浮きそうで、頼りなくて、儚いような妙な心地。心臓が押し潰されそうな苦しさ。それらは間違いなく感情が引き起こす。
それがどれだけ苦しくて気持ちいいか、そんなことは知りたくなかった。この男とじゃないと到達できない。竜崎は俺に気づかせた。
「裕也」
「…………」
懲りもせず、再び抱きしめてきた。後ろから髪に口付けられても文句一つ言えはしない。
「好きだ」
「…………」
「なあ。裕也」
「…………」
植え付けるかのように竜崎は言う。ありきたりな言葉でしかないが、この男には嘘がない。そこには安っぽさもない。深く深く浸透してきて、低い声に包まれる。
駄目になった。俺の方こそ。全て許せる、この男だから。
泣きたくなるような苦しさも、手の届かない隔たりも、どれもこれも俺がこの男を、求めているせいで感じることだ。
ほしいと思っている自分に気づく。もう手放せない。こんなに求めてる。それがひどく、恐ろしい。
「こっち向けよ」
「……黙って寝ろ」
「向けって」
「うぜえ」
舌打ちして吐き捨てた。何がおかしいのか竜崎は小さく笑った。
俺が意地でも振り向かないと分かると、抱きしめる腕の力を強めてぎゅっとやわらかく拘束してきた。
「おい……」
「黙って寝るんだろ」
「…………」
腕の力は緩めてもらえない。起きているはずなのに竜崎は黙った。
「竜崎……」
「…………」
「おい……。竜崎」
呼んでも返事はない。かと言って拘束は解かれない。
こんなことに慌てている自分が、無様で馬鹿みたいで、たまらなく、憎らしい。
間違っているのは俺かもしれない。本当なら拒む理由なんてない。いつだって受け入れたいと思う。この腕にすがり付きたくないのを、ギリギリのところで必死にこらえている。
日が昇るのはまだまだ先。明日は確実に、寝不足だ。
「ウチ寄ってけよ」
「誰が行くか」
俺のしていることは酷だろうかと、時々考えることがある。
「じゃあキスだけ」
「ふざけんな。ここどこだと思ってんだよ」
「歩道?」
「見渡しゃ人がいる道の真ん中だ。少しは弁えろ」
だけどどうしたって、いざこの男を目の前にするとそうとも言っていられない。
「だって俺どんだけ禁欲させられんの? 最後にシたのいつだよ。……えーっと」
「数えてんじゃねえバカ野郎ッ、帰って寝ろ!!」
「お前と寝たい」
「……っ死ね」
やはり悪いのは全て竜崎だ。
セックスの意義。動物の場合は単純に生殖だ。しかし人間はそれに限られない。面倒極まりないことではあるが、考え方は十人十色。
例えばただの性欲処理。例えば一種の愛の形。後者に至っては奥が深いもので、語り出したら熱くなる奇妙な人間も稀にいる。そしてそんな人間は割と身近なところにいた。現に俺を抱きしめているこの男こそがまさにそれ。
相手のことをどれだけ好きでも、そこはお互い別個の人間。決して同一化することはできない。いくら深く想っていても、全てを理解したいと望んでも、相手と同じになるのは不可能。
自分は自分で相手は相手。物理的に近くにいたところでその隔たりだけは埋まらない。だからその寂しさを忘れるために、相手と抱き合って、キスして、セックスもする。触れ合って体を繋げるその瞬間、確かに一つになれるその一瞬に、自分の想いを根こそぎ吐き出して同時に相手の全てを取り込む。
快感だとか恍惚だとか、共有できるものがあるのはただただ喜びでしかなくて。求めて求められて互いを強く、そして深く想うことで、ようやく得られる一体感はこの上ない至福の時だ。
などということをこの男は語った。それを俺の前でペラペラ言い連ねる異常さにはほとほと呆れる。今さらこの男の狂った性質をあれこれとやかく言ったところで俺が疲れるだけだろうが。
この男の魂胆は見え見えだ。隠し隔てもできないほどに。
そういう訳でセックスは重要。そんなクソみたいな結論を、熱弁の末に堂々と導き出したこのクズ野郎。
とどのつまりはヤリたいだけだ。男なんて誰でもそうだ。
気分次第で誰とでも寝られるし、興奮すれば勃つし扱けばイくし。この男の言う愛だのなんだのクソくだらないものがなくとも、セックスなんて簡単にできる。
「起きてるか」
「…………」
「裕也」
「……うるせえ」
どうせいつも流される。最終的には絶対にこうなる。本気で誘われたら抗えない。
分かれ道は別れ道にならなかった。腕を引かれ、俺は付いてきた。一戦ではとても済まない長時間に渡る格闘の果て、狭いベッドの上に男二人で裸のまま横たわっている。
「なに怒ってんだよ」
「怒ってねえよ」
「怒ってんじゃん」
溜め息。鬱陶しい。こいつも、俺自身も。
この男に背を向けていても後ろから抱きしめてくるのはいつものことだ。肘で腕を押しのける。こいつは懲りずに伸ばしてくる。これが毎回のように行われる。
「んだよ、触んな」
「なんで嫌がるんだ」
「暑苦しいっての」
「違くて。セックス」
片腕でしっかり抱きしめられた。布団の下で肌が密着し、余韻の残る体が強張る。
この男は分かっていない。男が男に抱かれるということが、どれだけのことであるのか。女のようによがって喘ぐ自分をいくら嫌いになっても気が済まない。
慣らされていく。時間が経てば経つほど。そんな自分が滑稽に思えてならない。
「毎回あそこまで拒否することねえじゃん」
「テメエがサカりすぎなんだよ」
「普通だろ。俺ら若いんだから」
「知るか」
肘でドンッと竜崎の体を押し返した。その腕から逃れる。事後の甘ったるい時間なんていらない。ほだされていく自分も許せない。
セックスに感情は不必要だ。抜ければいい。そのための一つの手段にすぎない。セックスの前提に曖昧なものを吊り下げておく意味はないのだと、ずっとそう思ってきた。そう思ってきたはずだった。
気持ちよければいい。十分だ。感情がなくても快感は得られる。しかしこの男と体を重ね、気づいた。俺は知らなかっただけだ。
宙に浮きそうで、頼りなくて、儚いような妙な心地。心臓が押し潰されそうな苦しさ。それらは間違いなく感情が引き起こす。
それがどれだけ苦しくて気持ちいいか、そんなことは知りたくなかった。この男とじゃないと到達できない。竜崎は俺に気づかせた。
「裕也」
「…………」
懲りもせず、再び抱きしめてきた。後ろから髪に口付けられても文句一つ言えはしない。
「好きだ」
「…………」
「なあ。裕也」
「…………」
植え付けるかのように竜崎は言う。ありきたりな言葉でしかないが、この男には嘘がない。そこには安っぽさもない。深く深く浸透してきて、低い声に包まれる。
駄目になった。俺の方こそ。全て許せる、この男だから。
泣きたくなるような苦しさも、手の届かない隔たりも、どれもこれも俺がこの男を、求めているせいで感じることだ。
ほしいと思っている自分に気づく。もう手放せない。こんなに求めてる。それがひどく、恐ろしい。
「こっち向けよ」
「……黙って寝ろ」
「向けって」
「うぜえ」
舌打ちして吐き捨てた。何がおかしいのか竜崎は小さく笑った。
俺が意地でも振り向かないと分かると、抱きしめる腕の力を強めてぎゅっとやわらかく拘束してきた。
「おい……」
「黙って寝るんだろ」
「…………」
腕の力は緩めてもらえない。起きているはずなのに竜崎は黙った。
「竜崎……」
「…………」
「おい……。竜崎」
呼んでも返事はない。かと言って拘束は解かれない。
こんなことに慌てている自分が、無様で馬鹿みたいで、たまらなく、憎らしい。
間違っているのは俺かもしれない。本当なら拒む理由なんてない。いつだって受け入れたいと思う。この腕にすがり付きたくないのを、ギリギリのところで必死にこらえている。
日が昇るのはまだまだ先。明日は確実に、寝不足だ。
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