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第一部
39.9-Ⅲ
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ついには一睡もできなかった。ベッドの上で何度寝返りを打ったことか。朝日が昇り始めたのに気づき、やさぐれた顔もそのままにして気だるくバイト先へと向かった。
ここのところろくに眠れていない。そんな日が続いていたせいか、段ボールを抱える体はひどく重い。俺にこなせる唯一の仕事は体を資本とするものだけなのに。
ここはつい最近募集をかけていた新しいバイト先。倉庫の前に停まる大型トラックとの間を何度も何度も往復し、ずっしりと重さの目立つ段ボールをひたすら運び続ける。体力さえあれば誰にでもできる仕事だ。
単に重量があるだけならばまだいい。しかし自分の背丈よりも大きなそれらを目の前にすると、さすがに精神力ゼロポイントな日には挫ける以外の感想がなくなる。
朝から午後まで続く倉庫内作業。ものによっては楽な内容もあるが、今の俺がしているのはあいにく完全なる重労働だ。これに比べれば量販店の品出し作業はずいぶんと優しい。
「なあお前、なんか大丈夫か?」
「あ?……ああ、うん。別に……」
再び倉庫内に戻ってきた時、後ろから声を掛けられて振り向いた。
俺の横を歩くその男を見上げる。どこで働こうとも同様に親しいバイト仲間などいない。だがこの男は確か俺と同じ頃にここへ入ってきた奴。その程度の認識はあった。
「顔色悪くねえ? フラフラしてて危なっかしい」
「気のせいだろ……」
「そうか? 平気?」
「……ああ」
うなずくと小さく笑って返された。どうと言う程のことでもない会話。しかし少し、驚かされた。ただ純粋に誰かから、心配されたということに。
竜崎と会ってからこういうことは増えた。自分でもほとんど気づかないうちに徐々に変化が起こっていた。
近付いてくるのは嫌な奴ばかりだった。したくもない喧嘩が絶えなかった。他人との会話を穏やかに終えることすら困難だったのに、なぜか、それが変わっていた。
「宮瀬、そっち持って」
棺桶くらいの縦横高さの意味の分らない木でできた箱。その片側に手をかけながら言われ、重い荷物の反対側を支えた。それを同時に持ち上げるとすぐ男は顔をしかめて言った。
「なんだよもうマジふざけてんだろ。これリフト使うようなやつじゃん。なんで素手で運ばされてんの」
「やけに重いな」
「どうする、死体とか入ってたら。俺ら死体遺棄で捕まったりして」
「それはないだろ」
俺が思わず小さく笑うと男もニヤッと冗談っぽく笑った。他人の表情をどれだけ視界に入れずにここまで生きてきたのか。今さらになってふと気づく。変わったのは周りではないのかもしれない。
ナメられるのは嫌だから、前を向いていたつもりだった。しかし実際の俺は何を見てきたか。きっと何も見えていなかった。同じ場所で働いている奴の名前くらいは覚えておく。そんな常識すら俺にはない。
年齢だけは大人になっても中身はいつまでも幼稚なままだ。成長したのは体だけだった。
何年経っても俺はただの、クソしょうもないガキでしかなかった。
ここのところろくに眠れていない。そんな日が続いていたせいか、段ボールを抱える体はひどく重い。俺にこなせる唯一の仕事は体を資本とするものだけなのに。
ここはつい最近募集をかけていた新しいバイト先。倉庫の前に停まる大型トラックとの間を何度も何度も往復し、ずっしりと重さの目立つ段ボールをひたすら運び続ける。体力さえあれば誰にでもできる仕事だ。
単に重量があるだけならばまだいい。しかし自分の背丈よりも大きなそれらを目の前にすると、さすがに精神力ゼロポイントな日には挫ける以外の感想がなくなる。
朝から午後まで続く倉庫内作業。ものによっては楽な内容もあるが、今の俺がしているのはあいにく完全なる重労働だ。これに比べれば量販店の品出し作業はずいぶんと優しい。
「なあお前、なんか大丈夫か?」
「あ?……ああ、うん。別に……」
再び倉庫内に戻ってきた時、後ろから声を掛けられて振り向いた。
俺の横を歩くその男を見上げる。どこで働こうとも同様に親しいバイト仲間などいない。だがこの男は確か俺と同じ頃にここへ入ってきた奴。その程度の認識はあった。
「顔色悪くねえ? フラフラしてて危なっかしい」
「気のせいだろ……」
「そうか? 平気?」
「……ああ」
うなずくと小さく笑って返された。どうと言う程のことでもない会話。しかし少し、驚かされた。ただ純粋に誰かから、心配されたということに。
竜崎と会ってからこういうことは増えた。自分でもほとんど気づかないうちに徐々に変化が起こっていた。
近付いてくるのは嫌な奴ばかりだった。したくもない喧嘩が絶えなかった。他人との会話を穏やかに終えることすら困難だったのに、なぜか、それが変わっていた。
「宮瀬、そっち持って」
棺桶くらいの縦横高さの意味の分らない木でできた箱。その片側に手をかけながら言われ、重い荷物の反対側を支えた。それを同時に持ち上げるとすぐ男は顔をしかめて言った。
「なんだよもうマジふざけてんだろ。これリフト使うようなやつじゃん。なんで素手で運ばされてんの」
「やけに重いな」
「どうする、死体とか入ってたら。俺ら死体遺棄で捕まったりして」
「それはないだろ」
俺が思わず小さく笑うと男もニヤッと冗談っぽく笑った。他人の表情をどれだけ視界に入れずにここまで生きてきたのか。今さらになってふと気づく。変わったのは周りではないのかもしれない。
ナメられるのは嫌だから、前を向いていたつもりだった。しかし実際の俺は何を見てきたか。きっと何も見えていなかった。同じ場所で働いている奴の名前くらいは覚えておく。そんな常識すら俺にはない。
年齢だけは大人になっても中身はいつまでも幼稚なままだ。成長したのは体だけだった。
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