たとえクソガキと罵られても

わこ

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12.信じられる人Ⅱ

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「これは俺が口を出すべき事じゃねえが、高校はやめるなよ」

 その日の晩に夕食を作っていると、キッチンに入って来た比内さんがさり気なくそう言った。後ろを振り返ったら比内さんは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出している。
 いつまで行こうかと考えていた。だから言葉が出なかった。間抜けに突っ立つ俺の頭にはポフっと大きな手が乗った。

「やめる必要はない。それだけは一応言っておく」
「…………」

 撫でたのだか叩いだのだか良く分からないその動作。俺の考えは見抜かれていた。比内さんはなんでもお見通しだ。

 呑気に高校生活なんて送っていられる立場ではない。やめたい訳ではもちろんないけど退学せざるを得ないだろう。退学届の保護者欄の記名と捺印はどうにでもごまかせる。しかし同意の確認として親との対話を求められたらどう説明すればいいかと。そんな事を悩んでいたタイミングで学校はやめるなと言われてしまった。

 あいつらは俺に金を返せと迫った。何度も執拗に追い立てられた。返済は義務だと怒鳴りつけながら。
 けれどあの事務所の中で、比内さんは俺に言った。全部取り返してやると。払ってきた利息も全て、借金そのもの、丸ごと全部、取られたものを取り返してくると。

 法律と判例から見ても、あいつらとの契約はそもそも無効になるらしい。無効とはつまり最初から全て何もなかったという事になる。そのため払った利息は戻って来るし、一方で不法原因給付に該当する元本の返還義務は生じない。
 俺にはピンとこない話だったがそれが比内さんの出した結論だ。金を返す必要なんてない。不必要な支払いをしてきたのだから金が戻るのも当たり前。その時の俺は耳を疑った。

「余計なことは考えなくていい。お前は自分のやるべき事をやれ」

 ペットボトルを持った比内さんは俺に背を向けてダイニングから出ていった。家に帰ってきてからも比内さんの仕事は続いていた。
 閉められてしまったドアを見つめる。夕食が出来上がるまで比内さんは書斎から出てこないだろう。

 抜け出す術さえ知っていればどうにでもなる。俺は知らなかった。比内さんは知っていた。たったそれだけの違いしかないが、たったそれだけの違いによってここまで大きな結果の差が出る。

 俺はなんて無力なんだろう。俺になんの力もないから母さんは一人で逃げた。
 誰かの助けを借りなければ、まともに生きる事もできないなんて。
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