たとえクソガキと罵られても

わこ

文字の大きさ
上 下
37 / 69

37.城塞の危機Ⅰ

しおりを挟む
「んんんっまー! 最っ高……!!」
「お口に合って良かったです」

 鍋敷きの上の耐熱皿にフォークをカツカツ突っ込みながら中川さんがモグモグしている。
 満足そうな中川さんとは対照的に、俺は少々ハラハラしている。

 ここは比内さんの家だ。その比内さんはまだ帰ってきていない。主不在の家の中で中川さんはパクパクそれを食っている。
 もしかすると味が物足りないかもしれないので、マヨネーズを出した小皿と醤油差しをダイニングテーブルに置いた。中川さんはさっそく軽快な動作でフォークにマヨネーズを掬わせている。

「比内は毎日こんなゴハン食えて幸せだよね。てかグラタン手作りする男子高校生なんているんだ」
「グラタンと言ってもこれは簡易版ですが」

 堂々とグラタンと呼べるかどうかは微妙なところだ。
 ホワイトソースを作る時間はなかったので代用として豆腐と卵。ジャガイモとブロッコリーとマッシュルームを大まかにゴロッと入れて、チーズとパン粉でごまかしてあるだけの完全な手抜き料理だ。

 慌てて追加で作ったグラタンもどきとは別に、ちゃんと夕食の準備は進めている。
 比内さんは今夜も少し遅くなるそうだ。事務所を出てくる前に夕食は先に食っていろと言われていた。

 待たなくていい。分かりました。簡潔なやり取りののちに比内さんの執務室を後にしようとしたその時、外からガチャリと開かれたドア。顔をのぞかせたのは中川さんだ。
 今日は俺ももう上がるねー、おつかれー。そこまで言い終えるまでに二秒強。返事も聞かずにバタンとドアが閉められるまでには一秒弱。
 着席したままビキッと眉間を寄せていた比内さんとは正反対に、ドアの外からはおつかれーおつかれーと七瀬さんと長谷川さんに言って回る明るい声が響いていた。

 そうやっていち早く事務所を出てきた中川さんは現在、比内さんの家でご飯を食べている。

「他の具材でもこういうの作れたりする?」
「ええ、はい。これなら大体は同じ感じでいけると思います」
「普段はどういうの作るの? 和? 洋? 中?」
「ああ……色々ですね。その日安い食材に合わせて」
「その年で家計のやりくりまで頭に入れてんのか。すげえな」

 何せ人様から結構な額の金を預けられているもので。
 ハハッと乾いた笑いで適当に返した俺を気にすることなく、中川さんは大きめのブロッコリーにたっぷりのマヨネーズを付けていた。

「比内はご飯のリクエストとかしてくる?」
「いえ、そういうのは……。はっきりした好みはよく分からないので好きそうかなってものを中心に」
「家計のこと考えてる上に家主の好みまで気使ってんの? そんなんで自分が食べたいものちゃんと食えてる?」
「俺は食えさえすればなんでも大丈夫です」
「十六の男が何言ってんだい。もうちょっと欲深くなっときなって。少年の健気な答えなんか聞かされてお兄さんは今にもボロボロ泣きそうだ」

 ボロボロ泣きそうな割に食事の手は止まらない。ブロッコリーのモフッとした上の部分だけを半端にかじり、フォークに突き刺さった下半分にもさらにまたマヨネーズをつけていた。
 マヨネーズ追加しよう。冷蔵庫に行こうとしたところで言われた。

「陽向は学校でモテるでしょ」

 唐突にそんなことを。思わず振り向く。

「……え?」
「若いのにこんなに気が利いて品があって優しくてそのうえ顔もいいとか最高じゃないか。俺がクラスの女子なら放っとかないよ」
「え……いえ。いえいえ。全然」
「謙遜しちゃってぇ」
「いえ、本当に」
「またまたー」
「…………」

 人生でモテた事なんてない。そもそも女子と関わる事があまりない。
 晃がいなければ男友達すらちゃんとできていたか自信がないほどだ。

「陽向はまだまだ将来が楽しみなタイプだよね。つーかクソ嫌味なほどのモデル体型な野郎が近くにいるから気づきにくいけど陽向も結構背ぇ伸びたよなあ、ほんの半年で。少年の成長はあっという間だよ。制服とかキツくなってない? 大丈夫?」
「あ、はい。最初にちょっと大きめで作ったので」
「そうかそうか。もし窮屈になったら比内に新しいの買わせればいいさ」
「…………」

 グラタンもどきをパクパクしながら恐ろしい事を言ってくる。聞かなかったことにしてマヨネーズを取りに行った。
 ついでにウーロン茶も一緒に出すと、すかさずゴクゴク飲んでいた。この数分で体内の塩分濃度はかなり増しただろうからな。

「将来はごはん屋さん出しなよ。うん、それがいい。開業までは俺が全面サポートするからドンと任せて」
「どこの胡散臭いコンサルだテメエは」

 すぐ近くから聞こえた低い声。俺も中川さんも顔を上げた。帰ってきた比内さんがダイニングテーブルに向って歩いてくる。
 なんだか最近こういうの多いな。ちなみに昨日のあのプリンは二個とも俺が食ったのだが濃厚でとても美味かった。

 ここからリビングのドアは死角になっていて見えない。しかし比内さんからすれば、ドアを開けたところから中川さんの声ははっきり聞こえていただろう。
 聞こえていたことを分かっているはずの中川さんはなんのそので、左手を上げてヒラッと振りながら気にせずフォークにブロッコリーを刺した。

「やっほー比内。お邪魔してるよ」
「勝手にお邪魔してんじゃねえ。なぜお前がウチで飯を食ってる」
「いやもう聞いてよ、陽向ってば気が利くんだから。お腹減ったなーって俺がちょーっと言い続けてたらパパッとこれ作ってくれてさ」
「それでテメエだけなんか食ってんのか。ウチのガキに何させてんだ」
「比内のご飯は今作ってくれてるから大丈夫だよ」
「帰れ」

 比内さんと俺の晩ごはんは小あじの南蛮漬けがメインだ。

「遅くなるとか言ってたくせになんかずいぶん早くない?」
「お前のあの帰り方を見て嫌な予感がしたもんでな。ウチの中に害虫が入り込んでたら蹴り出してやろうと思って早々に切り上げてきた」
「心配しすぎだよー。こんな綺麗な家に虫なんか湧かないって」
「やっぱ蹴り殺すことにする」

 真後ろから睨み落とされても中川さんは食い続けていた。うんざりしたようにイライラと息をつき、比内さんの目はこっちに。

「おい。こいつが来ても家に入れるなと前に言っといただろ」
「すみません……スーパーでお会いしまして……」
「…………」

 比内さんの顔が殊更にイラっとした。俺のハラハラは的中してしまったようだ。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...