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240.おまわりさん呼んできます。
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浴室のドアがバッと開かれた。外から堂々と足を踏み入れてきたのは例によってこの男。適当に足元をまくり上げただけで服なんか脱ぎもしないで、何食わぬ顔で浴槽に手をついた。
その顔を見上げる。この人も俺を見下ろしていた。その視線はお湯の中へススッと移され、数秒の間ジッと見てから、ストンと腰を落としてそこにしゃがみ込む。でも視線はやっぱりお湯の中だ。そこまで明け透けに見られていれば、いくらなんでもさすがに気になる。
「……なんなんすか」
「抜ける」
「バカじゃねえの」
視線以上に開けっぴろげに返された。
「死ぬほど邪魔だから出てってください」
「その前に足を開け。こう、パカッと」
足は開かずにスッと閉じた。左足を右足に乗せて組む、その挙動を凝視してくる。怖い。
「風呂ん中でお前が足を組む瞬間は何度見てもグッとくる」
「何度も覗きに来ないでくれますか」
人の抗議は完全に無視して、ついにはとうとう浴槽のふちに肘をついて頬杖までつきやがった。ほうっと溜め息。そこで和むな。
「これ以上の絶景があるか」
「知らねえよ死んじゃえよ」
「人体ってのはつくづく芸術だなとお前のカラダを見てると思う」
「高尚ぶったこと言うな」
「骨格が素晴らしい。バランスがいいんだよ。さすが木登りで鍛えていただけのことはある。筋肉のつき方なんか絶妙にエロいからな。手触り抜群でたまんねえ」
「本人に向かってよく言えますね」
「尻も好きだ」
「そんなこと聞いてない」
「おまけに足が長ぇときた。後で股下測らせろ」
「本当に何がしたいんですか」
「その美しい足を開いてほしい。こう、パカッと」
「お断りします」
「見たい」
「一応聞きますよ。なぜ」
「抜ける」
「バカジジイ」
バカジジイの肩をグイッと押した。左肩が手形に濡れるのを避けるどころか、俺の手首をパシッと掴んで積極的に濡れにくる。この手を引いて、人差し指の第二関節に唇を寄せて、カリッと甘噛み。噛んだそこにはキスされた。
瀬名さんは俺の指にキスするのが好き。キスしながら、こっちを見てくる。その目をずっと見返しているとついついなんでも許しそうになるから、フイッと斜め下にずらしたこの視線。
「……ちょっとは常識考えたらどうです」
「いいか。人類に必要なのは良識であって常識ではない。常識に染まりに染まった大人なんかになっちまった瞬間から俺達は少しずつ大切なものを失っていくんだ」
「いいこと言ってる風の口振りやめてもらえますかね絞め殺したくなるので」
ペラペラペラペラと喋りやがって。
無駄に良く回るその口を突如閉じたかと思いきや、ようやく静かになったらなったで再びちゅっと手の甲に唇をくっつけてきた。その右手はスルスルと腕を伝い上がり、肩を撫で、撫でたその箇所にも触れるだけのキスを一回。屈めていたその腰を少し浮かせると、ついでとばかりに頬にもキスしてきた。
ちょうどいい温度と高い湿度の中で繰り返される甘ったるいキス。とうとうこの口から零れていった諦めの溜め息の中に、拒否だけは含められない自分には腹の底からゲンナリしてくる。
「……どうせビシャビシャになるんですから最初から服脱いで入ってくりゃいいのに」
「これは情緒の問題だ」
「これのどこが情緒的ですか」
唇で肩に触れながらこの人が笑うから、微かな振動が伝わってくる。濡れた肌にしっとりと吸いつき、イタズラのように軽く歯を立てられた。
俺のカラダが好きだと言う、その言葉通りの触り方。優しくされて嫌な気はしない。バカジジイだけど手つきは紳士だ。
磨き上げられた浴槽に凭れ掛かり、その所作の全てを受け入れていると、もう一度頬にゆっくりキスされた。薄い唇を肌にスルスル伝わせ、そのまま唇にも、ちゅっと。
「チームに新しい奴が入った」
「今その話します?」
「やる気と自信に満ち溢れてる」
「へえ」
「優秀ではあるが好きにやらせてたら全力で突っ走ってって壁に激突して死にそうな若手だ」
「はあ。大変そうですね」
「そうでもない。活気があっていい」
「その人が何かやらかしたら責任取るの瀬名さんでしょう?」
「責任取るのが俺の仕事だ」
またしてもその場に堂々としゃがみ込んで始まったのはなぜか若手の話。左手ですくい上げた透明なお湯を、空気に晒される俺の肩にチョロチョロとかけてくる労わりは余計だ。こんなところで話し込むくらいならさっさと出ていってほしいのだが、右手はずっと俺の手を握っているからそのつもりだけはないだろう。
「大人になるとこれをやったら面白いとかこれを自分がやりたいとかよりもそれが本当にできるかどうかを真っ先に考えるようになるだろ」
「ええ。まあ。はい」
「子供の頃にやらかす行動の大部分は純粋な好奇心が根源になってる。その場の感情百パーで捉えて突発的にひらめくんだよな」
「そうですね」
「それが大人になるとどうだよ。せっかく何かをひらめいたとしても次の瞬間にはそれが実行可能かどうかの試算に入っちまってる。タイミングやら予算やら自分の能力やら、諸々の事情を考えてるうちに結局はやらずじまいだ」
「おっしゃる通りだとは思うけど」
「進化の反対側には停滞がある。常識に縛られているうちは停滞からは逃れきれない。だからこそ良識さえ持ってりゃ突っ走ってみるのも時にはアリだ」
「なんの話?」
「つまらない常識なんぞに囚われちゃならねえって話だよ」
力強く言い切って、俺の手を両手でギュッと握りしめてきた。何かを訴えるかのような真剣な眼差し。面構えだけは、すこぶる真面目に。
「俺達は良識を持って熱く楽しい夜を過ごそう」
「入浴中の恋人の局部をガン見するのが良識だとでも?」
「お互いを知り尽くすことは親密な関係を築くうえで大事だ」
「俺だけ搾取されてる気がするんですが」
「なら俺のも心行くまで見てくれ」
「いえ、結構です」
「見せる。だから見せろ」
「どんな理屈」
「今これをやったら楽しいと思う」
「あんたは壁に激突して死にそうな若手にも負けてないよ」
ヤル気と自信に満ち溢れている。この人なら厚く高い壁だろうと突破しまくって地球一周しそうだ。
結局ビシャビシャになってしまった服を瀬名さんがグシャッと脱ぎ捨てるまでに、そこから数分もかからなかった。
その顔を見上げる。この人も俺を見下ろしていた。その視線はお湯の中へススッと移され、数秒の間ジッと見てから、ストンと腰を落としてそこにしゃがみ込む。でも視線はやっぱりお湯の中だ。そこまで明け透けに見られていれば、いくらなんでもさすがに気になる。
「……なんなんすか」
「抜ける」
「バカじゃねえの」
視線以上に開けっぴろげに返された。
「死ぬほど邪魔だから出てってください」
「その前に足を開け。こう、パカッと」
足は開かずにスッと閉じた。左足を右足に乗せて組む、その挙動を凝視してくる。怖い。
「風呂ん中でお前が足を組む瞬間は何度見てもグッとくる」
「何度も覗きに来ないでくれますか」
人の抗議は完全に無視して、ついにはとうとう浴槽のふちに肘をついて頬杖までつきやがった。ほうっと溜め息。そこで和むな。
「これ以上の絶景があるか」
「知らねえよ死んじゃえよ」
「人体ってのはつくづく芸術だなとお前のカラダを見てると思う」
「高尚ぶったこと言うな」
「骨格が素晴らしい。バランスがいいんだよ。さすが木登りで鍛えていただけのことはある。筋肉のつき方なんか絶妙にエロいからな。手触り抜群でたまんねえ」
「本人に向かってよく言えますね」
「尻も好きだ」
「そんなこと聞いてない」
「おまけに足が長ぇときた。後で股下測らせろ」
「本当に何がしたいんですか」
「その美しい足を開いてほしい。こう、パカッと」
「お断りします」
「見たい」
「一応聞きますよ。なぜ」
「抜ける」
「バカジジイ」
バカジジイの肩をグイッと押した。左肩が手形に濡れるのを避けるどころか、俺の手首をパシッと掴んで積極的に濡れにくる。この手を引いて、人差し指の第二関節に唇を寄せて、カリッと甘噛み。噛んだそこにはキスされた。
瀬名さんは俺の指にキスするのが好き。キスしながら、こっちを見てくる。その目をずっと見返しているとついついなんでも許しそうになるから、フイッと斜め下にずらしたこの視線。
「……ちょっとは常識考えたらどうです」
「いいか。人類に必要なのは良識であって常識ではない。常識に染まりに染まった大人なんかになっちまった瞬間から俺達は少しずつ大切なものを失っていくんだ」
「いいこと言ってる風の口振りやめてもらえますかね絞め殺したくなるので」
ペラペラペラペラと喋りやがって。
無駄に良く回るその口を突如閉じたかと思いきや、ようやく静かになったらなったで再びちゅっと手の甲に唇をくっつけてきた。その右手はスルスルと腕を伝い上がり、肩を撫で、撫でたその箇所にも触れるだけのキスを一回。屈めていたその腰を少し浮かせると、ついでとばかりに頬にもキスしてきた。
ちょうどいい温度と高い湿度の中で繰り返される甘ったるいキス。とうとうこの口から零れていった諦めの溜め息の中に、拒否だけは含められない自分には腹の底からゲンナリしてくる。
「……どうせビシャビシャになるんですから最初から服脱いで入ってくりゃいいのに」
「これは情緒の問題だ」
「これのどこが情緒的ですか」
唇で肩に触れながらこの人が笑うから、微かな振動が伝わってくる。濡れた肌にしっとりと吸いつき、イタズラのように軽く歯を立てられた。
俺のカラダが好きだと言う、その言葉通りの触り方。優しくされて嫌な気はしない。バカジジイだけど手つきは紳士だ。
磨き上げられた浴槽に凭れ掛かり、その所作の全てを受け入れていると、もう一度頬にゆっくりキスされた。薄い唇を肌にスルスル伝わせ、そのまま唇にも、ちゅっと。
「チームに新しい奴が入った」
「今その話します?」
「やる気と自信に満ち溢れてる」
「へえ」
「優秀ではあるが好きにやらせてたら全力で突っ走ってって壁に激突して死にそうな若手だ」
「はあ。大変そうですね」
「そうでもない。活気があっていい」
「その人が何かやらかしたら責任取るの瀬名さんでしょう?」
「責任取るのが俺の仕事だ」
またしてもその場に堂々としゃがみ込んで始まったのはなぜか若手の話。左手ですくい上げた透明なお湯を、空気に晒される俺の肩にチョロチョロとかけてくる労わりは余計だ。こんなところで話し込むくらいならさっさと出ていってほしいのだが、右手はずっと俺の手を握っているからそのつもりだけはないだろう。
「大人になるとこれをやったら面白いとかこれを自分がやりたいとかよりもそれが本当にできるかどうかを真っ先に考えるようになるだろ」
「ええ。まあ。はい」
「子供の頃にやらかす行動の大部分は純粋な好奇心が根源になってる。その場の感情百パーで捉えて突発的にひらめくんだよな」
「そうですね」
「それが大人になるとどうだよ。せっかく何かをひらめいたとしても次の瞬間にはそれが実行可能かどうかの試算に入っちまってる。タイミングやら予算やら自分の能力やら、諸々の事情を考えてるうちに結局はやらずじまいだ」
「おっしゃる通りだとは思うけど」
「進化の反対側には停滞がある。常識に縛られているうちは停滞からは逃れきれない。だからこそ良識さえ持ってりゃ突っ走ってみるのも時にはアリだ」
「なんの話?」
「つまらない常識なんぞに囚われちゃならねえって話だよ」
力強く言い切って、俺の手を両手でギュッと握りしめてきた。何かを訴えるかのような真剣な眼差し。面構えだけは、すこぶる真面目に。
「俺達は良識を持って熱く楽しい夜を過ごそう」
「入浴中の恋人の局部をガン見するのが良識だとでも?」
「お互いを知り尽くすことは親密な関係を築くうえで大事だ」
「俺だけ搾取されてる気がするんですが」
「なら俺のも心行くまで見てくれ」
「いえ、結構です」
「見せる。だから見せろ」
「どんな理屈」
「今これをやったら楽しいと思う」
「あんたは壁に激突して死にそうな若手にも負けてないよ」
ヤル気と自信に満ち溢れている。この人なら厚く高い壁だろうと突破しまくって地球一周しそうだ。
結局ビシャビシャになってしまった服を瀬名さんがグシャッと脱ぎ捨てるまでに、そこから数分もかからなかった。
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