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第一部
22.5-Ⅵ
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ぼんやりとした薄明りがカーテンの隙間から微かに射し込む。夜明けが近い。それに気付いた。カウンター席から見えるのは古いだけの壁掛け時計。シンと静まり返った店内に秒針の音が大きく響く。
ここまで何度も何度も、繰り返し、ばかみたいに、時計にばかり目をやった。意識はたまに飛びそうになる。しかしすぐにはっとなってその度に時間を確認したが、何度見ても針は一向に進まない。流れない時に焦りが募った。
夜が明けてもいくら時間が経っても、それ自体にはなんの価値もない。待っているのは朝日などではない。いつものような軽口と、人を苛立たせるあの笑顔。
カウンターの上で組んだ腕に力なく顔を落とした。突っ伏してもカチカチと聞こえる。秒針は俺の不安を煽った。
手術開始からかなりの時間が経った。まだかまだかと、そればかり。ほんの少しでも気を抜いてしまえば最悪の事態が頭をよぎる。待つことしか出来ない俺が信じることをやめてしまったら、残るものなど一つもない。
室内は薄暗いが夜中の暗さとは質が違う。そんな中で顔を伏せたこの耳に、ギシッと、階段の軋む音が届いた。
はっと顔を上げた。後ろを振り返る。服を着替えながら近づいてくる昭仁さんの姿がそこに。
重い体で慌てて立ち上がると両方の足が僅かによろけ、そばまで来た昭仁さんが俺の腕を支えて立たせた。
「大丈夫か」
「っあいつは……」
腕を掴み返して詰め寄った。昭仁さんは宥めるように俺の肩を叩き、小さく息をついてうなずいた。
「心配ねえよ。今はまだ眠ってるが、呼吸も安定してるしじきに起きる」
全身の力が、抜けていく。声が出ない。何も言えない。昭仁さんの左腕にしがみ付いたままズルズルと崩れ落ちそうになる。
その手に半ば支えられながら、カウンターに重だるく寄り掛かった。一息つくその横顔はだいぶ疲れているように見える。そんな疲労を口にすることもなく俺に顔を向けてきた。
「少し休め。寝てねえんだろ。その怪我じゃお前の方が持たねえぞ」
首を縦にも横にも振ることなく、ただわずかに俯いた。今も目の前にある。あの残像が。
「……俺のせいで……」
この人をこれ以上困らせて何になるのか。分かっているが、勝手に出てくる。
「昭仁さんだってずっと言ってたのに……。俺が捕まったから、こんなこと……」
「らしくねえこと言うな。いくら警戒してたってどうしようもねえってときはある。奴らも一応はその道のプロだ」
「でもッ……」
自分の顔が歪んだのが分かる。情けなく眉根が寄った。視線を上げて目にした昭仁さんの表情は神妙で、いつもとは違う人のように見えた。
「お前には言ってなかったが、恭介が戻ってくるってのは知ってた」
「……連絡、取ってたのか……」
「ああ。黙ってて悪かった」
今度は首を横に弱く振った。そうすべきとこの人が思ったのであれば、きっとそれが正しいことだ。
「奴らもそのタイミングを狙ったんだ。今回のことで誰かに責任があるとするならそれはお前じゃねえ。俺だ。恭介に連絡入れちまったんだよ。お前が捕まったって」
「じゃああそこに竜崎が来たのは……」
うなずいた。寄り掛かっていたカウンターに肘をついて一つ溜め息。
「まさか一人で乗り込んでいくとは……。お前のこととなると冷静じゃいられねえらしい」
そう言って昭仁さんはその場所から離れた。カウンターの内側の、大きくはない冷蔵庫が開けられる。
そこから水のペットボトルを二つ取って戻ってきた。ギギッと地味な音を立て、キャップを外したそれを寄越してくる。
「あのビルから逃げてくるとき通った部屋覚えてるか」
「いや……ほとんど。必死だったから」
「無理もねえな」
手に触れたペットボトルの冷たさ。切り傷だらけの皮膚が痛んだ。俺のその様子を見ながら、昭仁さんも自分の水を仰いだ。
「あの部屋だけでもパッと見てわかるような大量の美術品があった」
それならば、なんとなく。ドアを抜けるその間際に大きな絵画は目に入った。
「おそらくはどれも盗品やら贋作やらだろう。典型的なマネロンの手口の一つだ。あのビルは一棟丸ごと倉庫代わりに使われてた」
「それを全部あの、井口とかいう奴が……」
「いいや。れっきとした組織犯罪だ。裏には滝川の連中がいる」
「でも……破門されたんじゃ……」
「名目上はな。実際は単なる見せかけだ。指定暴力団の組員って身分はいっそ剥いじまった方が何かと動きやすいこともある」
そうか。だから昭仁さんはあの時電話で、手こずったと。
「……偽装ってことか」
「指定から逃れたうえで堂々と違法行為だ。薬に限らずマルチにな。物品の売買してるだけの一般企業装って」
違法な薬を売り捌き、それによって得た利益を洗浄して使える金にする。あれはそういう場所だった。俺が縛られたあの部屋には、その過程でなんらかをやらかした人間が押し込まれてきたのだろうか。
「……あそこに警察呼んだのも昭仁さんか」
「あんな証拠まみれのビルに警察に踏み込まれたら奴らもさすがに逃げようがねえ。いくら下っ端が口割らなくても滝川の本部にガサ入れ入んのもあとは時間の問題だろう」
淡々と話す。慣れている人の口振り。首を突っ込んでしまったから話してもらえているだけで、俺とは縁の遠い世界だ。
「だがまあ……あいつが間に合ってよかった」
「……え?」
「警察が駆け付けた後だったらお前は殺されてただろうよ。結果的には恭介の突っ走った行動があの時点での最善だったんだろうな」
「…………」
最善。あれが。
突き刺さる。じわじわと。突っ走って、一人で乗り込んで、死にかけた。それが最善だった。
そんなはずはるか。悲劇なんてもんじゃない。あれは現実に、起こったことだ。
「……なんだよ、それ……」
小さく震えそうな声が出た。柔らかいペットボトルに、ギリッと指先の力がかかる。
「なにが……なにが、良かっただよっ……俺のためにあんな、体張って、死にかけて……ッそこまでして誰かに守ってもらおうなんて思ってねえよ……っ!!」
酷い顔になっているだろう。だって、全て現実だった。竜崎が死にかけ、一命を取り留めても、そうなった事実はもう消せない。
俺を庇ったせいで竜崎は刺された。体から流れ出る真っ赤な血とともに、その体の温度は奪われていった。
忘れられない体温と重みだ。両手の感覚がそれを思い起こし、目を閉じて顔の半分を覆った。
「……悪い……八つ当たりだ」
意味のない弱音をガキみたいに吐いて、その次は恩人に当たり散らしてる。だからいつまでもこうなんだ。成長も何もなく、怠惰で、無意味だ。
昭仁さんはただ俺の頭をポンポンと数度叩いた。子供相手にするようなその動作。宥めるというより、それはむしろ慰めに近い。
「あいつはお前に会ってから変わった」
もう一度昭仁さんを見上げた。疲れた様子を思わせる顔にも、変わらない優しさが見て取れる。
「まだ全然若ぇくせにな……肩肘張るしかなかったあいつも、お前が隣にいる時だけはいつも年相応に見えたよ。裕也だからあいつはそうなれた」
「…………」
笑っているあいつと、バカなことを言っているあいつしか俺は知らない。だからあのビルで見た竜崎の狂気には、息をのんだ。あいつが苦しむ理由が分かった。
「……バカだよ……あいつ……」
助けに来た。駆けつけた。恐ろしい顔をしてあいつらに迫り、俺を見て、とても悲しそうな目をした。
「間違ってんだろ、命かける相手。人のこと助けてテメエが倒れてちゃ意味ねえだろうよ……」
「そういう男なんだよあいつは。自分で信じたもんだけは絶対に見失わねえ」
「……俺はなんも返せねえのに」
散々はねつけて拒絶した。あいつが求めているものを、俺はあいつに与えられない。
「やっぱこんなの、ずるいかな……」
こんなことをこの人に聞かせている。そうしている時点で卑怯だ。
「なんも応えてやれねえのに……つまんねえんだよ。あいついねえと……」
「起きた時本人に言ってやれ。あんな怪我くらい即完治だ」
「……いつ起きる? ちゃんと目ぇ覚ますんだよな……?」
縋るように見上げた先で昭仁さんがはっきりとうなずいた。示されたものに偽りはない。この人は不要な嘘をつかない。
「容体も安定してる。大丈夫だ。俺が付いてて殺す訳がねえ」
息をついた俺を宥め、昭仁さんの手は包帯が何十にも巻かれたこの左手首に伸ばされた。
右横から確かめるように、慎重に引っ張って動かされたその箇所。強い軋みがズキリと走り、鋭い痛みに顔が歪んだ。
「人の心配もいいけどな、それよりもお前はまず自分のこと考えろ。折れてんぞたぶん、前腕辺り」
反射で腕のその箇所を押さえた。妙な痛みはジンジンと響いている。昭仁さんの目はごまかせないようで、心配そうに眉を寄せていた。
「悪かったな、すぐに気付いてやれなくて。恭介支えんのも楽じゃなかったろ」
「いや……よく分んなかった。あん時は必死で……」
「……他は?」
「大丈夫」
「ウソつけよ、そうやって起きてんのも辛いんだろ。目ぇ覚ましたあいつがその状態のお前見たら泣くぞ」
そう言われたらもう何も言えない。
「さっき脇腹庇ってなかったか」
「……あんたマジに医者なんだな」
昭仁さんをチラリと見上げると悪戯っぽくニッと笑った。
「腕利きのな。名医が特別にタダで診てやるよ。服上げろ」
自称名医に促され、借りて着ていた服の裾をしぶしぶ腹の上まで持ち上げた。
服の下がどうなっているかはさっき洗面所で見て知っている。赤紫に変色した皮膚が明らかに異常を訴えていた。
その箇所を昭仁さんは観察するように眺めていたが、肋骨の線に沿って指先で軽く触られただけで咄嗟に息を詰めている。昭仁さんもすぐに手を離し、呆れたような表情で言った。
「おいおいおい……肋骨イってんだろコレ。よく動けたな」
服の裾を下ろしてやや目を逸らす。テーブル席に移るように言われておとなしく指示に従った。
置いたままになっていた包帯が応急処置として腹に巻かれていく。最近の昭仁さんはどうにも過保護だ。手とか首とか額とか、俺の状態をまじまじと眺めてさらに呆れた顔をした。
「上岡も性格出るな。包帯キツくねえ?」
「上岡……?」
「さっき来てた奴だ」
違法血液バンクの人か。名乗りも名乗られもしなかったことに今さらながら気が付いた。
「洗ったら血が止まんなくて。別にキツくはない」
「お前も自分のこととなると淡白だな。その頭は。切ったか?」
「殴られた」
「なにで」
「鉄パイプ」
しょうもねえ。そんな感じの表情をされた。
ガーゼの上からそっと額の傷を辿るように確認される。腫れた患部を一通り観察すると昭仁さんはいささか顔をしかめた。
「ウチじゃ今X線ねえからなぁ……」
「メンテ中って聞いた」
「必要なときに限ってこれだよ。箇所が箇所だし念のためだ。日が昇ったら病院行け。知り合いのところ教えるから」
「昭仁さんにも普通に医者の知り合いがいるんだな」
「大学時代の同期だ。中規模だがじいさんの代からの病院継いで今はやってる」
裏社会と繋がりを持っているその一方で警察にまでツテがあるような人でも一般社会の知り合いくらいはそれなりにいるようだ。
名医による応急処置を受けると、もどかしく流れる時間がまたしても始まってしまった。昭仁さんの手にはさっそく煙草の箱が握られている。その中の一本を取り出そうとしていたその時、俺もとうとうそれを言った。
「昭仁さん……上行っちゃ駄目か?」
遠慮がちにそれだけ尋ねる。煙草に火をつける寸前だった昭仁さんの手が止まった。
「弱った野郎見たってつまんねえぞ」
「……後々バカにするネタができんだろ」
生きている状態を確認したい。死にぞこないの顔を拝んでやらなければ。
「まだベッド移してねえんだろ。俺も手伝う」
この店に来た夜に寝かされていたあのベッドだ。普段は患者用のベッドらしい。最近になってそれを知った。
「その体じゃ無理だ。お前だってもう限界なはずだぞ」
もらった返答はきわめて冷静。しかし俺も食い下がった。
「平気だよ。何かしてたい……。あとでちゃんと病院も行くから」
聞き分けのない子供のような物言いに昭仁さんは小さく溜め息。そのまま俺を引き連れて、先ほどの一室に入った。
室内の物々しい雰囲気は相変わらず。中央に位置する手術台の上で寝かされている竜崎の姿。生きている姿は確認できても、一切動く気配のないその様子に息をのんだ。
布団代わりに薄手の布を掛けられている。手術台なんて物の上でなければ一見普通に眠っているようだ。俺がこの部屋を出ていく間際に繋がれていた機械は壁際に寄せられ、おびただしい量の血が流れただろうその痕跡も見当たらない。
その腕には点滴の管が繋がっている。点滴台から吊るされたパックの中の透明な液体が、ゆっくりポタポタと落ちていた。
「…………」
まただ。声も出ない。青白い顔を見下ろすだけでも精一杯。
部屋の隅にあるストレッチャーを、手術台の隣に昭仁さんが押してきた。その目は俺の体に向けられる。案じるように一通り眺め、竜崎の体の下にシーツを敷き直しながら言った。
「無理そうなら言え」
「ああ」
昭仁さんは何から何まで手慣れていた。絶対安静が不可欠の条件である患者でなければ、こういった作業も一人で難なくこなせるのだと察しがつく。
竜崎も今の俺と同じように昭二さんを手伝ってきたのだろうか。自分が患者となって運ばれるとは、さすがの竜崎も予想はしていなかっただろう。
変に息むな。骨に響くぞ。そう念を押されたうえで、昭仁さんと二人で意識のない竜崎の体を慎重に横の台へと移した。両腕を伝って体に加わるその重みで負傷した部分が軋むが、竜崎の腹に巻かれた包帯を目にすればそれくらいどうでもよくなってくる。
「大丈夫か」
「……ああ」
体か、それとも内面か、どちらを気づかった言葉なのは定かでない。どちらでもいい。白い包帯から目を離すことができず、頷いて返すのがやっとだった。
昭仁さんの指示で点滴台を引きながら、寝台と共に隣の部屋に移動した。手術台よりは広さがあって高さはなく、シーツのかかっているベッドの上に竜崎の体を移した。
このベッドに俺は寝かされていた。消毒液とガーゼを片手に、俺の前に現れたあの時の竜崎が懐かしい。
第一印象からして最悪だった。そんな男とここまで関わっている。こうなるとはまさか、思わなかった。
台と担架を戻すために昭仁さんは部屋を出ていった。残された部屋の中、一歩、竜崎にもう少し近づく。
規則的な呼吸だった。自力でそれをできている。上下する胸の動きは正常で、指先でそっと触れた頬もさっきまでよりは温かい。
それでも顔色が良いとは言えない。弱っている。見れば分かる。まぶたが開くこともないなら、その目に俺が映ることもない。
何もかもを見透かしたような、常に人をからかって遊んでいるような。逃れられない強い眼差しが嫌で嫌で仕方なかった。そのはずなのに、こうして竜崎を上から見る今は、目を開けてくれと願っている。
その目で俺を見ればいい。無駄口でもなんでも叩けばいい。惚れただとか好きだとか、理解のできない言動を繰り返して俺を振り回すのがこいつだ。
早く起きろと。それだけを思う。頬から指先を離した少したすぐあとに昭仁さんが戻ってきた。
「……生きてる……」
振り返ることなく、声に出した。昭仁さんはうなずいたような気がする。ソファーの上に無造作に置いてある薄掛けの布団を持ってきた。
ばさりと竜崎の体を覆う。マスクも何ももう付いていないから、点滴台さえここになければ、やはりただ眠っているかのようだ。
「……あんたすげえな。こんな場所で、こんな……全部、一人で……」
「当然だ。俺の患者になったヤツはそう簡単には死なせねえ」
「カッコよすぎだろ」
「今頃気づいたのか」
軽口と落ち着いたその笑み。安堵感から力も抜ける。
ただ眠っているようではあるが、もう一度触れるのはひどく躊躇われる。普段ならこの手を握り返して腕を引いてくるような男が、今はなんの反応もしない。
グラリと傾き、足に力を入れた。ずっと頭がガンガンしている。どうにか立たせているような足は、今にも震えだしそうだ。
「……おい、平気か。さっきからフラついてる」
見兼ねたのだろう昭仁さんが横から声をかけてきた。こくこくと数度頷いて返す。目は竜崎に向けたまま。
「いや、なんか……気ぃ抜けたかな……」
「……いったん下戻るぞ。少し休んだ方がいい」
竜崎の顔をもう一度見下ろし、昭仁さんに背を支えられながら覚束ない足で階段を下りた。
テーブル席の長椅子に凭れかけさせた体は限界が近い。ゆっくり息を吐く。痛みをやり過ごす。グラスに入れてきた水を昭仁さんに手渡され、少量を口にするも渇いた喉は潤わない。
一定の音を刻む時計の秒針がやたら大きく聞こえてくる。全ての認識がぼんやりと危うい。無感情にグラスの中身を眺め、揺れる水面を見つめていてふと、じわじわと疑問が起こった。
焦りから解放されると細かいところに目がいくようになる。ずっと広がる赤に気を取られ、さっきも仰向けだったから分からない。
「昭仁さん……」
「ああ」
「……竜崎の、背中……見たことある……?」
「背中?」
竜崎の体の、その背中には。極道たる証しとも言える刻印が、あるのだろうか。
「……墨……入ってるか……」
体の感覚がおかしい。目もかすむ。良く見えない。
それでも落ち着いたやわらかい雰囲気は辛うじて感じ取ることができ、その次に耳にしたのは温かさを含んだ穏やかな声だ。
「入れてねえよ。綺麗なもんだ」
「……そっか」
「こればっかりはあいつの意地だな」
「…………」
それだけの事実に、ほっとする。その一方で重い頭は内側から殴りつけられるような、不快な感覚が酷くなるばかり。横から俺を支える昭仁さんが顔を覗き込んできた。
「裕也……? お前ほんとに大丈夫か。顔真っ青だぞ」
「あいつは……」
手に力が入らない。グラスはテーブルの上に置いた。
「竜崎は……あいつは、ヤクザなんかじゃねえよ……その程度で片付けてたまるか」
あいつはそんな程度の男じゃない。それだけを信じて呟いて、何か言われた気がしたし、名前を叫ばれた覚えもある。
パタリと途切れた。重くて暗い。上から一気に圧し掛かってきた。落ちた先はとても深かった。考えることもとうとう放棄し、意識を向けられるのはひとつだけ。
もしも俺の到達点が地獄と呼ばれるような場所なら、あの男とだけは会いたくない。
馬鹿げた妄想の中それだけを思い、ふっと意識を手放した。
ここまで何度も何度も、繰り返し、ばかみたいに、時計にばかり目をやった。意識はたまに飛びそうになる。しかしすぐにはっとなってその度に時間を確認したが、何度見ても針は一向に進まない。流れない時に焦りが募った。
夜が明けてもいくら時間が経っても、それ自体にはなんの価値もない。待っているのは朝日などではない。いつものような軽口と、人を苛立たせるあの笑顔。
カウンターの上で組んだ腕に力なく顔を落とした。突っ伏してもカチカチと聞こえる。秒針は俺の不安を煽った。
手術開始からかなりの時間が経った。まだかまだかと、そればかり。ほんの少しでも気を抜いてしまえば最悪の事態が頭をよぎる。待つことしか出来ない俺が信じることをやめてしまったら、残るものなど一つもない。
室内は薄暗いが夜中の暗さとは質が違う。そんな中で顔を伏せたこの耳に、ギシッと、階段の軋む音が届いた。
はっと顔を上げた。後ろを振り返る。服を着替えながら近づいてくる昭仁さんの姿がそこに。
重い体で慌てて立ち上がると両方の足が僅かによろけ、そばまで来た昭仁さんが俺の腕を支えて立たせた。
「大丈夫か」
「っあいつは……」
腕を掴み返して詰め寄った。昭仁さんは宥めるように俺の肩を叩き、小さく息をついてうなずいた。
「心配ねえよ。今はまだ眠ってるが、呼吸も安定してるしじきに起きる」
全身の力が、抜けていく。声が出ない。何も言えない。昭仁さんの左腕にしがみ付いたままズルズルと崩れ落ちそうになる。
その手に半ば支えられながら、カウンターに重だるく寄り掛かった。一息つくその横顔はだいぶ疲れているように見える。そんな疲労を口にすることもなく俺に顔を向けてきた。
「少し休め。寝てねえんだろ。その怪我じゃお前の方が持たねえぞ」
首を縦にも横にも振ることなく、ただわずかに俯いた。今も目の前にある。あの残像が。
「……俺のせいで……」
この人をこれ以上困らせて何になるのか。分かっているが、勝手に出てくる。
「昭仁さんだってずっと言ってたのに……。俺が捕まったから、こんなこと……」
「らしくねえこと言うな。いくら警戒してたってどうしようもねえってときはある。奴らも一応はその道のプロだ」
「でもッ……」
自分の顔が歪んだのが分かる。情けなく眉根が寄った。視線を上げて目にした昭仁さんの表情は神妙で、いつもとは違う人のように見えた。
「お前には言ってなかったが、恭介が戻ってくるってのは知ってた」
「……連絡、取ってたのか……」
「ああ。黙ってて悪かった」
今度は首を横に弱く振った。そうすべきとこの人が思ったのであれば、きっとそれが正しいことだ。
「奴らもそのタイミングを狙ったんだ。今回のことで誰かに責任があるとするならそれはお前じゃねえ。俺だ。恭介に連絡入れちまったんだよ。お前が捕まったって」
「じゃああそこに竜崎が来たのは……」
うなずいた。寄り掛かっていたカウンターに肘をついて一つ溜め息。
「まさか一人で乗り込んでいくとは……。お前のこととなると冷静じゃいられねえらしい」
そう言って昭仁さんはその場所から離れた。カウンターの内側の、大きくはない冷蔵庫が開けられる。
そこから水のペットボトルを二つ取って戻ってきた。ギギッと地味な音を立て、キャップを外したそれを寄越してくる。
「あのビルから逃げてくるとき通った部屋覚えてるか」
「いや……ほとんど。必死だったから」
「無理もねえな」
手に触れたペットボトルの冷たさ。切り傷だらけの皮膚が痛んだ。俺のその様子を見ながら、昭仁さんも自分の水を仰いだ。
「あの部屋だけでもパッと見てわかるような大量の美術品があった」
それならば、なんとなく。ドアを抜けるその間際に大きな絵画は目に入った。
「おそらくはどれも盗品やら贋作やらだろう。典型的なマネロンの手口の一つだ。あのビルは一棟丸ごと倉庫代わりに使われてた」
「それを全部あの、井口とかいう奴が……」
「いいや。れっきとした組織犯罪だ。裏には滝川の連中がいる」
「でも……破門されたんじゃ……」
「名目上はな。実際は単なる見せかけだ。指定暴力団の組員って身分はいっそ剥いじまった方が何かと動きやすいこともある」
そうか。だから昭仁さんはあの時電話で、手こずったと。
「……偽装ってことか」
「指定から逃れたうえで堂々と違法行為だ。薬に限らずマルチにな。物品の売買してるだけの一般企業装って」
違法な薬を売り捌き、それによって得た利益を洗浄して使える金にする。あれはそういう場所だった。俺が縛られたあの部屋には、その過程でなんらかをやらかした人間が押し込まれてきたのだろうか。
「……あそこに警察呼んだのも昭仁さんか」
「あんな証拠まみれのビルに警察に踏み込まれたら奴らもさすがに逃げようがねえ。いくら下っ端が口割らなくても滝川の本部にガサ入れ入んのもあとは時間の問題だろう」
淡々と話す。慣れている人の口振り。首を突っ込んでしまったから話してもらえているだけで、俺とは縁の遠い世界だ。
「だがまあ……あいつが間に合ってよかった」
「……え?」
「警察が駆け付けた後だったらお前は殺されてただろうよ。結果的には恭介の突っ走った行動があの時点での最善だったんだろうな」
「…………」
最善。あれが。
突き刺さる。じわじわと。突っ走って、一人で乗り込んで、死にかけた。それが最善だった。
そんなはずはるか。悲劇なんてもんじゃない。あれは現実に、起こったことだ。
「……なんだよ、それ……」
小さく震えそうな声が出た。柔らかいペットボトルに、ギリッと指先の力がかかる。
「なにが……なにが、良かっただよっ……俺のためにあんな、体張って、死にかけて……ッそこまでして誰かに守ってもらおうなんて思ってねえよ……っ!!」
酷い顔になっているだろう。だって、全て現実だった。竜崎が死にかけ、一命を取り留めても、そうなった事実はもう消せない。
俺を庇ったせいで竜崎は刺された。体から流れ出る真っ赤な血とともに、その体の温度は奪われていった。
忘れられない体温と重みだ。両手の感覚がそれを思い起こし、目を閉じて顔の半分を覆った。
「……悪い……八つ当たりだ」
意味のない弱音をガキみたいに吐いて、その次は恩人に当たり散らしてる。だからいつまでもこうなんだ。成長も何もなく、怠惰で、無意味だ。
昭仁さんはただ俺の頭をポンポンと数度叩いた。子供相手にするようなその動作。宥めるというより、それはむしろ慰めに近い。
「あいつはお前に会ってから変わった」
もう一度昭仁さんを見上げた。疲れた様子を思わせる顔にも、変わらない優しさが見て取れる。
「まだ全然若ぇくせにな……肩肘張るしかなかったあいつも、お前が隣にいる時だけはいつも年相応に見えたよ。裕也だからあいつはそうなれた」
「…………」
笑っているあいつと、バカなことを言っているあいつしか俺は知らない。だからあのビルで見た竜崎の狂気には、息をのんだ。あいつが苦しむ理由が分かった。
「……バカだよ……あいつ……」
助けに来た。駆けつけた。恐ろしい顔をしてあいつらに迫り、俺を見て、とても悲しそうな目をした。
「間違ってんだろ、命かける相手。人のこと助けてテメエが倒れてちゃ意味ねえだろうよ……」
「そういう男なんだよあいつは。自分で信じたもんだけは絶対に見失わねえ」
「……俺はなんも返せねえのに」
散々はねつけて拒絶した。あいつが求めているものを、俺はあいつに与えられない。
「やっぱこんなの、ずるいかな……」
こんなことをこの人に聞かせている。そうしている時点で卑怯だ。
「なんも応えてやれねえのに……つまんねえんだよ。あいついねえと……」
「起きた時本人に言ってやれ。あんな怪我くらい即完治だ」
「……いつ起きる? ちゃんと目ぇ覚ますんだよな……?」
縋るように見上げた先で昭仁さんがはっきりとうなずいた。示されたものに偽りはない。この人は不要な嘘をつかない。
「容体も安定してる。大丈夫だ。俺が付いてて殺す訳がねえ」
息をついた俺を宥め、昭仁さんの手は包帯が何十にも巻かれたこの左手首に伸ばされた。
右横から確かめるように、慎重に引っ張って動かされたその箇所。強い軋みがズキリと走り、鋭い痛みに顔が歪んだ。
「人の心配もいいけどな、それよりもお前はまず自分のこと考えろ。折れてんぞたぶん、前腕辺り」
反射で腕のその箇所を押さえた。妙な痛みはジンジンと響いている。昭仁さんの目はごまかせないようで、心配そうに眉を寄せていた。
「悪かったな、すぐに気付いてやれなくて。恭介支えんのも楽じゃなかったろ」
「いや……よく分んなかった。あん時は必死で……」
「……他は?」
「大丈夫」
「ウソつけよ、そうやって起きてんのも辛いんだろ。目ぇ覚ましたあいつがその状態のお前見たら泣くぞ」
そう言われたらもう何も言えない。
「さっき脇腹庇ってなかったか」
「……あんたマジに医者なんだな」
昭仁さんをチラリと見上げると悪戯っぽくニッと笑った。
「腕利きのな。名医が特別にタダで診てやるよ。服上げろ」
自称名医に促され、借りて着ていた服の裾をしぶしぶ腹の上まで持ち上げた。
服の下がどうなっているかはさっき洗面所で見て知っている。赤紫に変色した皮膚が明らかに異常を訴えていた。
その箇所を昭仁さんは観察するように眺めていたが、肋骨の線に沿って指先で軽く触られただけで咄嗟に息を詰めている。昭仁さんもすぐに手を離し、呆れたような表情で言った。
「おいおいおい……肋骨イってんだろコレ。よく動けたな」
服の裾を下ろしてやや目を逸らす。テーブル席に移るように言われておとなしく指示に従った。
置いたままになっていた包帯が応急処置として腹に巻かれていく。最近の昭仁さんはどうにも過保護だ。手とか首とか額とか、俺の状態をまじまじと眺めてさらに呆れた顔をした。
「上岡も性格出るな。包帯キツくねえ?」
「上岡……?」
「さっき来てた奴だ」
違法血液バンクの人か。名乗りも名乗られもしなかったことに今さらながら気が付いた。
「洗ったら血が止まんなくて。別にキツくはない」
「お前も自分のこととなると淡白だな。その頭は。切ったか?」
「殴られた」
「なにで」
「鉄パイプ」
しょうもねえ。そんな感じの表情をされた。
ガーゼの上からそっと額の傷を辿るように確認される。腫れた患部を一通り観察すると昭仁さんはいささか顔をしかめた。
「ウチじゃ今X線ねえからなぁ……」
「メンテ中って聞いた」
「必要なときに限ってこれだよ。箇所が箇所だし念のためだ。日が昇ったら病院行け。知り合いのところ教えるから」
「昭仁さんにも普通に医者の知り合いがいるんだな」
「大学時代の同期だ。中規模だがじいさんの代からの病院継いで今はやってる」
裏社会と繋がりを持っているその一方で警察にまでツテがあるような人でも一般社会の知り合いくらいはそれなりにいるようだ。
名医による応急処置を受けると、もどかしく流れる時間がまたしても始まってしまった。昭仁さんの手にはさっそく煙草の箱が握られている。その中の一本を取り出そうとしていたその時、俺もとうとうそれを言った。
「昭仁さん……上行っちゃ駄目か?」
遠慮がちにそれだけ尋ねる。煙草に火をつける寸前だった昭仁さんの手が止まった。
「弱った野郎見たってつまんねえぞ」
「……後々バカにするネタができんだろ」
生きている状態を確認したい。死にぞこないの顔を拝んでやらなければ。
「まだベッド移してねえんだろ。俺も手伝う」
この店に来た夜に寝かされていたあのベッドだ。普段は患者用のベッドらしい。最近になってそれを知った。
「その体じゃ無理だ。お前だってもう限界なはずだぞ」
もらった返答はきわめて冷静。しかし俺も食い下がった。
「平気だよ。何かしてたい……。あとでちゃんと病院も行くから」
聞き分けのない子供のような物言いに昭仁さんは小さく溜め息。そのまま俺を引き連れて、先ほどの一室に入った。
室内の物々しい雰囲気は相変わらず。中央に位置する手術台の上で寝かされている竜崎の姿。生きている姿は確認できても、一切動く気配のないその様子に息をのんだ。
布団代わりに薄手の布を掛けられている。手術台なんて物の上でなければ一見普通に眠っているようだ。俺がこの部屋を出ていく間際に繋がれていた機械は壁際に寄せられ、おびただしい量の血が流れただろうその痕跡も見当たらない。
その腕には点滴の管が繋がっている。点滴台から吊るされたパックの中の透明な液体が、ゆっくりポタポタと落ちていた。
「…………」
まただ。声も出ない。青白い顔を見下ろすだけでも精一杯。
部屋の隅にあるストレッチャーを、手術台の隣に昭仁さんが押してきた。その目は俺の体に向けられる。案じるように一通り眺め、竜崎の体の下にシーツを敷き直しながら言った。
「無理そうなら言え」
「ああ」
昭仁さんは何から何まで手慣れていた。絶対安静が不可欠の条件である患者でなければ、こういった作業も一人で難なくこなせるのだと察しがつく。
竜崎も今の俺と同じように昭二さんを手伝ってきたのだろうか。自分が患者となって運ばれるとは、さすがの竜崎も予想はしていなかっただろう。
変に息むな。骨に響くぞ。そう念を押されたうえで、昭仁さんと二人で意識のない竜崎の体を慎重に横の台へと移した。両腕を伝って体に加わるその重みで負傷した部分が軋むが、竜崎の腹に巻かれた包帯を目にすればそれくらいどうでもよくなってくる。
「大丈夫か」
「……ああ」
体か、それとも内面か、どちらを気づかった言葉なのは定かでない。どちらでもいい。白い包帯から目を離すことができず、頷いて返すのがやっとだった。
昭仁さんの指示で点滴台を引きながら、寝台と共に隣の部屋に移動した。手術台よりは広さがあって高さはなく、シーツのかかっているベッドの上に竜崎の体を移した。
このベッドに俺は寝かされていた。消毒液とガーゼを片手に、俺の前に現れたあの時の竜崎が懐かしい。
第一印象からして最悪だった。そんな男とここまで関わっている。こうなるとはまさか、思わなかった。
台と担架を戻すために昭仁さんは部屋を出ていった。残された部屋の中、一歩、竜崎にもう少し近づく。
規則的な呼吸だった。自力でそれをできている。上下する胸の動きは正常で、指先でそっと触れた頬もさっきまでよりは温かい。
それでも顔色が良いとは言えない。弱っている。見れば分かる。まぶたが開くこともないなら、その目に俺が映ることもない。
何もかもを見透かしたような、常に人をからかって遊んでいるような。逃れられない強い眼差しが嫌で嫌で仕方なかった。そのはずなのに、こうして竜崎を上から見る今は、目を開けてくれと願っている。
その目で俺を見ればいい。無駄口でもなんでも叩けばいい。惚れただとか好きだとか、理解のできない言動を繰り返して俺を振り回すのがこいつだ。
早く起きろと。それだけを思う。頬から指先を離した少したすぐあとに昭仁さんが戻ってきた。
「……生きてる……」
振り返ることなく、声に出した。昭仁さんはうなずいたような気がする。ソファーの上に無造作に置いてある薄掛けの布団を持ってきた。
ばさりと竜崎の体を覆う。マスクも何ももう付いていないから、点滴台さえここになければ、やはりただ眠っているかのようだ。
「……あんたすげえな。こんな場所で、こんな……全部、一人で……」
「当然だ。俺の患者になったヤツはそう簡単には死なせねえ」
「カッコよすぎだろ」
「今頃気づいたのか」
軽口と落ち着いたその笑み。安堵感から力も抜ける。
ただ眠っているようではあるが、もう一度触れるのはひどく躊躇われる。普段ならこの手を握り返して腕を引いてくるような男が、今はなんの反応もしない。
グラリと傾き、足に力を入れた。ずっと頭がガンガンしている。どうにか立たせているような足は、今にも震えだしそうだ。
「……おい、平気か。さっきからフラついてる」
見兼ねたのだろう昭仁さんが横から声をかけてきた。こくこくと数度頷いて返す。目は竜崎に向けたまま。
「いや、なんか……気ぃ抜けたかな……」
「……いったん下戻るぞ。少し休んだ方がいい」
竜崎の顔をもう一度見下ろし、昭仁さんに背を支えられながら覚束ない足で階段を下りた。
テーブル席の長椅子に凭れかけさせた体は限界が近い。ゆっくり息を吐く。痛みをやり過ごす。グラスに入れてきた水を昭仁さんに手渡され、少量を口にするも渇いた喉は潤わない。
一定の音を刻む時計の秒針がやたら大きく聞こえてくる。全ての認識がぼんやりと危うい。無感情にグラスの中身を眺め、揺れる水面を見つめていてふと、じわじわと疑問が起こった。
焦りから解放されると細かいところに目がいくようになる。ずっと広がる赤に気を取られ、さっきも仰向けだったから分からない。
「昭仁さん……」
「ああ」
「……竜崎の、背中……見たことある……?」
「背中?」
竜崎の体の、その背中には。極道たる証しとも言える刻印が、あるのだろうか。
「……墨……入ってるか……」
体の感覚がおかしい。目もかすむ。良く見えない。
それでも落ち着いたやわらかい雰囲気は辛うじて感じ取ることができ、その次に耳にしたのは温かさを含んだ穏やかな声だ。
「入れてねえよ。綺麗なもんだ」
「……そっか」
「こればっかりはあいつの意地だな」
「…………」
それだけの事実に、ほっとする。その一方で重い頭は内側から殴りつけられるような、不快な感覚が酷くなるばかり。横から俺を支える昭仁さんが顔を覗き込んできた。
「裕也……? お前ほんとに大丈夫か。顔真っ青だぞ」
「あいつは……」
手に力が入らない。グラスはテーブルの上に置いた。
「竜崎は……あいつは、ヤクザなんかじゃねえよ……その程度で片付けてたまるか」
あいつはそんな程度の男じゃない。それだけを信じて呟いて、何か言われた気がしたし、名前を叫ばれた覚えもある。
パタリと途切れた。重くて暗い。上から一気に圧し掛かってきた。落ちた先はとても深かった。考えることもとうとう放棄し、意識を向けられるのはひとつだけ。
もしも俺の到達点が地獄と呼ばれるような場所なら、あの男とだけは会いたくない。
馬鹿げた妄想の中それだけを思い、ふっと意識を手放した。
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