No morals

わこ

文字の大きさ
上 下
39 / 121
第一部

39.9-Ⅲ

しおりを挟む
 ついには一睡もできなかった。ベッドの上で何度寝返りを打ったことか。朝日が昇り始めたのに気づき、やさぐれた顔もそのままにして気だるくバイト先へと向かった。

 ここのところろくに眠れていない。そんな日が続いていたせいか、段ボールを抱える体はひどく重い。俺にこなせる唯一の仕事は体を資本とするものだけなのに。
 ここはつい最近募集をかけていた新しいバイト先。倉庫の前に停まる大型トラックとの間を何度も何度も往復し、ずっしりと重さの目立つ段ボールをひたすら運び続ける。体力さえあれば誰にでもできる仕事だ。

 単に重量があるだけならばまだいい。しかし自分の背丈よりも大きなそれらを目の前にすると、さすがに精神力ゼロポイントな日には挫ける以外の感想がなくなる。
 朝から午後まで続く倉庫内作業。ものによっては楽な内容もあるが、今の俺がしているのはあいにく完全なる重労働だ。これに比べれば量販店の品出し作業はずいぶんと優しい。

「なあお前、なんか大丈夫か?」
「あ?……ああ、うん。別に……」

 再び倉庫内に戻ってきた時、後ろから声を掛けられて振り向いた。
 俺の横を歩くその男を見上げる。どこで働こうとも同様に親しいバイト仲間などいない。だがこの男は確か俺と同じ頃にここへ入ってきた奴。その程度の認識はあった。

「顔色悪くねえ? フラフラしてて危なっかしい」
「気のせいだろ……」
「そうか? 平気?」
「……ああ」

 うなずくと小さく笑って返された。どうと言う程のことでもない会話。しかし少し、驚かされた。ただ純粋に誰かから、心配されたということに。

 竜崎と会ってからこういうことは増えた。自分でもほとんど気づかないうちに徐々に変化が起こっていた。
 近付いてくるのは嫌な奴ばかりだった。したくもない喧嘩が絶えなかった。他人との会話を穏やかに終えることすら困難だったのに、なぜか、それが変わっていた。

「宮瀬、そっち持って」

 棺桶くらいの縦横高さの意味の分らない木でできた箱。その片側に手をかけながら言われ、重い荷物の反対側を支えた。それを同時に持ち上げるとすぐ男は顔をしかめて言った。

「なんだよもうマジふざけてんだろ。これリフト使うようなやつじゃん。なんで素手で運ばされてんの」
「やけに重いな」
「どうする、死体とか入ってたら。俺ら死体遺棄で捕まったりして」
「それはないだろ」

 俺が思わず小さく笑うと男もニヤッと冗談っぽく笑った。他人の表情をどれだけ視界に入れずにここまで生きてきたのか。今さらになってふと気づく。変わったのは周りではないのかもしれない。
 ナメられるのは嫌だから、前を向いていたつもりだった。しかし実際の俺は何を見てきたか。きっと何も見えていなかった。同じ場所で働いている奴の名前くらいは覚えておく。そんな常識すら俺にはない。

 年齢だけは大人になっても中身はいつまでも幼稚なままだ。成長したのは体だけだった。
 何年経っても俺はただの、クソしょうもないガキでしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...