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64.誰が死んでも世界はまわるⅡ
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比内法律事務所では外部にいる各分野の専門家と繫がりを持っている。反対に外部の専門家から比内法律事務所に話が来る事もある。
たとえば有馬先生であれば、個人的に連絡を取れる警察検察関係者が何人かいる。表立って仲良くするようなことはないけど、必要に応じて必要な事を。
中川さんの場合で言うなら法人まわりのツテが多い。会社設立だの事業承継だのを得意とする士業ネットワークを築いているみたいだから、この前のハイヒール強制が嫌いな依頼人も登記やなんかのプロに依頼したようだ。
法人の設立手続きならば中川さんももちろんできるはず。でも仕業には士業のちょっとした棲み分けみたいなものもあるらしい。その間や、あるいはその後の相談があれば、詐欺モードのキラキラ中川さんがしっかりと応じるだろうから関りは途絶えないけど。
しかしそれらは弁護士さん個人のツテだ。事務所として公式に協力関係のアピールをしているわけではない。
税理士とか行政書士とか社労士とか仕業系の仕事は色々。そういう事務所ホームページを観察してみると、提携先をデカデカと表示して頼れるアピールや安心感PRをしているところも諸々あるが、比内法律事務所はあくまで比内法律事務所だ。
それがなぜなのか比内さんにいつだったか聞いてみたところ、
「餅は餅屋ってのはその通りなんだが、この辺は何かとめんどくせえんだよ。非弁提携なんかはその典型だ。ついうっかり弁護士法にでも抵触してみろ。一発で詰む」
とのことだったが、棒付きキャンディ咥えながらそれを横で聞いていた中川さん曰く、
「なーにをカッコつけちゃってんのさ。キミはただ単にコミュ障なだけでしょー」
と横槍を入れて雑な暴行を受けていた。
中川さんにも有馬先生にも各方面に色んな繫がりがある。それは比内さんも同様に。
では、あの人はなんだったのだろう。比内さんがショウジと呼んでいた。あの人が調べた情報であれば確かだとも言っていた。あの男性は、一体どういう。
「……まあいいか」
比内さんがあの場に呼んだという事は少なからず信用のある人物だ。比内さんが信用している人なら、俺が気にするような事じゃない。
どういう人かは分からなくても何をしてくれた人かは知っている。あの男性は俺の母さんがどこにいるか探し当ててくれた人だ。なんだ、だったら恩人じゃないか。恩のある人がまた一人増えた。
たとえ偉大な人が死んでも明日は滞りなくやって来る。凄い人ですらそうなんだから、無意味でちっぽけな俺の都合で世の中が止まることなどない。
俺達は働きバチと同じだ。自分が死んでも他がいる。誰かが死んでも世界はまわる。
それはとても寂しいけれど、生きている生き物を生かす仕組みだ。俺はまだまだ生きているから、単なる仕組みの一部だろうとも死ぬまでは歩いていかないとならない。
比内さんの執務室の前にてコンコンコンとノックした。入れという簡潔な応答を聞いて、ガチャリと開いた部屋のドア。
「失礼します。比内さん、こちらまとめ終わった資料です。他に何かありますか」
「いいや」
「では七瀬さんのメモの指示に移ります」
「ああ。頼んだ」
俺がやれる事と言えば相変わらずで、ほとんどの業務もほぼほぼ定律。比内さんからの申しつけも日々の雑事も終えた後は七瀬さんの指示を受けるのが常。
しかし今七瀬さんは有馬先生とともに依頼人の所に出向いているので、これやっておいてねリストにこの後は従う。七瀬さんの指示はメモであっても簡潔で端的で分かりやすいので俺にもちゃんと作業ができる。それもいつも通りだからすぐにでも退出すべきなのだが、下がる間際に机の前から、比内さんの顔をチラ見した。
そんな些細な視線さえも捉えるのが比内さんだ。案の定気づかれ、ふっとこっちを見上げてくるヘーゼルのその目。
「なんだ」
「……いえ」
「そうかよ。ならボサッとしてねえでさっさと働け時給ドロボー」
「は、はいッ!」
口も態度も悪いけど、本当に最後まで俺を見捨てなかった。何度も助けてくれたこの人の、暴言を受けてそそくさと部屋を出てきた。
前だけ見てろなんてつまらない事を言わないのが比内さんだ。俺の後見人で、居候先の主で、バイト先の雇用主で、厳しくて、優しい人。
足元見られるのが嫌ならせめてシケたツラは晒すな。かつて比内さんはショボくれていた俺にそう言った。だからシケたツラは晒さない。そのためには俺も働きバチになる。だって死ぬまでは世界の一部だ。
シケたツラを晒さないように、後ろばっかりはもう見ない。
たとえば有馬先生であれば、個人的に連絡を取れる警察検察関係者が何人かいる。表立って仲良くするようなことはないけど、必要に応じて必要な事を。
中川さんの場合で言うなら法人まわりのツテが多い。会社設立だの事業承継だのを得意とする士業ネットワークを築いているみたいだから、この前のハイヒール強制が嫌いな依頼人も登記やなんかのプロに依頼したようだ。
法人の設立手続きならば中川さんももちろんできるはず。でも仕業には士業のちょっとした棲み分けみたいなものもあるらしい。その間や、あるいはその後の相談があれば、詐欺モードのキラキラ中川さんがしっかりと応じるだろうから関りは途絶えないけど。
しかしそれらは弁護士さん個人のツテだ。事務所として公式に協力関係のアピールをしているわけではない。
税理士とか行政書士とか社労士とか仕業系の仕事は色々。そういう事務所ホームページを観察してみると、提携先をデカデカと表示して頼れるアピールや安心感PRをしているところも諸々あるが、比内法律事務所はあくまで比内法律事務所だ。
それがなぜなのか比内さんにいつだったか聞いてみたところ、
「餅は餅屋ってのはその通りなんだが、この辺は何かとめんどくせえんだよ。非弁提携なんかはその典型だ。ついうっかり弁護士法にでも抵触してみろ。一発で詰む」
とのことだったが、棒付きキャンディ咥えながらそれを横で聞いていた中川さん曰く、
「なーにをカッコつけちゃってんのさ。キミはただ単にコミュ障なだけでしょー」
と横槍を入れて雑な暴行を受けていた。
中川さんにも有馬先生にも各方面に色んな繫がりがある。それは比内さんも同様に。
では、あの人はなんだったのだろう。比内さんがショウジと呼んでいた。あの人が調べた情報であれば確かだとも言っていた。あの男性は、一体どういう。
「……まあいいか」
比内さんがあの場に呼んだという事は少なからず信用のある人物だ。比内さんが信用している人なら、俺が気にするような事じゃない。
どういう人かは分からなくても何をしてくれた人かは知っている。あの男性は俺の母さんがどこにいるか探し当ててくれた人だ。なんだ、だったら恩人じゃないか。恩のある人がまた一人増えた。
たとえ偉大な人が死んでも明日は滞りなくやって来る。凄い人ですらそうなんだから、無意味でちっぽけな俺の都合で世の中が止まることなどない。
俺達は働きバチと同じだ。自分が死んでも他がいる。誰かが死んでも世界はまわる。
それはとても寂しいけれど、生きている生き物を生かす仕組みだ。俺はまだまだ生きているから、単なる仕組みの一部だろうとも死ぬまでは歩いていかないとならない。
比内さんの執務室の前にてコンコンコンとノックした。入れという簡潔な応答を聞いて、ガチャリと開いた部屋のドア。
「失礼します。比内さん、こちらまとめ終わった資料です。他に何かありますか」
「いいや」
「では七瀬さんのメモの指示に移ります」
「ああ。頼んだ」
俺がやれる事と言えば相変わらずで、ほとんどの業務もほぼほぼ定律。比内さんからの申しつけも日々の雑事も終えた後は七瀬さんの指示を受けるのが常。
しかし今七瀬さんは有馬先生とともに依頼人の所に出向いているので、これやっておいてねリストにこの後は従う。七瀬さんの指示はメモであっても簡潔で端的で分かりやすいので俺にもちゃんと作業ができる。それもいつも通りだからすぐにでも退出すべきなのだが、下がる間際に机の前から、比内さんの顔をチラ見した。
そんな些細な視線さえも捉えるのが比内さんだ。案の定気づかれ、ふっとこっちを見上げてくるヘーゼルのその目。
「なんだ」
「……いえ」
「そうかよ。ならボサッとしてねえでさっさと働け時給ドロボー」
「は、はいッ!」
口も態度も悪いけど、本当に最後まで俺を見捨てなかった。何度も助けてくれたこの人の、暴言を受けてそそくさと部屋を出てきた。
前だけ見てろなんてつまらない事を言わないのが比内さんだ。俺の後見人で、居候先の主で、バイト先の雇用主で、厳しくて、優しい人。
足元見られるのが嫌ならせめてシケたツラは晒すな。かつて比内さんはショボくれていた俺にそう言った。だからシケたツラは晒さない。そのためには俺も働きバチになる。だって死ぬまでは世界の一部だ。
シケたツラを晒さないように、後ろばっかりはもう見ない。
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