たとえクソガキと罵られても

わこ

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53.猫にはなんの罪もないⅢ

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 今夜はエビグラタンにした。ちょうどよく焼き上がった納得の夕食。
 こんがりしているパン粉とチーズにフォークをサクッと入れた比内さんは、一拍置いてから顔を上げた。

「……おいガキ」
「はい?」
「お前明日ヒマか」
「あ、はい。暇ですが」
「そうか。ならちょっと付き合え」
「へ?」
「クソ野郎にイチャモンつけられた不運な保護団体に金を落としに行く」





 そうしてやって来た土曜日。
 今日は変な客もいない。平和でのほほんとした保護猫カフェのフロアにて、なぜか比内さんと一緒に色とりどりのモフモフと遊んでいる今。

「陽向。これで猫のオヤツ好きなだけ買ってこい。オモチャレンタルも大量にしてこい」
「は……あの……」
「いいから行ってこい。俺はいま動けねえ」
「あぁ……そのようで……」

 比内さんの膝の上にはハチワレ猫と黒猫の二匹が。周りはサバトラとキジトラと白と三毛の猫計四匹に囲まれている。六匹全員リラックスしているから身動きして退かすのも可哀想。

 言われた通りにおやつ購入とオモチャレンタルをしてきてからまた比内さんの所に戻った。六匹だった猫は八匹に増えていた。
 比内さんは事務所にやって来た依頼人にはたまにビビられてしまうけれども猫はむしろどんどん寄ってくる。もう一匹テトテトやってきた茶トラは、比内さん周辺が満員なのを見ると俺の足に頭を擦りつけた。そして鳴いた。にゃあ。

 たとえ代用品にされたとしても可愛い。その場にゆっくり下ろしたこの腰。モフッと手にすり寄ってきたから、顎の下をくいくい撫でた。

「…………」

 かわいい。

「あの……質問いいですか」
「なんだ」
「……なぜ突然、ここに……」

 構ってくれる茶トラを右手で撫でつつ、大量の猫で大変なことになっている比内さんにそれとなく声をかけた。
 おやつとオモチャを俺から受け取りながら、視線はニャア達に向けたまま返してくる。

「物好きなガキが妙な話聞かせてきたせいだろうがよ。あの後ここのホームページを見た」
「あ……そう、ですか」
「猫カフェの運営による収支までガッツリ公開してある」
「収支……」
「必要経費以外はほとんど猫のためだけに使われてるようだ」
「はぁ……」
「つまりここで落とした金は間接的な寄付になる。こんな善良な保護団体に金使わねえでどこで使えばいい」
「…………」

 中川さんがここにいなくてよかった。腹抱えて指さして笑ってキレられてバチクソに暴行されただろう。ここでそんな事やったら出禁だ。
 群がってくるモフモフに順番におやつをあげていく比内さんは、黒猫の頭を撫でつつ言った。

「猫の保護行為には人間のエゴがまみれてるんだとよ」
「え……?」
「絶滅危惧種を見守るのとは状況が違ぇ。だとしても活動は続けていくそうだ。たとえどんなに猫の恨みを買ってでも」
「…………」
「お前もきっと見てんだろ」

 見た。晃とここを訪れる前に。全てホームページで表明してあった。

 保護猫にも地域猫にも集めた金で手術を施す。そうする事によって可哀想な猫が生まれてこないようにする。
 多頭飼育崩壊なんてものが起きるのは人間の無知と身勝手のせいで、増えられすぎると困るというのもただただ人間の都合でしかない。人気のある種類の猫は、人間が手ずから繁殖させるのに。

 助けてくれてありがとう。そんな感謝は間違っても猫に求めない。そんなのはただの傲慢であって、手術は動物の本能を強制的に遮断させる行為だ。
 増えたがる生き物をこっちの都合で押さえつけている。怖い思いや痛い思いをしながら殺される子を減らすためだとしても、猫にとっての幸せが何か、そんなのその猫にしか分からない。幸せなどというあまりにも不確かで曖昧でしかないものを、人間が決めつけていい事ではない。それを自覚したうえで保護を続ける。

 そういうのが書いてあった。猫好きや同じ保護猫団体であっても、一部からはもしかすると反対意見が出るもしれない。おそらくは出るだろう。こんな事を言われてしまったら一定数は機嫌を損ねる。
 それでもあえて、そう記してあった。

「この場所にケチ付けていい誰かがいるとしたらそれは人間じゃねえ。文句を言えるのは猫だけだ」

 頼まれてもいないのに、子孫を残せない体にさせる。それがどういうことなのか。美味しいゴハンや安全なベッドと引き換えに、生き物として当然の権利と自由を奪い去る残虐な行為だ。
 彼らの家族になってくれる人達は、それを心に留める人であってほしい。ここまでは明言していないけど、たぶんそういう意味なのだろう。

 未来の里親や猫カフェの客にただ媚びを売りたいだけなら、エゴである、などといかにも反感を買いやすい直接的な言い方でわざわざ表明する必要はない。
 この考えが正しいと言いたいわけじゃないだろう。合っているか間違っているか、白黒つける意図もないのだろう。見た人自身がここに共感できると、自分で選択するか否かだ。
 靴下でモメるような人間は、初めからお呼びじゃなかった。

「ああ、あとお前も自分で食いたいもん好きなだけ食っていいぞ。パンケーキ頼むなら死んでも目を離すな」
「あ、はい」

 ここはワンドリンク制だけど、カフェと言うだけあって人間のフードメニューもしっかり揃っている。特性パンケーキが人気らしい。
 しかしここにいる何匹かの猫はそのパンケーキに興味津々。味見したいのかなんなのか、注文したお客がいると毎度隙を狙い続けるらしい。

 人の使う甘味料を与えてはいけない。人間の食べ物を覚えさせてはいけない。新しい家族が見つかる未来もあるから、仲良く暮らしていけるようにテーブルに飛び乗るのはいけない事だとここで教える必要がある。
 それがここのカフェの方針。人間用のフードメニューがテーブルに乗っているときは、特に注意を払うようにここでは来店客にお願いしている。靴下のお願いに難癖付けるような奴が、それを尊重するはずもないだろう。

 あの時あの靴下男に困惑していた店員さんは、今日も受付でお客の案内をしていた。丁寧で物腰柔らかな対応を、今日は俺も受けられた。
 客ではないあの客はどうなっただろう。たぶんここには入れてもらえなかったと思う。それでしょうもないグチを拡散したとして、鵜呑みにする人が一部にはいたとしても、そうじゃない客はここに変わらず来るだろう。今この空間はとても和やかだ。

「……次はまた晃とも来てみようと思います」

 どうやら晃も猫派らしい。先日のおしゃれな猫カフェでそれは十分よく分かったから、今度はここにまた一緒に来よう。
 モフモフと撫でていた黒猫からふいっと視線を上げて、比内さんもうなずいた。

「そうしろ。必要なら軍資金は出す」
「え……」

 比内さんが支援したい場所が、できてしまったかもしれない。
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