貢がせて、ハニー!

わこ

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237.帰ってきたら、Ⅱ

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 風呂から上がってガシガシと髪を拭く。そのタオルは適当に首に引っ掛け、適当にタラタラ冷蔵庫を開け、コップを出すのは面倒くさいから飲みかけの水をボトルから直でゴクゴク。喉を冷たく潤した後はまた適当にガシガシやって、適当に部屋をウロウロしながら何気なく手に取ったスマホ。ダチからのしょうもないメッセージにボチボチと適当に返し、水気を含んだ白いタオルはソファーの背もたれにバサッと引っ掛けた。ところが引っ掛けたその下には、風呂に入る前に適当に脱ぎ捨てたシャツが無造作に引っかかってる。さらに視線を床に落とせば、脱いだ靴下がブン投がってる。

「…………」

 俺は結構瀬名さんの前でいい子ぶって生活していたんだな。



 だらしない本性を思い出しながら部屋をちょっと片付けた。半乾きでもまあいいかなんて思っていた髪もちゃんと乾かした。
 丁寧さを装った暮らしに自分を軌道修正してから、向かうは寝室。あとは寝るだけ。所詮は紛い物の丁寧さだから、シーツにボスッとスマホを投げて、バフッとベッドに倒れ込んだ。

 ゴロッと体を半分転がし仰向けになる。天井と向き合う。もう一度ゴロッと転がって横を向く。カーテンを引っ張ってある大きい窓と向き合う。ここにはどうやらヤモリもいないから謎の人影が横切るとかもないし。
 そうやって無駄にゴロンゴロンしながら、この手は自然とスマホに伸びている。画面を明るくさせ、チャット画面を出して、瀬名さんに一行だけ送るつもりで。起きてますか。短く打ったその文字を、送信する寸前で親指は止まった。

「…………」

 やめておこう。寝ていたらきっと起こしちゃう。起きていたら、睡眠時間を削らせてしまう。
 分かっているから画面を落とした。するとその時、見計らったかのようなタイミングでスマホが鳴った。ブーッブーッと。

 今まさに画面を見ていたから、相手の名前も同時に飛び込んでくる。それを見て、一瞬だけキョトンとし、のそっと上体を起こして一拍。次には呼び出しに応じてタップした。
 パッと表示されたのは、夜でもとびきり顔のいい男。

『問題ないか』
「第一声それ?」

 出張先でも過保護炸裂中だ。瀬名さんによる生存確認に思わず笑い、しかしスマホ越しのその顔は朝のように狼狽えてはいなかった。まともな会話が成り立ちそうなご様子。

「こっちは通常通り平穏です。瀬名さんこそどうなんですか?」
『帰りたい』
「大変そうなのは伝わってきました。お疲れさまです」
『このままだと遥希欠乏症で死ぬ』
「俺はビタミンではありません」

 脚気にでもなるってんなら玄米持たせてやるんだった。

「たったの一日です。明日には帰れるんでしょう?」
『足りねえよ。担いででも遥希を持ってくるんだったと激しく後悔してる』
「その元気あれば大丈夫ですよ」
『大丈夫なもんか。今にも泣きそうだから頑張って恭吾くんって言え』
「頑張って恭吾くん」
『ありがとう。俺も愛してる』
「それは言ってない」

 聴力ヤベェな。
 耳は都合よくバグってる男でも視力は猛禽類並みにいい。画面越しにその視線がふとずらされたその瞬間、俺の後方にも気づいたようだ。

『後ろのそいつらクマ雄とウソ子か?』
「え? ああ、はい」

 ここに引っ越してきてからもクマ雄とウソ子は相思相愛。瀬名さんの部屋のダブルベッドの、ヘッドボードに今夜も並んで座ってる。
 かつて瀬名さんが結婚式にお呼ばれしたあの時は、迷った末に一人でヤモリの巣に戻った。予定外に帰って来たベロンベロンの瀬名さんは、ウソ子を連れて、俺の部屋に来てくれた。

「……ここで寝ていい?」
『そうしろ』

 見事な即答。これを笑わずにどうしろと。
 今夜は迷わずここにいた。ここならクマ雄もウソ子もいる。チョビもローズもボスも一緒だ。

『恋人に可愛い事されて俺は今にも死にそうだ』
「そっちで死なれると回収が手間なのでちゃんと自力で帰ってきてください」
『ほんと可愛いなお前』
「腹立つなアンタは」
『死ぬ時は遥希の腹の上でと決めてるから安心しろ』
「やっぱもう帰ってくんな」

 ふっと零された、スマホの向こうのその笑った声が、どこか懐かしい気がして、思い出す。この感覚を知っている。これは、あれだ。間仕切りだ。
 物理的な仕切りからは卒業できても距離が遠いならもどかしいのは同じ。年末年始に実家に帰ったときもそうだった。顔だって見えるくせしてどこまでも欲が深い。今回なんかはたった一晩、離れて過ごすだけなのに。

「……ご飯食べました?」
『ホテルの隣のコンビニで適当に』
「あなたが適当って言うときは心配なんですよ。本当に適当が過ぎるから」
『鮭おにぎりと昆布おにぎりとカップみそ汁とツナサラダ。あとゆで卵』
「栄養補助食かじるよりは多少マシな感じですね」

 この人はコンビニ弁当と呼ばれるものを意地でも摂取しようとはしない。

「一通り栄養素だけ集めた夕食でちゃんと満足できました?」
『何食っても遥希のメシには遠く及ばねえと分かってる』
「最近はコンビニでもそれなりの総菜あるじゃないですか。カップに入ってるやつとか」
『ああ、そうだった。ひじきも食った』
「どうでした?」
『遥希のひじき食いたくなった』
「そりゃどうも」
『遥希のメシがいい。みそ汁も遥希のがいい。豆腐とわかめと玉ねぎの味噌汁食いたい』
「じゃあ明日の夜は豆腐とわかめと玉ねぎだけの質素な味噌汁作って待ってますよ」
『これで明日も頑張れそうだ』

 安い男だ。仕方ないからひじきも煮とこう。ついでだからふろふき大根も用意しておいてやろう。
 付き合いはじめる前に聞いた瀬名さんの食生活を思えば、今夜のコンビニメニューですらもまだだいぶマシな方。食に興味自体がなかったこの大人もまあまあ変わった。

「俺はさっき焼きおにぎりのお茶漬け食いましたよ」
『やっぱりな。夕べ冷凍おにぎり作ってんの見た』
「いいでしょ」
『帰りたい。あれ美味いんだよ』
「そう言うだろうと思っておにぎりあと二つ冷凍庫にあります」
『お前最高か。だから夕べ多めに炊いてたんだな』

 瀬名さんの明日の晩ご飯が決まった。

 寝る時間を削らせてしまうのは申し訳ないと思って一行を送らなかった。気遣いできるいい子ぶって控えたくせに、結局タラタラ話し込んでいる。
 この人は明日も朝からお仕事。分かっているけど、声、聴いていたい。もう寝ますと一言告げるのをさっきから何度も躊躇っていると、瀬名さんが画面の向こうで、そっと腕を伸ばしてくるのが分かった。

『触りたい』
「……うん」

 その指先は画面越しの、俺の顔に触れているのだろう。

『俺はとんでもない過ちを犯したんだと思う』
「うん?」
『夕べ抱いとくんだった』
「何その謎の貯金感覚」

 前の晩に抱いておけば翌日分もストックできる特殊機能は俺には付いてない。そんな機能は付けるつもりもないから、瀬名さんは明け透けに要求を突き付けてくる。

『帰ったら抱かせろ』

 瀬名さんは過ちを犯したと言う。担いででも俺を連れて行けばよかったと激しく後悔しているそうだ。
 この人が今したいと望むそれは、俺だってしたい事だ。

「……うん。抱いてください」

 拒否を示さず願ったら、ピシッと、映像が固まった。固まったのはスマホじゃなくて、スマホの中の瀬名さんの顔。
 画面の中にそれを見た。いい年した男が呆然と。ショックを受けた様子で呆けながらも、絞り出すように口を開いて言った。

『……録画するからもう一回』
「言いませんよ」
『一生のお願いだ』
「もう切りますね」
『待て。待ってくれ。頼む。これさえあれば明日も頑張れる』
「おやすみなさい。明日も頑張って」
『はる、』

 プツッと切った。黒くさせた画面をしばし見つめる。なんとなく後ろを振り返った。クマ雄とウソ子がこっちを見てる。見てんじゃねえよ。なに見てやがるコラ。
 首から上が若干熱いのは、気のせいだと思う事にする。

「…………」

 帰ってきたら、抱かれるらしい。
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