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第一部
19.5-Ⅲ
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今日もまた太陽が沈んでいく。視界は薄暗い。労働後の体には疲れもある。
バイト先の前の通りを一人でノロノロ歩きながら、何を考え、どう思えば良いのか、それがまるでわからない。
街灯の設置された道で足を進めていると、お決まりとなった昭仁さんからの着信をスマホが知らせた。それに応じて耳に当てれば、ほっとさせられるようなザワつきが電話の向こうから聞こえてくる。
『生きてるか?』
第一声は毎回同じ。習慣化したその台詞に思わず肩から力も抜けた。
「生きてるっての。昭仁さん少し過保護すぎねえ?」
『そうか? パパって呼んでもいいぜ』
「笑えねえから」
お兄ちゃんの次はパパときたか。この人なら隠し子の一人や二人いたとしてもおかしくないような気がする。
相変わらずの軽口に鬱々とした気分もいささか和らぐ。だがこの日昭仁さんが電話をしてきたのは、俺の安否確認以外にもう一つあったようだ。
『大丈夫か』
「……なんかあったのか?」
『この前話してた件だが、とりあえず取り仕切ってる人間は割り出せた』
「そうか……」
『恭介に昔潰された男だ』
あっさり告げられ、少しだけ戸惑う。俺が黙っていると昭仁さんは続けた。
『そいつは当時もドラッグ売り捌いて荒稼ぎしてた。人様のシマでな。それで恭介に反撃食らって、そのことが発端になって最近までブチ込まれてたようだ。前科一個増えるくらいのこと奴らにとっちゃなんでもねえがそのあとそいつは破門になってる。だから尻尾掴むにも手こずった』
どう答えていいか分からない。昭仁さんから前に聞いた話を思い出す。
竜崎恭介はあいつらにとって、許してはおけない男。
『今どこにいる。もうバイト上がってんだろ?』
「ああ……。もうすぐにそっち着く」
ようやくそれだけ答えながらいつもの細い道に入った。ここの通りは極端に明かりが少ない。暗い一本通りを進み、吹き抜けていった北からの風が体を掠めて体温を奪った。
「大丈夫だ。心配すんなよ。ヤバそうなのがいればすぐ分かる」
『本気でそうなったら全力で走れ。間違っても相手なんかすんじゃねえぞ』
「しねえって。本職には敵わないことくらい俺だって……」
分かっている。そう言いかけ、言葉を止めた。ジャリッと音を聞いた気がした。地面を擦る、靴音のような。
『どうした』
「……いや」
毎日通るこの道で、この時間帯に人と擦れ違うことは滅多にない。あの日竜崎に助けられた日、五人組から因縁をつけられた時だけだ。
後ろを振り返らずに歩いた。足音が徐々に近づいてくる。そう思ったのは気のせいではないようで、確かに数人分、背後に足音があった。
やや、速度を落としてみる。足を止めた。すると後ろのそれらもピタリと。俺が再び歩き出せば、いくつかの足音もまたついてくる。
「…………」
スマホ越しにあえて、話は続ける。ああとか、うんとか、短い返事を淡々と繰り返していた。昭仁さんはそれを不審に思ったのだろう。怪訝そうに呼び掛けてきた。
『裕也……?』
「…………」
答えられない。ほとんど真後ろに迫り来ている。足音が俺を追い越して通り過ぎていくことはなく、すぐ後ろについたところでピタリと歩調を合わせ始めた。
逃げるか。いや、よくない。へたに動いたら何をされるか。
『裕也……おい……。どうした』
全力で走れ。今しがた言われた。本当についさっき。
できることならば俺もそうしたい。でも遅かった。もう遅すぎる。走り出したら、その瞬間にやられる。
『…………裕也。まずい状況ならそのまま無言で返せ』
「…………」
『……分かった』
電話の向こうの声は冷静だが、そこには珍しく緊張が滲んでいるのも伝わってきた。その時にはもう足も止まっている。皮膚に感じた。左側の首筋。後ろから押しあてられていたのは、尖った刃物の冷たい切っ先。
くっと皮膚に食い込まされた。ここで少しでも動いたらまずい。手の中のスマホはすっと取り上げられ、地面に向かって投げ捨てられた。
首には変わらず、固く鋭い感触。スマホを捨てた奴ともう一人が、俺の前に回り込んできた。
「ついて来い。変な気起こしたらどうなるかは分かってんだろ」
ガッと荒っぽく腕を引かれた。装いだけはスーツであるが、雰囲気からしてサラリーマンとは違う。凶器をチラつかせる男達に大人しく従って歩いた。
人気のない道を進まされ、少し開けた通りに出ると車が停まっているのが見えた。そこまで押され、無理やり押し込まれると同時に視界を覆い隠されている。布地のような袋を頭から被せられた。
依然として首には冷たさを感じる。抵抗はせずにシートに座り、車が動き出す音を聞いたが、ガタガタと時折揺れる以外の情報は何も入って来ない。
十数分かそれくらいだろう。しばらくすると車は止まり、引きずられるようにして外に出された。荒っぽい声とともに目隠しされたまま再び歩かされ、扉の開く音。すぐあとの、締まる音。足音がカツカツ響く。廊下か。おそらく。硬い床だ。
再びドアが開いたあと、背中をドンッと強引に押され、どこか、部屋の中央くらいでガクッと無理やり膝をつかされた。後ろ手に縛り上げられた手首。べたつく。粘着テープの類だ。それからようやく目隠しを取られ、パッと、視界が急に明るくなった。暗闇に慣れた目が眩む。僅かに目を細め、その先を見つめた。
最初に確認できたのは男二人。一人はソファーの中央に腰かけ、もう一人はそのそばに立っている。俺の背後にも未だに一人。チラリと斜め後ろに目をやれば、そこにももう二人控えていた。距離を取りつつ囲まれている。
この場所は広さがあるものの至って普通の部屋だった。ソファーがあり椅子があり、机があり、棚もあり、しかし普通じゃない物もある。
床に転がっていたのは鉄パイプ。似つかわしくないその物体は所々汚れていた。血痕、だと思う。そう古くはない。ついさっきまで誰かを殴りつけていたかのような。
至る所にそういう痕跡があった。床についた黒っぽい染み。何かの、割れたガラス片。それらが物々しく散らばっている。ここがどういう部屋であるのか、それによって自然と理解できた。
俺をじっと睨みつけている目の前の男二人のうち一人が、カツッとこちらに近寄った。短髪の男だ。脱ぎ捨てたジャケットの下に着崩したシャツを身に纏っている。
ソファーに腰掛けているもう一人の男はふんっとつまらなそうに鼻を鳴らして嘲るように俺を笑った。吊り目で、黒髪の。頬には小さな痣がある。様子からしてこの男が頭か。その隣で立っている短髪の男が二番格といったところだろう。俺の後ろの男に向けて、短髪がくいっと顎で示した。
「っぅ……」
ゴッと、うなじ目がけて振り下ろされた。短刀の柄だと理解する。鈍い痛みが圧し掛かり、間発入れずに横にいた男に腹を思いきりけり上げられ、避けられるはずもなく倒れ込みそうになったこの体。
しかしその前に短髪の男が胸倉を掴み上げてきた。無理やり立たされ、ソファーの前でガッと再び膝をつかされる。
目の前。痣の男を近くから見上げた。口角を吊り上げて見下ろしてくる。
「なんで連れてこられたかは分かるな」
「……知んねえよ」
瞬間、呼吸が途切れる。胸の上を蹴られた。
ソファーから立ち上がった男に髪を引っ掴まれて、ガツッと殴られた横っ面。口の中に血の味がジワリと滲んだ。
「生意気な口叩いてんじゃねえぞ」
ゴミでも放るように床に転がされた。それが合図になったかのように控えていた三人に蹴りつけられる。手加減のない暴力には咳き込む余裕すら与えられない。最初からしこたま痛めつけられ、しばらくしてそれが終わってもすぐには起き上がれなかった。
痣の男と短髪はそれをただ傍観していた。しばらくすると短髪が近づいてきて、再び俺を無理やり立たせると痣の男の前に押し出した。そいつの眉が僅かに動いたのを見る。
「クソ生意気な目ぇしやがって。竜崎の倅とそっくりだ」
苦々しく吐き捨てて男は俺の胸倉を掴んだ。
たぶん、こいつだ。昭仁さんが言っていたのは。かつて竜崎に潰された男。ギリっとその顔を睨みつけていた。横では短髪が低い声で言った。
「井口さん。ヤルんならとっとと済ませましょう。こんなガキ一人に時間とっても意味がねえ」
井口。そう呼ばれた痣の男は、ニヤッと笑って表情を歪めた。
「意味がねえ訳ねえだろうがよ、ああ? 大事にしてんだろこのガキを」
バッと胸ぐらを放された。ジロジロと品定めでもするかのようなその目。
「小綺麗な顔しやがってよぉ。その顔であの野郎に取り入ったか。それとも男の下が趣味なのか?」
後ろの三人が下品に笑った。ドス黒い感情が胸を占める。無言のまま井口を睨んでいると、俺の顔つきが気に入らなかったようで再び胸倉に手をかけてきた。
「どうした。言いてえ事があるなら言ってみろ」
「……クソ野郎」
ガツッと左頬に鈍く食い込む。両手が使えない不安定な体は簡単にバランスを崩した。井口は俺の首根っこを掴み、壁際まで歩いていった。
ガダッと叩きつけられた体。後ろで床についたこの手元にはガラスが触れる。あちこち散乱している。
鉄パイプを手に取った短髪は井口にそれをスッと差し出し、受け取った鉄の棒をこの男は迷わず振り上げた。
咄嗟に、逸らした。少しだけ。僅かに。ガァンッと、頭の左側に目頭が熱くなるような強い衝撃。
呻いたかもしれない。声すら出なかったかもしれない。気づくとこの体は割れたガラス片が散らばる床の上に倒れこんでいた。
左目のすぐ横を通って生温かいものが流れ伝った。気を抜けば失いそうな意識の中、聞こえたのは甲高い音。重い金属が硬質な床に打ちつけられて耳障りに響いた。
「クソガキがぁあッ!!」
床に突き立てられた鉄パイプ。顔の脇すれすれの位置で響いた音の余波を鳴らせていた。
頭上から俺を怒鳴り付け、井口は鉄パイプを床に投げ捨てた。カランッと重い音を聞く。その時にはまた掴みかかられ、容赦なく上体を起こされていた。床の上にはポタっと数滴、額から流れた血が落ちた。
「んなに死に急ぎてえかっ……!?」
間近から睨み殺される。手の下で散らばっているガラス片が指先に触れた。ピリッとした微かな痛みによって、酷く痛むこの頭でも意識を保ち続けられた。
まずいかもしれない。死ぬかもしれない。そんなことより、憤りが募ってくる。
所詮は低俗なチンピラだった。どこか冷静に井口を見たが、この男はそれにも気づかない。怒り狂ったかと思えば突如ふっと、顔を皮肉に歪めて笑った。
「あの野郎にもとうとう弱みができた」
井口の手が胸ぐらから離れた。倒れ込みそうな上体を気力で起こし、指先に触れていたガラスの中の、少し大きな一片を手繰り寄せた。
後ろ手で握った厚めのガラス片。乱雑に巻き付けられた粘着テープに、押し当てた。ぐっと。
「こっちは長いことブチ込まれてたんだ。あの野郎のおかげでな。そのツケ払わせんのは当然だろ」
ガンガンと頭が痛んだ。ガラス片は思うようにテープの表面を切らないが、鋭い切っ先は俺の手をギザギザと痛めつけている。破片を握りしめた指先の皮膚と、テープに擦り付けるのと一緒にガリガリ刻まれていく手首。
ビリッとした痛みは立て続けに起こるが、後ろ手で密かに繰り返した。井口はまだ気づいていない。
「恨むんならテメエと竜崎を恨め。あの野郎に関わっちまったことがテメエの運の尽きなんだからよ」
「はっ……ヤクザが言い訳かよみっともねえな」
その一言で後ろの三人が怒号とともに詰め寄ってきた。片手で井口はそれを制し、蔑むように睨み落としてくる。
「お前はあのガキが何しでかしたか知らねえんだろ。あいつはなぁ、極道のクズだ。あの野郎のせいでどんだけの組員が地獄見せられてきたと思う。ぽっと出のガキがイキがりやがって。思い出しただけでも胸くそわりぃ」
目元と、ガラス片を持つ指先にギリッと強く力がこもった。傷付いた皮膚から滲み出る血でガラス片が滑りやすくなる。それを強く握り直し、思うようには切れないテープにギザギザの先端を押し当てた。
「何様のつもりか知らねえが、なんの力もねえガキが。思い上がりもいいとこだ」
かつてメンツを潰された男が弱い犬のように吠えている。聞けば聞くほど、癪に障る。ガリッと皮膚ごとテープを刻んだ。
「……お前にあいつの何が分かる」
「あぁ?」
井口の突き刺さるような視線が向けられた。テープにできた裂け目に刃を引っかけ、左右外側に腕を突っぱねるように力を入れながら切り込みを深める。
後ろの男達も指示さえあれば俺を一瞬で取り囲むだろう。どうでもいい。こんなくだらない奴ら。こんな奴にあの男のことを好き勝手言わせていいはずがない。
「クズはお前だろ。ガキなのもお前だ。セコい手段しか取れねえテメエが何を吠えようとあいつには敵わねえ」
ガッ、とまた横っ面にきた。衝撃によってバランスを崩し、同時に蹴り込まれた脇腹の上。うっと呼吸がせき止められ、続けざまにまた蹴り飛ばされて弾かれた体は、床の上に。
派手にドガッと倒れ込む。その弾みで皮膚とともにガラスの角がテープをビッと裂いた。焼けつく痛みを感じながら左右の腕を外側に向けてできる限りの力を込める。
バリッと、引きちぎれた手首の拘束。怒号が上がるのを聞きながらガラス片を握りしめた。
無理やり足を立たせ、取り囲んできた男たち目がけて振り上げたこの腕。目の前の男の頬を破片の先がビュッと掠めた。一瞬引いたその腹を蹴り上げ、手の中からガラス片を放る。掴みかかってきた横の男の顔面は拳で捨て身に殴り込み、ガッと鈍く手にのしかかる。広い部屋の端から端まで連中の怒声が響きわたった。
たいした抵抗にはならない。分かってる。どうでもいい。殺されたって、これだけは言う。
「っ竜崎恭介はテメエらとはハナ格が違ぇんだよ……!!」
腹の底から叫び上げた。途端に、容赦なく強打された顔面。
ズサッと、背中から倒れ込む。三人の男と短髪が一斉に俺を取り囲み、全身を次々蹴り上げてくる。腕も足も背中も腹も、絶え間なく。
「ゲホッ……」
しばらくすれば衝撃はやみ、床にへばりついたまま動けない。ザリッと近付いてくる井口が視界に入った。
俺の顔近くにいた男がそれに合わせて場所を開け、そこにゆっくり立った井口はこの顔を見下ろした。
「ナメやがって」
「ぐっ……」
腹めがけて上から蹴られた。髪を引っ掴まれ、起こされた上体。直後に左頬を殴られて再びガクッと床に倒れた。
足で体を仰向けにされる。白くて高い天井を見た。上に向く視界にはすぐ井口の顔が入り込み、両膝で俺を跨ぐと上からヒュッと空気を切った。
ギリギリ真上で止められたそれ。喉元の、冷たい感触。食い込まされた鋭利な刃物は、切っ先が皮膚を微かに切り裂いた。
「殺してやるよ。竜崎タラし込んだその顔ズタズタに引き裂いてな。あの野郎の目の前に叩きつけてやる」
脅しじゃない。喉元に食い込む刃の先からはツツッと生温かい液体が流れた。
手は血まみれで、全身は鈍く痛んでいる。少しでも動けば喉を切り裂かれるだろう。
荒く胸を上下させながら、こんな時に頭に浮かんだのは三流雑誌。そこに掲載されていた、惨殺死体の白黒画像だ。
俺もああなるのかもしれない。悪いな。ごめん。またあんな顔をさせる。そうなった俺のことを、あいつは俺だと分かるだろうか。
「安心しろ。あの野郎もすぐにお前と同じ末路辿らせてやるからよ」
絶望が過ぎるせいか驚くほど頭は冷静だった。井口はそんな俺を見下し、卑劣に笑ってそう言った。
同じ末路。あの竜崎を。こんな、クズみてえなチンピラ風情が。
ほとんど無意識に冷笑が浮かぶ。喉元の刃物はより深く食い込んだ。
「……何がおかしい」
虫ケラだ。それ以下だ。こうも無様なヤクザが、何を言ってる。
「お前にやれると思ってんのか」
「なんだと……っ?」
「テメエみてえなハンパもんにあいつがやられる訳ねえだろうが。その程度の男じゃねえんだよ。そんなことも分かんねえのか」
言葉にすればより実感できる。その程度の男じゃない。
男達の怒声も、目の前で怨念のように歪んでいく井口の顔も、竜崎とは比べる意味すらない。
「俺をやりたきゃ好きにしろ。それであいつがどうにかなると本気で思ってんならな」
「ンだと……っ」
「竜崎に楯ついた時点でお前らもう終わってんだよ。俺と同じ道辿んのはお前だ」
「黙れッ……!!」
激しく感情を表したこの男。声を張り上げ、目を吊り上げ、俺の顔のすぐ真横で刃先を床につき刺した。
カンッと耳元で音を聞く。その柄をギリッと握りしめながら井口はこの顔を見下ろしていた。
「そんなに痛めつけられてえんなら望み通りじっくり殺してやる」
ガッと再び胸ぐらを掴まれた。無理やり立たされ、引き摺るようにしてデスクの方に歩かされる。腹ばいになるようにそこに押し付けられた。
「クソがっ!」
「ッ……」
襟首を掴んで引っ張り上げ、この体を固い机に打ち付けた。ダンっと大きな音が立つ。音に見合う衝撃が体に激しく伸し掛かる。ズルズル崩れ落ちる俺の体を、この男が床の上に薙ぎ捨てた。
「やれ」
その一言を合図にまたもや囲い込んできた四人。うつ伏せたこの体に四方から蹴りを入れられる。怒声とともに始まった袋叩き。これ以上の抵抗は無駄だ。それだけの力も体に入らない。
暴行が滅多刺しに変わるのはいつだろう。勝手に呻きが上がりながら頭の隅で考える。ゴッと、腹には重く入った。
「ッ……か、はっ…」
四人に足蹴にされる俺を頭上から井口が見下ろしてくる。不愉快な笑みをたたえ、鼻を鳴らして、この頭を踏みつけた。
「いいザマだなぁ、おい。竜崎にも見せてやりてえよ」
「ッ……っく……死、ね……外道っ……」
短髪の男が一際強く無防備な脇腹を蹴り上げた。食い込み、重くて声も出ない。喉の奥で小さく呻いた。頭の上の井口の靴底にはジリッと力が加えられる。
「っ……」
「ガキが」
その手には刃物が握られた。その足は俺の肩を蹴りつけ、三人は後ろへ下がり、短髪は井口のそばに控えた。
足でグイッと仰向けに倒され、ぜいぜいと肩を上下させる。俺の横に屈み込んだ井口。刃に照明の光が当たる。銀色に反射して、卑しい顔つきをそれが照らした。
最初はどこだろうか。こういう奴らのやり方は。目か、鼻か、口か、頬か。刃の側面の平たい箇所がススッと頬の上をなぞった。
そうか。もういい。目を閉じた。暗闇の中で浮かんだ竜崎に、悪いなと、口の中で呟く。
ガンッ……と。
部屋の中に響いた荒々しくけたたましい音。それを俺の耳が拾い上げ、パチッと目が開く。肉を抉る音とは違った。
ドアだ。蹴り開けられたそれ。目を向け、声を出そうとしたが音にはならない。そこにいた。ここにはいるはずのない、その姿。
「テメエ……」
井口の低い声とともに一斉に室内はざわついた。スーツを着た竜崎が、剥き出しの怒りをまとってこっちに真っすぐ詰め寄ってくる。井口は刃先を俺に向けたままその場から立ち上がった。
「竜崎……ノコノコ出てきやがったな」
睨み合う二人の間に男が一人割り込んだ。怒声を上げて竜崎に向かう。
「ガッ……」
直後床に崩れ落ちた、その男。竜崎はそいつをさらに蹴り飛ばし、這いつくばって呻いた男の背中を上から容赦なく踏み抜いた。そいつを足蹴にしたまま後ろの二人にスッと目を向け、そいつらがピタリと動きを止めると井口をギロッと再び睨んだ。
一撃だった。本能的に分かる。敵わない。全員がきっとそう思ったはず。しかし井口はすぐさまガッと俺の腕に掴みかかった。
立たされ、首筋にはまた硬質な冷たさ。竜崎の足はそこで止まった。
「……テメエの目的は俺だろ」
ようやく喋った竜崎の声は恐ろしいほどに冷たい。底から出るような低音に井口も息を呑んだのが分かる。今までの威勢を保たせるように苦々しく下品に笑った。
「弱みができた心境はどうだよ。ええ? 竜崎組の若頭様がお一人でご登場とは随分と熱の入れようじゃねえか」
下衆な脅しに竜崎の目が据わった。冷酷な顔をして、ジリッと重々しく踏み出た。
「おい、動くんじゃねえ。こいつがズタズタにされるとこ見てえのか」
「…………」
喉元にクッと食い込む。それを見て竜崎は再び足を止めた。味を占めた井口は短髪の男に目をやり、そいつが竜崎の前に出ると動ける二人も周りを取り囲んだ。
「ヘタに動いてみろ。お前の大事なもんが消えるぞ」
「聞くな竜崎っ」
叫べば後ろからガッと頭を押さえられ、瞬間目を剥いた竜崎を後ろの一人が蹴りつけた。それを振り返り、手足を防ぐも別の一人が鉄パイプを握った。竜崎の腰の位置目がけて思いきり振りかぶり、モロに食らったその直後には短髪が竜崎を取り押さえている。
そこからリンチが始まった。切り抜けられる。そのはずだ。しかし竜崎はそれをしない。俺がここにいるからだ。
「竜崎……ッ」
一人の拳を顔面に受けた。腹を蹴られても殴られても反撃はしない。まともに食らっていく。呻き声の一つも上げず、顔をしかめながら一方的な攻撃を浴びていた。
井口は笑いながらそれを見ている。竜崎は何をされてもただ耐えるだけ。
「おいおい、どうだ竜崎よぉ。テメエが仕出かしてくれたことはこんなもんじゃねえぞっ……!」
俺がいるからだ。反撃できない。されるがままの竜崎の後ろでは、短髪が懐に手を伸ばしてギラッと光る刃物を手にした。
駄目だ。咄嗟に体は前に出ていた。グッと自ら喉元の皮膚を刃に裂かせ、反動で井口の腕が一瞬引ける。
その手を凶器ごと鷲掴みにした。捻り上げる。無我夢中で。一瞬だけわずかに開いた隙間で肘を真後ろ目がけて押し曲げた。その体にガツッと、ぶち当たった感触。
「ぐッ……」
「竜崎ッ!」
「っ、のクソがぁあ……!!」
拘束から逃れると同時に向き直ってその手を押さえ込む。凶器を持った右手を俺が掴んでいるのを見た竜崎は、ザッと短髪が振り下ろしたドスを寸前のところで避けた。空を切った刃先は竜崎の黒いジャケットを掠めたが、直後に蹴り上げられたその足がドスを払い落している。
「ッ裕也!!」
こっちへ駆け寄ろうとした竜崎の腕にもう一人の男が掴みかかった。直後にそいつが蹴り飛ばされたのが、井口によって床になぎ倒された俺の目にもはっきり映った。
だがそれはすぐに遮られている。目の前に息巻いた井口が構えた。
「調子付きやがって……テメエから殺してやるッ」
ガンッと、井口の背後のデスクに鉄パイプが激しく投げ当てられた。竜崎だ。その後ろで全員倒れている。まっすぐ井口に突っ込んでいくとその勢いのまま顔面を殴り飛ばした。
鈍い音がバギッと耳に入る。後ろへ弾かれた井口の体はそこでまた数歩よろめくが、竜崎は俺に背を向けて井口の前に立ちはだかり、体勢を立て直すよりも前にさらにもう一発拳を入れた。
呻いた井口。その前に立ち、俺が目にしている竜崎の、背中。全身から滲み出るのは、紛れもない。それは殺意だ。
「調子付いてんのはテメエだ」
獣が唸るような低い声だった。ドスを手繰り寄せた井口の腕を片手で掴むなり捻り上げた。ぐあっと痛みで悲鳴を上げたその手からはカチャンと、刃物が落ちる。それを竜崎の足が蹴り飛ばした。
竜崎の手は続けざまに井口の後頭部を鷲掴みにしている。後ろのデスクに無理やり歩かせ、ガダンッ、と手加減なくその顔面を叩きつけた。
痛々しく響いた井口の呻き声は竜崎にも聞こえているはずだ。だが構わずその胸倉に掴みかかり、芯の凍えそうな声色で低く怒りを表した。
「くだらねえマネしやがって。ザコ共がいつまでもつけ上がってんじゃねえぞ」
「っ……クソがッ……!」
そこで井口の言葉が止まった。俺から竜崎はその後ろ姿しか見えないが、井口は確かに竜崎の顔を見上げて言葉をぴたりと詰まらせていた。想像できない。どんな顔をしているか。想像するのも、恐ろしい。
別人のようだった。声も、暴力的な動作も。黒服の竜崎から怒りの言葉が吐き出されれば、息をのむしかない。ほとんどそれはもう、畏怖だ。こいつらとは比べようもない。
そこからの竜崎は抑えていたものを爆発させるように暴力的な姿を見せた。残忍で、破壊するみたいに、井口を徹底して痛めつけている。
「……竜崎……」
何度も何度も執拗に井口を蹴り上げ、とうとう床に倒れたところで顔面にも鋭く蹴りを入れた。俺が呼び掛けても返事はない。扱っているのは人形かと思わせるほど、荒々しく、怒りに任せた行為だ。手加減も休むことも知らず、そこには怒り以外の感情がなかった。
後方では三人とも伸びている。最初にかかっていった男も未だに起き上がる気配はない。一人で、一瞬で、これをやった。そんな男がこの勢いで井口に暴行を続けたら、本当に死ぬ。それを思わせた。
殺す気だ。その背中から伝わる。見ていたくない。こんなの。これが、あいつか。
「竜崎ッ……」
叫んだ。しかし暴行は続く。井口はぐったりと床に突っ伏したが、その背後に竜崎が迫った。
「っ……竜崎……ッやめろ、竜崎……!!」
耐え切れずよろめく足で駆け寄り、ぐいっと腕を掴んだ。強引に横に回り込んで必死になって目を合わせる。その瞬間はっとしたように、竜崎の表情がいくらか変わった。
足元に転がる井口を少しの間立ち尽くして見ていた。それからようやく俺と向き合うと、表情を硬くさせてそっと溜め息をついた。
「……裕也」
俺をとらえた目が痛切に歪む。血の流れたこの額に、切り傷ができた首元。それらに視線を落としながら、躊躇いつつも俺の手をとった。
血塗れになったこの両手。触れるか触れないかくらいの手つきで、労わるようになぞっていく。
「……ごめん」
わずかに顔を伏せ、今までとは打って変わって弱々しい声だった。
悪いのは俺だ。こいつじゃない。それでも竜崎は悲しげな顔をして、痛々しい様子で口を開いた。
「俺は……」
しかしその時、竜崎がハッと俺の横の方に顔を向けた。視線を上げる。目に飛び込んでくる。蹴飛ばされた刃物が転がっていた位置から、突っ込んでくるそいつ。井口。手に握った銀色の刃先をこちらに向けながら突進してきた。
竜崎じゃない。その横の、俺に。
「死ねぇええッ……!!」
金切り声が立つ。無理だ。動けない。目を見開いた俺の体に、ドンッと重い衝撃が起こった。
「…………」
なにが。一瞬、理解できない。影ができた俺の目の前に、井口のその顔はなかった。
俺が見たのは竜崎の後姿だ。体に加わった重圧は、刃物の鋭いそれではない。竜崎の背と、こちらを庇うようにして後ろを覆い込んだその腕が、ぶつかってきた時の衝撃だった。
「りゅう……」
何が起きたかが分からない。それを徐々に理解して、サッと血の気が引いていく。
確かに、聞こえた。もう一つの音。身の毛のよだつような、鈍い音。鋭い凶器が肉を突き刺す、それが浮かぶような音を聞いた。
いま、次に聞いたのは高い音だ。ジリジリと後ろに引いていった井口の足元でカランッと、床に落ちた刃物の金属音。目を落とす。その刃の表面。赤だ。べっとりと血に染まっている。
井口は不気味な薄ら笑いを浮かべていた。その体のどこにも刺し傷はない。刃物のそば、床に落ちた血の痕は、竜崎から流れている。
「……っ」
目を見張った。息を呑む。一度だけまばたきをしたその瞬間には竜崎が足を踏み込んでいた。
直後には俺の目の前で殴り飛ばされた男が床に転がる。竜崎はそこでやめなかった。足元のドスを拾い上げ、井口の上にガッと馬乗りになった。振り上げる。刃物を持った、その手を。
「ッ……ギャァアア!!」
醜い叫びが耳をつんざいた。その時にはもう竜崎の手からは刃物が離れ、俺の目が見たのは井口の左手。掌の中心に刃が貫通して床に縫いとめられている。
竜崎は食い込んだ刃を容赦なく引き抜き、投げつけるようにして床に放り捨てた。ゆっくりと立ち上がる。鬼のように。眼下に収めた男の顔を、転がすようにガッと蹴りつけた。
小さく呻き、しかしそれ以上の反応はない。ゆらっとそこから一歩離れた竜崎。黒いジャケットでも明るいライトの下だから分かる。濡れて光っていた。右の脇腹の辺りが、どす黒く。ジャケットの下から覗くシャツには赤い染みが広がっていく。
動くとその度に、ポタッと落ちる。床の上が点々と赤くなった。
「っは……クソが……」
息を乱しながら毒づき、いくらか重心を左にずらして傷口を庇いながら立っている。いつ崩れてもおかしくない。前のめりに足をもつれさせながら駆け寄った。言葉も出ないまま。
しかしその時、ガウンッと。本能的に恐怖する音を聞いた。俺も竜崎も鋭くそこを向く。執念だけで身を起こしたような男が天井に向けて発砲した。
「っ……竜崎ッ」
叫んだ。だがすでに竜崎は飛び出している。それを待ち構えるように井口が狂った顔で銃を構えた。
「ッ竜崎ぃいい!!」
金切り声を打ち消す激しい発砲音がまた一つ。そこに突っ込み、三発目を撃たせるより早く竜崎の手が届いた。井口の手の中の銃を掴み上げ、その腕を上方に向けさせながら鳩尾に鋭く膝を、ガツッと。
重く入り、黒い銃は竜崎の手が容易く奪った。ほんの一瞬の出来事だ。井口の胸ぐらを掴み上げると銃口をその顎の下に押し当てた。
誰も動けない。井口も、俺もだ。手慣れたそれは紛い物などではなく、井口の目からは怒りの中にもはっきりとした恐怖が垣間見えた。それを竜崎はきつく見据えている。
「今すぐ選べ。ここから消え失せるか、ここで死ぬか」
他の奴らも床に転がったまま。短髪も気を失っていた。戦力になる奴は誰もいない。
負けは明らか。低く唸って井口は竜崎を睨みつけた。しかしその答えを待たず、井口から銃を離した竜崎。銃口は斜め下に向けられ、直後、バンッと銃声。強烈な悲鳴も。
「ッぁああ゛っ……ぁ、あ゛……ッ」
「どっちだって聞いてんだよ」
「クソ……っ、くそぉ……っ!!」
井口の太腿からは黒い血がダラダラと流れていた。その足を引き摺りながら顔を歪めて後退さっていく。痛みで悲鳴を上げながら、言葉にならない怨念をひたすら喚き散らしている。
竜崎はそれを見下しながら銃を後ろに投げ捨てた。ゆっくり近づき、途中で拾い上げた刃物。それを手にしたまま左手で井口の胸ぐらを掴み上げ、それまで喚いていたそいつはぐっと言葉を詰まらせた。
「分かんねえ野郎だな」
「ッ……!」
「選ばせてやってんだろうが」
「……っぐァア……ッ!!」
冷徹に低音を投げ落とした時には、撃たれたばかりの井口の太ももに刃物が真上から突き刺さっていた。グッと押し込まれてさらに叫びが上がる。そのまましばらく呻かせたのちに竜崎は躊躇なく刃物を引き抜き、床に投げ捨てるのと同時に井口の胸ぐらを突き放した。
「消えろ」
ドスっと、容赦なく鳩尾に食い込んだ竜崎の拳。それは今度こそ井口から意識そのものを奪い取った。
低い声はあまりにも、無情。崩れ落ちた男の体は床にグシャッと慈悲なく投げ捨てられた。無様に転がった男のその顔。竜崎はただ無言でその様子を上から眺めた。
「っ……」
「竜崎っ!!」
だが、そこで突如崩れた。張り詰めていた糸が切れたように竜崎が片膝を床につき、はっと我に返った俺もそばに駆け寄り膝をついた。
その手は脇腹を押さえている。ひどい出血なのが分かった。内側のシャツにじわじわ広がる赤い染みはどんどん大きくなっていく。
「竜崎……ッ」
「っ……いい……先、行け……逃げろ」
「何言ってんだよ! いいから立て……ッ」
歯を食いしばるその姿に焦った。竜崎の腕を肩に回させ、その体を支えながら二人で体勢を立て直した。
ドアを目指す。とにかくここを出なければ。震えそうになる足を進ませ、重い金属の扉を開いた。
部屋の明るさから逃れるようにして通路に出て、背後ではバタンとドアが閉まった。その時ガガッと感じた重み。肩に回させていた竜崎の腕が力なく背中を滑り落ちた。腕を伸ばすが掴みきれず、限界を迎えたその体がくずおれる瞬間を目の当たりにした。
「りゅうッ……」
膝をつき、背を支えて抱き起す。ドクドクと腹から溢れ出てくる真っ赤な血が止まらない。
脇腹を押えさる竜崎の手に、圧迫するように自分の手のひらを重ねた。防ごうとしても血は流れ出る。竜崎の手も俺の手も、どんどん赤く染まっていった。
呼吸は荒いのに浅く弱々しい。苦しげに肩を上下させながら、竜崎は顔を歪めて薄く笑った。
「は、はっ……ダッセ……」
「っ喋るな……おいっ、こんな所でくたばんじゃねえぞッ……」
竜崎の体は徐々に重くなっていく。腕に触れるその体温は急速に低くなっていく気がした。
外はどんどん騒がしくなる。震える手で竜崎を抱きとめていた。名前を呼べば辛うじて弱々しく頷き返してくる。だがその動きも次第に小さくなっていった。気力だけで意識を保っているようだった。
叫んだ。その名を。もう一度。竜崎は口元に無理やり笑みを作り、ぼやけたような目を俺に向けた。
「オトせてねえのに、死ねねえよな……」
血塗れたその手を強く握った。消え入りそうに掠れたその声。
「裕也……」
「分かった、もういいっ……もう喋んなッ」
傷口を押さえ、辺りを見回す。どうすればいい。ここから出るには。
外の騒がしさは一層増していた。サイレンの音。それが交じっている。それ以上に男達の物々しい声が大げさなほどに飛び交っていた。
多くの人の声と足音だ。部屋の近くまで迫ってくる。警察だ。それが頭をよぎるが、目の前が血に染まっている今、竜崎を抱えたまま動くことができない。
「おい! こっちだっ」
「ッ……!」
ハッと顔を上げた。通路の奥。曲がり角にその姿を捉えた。呼びかけてきたその声を裏付ける。昭仁さんだ。そこにいた。
暗い通路をこちらに向けて駆け寄ってくる。竜崎の状態を目にしてその顔は瞬時に険しくなったが、俺の反対側に回り込むと竜崎の体を支えた。
「昭仁さんっ、なんで……っ」
「出るぞ。ここもすぐにサツが流れ込んでくる」
訳も分からぬまま二人で竜崎を抱え起こした。昭仁さんに従い通路を進む。途中いくつかのドアを通り過ぎ、最後に入ったのは物置のような場所。その奥にあったドアを昭仁さんがガッと開けたその時、僅かに入り込んだ外の明かりで部屋の中が照らし出された。
大きな絵画が目に入った気がする。しかし振り返っている余裕はない。竜崎にはほとんど意識がなかった。裏口だったそのドアから外に出ると、途端にシンとした夜の空が広がる。
「っ竜崎……!」
とうとうその体がガクッと崩れた。両側から二人で支え直すが、危険な状態なのは何よりも明らか。
血が止まらない。体も冷たいと今ははっきりと分かる。命が尽きかける人間のそれだ。
「こんなっ、どうすりゃ……っ!!」
「落ち着け。とにかくウチまで運ぶ」
目指した道の先には車があった。あれに乗ると言う。中には誰の姿も確認できない。それが誰の車なのかも知らない。そんなことはどうでも良くて、竜崎を支えつつ車に向かいながら昭仁さんは誰かと連絡を取っていた。
O型がどうの。そんな声が耳に入ったが、肩にかかる重みにしか集中できない。その腕を離さないように掴んで歩いた。車までの少々の距離も長かった。
死ぬな。お前が自分で言った。俺はオチてない。ならば死ねない。
生きてちゃんと帰ってこないなら、お前の望みは叶えない。
バイト先の前の通りを一人でノロノロ歩きながら、何を考え、どう思えば良いのか、それがまるでわからない。
街灯の設置された道で足を進めていると、お決まりとなった昭仁さんからの着信をスマホが知らせた。それに応じて耳に当てれば、ほっとさせられるようなザワつきが電話の向こうから聞こえてくる。
『生きてるか?』
第一声は毎回同じ。習慣化したその台詞に思わず肩から力も抜けた。
「生きてるっての。昭仁さん少し過保護すぎねえ?」
『そうか? パパって呼んでもいいぜ』
「笑えねえから」
お兄ちゃんの次はパパときたか。この人なら隠し子の一人や二人いたとしてもおかしくないような気がする。
相変わらずの軽口に鬱々とした気分もいささか和らぐ。だがこの日昭仁さんが電話をしてきたのは、俺の安否確認以外にもう一つあったようだ。
『大丈夫か』
「……なんかあったのか?」
『この前話してた件だが、とりあえず取り仕切ってる人間は割り出せた』
「そうか……」
『恭介に昔潰された男だ』
あっさり告げられ、少しだけ戸惑う。俺が黙っていると昭仁さんは続けた。
『そいつは当時もドラッグ売り捌いて荒稼ぎしてた。人様のシマでな。それで恭介に反撃食らって、そのことが発端になって最近までブチ込まれてたようだ。前科一個増えるくらいのこと奴らにとっちゃなんでもねえがそのあとそいつは破門になってる。だから尻尾掴むにも手こずった』
どう答えていいか分からない。昭仁さんから前に聞いた話を思い出す。
竜崎恭介はあいつらにとって、許してはおけない男。
『今どこにいる。もうバイト上がってんだろ?』
「ああ……。もうすぐにそっち着く」
ようやくそれだけ答えながらいつもの細い道に入った。ここの通りは極端に明かりが少ない。暗い一本通りを進み、吹き抜けていった北からの風が体を掠めて体温を奪った。
「大丈夫だ。心配すんなよ。ヤバそうなのがいればすぐ分かる」
『本気でそうなったら全力で走れ。間違っても相手なんかすんじゃねえぞ』
「しねえって。本職には敵わないことくらい俺だって……」
分かっている。そう言いかけ、言葉を止めた。ジャリッと音を聞いた気がした。地面を擦る、靴音のような。
『どうした』
「……いや」
毎日通るこの道で、この時間帯に人と擦れ違うことは滅多にない。あの日竜崎に助けられた日、五人組から因縁をつけられた時だけだ。
後ろを振り返らずに歩いた。足音が徐々に近づいてくる。そう思ったのは気のせいではないようで、確かに数人分、背後に足音があった。
やや、速度を落としてみる。足を止めた。すると後ろのそれらもピタリと。俺が再び歩き出せば、いくつかの足音もまたついてくる。
「…………」
スマホ越しにあえて、話は続ける。ああとか、うんとか、短い返事を淡々と繰り返していた。昭仁さんはそれを不審に思ったのだろう。怪訝そうに呼び掛けてきた。
『裕也……?』
「…………」
答えられない。ほとんど真後ろに迫り来ている。足音が俺を追い越して通り過ぎていくことはなく、すぐ後ろについたところでピタリと歩調を合わせ始めた。
逃げるか。いや、よくない。へたに動いたら何をされるか。
『裕也……おい……。どうした』
全力で走れ。今しがた言われた。本当についさっき。
できることならば俺もそうしたい。でも遅かった。もう遅すぎる。走り出したら、その瞬間にやられる。
『…………裕也。まずい状況ならそのまま無言で返せ』
「…………」
『……分かった』
電話の向こうの声は冷静だが、そこには珍しく緊張が滲んでいるのも伝わってきた。その時にはもう足も止まっている。皮膚に感じた。左側の首筋。後ろから押しあてられていたのは、尖った刃物の冷たい切っ先。
くっと皮膚に食い込まされた。ここで少しでも動いたらまずい。手の中のスマホはすっと取り上げられ、地面に向かって投げ捨てられた。
首には変わらず、固く鋭い感触。スマホを捨てた奴ともう一人が、俺の前に回り込んできた。
「ついて来い。変な気起こしたらどうなるかは分かってんだろ」
ガッと荒っぽく腕を引かれた。装いだけはスーツであるが、雰囲気からしてサラリーマンとは違う。凶器をチラつかせる男達に大人しく従って歩いた。
人気のない道を進まされ、少し開けた通りに出ると車が停まっているのが見えた。そこまで押され、無理やり押し込まれると同時に視界を覆い隠されている。布地のような袋を頭から被せられた。
依然として首には冷たさを感じる。抵抗はせずにシートに座り、車が動き出す音を聞いたが、ガタガタと時折揺れる以外の情報は何も入って来ない。
十数分かそれくらいだろう。しばらくすると車は止まり、引きずられるようにして外に出された。荒っぽい声とともに目隠しされたまま再び歩かされ、扉の開く音。すぐあとの、締まる音。足音がカツカツ響く。廊下か。おそらく。硬い床だ。
再びドアが開いたあと、背中をドンッと強引に押され、どこか、部屋の中央くらいでガクッと無理やり膝をつかされた。後ろ手に縛り上げられた手首。べたつく。粘着テープの類だ。それからようやく目隠しを取られ、パッと、視界が急に明るくなった。暗闇に慣れた目が眩む。僅かに目を細め、その先を見つめた。
最初に確認できたのは男二人。一人はソファーの中央に腰かけ、もう一人はそのそばに立っている。俺の背後にも未だに一人。チラリと斜め後ろに目をやれば、そこにももう二人控えていた。距離を取りつつ囲まれている。
この場所は広さがあるものの至って普通の部屋だった。ソファーがあり椅子があり、机があり、棚もあり、しかし普通じゃない物もある。
床に転がっていたのは鉄パイプ。似つかわしくないその物体は所々汚れていた。血痕、だと思う。そう古くはない。ついさっきまで誰かを殴りつけていたかのような。
至る所にそういう痕跡があった。床についた黒っぽい染み。何かの、割れたガラス片。それらが物々しく散らばっている。ここがどういう部屋であるのか、それによって自然と理解できた。
俺をじっと睨みつけている目の前の男二人のうち一人が、カツッとこちらに近寄った。短髪の男だ。脱ぎ捨てたジャケットの下に着崩したシャツを身に纏っている。
ソファーに腰掛けているもう一人の男はふんっとつまらなそうに鼻を鳴らして嘲るように俺を笑った。吊り目で、黒髪の。頬には小さな痣がある。様子からしてこの男が頭か。その隣で立っている短髪の男が二番格といったところだろう。俺の後ろの男に向けて、短髪がくいっと顎で示した。
「っぅ……」
ゴッと、うなじ目がけて振り下ろされた。短刀の柄だと理解する。鈍い痛みが圧し掛かり、間発入れずに横にいた男に腹を思いきりけり上げられ、避けられるはずもなく倒れ込みそうになったこの体。
しかしその前に短髪の男が胸倉を掴み上げてきた。無理やり立たされ、ソファーの前でガッと再び膝をつかされる。
目の前。痣の男を近くから見上げた。口角を吊り上げて見下ろしてくる。
「なんで連れてこられたかは分かるな」
「……知んねえよ」
瞬間、呼吸が途切れる。胸の上を蹴られた。
ソファーから立ち上がった男に髪を引っ掴まれて、ガツッと殴られた横っ面。口の中に血の味がジワリと滲んだ。
「生意気な口叩いてんじゃねえぞ」
ゴミでも放るように床に転がされた。それが合図になったかのように控えていた三人に蹴りつけられる。手加減のない暴力には咳き込む余裕すら与えられない。最初からしこたま痛めつけられ、しばらくしてそれが終わってもすぐには起き上がれなかった。
痣の男と短髪はそれをただ傍観していた。しばらくすると短髪が近づいてきて、再び俺を無理やり立たせると痣の男の前に押し出した。そいつの眉が僅かに動いたのを見る。
「クソ生意気な目ぇしやがって。竜崎の倅とそっくりだ」
苦々しく吐き捨てて男は俺の胸倉を掴んだ。
たぶん、こいつだ。昭仁さんが言っていたのは。かつて竜崎に潰された男。ギリっとその顔を睨みつけていた。横では短髪が低い声で言った。
「井口さん。ヤルんならとっとと済ませましょう。こんなガキ一人に時間とっても意味がねえ」
井口。そう呼ばれた痣の男は、ニヤッと笑って表情を歪めた。
「意味がねえ訳ねえだろうがよ、ああ? 大事にしてんだろこのガキを」
バッと胸ぐらを放された。ジロジロと品定めでもするかのようなその目。
「小綺麗な顔しやがってよぉ。その顔であの野郎に取り入ったか。それとも男の下が趣味なのか?」
後ろの三人が下品に笑った。ドス黒い感情が胸を占める。無言のまま井口を睨んでいると、俺の顔つきが気に入らなかったようで再び胸倉に手をかけてきた。
「どうした。言いてえ事があるなら言ってみろ」
「……クソ野郎」
ガツッと左頬に鈍く食い込む。両手が使えない不安定な体は簡単にバランスを崩した。井口は俺の首根っこを掴み、壁際まで歩いていった。
ガダッと叩きつけられた体。後ろで床についたこの手元にはガラスが触れる。あちこち散乱している。
鉄パイプを手に取った短髪は井口にそれをスッと差し出し、受け取った鉄の棒をこの男は迷わず振り上げた。
咄嗟に、逸らした。少しだけ。僅かに。ガァンッと、頭の左側に目頭が熱くなるような強い衝撃。
呻いたかもしれない。声すら出なかったかもしれない。気づくとこの体は割れたガラス片が散らばる床の上に倒れこんでいた。
左目のすぐ横を通って生温かいものが流れ伝った。気を抜けば失いそうな意識の中、聞こえたのは甲高い音。重い金属が硬質な床に打ちつけられて耳障りに響いた。
「クソガキがぁあッ!!」
床に突き立てられた鉄パイプ。顔の脇すれすれの位置で響いた音の余波を鳴らせていた。
頭上から俺を怒鳴り付け、井口は鉄パイプを床に投げ捨てた。カランッと重い音を聞く。その時にはまた掴みかかられ、容赦なく上体を起こされていた。床の上にはポタっと数滴、額から流れた血が落ちた。
「んなに死に急ぎてえかっ……!?」
間近から睨み殺される。手の下で散らばっているガラス片が指先に触れた。ピリッとした微かな痛みによって、酷く痛むこの頭でも意識を保ち続けられた。
まずいかもしれない。死ぬかもしれない。そんなことより、憤りが募ってくる。
所詮は低俗なチンピラだった。どこか冷静に井口を見たが、この男はそれにも気づかない。怒り狂ったかと思えば突如ふっと、顔を皮肉に歪めて笑った。
「あの野郎にもとうとう弱みができた」
井口の手が胸ぐらから離れた。倒れ込みそうな上体を気力で起こし、指先に触れていたガラスの中の、少し大きな一片を手繰り寄せた。
後ろ手で握った厚めのガラス片。乱雑に巻き付けられた粘着テープに、押し当てた。ぐっと。
「こっちは長いことブチ込まれてたんだ。あの野郎のおかげでな。そのツケ払わせんのは当然だろ」
ガンガンと頭が痛んだ。ガラス片は思うようにテープの表面を切らないが、鋭い切っ先は俺の手をギザギザと痛めつけている。破片を握りしめた指先の皮膚と、テープに擦り付けるのと一緒にガリガリ刻まれていく手首。
ビリッとした痛みは立て続けに起こるが、後ろ手で密かに繰り返した。井口はまだ気づいていない。
「恨むんならテメエと竜崎を恨め。あの野郎に関わっちまったことがテメエの運の尽きなんだからよ」
「はっ……ヤクザが言い訳かよみっともねえな」
その一言で後ろの三人が怒号とともに詰め寄ってきた。片手で井口はそれを制し、蔑むように睨み落としてくる。
「お前はあのガキが何しでかしたか知らねえんだろ。あいつはなぁ、極道のクズだ。あの野郎のせいでどんだけの組員が地獄見せられてきたと思う。ぽっと出のガキがイキがりやがって。思い出しただけでも胸くそわりぃ」
目元と、ガラス片を持つ指先にギリッと強く力がこもった。傷付いた皮膚から滲み出る血でガラス片が滑りやすくなる。それを強く握り直し、思うようには切れないテープにギザギザの先端を押し当てた。
「何様のつもりか知らねえが、なんの力もねえガキが。思い上がりもいいとこだ」
かつてメンツを潰された男が弱い犬のように吠えている。聞けば聞くほど、癪に障る。ガリッと皮膚ごとテープを刻んだ。
「……お前にあいつの何が分かる」
「あぁ?」
井口の突き刺さるような視線が向けられた。テープにできた裂け目に刃を引っかけ、左右外側に腕を突っぱねるように力を入れながら切り込みを深める。
後ろの男達も指示さえあれば俺を一瞬で取り囲むだろう。どうでもいい。こんなくだらない奴ら。こんな奴にあの男のことを好き勝手言わせていいはずがない。
「クズはお前だろ。ガキなのもお前だ。セコい手段しか取れねえテメエが何を吠えようとあいつには敵わねえ」
ガッ、とまた横っ面にきた。衝撃によってバランスを崩し、同時に蹴り込まれた脇腹の上。うっと呼吸がせき止められ、続けざまにまた蹴り飛ばされて弾かれた体は、床の上に。
派手にドガッと倒れ込む。その弾みで皮膚とともにガラスの角がテープをビッと裂いた。焼けつく痛みを感じながら左右の腕を外側に向けてできる限りの力を込める。
バリッと、引きちぎれた手首の拘束。怒号が上がるのを聞きながらガラス片を握りしめた。
無理やり足を立たせ、取り囲んできた男たち目がけて振り上げたこの腕。目の前の男の頬を破片の先がビュッと掠めた。一瞬引いたその腹を蹴り上げ、手の中からガラス片を放る。掴みかかってきた横の男の顔面は拳で捨て身に殴り込み、ガッと鈍く手にのしかかる。広い部屋の端から端まで連中の怒声が響きわたった。
たいした抵抗にはならない。分かってる。どうでもいい。殺されたって、これだけは言う。
「っ竜崎恭介はテメエらとはハナ格が違ぇんだよ……!!」
腹の底から叫び上げた。途端に、容赦なく強打された顔面。
ズサッと、背中から倒れ込む。三人の男と短髪が一斉に俺を取り囲み、全身を次々蹴り上げてくる。腕も足も背中も腹も、絶え間なく。
「ゲホッ……」
しばらくすれば衝撃はやみ、床にへばりついたまま動けない。ザリッと近付いてくる井口が視界に入った。
俺の顔近くにいた男がそれに合わせて場所を開け、そこにゆっくり立った井口はこの顔を見下ろした。
「ナメやがって」
「ぐっ……」
腹めがけて上から蹴られた。髪を引っ掴まれ、起こされた上体。直後に左頬を殴られて再びガクッと床に倒れた。
足で体を仰向けにされる。白くて高い天井を見た。上に向く視界にはすぐ井口の顔が入り込み、両膝で俺を跨ぐと上からヒュッと空気を切った。
ギリギリ真上で止められたそれ。喉元の、冷たい感触。食い込まされた鋭利な刃物は、切っ先が皮膚を微かに切り裂いた。
「殺してやるよ。竜崎タラし込んだその顔ズタズタに引き裂いてな。あの野郎の目の前に叩きつけてやる」
脅しじゃない。喉元に食い込む刃の先からはツツッと生温かい液体が流れた。
手は血まみれで、全身は鈍く痛んでいる。少しでも動けば喉を切り裂かれるだろう。
荒く胸を上下させながら、こんな時に頭に浮かんだのは三流雑誌。そこに掲載されていた、惨殺死体の白黒画像だ。
俺もああなるのかもしれない。悪いな。ごめん。またあんな顔をさせる。そうなった俺のことを、あいつは俺だと分かるだろうか。
「安心しろ。あの野郎もすぐにお前と同じ末路辿らせてやるからよ」
絶望が過ぎるせいか驚くほど頭は冷静だった。井口はそんな俺を見下し、卑劣に笑ってそう言った。
同じ末路。あの竜崎を。こんな、クズみてえなチンピラ風情が。
ほとんど無意識に冷笑が浮かぶ。喉元の刃物はより深く食い込んだ。
「……何がおかしい」
虫ケラだ。それ以下だ。こうも無様なヤクザが、何を言ってる。
「お前にやれると思ってんのか」
「なんだと……っ?」
「テメエみてえなハンパもんにあいつがやられる訳ねえだろうが。その程度の男じゃねえんだよ。そんなことも分かんねえのか」
言葉にすればより実感できる。その程度の男じゃない。
男達の怒声も、目の前で怨念のように歪んでいく井口の顔も、竜崎とは比べる意味すらない。
「俺をやりたきゃ好きにしろ。それであいつがどうにかなると本気で思ってんならな」
「ンだと……っ」
「竜崎に楯ついた時点でお前らもう終わってんだよ。俺と同じ道辿んのはお前だ」
「黙れッ……!!」
激しく感情を表したこの男。声を張り上げ、目を吊り上げ、俺の顔のすぐ真横で刃先を床につき刺した。
カンッと耳元で音を聞く。その柄をギリッと握りしめながら井口はこの顔を見下ろしていた。
「そんなに痛めつけられてえんなら望み通りじっくり殺してやる」
ガッと再び胸ぐらを掴まれた。無理やり立たされ、引き摺るようにしてデスクの方に歩かされる。腹ばいになるようにそこに押し付けられた。
「クソがっ!」
「ッ……」
襟首を掴んで引っ張り上げ、この体を固い机に打ち付けた。ダンっと大きな音が立つ。音に見合う衝撃が体に激しく伸し掛かる。ズルズル崩れ落ちる俺の体を、この男が床の上に薙ぎ捨てた。
「やれ」
その一言を合図にまたもや囲い込んできた四人。うつ伏せたこの体に四方から蹴りを入れられる。怒声とともに始まった袋叩き。これ以上の抵抗は無駄だ。それだけの力も体に入らない。
暴行が滅多刺しに変わるのはいつだろう。勝手に呻きが上がりながら頭の隅で考える。ゴッと、腹には重く入った。
「ッ……か、はっ…」
四人に足蹴にされる俺を頭上から井口が見下ろしてくる。不愉快な笑みをたたえ、鼻を鳴らして、この頭を踏みつけた。
「いいザマだなぁ、おい。竜崎にも見せてやりてえよ」
「ッ……っく……死、ね……外道っ……」
短髪の男が一際強く無防備な脇腹を蹴り上げた。食い込み、重くて声も出ない。喉の奥で小さく呻いた。頭の上の井口の靴底にはジリッと力が加えられる。
「っ……」
「ガキが」
その手には刃物が握られた。その足は俺の肩を蹴りつけ、三人は後ろへ下がり、短髪は井口のそばに控えた。
足でグイッと仰向けに倒され、ぜいぜいと肩を上下させる。俺の横に屈み込んだ井口。刃に照明の光が当たる。銀色に反射して、卑しい顔つきをそれが照らした。
最初はどこだろうか。こういう奴らのやり方は。目か、鼻か、口か、頬か。刃の側面の平たい箇所がススッと頬の上をなぞった。
そうか。もういい。目を閉じた。暗闇の中で浮かんだ竜崎に、悪いなと、口の中で呟く。
ガンッ……と。
部屋の中に響いた荒々しくけたたましい音。それを俺の耳が拾い上げ、パチッと目が開く。肉を抉る音とは違った。
ドアだ。蹴り開けられたそれ。目を向け、声を出そうとしたが音にはならない。そこにいた。ここにはいるはずのない、その姿。
「テメエ……」
井口の低い声とともに一斉に室内はざわついた。スーツを着た竜崎が、剥き出しの怒りをまとってこっちに真っすぐ詰め寄ってくる。井口は刃先を俺に向けたままその場から立ち上がった。
「竜崎……ノコノコ出てきやがったな」
睨み合う二人の間に男が一人割り込んだ。怒声を上げて竜崎に向かう。
「ガッ……」
直後床に崩れ落ちた、その男。竜崎はそいつをさらに蹴り飛ばし、這いつくばって呻いた男の背中を上から容赦なく踏み抜いた。そいつを足蹴にしたまま後ろの二人にスッと目を向け、そいつらがピタリと動きを止めると井口をギロッと再び睨んだ。
一撃だった。本能的に分かる。敵わない。全員がきっとそう思ったはず。しかし井口はすぐさまガッと俺の腕に掴みかかった。
立たされ、首筋にはまた硬質な冷たさ。竜崎の足はそこで止まった。
「……テメエの目的は俺だろ」
ようやく喋った竜崎の声は恐ろしいほどに冷たい。底から出るような低音に井口も息を呑んだのが分かる。今までの威勢を保たせるように苦々しく下品に笑った。
「弱みができた心境はどうだよ。ええ? 竜崎組の若頭様がお一人でご登場とは随分と熱の入れようじゃねえか」
下衆な脅しに竜崎の目が据わった。冷酷な顔をして、ジリッと重々しく踏み出た。
「おい、動くんじゃねえ。こいつがズタズタにされるとこ見てえのか」
「…………」
喉元にクッと食い込む。それを見て竜崎は再び足を止めた。味を占めた井口は短髪の男に目をやり、そいつが竜崎の前に出ると動ける二人も周りを取り囲んだ。
「ヘタに動いてみろ。お前の大事なもんが消えるぞ」
「聞くな竜崎っ」
叫べば後ろからガッと頭を押さえられ、瞬間目を剥いた竜崎を後ろの一人が蹴りつけた。それを振り返り、手足を防ぐも別の一人が鉄パイプを握った。竜崎の腰の位置目がけて思いきり振りかぶり、モロに食らったその直後には短髪が竜崎を取り押さえている。
そこからリンチが始まった。切り抜けられる。そのはずだ。しかし竜崎はそれをしない。俺がここにいるからだ。
「竜崎……ッ」
一人の拳を顔面に受けた。腹を蹴られても殴られても反撃はしない。まともに食らっていく。呻き声の一つも上げず、顔をしかめながら一方的な攻撃を浴びていた。
井口は笑いながらそれを見ている。竜崎は何をされてもただ耐えるだけ。
「おいおい、どうだ竜崎よぉ。テメエが仕出かしてくれたことはこんなもんじゃねえぞっ……!」
俺がいるからだ。反撃できない。されるがままの竜崎の後ろでは、短髪が懐に手を伸ばしてギラッと光る刃物を手にした。
駄目だ。咄嗟に体は前に出ていた。グッと自ら喉元の皮膚を刃に裂かせ、反動で井口の腕が一瞬引ける。
その手を凶器ごと鷲掴みにした。捻り上げる。無我夢中で。一瞬だけわずかに開いた隙間で肘を真後ろ目がけて押し曲げた。その体にガツッと、ぶち当たった感触。
「ぐッ……」
「竜崎ッ!」
「っ、のクソがぁあ……!!」
拘束から逃れると同時に向き直ってその手を押さえ込む。凶器を持った右手を俺が掴んでいるのを見た竜崎は、ザッと短髪が振り下ろしたドスを寸前のところで避けた。空を切った刃先は竜崎の黒いジャケットを掠めたが、直後に蹴り上げられたその足がドスを払い落している。
「ッ裕也!!」
こっちへ駆け寄ろうとした竜崎の腕にもう一人の男が掴みかかった。直後にそいつが蹴り飛ばされたのが、井口によって床になぎ倒された俺の目にもはっきり映った。
だがそれはすぐに遮られている。目の前に息巻いた井口が構えた。
「調子付きやがって……テメエから殺してやるッ」
ガンッと、井口の背後のデスクに鉄パイプが激しく投げ当てられた。竜崎だ。その後ろで全員倒れている。まっすぐ井口に突っ込んでいくとその勢いのまま顔面を殴り飛ばした。
鈍い音がバギッと耳に入る。後ろへ弾かれた井口の体はそこでまた数歩よろめくが、竜崎は俺に背を向けて井口の前に立ちはだかり、体勢を立て直すよりも前にさらにもう一発拳を入れた。
呻いた井口。その前に立ち、俺が目にしている竜崎の、背中。全身から滲み出るのは、紛れもない。それは殺意だ。
「調子付いてんのはテメエだ」
獣が唸るような低い声だった。ドスを手繰り寄せた井口の腕を片手で掴むなり捻り上げた。ぐあっと痛みで悲鳴を上げたその手からはカチャンと、刃物が落ちる。それを竜崎の足が蹴り飛ばした。
竜崎の手は続けざまに井口の後頭部を鷲掴みにしている。後ろのデスクに無理やり歩かせ、ガダンッ、と手加減なくその顔面を叩きつけた。
痛々しく響いた井口の呻き声は竜崎にも聞こえているはずだ。だが構わずその胸倉に掴みかかり、芯の凍えそうな声色で低く怒りを表した。
「くだらねえマネしやがって。ザコ共がいつまでもつけ上がってんじゃねえぞ」
「っ……クソがッ……!」
そこで井口の言葉が止まった。俺から竜崎はその後ろ姿しか見えないが、井口は確かに竜崎の顔を見上げて言葉をぴたりと詰まらせていた。想像できない。どんな顔をしているか。想像するのも、恐ろしい。
別人のようだった。声も、暴力的な動作も。黒服の竜崎から怒りの言葉が吐き出されれば、息をのむしかない。ほとんどそれはもう、畏怖だ。こいつらとは比べようもない。
そこからの竜崎は抑えていたものを爆発させるように暴力的な姿を見せた。残忍で、破壊するみたいに、井口を徹底して痛めつけている。
「……竜崎……」
何度も何度も執拗に井口を蹴り上げ、とうとう床に倒れたところで顔面にも鋭く蹴りを入れた。俺が呼び掛けても返事はない。扱っているのは人形かと思わせるほど、荒々しく、怒りに任せた行為だ。手加減も休むことも知らず、そこには怒り以外の感情がなかった。
後方では三人とも伸びている。最初にかかっていった男も未だに起き上がる気配はない。一人で、一瞬で、これをやった。そんな男がこの勢いで井口に暴行を続けたら、本当に死ぬ。それを思わせた。
殺す気だ。その背中から伝わる。見ていたくない。こんなの。これが、あいつか。
「竜崎ッ……」
叫んだ。しかし暴行は続く。井口はぐったりと床に突っ伏したが、その背後に竜崎が迫った。
「っ……竜崎……ッやめろ、竜崎……!!」
耐え切れずよろめく足で駆け寄り、ぐいっと腕を掴んだ。強引に横に回り込んで必死になって目を合わせる。その瞬間はっとしたように、竜崎の表情がいくらか変わった。
足元に転がる井口を少しの間立ち尽くして見ていた。それからようやく俺と向き合うと、表情を硬くさせてそっと溜め息をついた。
「……裕也」
俺をとらえた目が痛切に歪む。血の流れたこの額に、切り傷ができた首元。それらに視線を落としながら、躊躇いつつも俺の手をとった。
血塗れになったこの両手。触れるか触れないかくらいの手つきで、労わるようになぞっていく。
「……ごめん」
わずかに顔を伏せ、今までとは打って変わって弱々しい声だった。
悪いのは俺だ。こいつじゃない。それでも竜崎は悲しげな顔をして、痛々しい様子で口を開いた。
「俺は……」
しかしその時、竜崎がハッと俺の横の方に顔を向けた。視線を上げる。目に飛び込んでくる。蹴飛ばされた刃物が転がっていた位置から、突っ込んでくるそいつ。井口。手に握った銀色の刃先をこちらに向けながら突進してきた。
竜崎じゃない。その横の、俺に。
「死ねぇええッ……!!」
金切り声が立つ。無理だ。動けない。目を見開いた俺の体に、ドンッと重い衝撃が起こった。
「…………」
なにが。一瞬、理解できない。影ができた俺の目の前に、井口のその顔はなかった。
俺が見たのは竜崎の後姿だ。体に加わった重圧は、刃物の鋭いそれではない。竜崎の背と、こちらを庇うようにして後ろを覆い込んだその腕が、ぶつかってきた時の衝撃だった。
「りゅう……」
何が起きたかが分からない。それを徐々に理解して、サッと血の気が引いていく。
確かに、聞こえた。もう一つの音。身の毛のよだつような、鈍い音。鋭い凶器が肉を突き刺す、それが浮かぶような音を聞いた。
いま、次に聞いたのは高い音だ。ジリジリと後ろに引いていった井口の足元でカランッと、床に落ちた刃物の金属音。目を落とす。その刃の表面。赤だ。べっとりと血に染まっている。
井口は不気味な薄ら笑いを浮かべていた。その体のどこにも刺し傷はない。刃物のそば、床に落ちた血の痕は、竜崎から流れている。
「……っ」
目を見張った。息を呑む。一度だけまばたきをしたその瞬間には竜崎が足を踏み込んでいた。
直後には俺の目の前で殴り飛ばされた男が床に転がる。竜崎はそこでやめなかった。足元のドスを拾い上げ、井口の上にガッと馬乗りになった。振り上げる。刃物を持った、その手を。
「ッ……ギャァアア!!」
醜い叫びが耳をつんざいた。その時にはもう竜崎の手からは刃物が離れ、俺の目が見たのは井口の左手。掌の中心に刃が貫通して床に縫いとめられている。
竜崎は食い込んだ刃を容赦なく引き抜き、投げつけるようにして床に放り捨てた。ゆっくりと立ち上がる。鬼のように。眼下に収めた男の顔を、転がすようにガッと蹴りつけた。
小さく呻き、しかしそれ以上の反応はない。ゆらっとそこから一歩離れた竜崎。黒いジャケットでも明るいライトの下だから分かる。濡れて光っていた。右の脇腹の辺りが、どす黒く。ジャケットの下から覗くシャツには赤い染みが広がっていく。
動くとその度に、ポタッと落ちる。床の上が点々と赤くなった。
「っは……クソが……」
息を乱しながら毒づき、いくらか重心を左にずらして傷口を庇いながら立っている。いつ崩れてもおかしくない。前のめりに足をもつれさせながら駆け寄った。言葉も出ないまま。
しかしその時、ガウンッと。本能的に恐怖する音を聞いた。俺も竜崎も鋭くそこを向く。執念だけで身を起こしたような男が天井に向けて発砲した。
「っ……竜崎ッ」
叫んだ。だがすでに竜崎は飛び出している。それを待ち構えるように井口が狂った顔で銃を構えた。
「ッ竜崎ぃいい!!」
金切り声を打ち消す激しい発砲音がまた一つ。そこに突っ込み、三発目を撃たせるより早く竜崎の手が届いた。井口の手の中の銃を掴み上げ、その腕を上方に向けさせながら鳩尾に鋭く膝を、ガツッと。
重く入り、黒い銃は竜崎の手が容易く奪った。ほんの一瞬の出来事だ。井口の胸ぐらを掴み上げると銃口をその顎の下に押し当てた。
誰も動けない。井口も、俺もだ。手慣れたそれは紛い物などではなく、井口の目からは怒りの中にもはっきりとした恐怖が垣間見えた。それを竜崎はきつく見据えている。
「今すぐ選べ。ここから消え失せるか、ここで死ぬか」
他の奴らも床に転がったまま。短髪も気を失っていた。戦力になる奴は誰もいない。
負けは明らか。低く唸って井口は竜崎を睨みつけた。しかしその答えを待たず、井口から銃を離した竜崎。銃口は斜め下に向けられ、直後、バンッと銃声。強烈な悲鳴も。
「ッぁああ゛っ……ぁ、あ゛……ッ」
「どっちだって聞いてんだよ」
「クソ……っ、くそぉ……っ!!」
井口の太腿からは黒い血がダラダラと流れていた。その足を引き摺りながら顔を歪めて後退さっていく。痛みで悲鳴を上げながら、言葉にならない怨念をひたすら喚き散らしている。
竜崎はそれを見下しながら銃を後ろに投げ捨てた。ゆっくり近づき、途中で拾い上げた刃物。それを手にしたまま左手で井口の胸ぐらを掴み上げ、それまで喚いていたそいつはぐっと言葉を詰まらせた。
「分かんねえ野郎だな」
「ッ……!」
「選ばせてやってんだろうが」
「……っぐァア……ッ!!」
冷徹に低音を投げ落とした時には、撃たれたばかりの井口の太ももに刃物が真上から突き刺さっていた。グッと押し込まれてさらに叫びが上がる。そのまましばらく呻かせたのちに竜崎は躊躇なく刃物を引き抜き、床に投げ捨てるのと同時に井口の胸ぐらを突き放した。
「消えろ」
ドスっと、容赦なく鳩尾に食い込んだ竜崎の拳。それは今度こそ井口から意識そのものを奪い取った。
低い声はあまりにも、無情。崩れ落ちた男の体は床にグシャッと慈悲なく投げ捨てられた。無様に転がった男のその顔。竜崎はただ無言でその様子を上から眺めた。
「っ……」
「竜崎っ!!」
だが、そこで突如崩れた。張り詰めていた糸が切れたように竜崎が片膝を床につき、はっと我に返った俺もそばに駆け寄り膝をついた。
その手は脇腹を押さえている。ひどい出血なのが分かった。内側のシャツにじわじわ広がる赤い染みはどんどん大きくなっていく。
「竜崎……ッ」
「っ……いい……先、行け……逃げろ」
「何言ってんだよ! いいから立て……ッ」
歯を食いしばるその姿に焦った。竜崎の腕を肩に回させ、その体を支えながら二人で体勢を立て直した。
ドアを目指す。とにかくここを出なければ。震えそうになる足を進ませ、重い金属の扉を開いた。
部屋の明るさから逃れるようにして通路に出て、背後ではバタンとドアが閉まった。その時ガガッと感じた重み。肩に回させていた竜崎の腕が力なく背中を滑り落ちた。腕を伸ばすが掴みきれず、限界を迎えたその体がくずおれる瞬間を目の当たりにした。
「りゅうッ……」
膝をつき、背を支えて抱き起す。ドクドクと腹から溢れ出てくる真っ赤な血が止まらない。
脇腹を押えさる竜崎の手に、圧迫するように自分の手のひらを重ねた。防ごうとしても血は流れ出る。竜崎の手も俺の手も、どんどん赤く染まっていった。
呼吸は荒いのに浅く弱々しい。苦しげに肩を上下させながら、竜崎は顔を歪めて薄く笑った。
「は、はっ……ダッセ……」
「っ喋るな……おいっ、こんな所でくたばんじゃねえぞッ……」
竜崎の体は徐々に重くなっていく。腕に触れるその体温は急速に低くなっていく気がした。
外はどんどん騒がしくなる。震える手で竜崎を抱きとめていた。名前を呼べば辛うじて弱々しく頷き返してくる。だがその動きも次第に小さくなっていった。気力だけで意識を保っているようだった。
叫んだ。その名を。もう一度。竜崎は口元に無理やり笑みを作り、ぼやけたような目を俺に向けた。
「オトせてねえのに、死ねねえよな……」
血塗れたその手を強く握った。消え入りそうに掠れたその声。
「裕也……」
「分かった、もういいっ……もう喋んなッ」
傷口を押さえ、辺りを見回す。どうすればいい。ここから出るには。
外の騒がしさは一層増していた。サイレンの音。それが交じっている。それ以上に男達の物々しい声が大げさなほどに飛び交っていた。
多くの人の声と足音だ。部屋の近くまで迫ってくる。警察だ。それが頭をよぎるが、目の前が血に染まっている今、竜崎を抱えたまま動くことができない。
「おい! こっちだっ」
「ッ……!」
ハッと顔を上げた。通路の奥。曲がり角にその姿を捉えた。呼びかけてきたその声を裏付ける。昭仁さんだ。そこにいた。
暗い通路をこちらに向けて駆け寄ってくる。竜崎の状態を目にしてその顔は瞬時に険しくなったが、俺の反対側に回り込むと竜崎の体を支えた。
「昭仁さんっ、なんで……っ」
「出るぞ。ここもすぐにサツが流れ込んでくる」
訳も分からぬまま二人で竜崎を抱え起こした。昭仁さんに従い通路を進む。途中いくつかのドアを通り過ぎ、最後に入ったのは物置のような場所。その奥にあったドアを昭仁さんがガッと開けたその時、僅かに入り込んだ外の明かりで部屋の中が照らし出された。
大きな絵画が目に入った気がする。しかし振り返っている余裕はない。竜崎にはほとんど意識がなかった。裏口だったそのドアから外に出ると、途端にシンとした夜の空が広がる。
「っ竜崎……!」
とうとうその体がガクッと崩れた。両側から二人で支え直すが、危険な状態なのは何よりも明らか。
血が止まらない。体も冷たいと今ははっきりと分かる。命が尽きかける人間のそれだ。
「こんなっ、どうすりゃ……っ!!」
「落ち着け。とにかくウチまで運ぶ」
目指した道の先には車があった。あれに乗ると言う。中には誰の姿も確認できない。それが誰の車なのかも知らない。そんなことはどうでも良くて、竜崎を支えつつ車に向かいながら昭仁さんは誰かと連絡を取っていた。
O型がどうの。そんな声が耳に入ったが、肩にかかる重みにしか集中できない。その腕を離さないように掴んで歩いた。車までの少々の距離も長かった。
死ぬな。お前が自分で言った。俺はオチてない。ならば死ねない。
生きてちゃんと帰ってこないなら、お前の望みは叶えない。
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