たとえクソガキと罵られても

わこ

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24.学校のダチⅡ

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 高校を度々休んでいたせいで出席日数はギリギリのライン。今年度中は何があっても学校を休む事はできない。居候生活が始まった頃は大量に出された補習課題を一問解くのさえやっとのことで、俺を置いて進んでいく授業について行くのは楽じゃなかった。
 それでも今はだいぶ取り戻せたとは思う。テストで赤点は取らないだろう程度のレベルまではなんとか追いつけた。
 一人だったらこうはなっていない。でも俺には助けてくれる奴がいた。学校の教師よりもその辺の塾講師よりも、格段に教え方の上手い奴だ。



「今度の土日空いてる?」
「土日?」
「ウチで期末対策しない? 直前すぎるけど」

 テストは次の月曜から始まる。

「泊まり来いよ」

 学校から駅までの道を二人で並んで歩きながら、晃はそう言って俺を誘った。
 なんてタイムリーな話だろう。比内さんにボッチ疑惑を掛けられた翌日にこの提案。

「家の人に迷惑じゃない……?」
「全然。いま親どっちもいないし」
「晃のうちって自営って言ってたっけ?」
「そうそう。今週もなんか展示会があるとかなんとか言ってたと思う」

 親の商売には興味がないようだ。雑で適当な答えに笑った。
 晃は最初からこういう奴だった。学校に来たり来なくなったり時たま怪我をして登校したり、どう見たって怪しかった俺に何を聞いてくるでもなく、こっちの事情には一切触れずにいつもさり気なく手を貸してくれる。
 勉強になんとか追いつけたのも間違いなく晃のおかげだ。ある日唐突に前の席からクルッとこっちを振り向いたこいつが、これまでの分のノート貸そうかと言ってくれたのが始まりだった。
 俺が藤波で晃が葉山で、たまたま名前順で座席の位置がそう配置されていただけだ。けれど俺の前にいるのがもしも晃以外の誰かだったら、比内さんから心配されたようにクラスで浮いていたのは確実。

「来いよ。二人とも来週まで帰ってこないから」
「うーん……じゃあ行こうかな」
「おう。決まりな」

 ニコッとしたその笑い方は裏がなくて人好きされそう。壁は感じない。いつでも気さく。かと言って必要以上の馴れ馴れしさはない。晃と一緒にいる時は楽だ。
 駅前には俺達と同じ制服姿の人間も多い。遊べるような店も場所もこの近辺にはほとんどないからみんな真っ直ぐ駅に入っていく。俺達もその中に紛れた。

「あとで住所だけ送っといてもらえる?」
「駅まで迎え行くよ。ウチの周りちょっと分かりにくいんだ。着いたら連絡して」
「ん。分かった」

 比内さんのマンションの最寄り駅まではここから一駅。晃が降りるのはその次だ。
 昨日比内さんに言われるまでは全く自覚がなかったが、ウチの中がああなってからは友達と遊ぶこともなかった。そんな余裕がある訳なかった。その余裕が今はある。ホームに入ってくる見慣れた電車を晃の横で眺めながら、怒声を浴びせられる事もなければ暴行を受けることもない日常をじんわり実感させられた。
 週末に学校の友達と遊ぶ。友達の家に泊まって一緒に試験対策をやる。
 ごくごく普通のことでしかない。それでもほっとしたような溜め息を、ついてしまうには十分だった。

「どした?」
「……ううん。なんでもない」

 俺が取り返してもらったのは、温度のない札束だけじゃない。





***





「お前さっきからなんで白菜と葛切りばっか食ってんだ」
「え、すみません。葛切りが好きなんです」
「好きなもん食えばいいと思うがお前はもっと肉も食え。育て」

 小鉢にモリモリ肉をよそられた。その上には肉団子がボンボン乗っかる。
 隣に座っている俺の世話をせっせと焼く比内さんを、微笑ましそうな顔をして見守っているのは中川さん。そしてその横の朝比奈先生。テーブルの向こう側で同じ鍋をつついている二人はさっきからホッコリとにこやかだ。

「……笑ってんじゃねえよテメエら。このヒョロヒョロとした貧相なガキをよく見てみろ。何も笑えねえだろうが」

 ひどい。そこまでヒョロヒョロしていない。
 モデル顔負けの体形を誇る大人に思いっきり貶された俺を援護してくれるのも中川さんだ。

「言うほど陽向は小さくないでしょ。十六歳ならこんなもんだよ。これからまた急ににょきっと伸びるかもしれないし」
「ウチのガキをタケノコみてえに言うな」

 まだもう少し伸びてほしいところだがそんな劇的には伸びないと思う。



 鍋パーティー開催中のここは比内さんの家のリビング。テーブルの前をエル字型に囲っていたふかふかのソファーを、比内さんの視線も気にせず無造作にザザッと床の上で引きずって避けたのもやはりと言うべきかこの人しかいない。中川さんだ。床が傷付かなかったのは幸いだった。
 勝手に作り出されたお座りスペースで四人揃ってラグに腰を下ろしてテーブルを囲うこと三十分少々。鍋パーティーの発案者は中川さんだったらしいが朝比奈先生も意外とよく食べる。先生は鶏肉が好きっぽい。さっきから黙々と食っている。

「でもさあ、みんなで鍋ってやっぱいいよね」
「何もよくねえよ。人んちにぞろぞろ集まりやがって」
「二人で鍋つついても寂しいでしょ。っていうか比内と二人で鍋つつく羽目になったらただただ陽向が可哀想でしょ」
「鍋をやる予定はそもそもなかった」
「とか言いつつ比内さっきからめっちゃ肉団子食ってんじゃん。これ全部俺と先生が買ってきたってこと忘れないでよね」
「この家に食材を持ち込んだ時点でそれらは全て俺の物だ」
「弁護士が言っていいセリフじゃねえよ」

 みんなで鍋しよう。仕事中に突如明るく中川さんが言い出したらしい。
 有馬さんには秒で断られたそうで七瀬さんには他に予定があって長谷川さんも彼女とデート。比内さんも当然ふざけんじゃねえとその場で言い放ったそうだが、そこは怖いものなしの中川さんだ。比内さんを無視して事務所を飛び出し、朝比奈先生を誘ってきたと言う。

 今夜は鍋パだよ、イェーイっ。
 なんの前置きもなく中川さんから電話越しで言われたのは夕方のことだ。晃より一足先に電車を降りて、駅の改札を抜けた時だった。
 必要な物は全部こっちで用意していくから任せて。あ、ちなみに比内もちゃんと了解してるから大丈夫だよ。安心してね。
 なんて言っていたのに。半信半疑ながらもスーパーには寄らずマンションに帰って待っていたのに。
 夜になってリビングに入ってきた大人三人のうち一人は誰がどの角度からどう見ても不機嫌。了解している人の顔にはとてもじゃないが見えなかった。

「比内オレンジジュース飲む? アップルジュースもあるよ」
「いらねえよ」
「じゃあブドウジュースね」
「やめろ。注ぐな」

 身を乗り出した中川さんにブドウジュースを注がれそうになり比内さんはコップをサッと引っ込めた。同じテーブルで同じ鍋を囲ったくらいじゃ二人の温度差は縮まらない。
 比内さんは食後にお茶を飲みたいタイプだ。食事中は水にもあまり手を伸ばさない。しかし今は中川さんにコップをジリジリと狙われている。

「……お茶淹れてきましょうか?」
「あ? ああ、いやいい。大丈夫だ。お前は食ってろ」

 俺に答えた比内さんを見て、またしてもぬるま湯の表情を浮かべる朝比奈先生と中川さん。比内さんは今にも中川さん目がけて肉団子を投げつけそうだ。

「……なに見てやがる」
「ずいぶんと仲良くなったもんだなあと思って。最初に比べたら待遇がもう天と地ほどの差じゃないか」
「うるせえ」
「これでコタツがあれば言う事ないのに。比内の家は殺風景すぎる」
「家の中をどうしようが俺の勝手だ」
「そうやって人の意見をすぐに否定するのは昔からキミの悪い癖だよ。陽向だってコタツ欲しいよねえ?」

 急に巻き込まれて顔を上げた。グツグツ煮えている鍋の向こうの中川さんを見ながらやや考える。

「どうですかね……コタツには入ったことがないのでなんとも」
「え?」
「うん?」
「あ?」

 順に、中川さん、朝比奈先生、比内さんだ。大人三人の目が一斉にこっちへ向けられた。

「……見たこともないのかい?」

 朝比奈先生から戸惑ったように聞かれて首を左右に振ってこたえた。

「さすがにそれは。実物が家になかったってだけで」
「なら友達の家で入ったことくらいは……」
「遊びに行ったことある家では出してなかったと思います」
「…………」

 先生は無言。二人も無言。そこまで変な事を言ったか。三人揃って驚愕したようにそれぞれ顔を見合わせている。

「……ねえ比内。平成生まれってこうなの?」
「知らねえよ。俺に聞くな」
「朝比奈先生はお子さんいる人とも普段から交流ありますよね?」
「すまないがコタツのことが話題に上った記憶がない……」

 コタツコタツと何やらコソコソ言い合っている大人三人は再び俺を窺うように見てきた。みんなして凝視してくるけれど比内さんの表情は特に深刻そう。これはおそらく悩んでいるときの眉間の寄せ方だと思う。

「陽向……」
「はい」
「この部屋にコタツがあったら嬉しいか」
「はい?」
「嬉しいのか嬉しくないのかどっちだ」

 その二択で詰め寄られるならば、まあ。

「……嬉しいです」
「そうか」
「…………」

 この答えで正解だったのか否か。分からないけど中川さんは楽しそう。

「比内さあ、もしかして来年はコタツ買おうかなとか思ってる?」
「思ってねえ」
「嘘つけって顔に書いてあるよ。どんどん陽向ファーストになってくね」
「なってねえ」

 来年この洋風リビングにコタツが届いたらどうしよう。
 急激に不安になった俺と、言い合っている二人をよそに、上品ながら一人でパクパク食べ進めていた朝比奈先生がにこやかに言った。

「コタツならうちにあるから冬弥に買ってもらうまでもないよ。明日には出しておくからいつでも好きな時に遊びにおいで」
「今から出してどうすんだ。コタツのシーズンすぐ終わるじゃねえか」

 もうすぐ三月になろうと言う時期なので比内さんの指摘は妥当だろう。じゃあ来年だねと気にせず言いながら朝比奈先生は肉団子を取った。

 コタツとは無縁の人生だったが鍋ともそんなに縁はない。今は四人で囲っているけど、二人以上でやった事もなかった。
 五歳になるかならないかくらいの頃に母さんと二人きりで、今はもうないあの家の中で鍋をつついた記憶ならある。そういう場に父さんはいつもいなかった。ばあちゃんとの同居が始まってからは家事の一つ一つに母さんは毎日神経を張り詰めさせていたためそんな雰囲気ですらなくなった。それを話したらここの大人たちは三人がかりで俺の小皿に肉ばかりを乗っけてどんどんお食べと間違いなく言ってくるから黙って葛切りを食っておく。
 今のこの空間を平和と言うなら、幼い頃に何不自由なく暮らしていた我が家は平和じゃなかった。もしもこの部屋がこんなに広くなくてここまで綺麗に整っていなくても、鍋を囲う相手がこの人達ならばそれはやっぱり平和だと思う。ほっとした溜め息は今日二度目だ。

「薬味かなんか買って来ればよかったな。このままでも美味いんだけど」

 自分で調達してきた鍋の味つけに早くも飽きてきちゃう大人もいるし。小鉢に口をつけて豆腐をかっ込んでいる中川さんを見て箸を置いた。

「適当に何か持ってきますね」
「あ、ほんと?」
「柚子胡椒とか生姜とかそんなもんですけど。青ネギもちょっと残ってるんで切ってきます」
「めっちゃ気が利く。ついでにマヨネーズと唐辛子もほしいな。ちなみに七味派です」

 頷いて立とうとした瞬間、しかしガシッと止められた。横から腕を掴まれている。

「座って食ってるしか能のねえ奴のパシリなんかしなくていい。ボケッとしてるとそこの二人に肉全部取られるぞ」
「すぐ用意できるので」
「いいからお前はおとなしく食ってろ」

 肩をぐっと押さえつけられ、反対に腰を上げた比内さんがそのまま向かったのはキッチン。冷蔵庫を開けた比内さんを中川さんはすかさず茶化した。

「比内さー、何がなんでも陽向に肉食わせたいんだねー」
「うるせえ。テメエは人んちで好き勝ってやりやがって」
「そんなことより白ゴマがあるならすり潰して持ってきてくれると中川くんが喜ぶよ。黒ゴマはそのままでいいや。あ、あとラー油ある?」
「クソが」

 鬱陶しそうに吐き捨てながらもなんだかんだ希望にはこたえるようだ。すぐに胡麻をすり潰す音が聞こえてくる。
 料理がうまい人は手際もいいから短時間で色とりどりの薬味調味料その他を用意して戻ってきた。トレーには十数種類の小皿。俺なんかよりも三倍は気が利く。

「すみません……」
「問題ない」

 はじめてこの家でゴハンを食わせてもらった日のことがフワっとよみがえった。
 自分の小鉢を持ってトレーを覗き込む中川さんは目移りしている模様。

「おっ、カレー粉あんじゃん」
「バカ野郎そういうのは最後だろうがクズ死ねカス。ゴミ。クソ害虫」
「しょっぱなカレー粉行こうとしただけでそこまでボロクソ言われんの?」

 比内さんは意外と鍋に厳しい。






 薬味調味料その他のどれから楽しむかについての不毛な議論を勃発させる大人二名はいたものの、鍋は滞りなく進んだ。具材もほぼほぼなくなってきたところで中川さんが豪快に投入したのは縮れた薄黄色の中華麺。
 シメのラーメンが煮えるまでの間に比内さんと中川さんはまた些細な事で三度ほど口論になっていた。なんでこの二人が一緒にいるんだろう。相性がいいようには見えないのにほぼ毎日顔を合わせている。そんな二人を気にも留めない安定の朝比奈先生は俺に鍋の歴史を語って聞かせた。

 まとまりも何もない大人達と程よく騒いでいると勝手に麺も煮えてくる。それぞれ好き勝手器に盛りつつ皆でズルズルやり始めた時、和やかなこの雰囲気の中でふと夕方のことを思い出した。

「あ、そうだ比内さん。今度の土日なんですけど、友達の家に泊まってきてもいいですか?」

 帰ってきたら聞こうと思っていたのにすっかり忘れていた。見本のように綺麗な持ち方の箸に中太の麺を中途半端にひっかけながら、比内さんはピタリと動作を止めた。

「……ダチいたのか」
「はい。一緒にテスト対策しようって話になってまして」
「…………」

 ボッチじゃないから安心してほしい。
 タイミングよく晃が誘ってくれたおかげで比内さんに学校順調ですアピールはできた。しかしながらその顔は神妙。ついには持っていた小鉢と箸まで重々しくテーブルに置いた。

「……どんな奴だ」
「どんな?」
「そのダチの素行は」
「素行……」
「……いい奴か」
「ああ、はい。すごく。授業で遅れちゃってた分とかそいつが色々教えてくれたんです」
「そうか……」
「両親とも自営業の人らしくて、仕事で二人ともいないから来ないかって」
「……兄弟は」
「兄弟? えっと……一人っ子だって言ってたかな」
「どこに住んでる奴だ」
「近いですよ。ここからだと一駅です。当日は駅に迎え来てくれるって言うんで詳しい住所は知らないんですけど」
「そいつは、」
「ねえ比内それじゃ尋問だよ」
「テメエは黙ってろ」

 口を挟んできた中川さんを秒速でぴしゃりと撥ねつけた。中川さんはラー油とすりゴマを自分の小鉢に投入しながら呆れたような笑顔を見せている。朝比奈先生も刻みネギを散らしながら同じような反応だ。

「冬弥。心配なのも分かるがその辺にしておきなさい。大人が若い子達の邪魔をするものじゃないよ。陽向には陽向の付き合いもあるだろう」
「うるせえジジイ。テメエは麺でもすすってろ」

 口が悪い。慣れているのだろう先生はため息。イラ立つ比内さんに追い打ちをかけるのはもちろんと言うか中川さん。

「ごめんね陽向。このおっさんの心配性に拍車掛けたのたぶん俺だわ。ずっと休みがちだった子が学校で上手くやれてるのかなぁってこの前何気なくポロッと言ってからすっげえ心配しだしちゃってさ」
「帰れ」

 なるほど、それでか。謎が解けた。
 比内さんは自分で用意してきたもみじおろしをヤケクソのようにごっそり具材に乗っけている。

「……だめでした?」
「ダメとは言ってねえ。好きにしろ。ただしハメは外しすぎるなよ」

 ぶっきらぼうな了承を比内さんが俺に与えると、今日何度目かも分からないほど定着してしまったぬるま湯の表情で大人二人組が顔を見合わせた。
 その態度に反応してぴくッと動いた比内さんの頬。二人とは正反対に眉間の縦筋も深い。
 黙っていることを決めた俺には中川さんが面白そうに目を向けてきた。心なしかニヤッとしたのは気のせいか。

「ところでさ、その友達ってのは……女の子?」

 気のせいじゃないな。その一言によって比内さんがハッと俺を見た。

「……お前、高校生の分際で女の家に泊まる気か」
「いえ、あの……男です」
「…………」

 疑いの眼差しは瞬時に消えた。同時に怒りの様相へと変わって視線もギッと中川さんに移った。

「いやいやいや俺を睨むなよ。早とちりしたの自分じゃん」
「テメエが妙なこと言うからだろうが」
「共学なんだし可能性もなくはないからちょっと聞いてみただけだもん。悪気とかは特にないもん」
「女という単語を強調した質問からはむしろ悪気しか感じ取れねえ」
「それは言い掛かりってもんだよ。だいたい仮に女の子だったとしてそれの何が問題なのさ」
「問題だらけだ。こいつは未成年だぞ」
「未成年の男女だってお泊まり会くらいするでしょ普通に。心配する必要なんかないじゃんか。テスト勉強しようって言ってるだけでパーティーしようぜってノリじゃないんだし」
「名目がなんであろうと俺の監督下にある以上は十六のガキを大人不在の家で一晩女と二人きりにさせておくことはまずあり得ない」
「うっわ、あったま堅ぁ。ビックリする。昭和かよ」
「お前のアタマが緩すぎるんだろ」
「そんな事しか言えないから比内は常に仏頂面なんだ。人生を心から楽しむためには多少緩いくらいがちょうどいい。何事も経験だと俺は思うけどね」
「テメエの意見は聞いてねえ。現時点で不必要な経験もある」
「それこそキミが決めることじゃないって。陽向ならバカな真似もしないだろ」
「するかしないかの問題じゃねえんだよ。未成年者の身上監護は未成年後見人の務めだ」
「束縛と監護は別物だろうよ」
「俺がいつこのガキを束縛した」
「愛のある保護も度を越えるとただの束縛になるよって話だ。気を付けないと嫌われちゃうよ。ただでさえ第一印象は超怖いオッサンだったんだから。ああ、ごめん。今もか」
「市中引きまわすぞテメエ」

 収拾がつかなくなった。
 ひたすらラーメンの量を減らす朝比奈先生は二人の言い合いにも慣れきっている。自分の横と目の前という位置で度々口論が起こっていようとも温和な様子でガン無視を貫き、さっきからずっと鍋の味変をマイペースにのほほんと楽しんでいる。

「陽向。麺にカレー粉と粉チーズかけるとすごく美味しいよ。やってみて」
「あ、はい……」
「今度鍋をやる時はもっと沢山葛切りを買っておこうね」
「どうも……」

 平和と言えば平和なんだけど。なんでこのメンツで鍋やってるんだろう。
 まとまりのない大人達の関係はいつまでたっても分かりそうにない。
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