貢がせて、ハニー!

わこ

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215.女友達Ⅰ

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「ハルー。浩太見なかった?」

 連休明けの憂鬱な講義は残すところ午後のひとコマだけになった。誰とどこに行ってきただの出先で彼女と喧嘩しただの鬱陶しいほど陽キャな話ばかりが朝から構内には飛び交っていたが、昼休みに入った今もまたどこもかしこも話題は似たり寄ったり。

 連休も俺にとってはただ講義がないだけの日々だった。瀬名さんには普通に仕事があったし、俺もバイトばかり入れていたし、最初の土日は二人で遊んだりショウくんと会ったりもしたけれど、部屋の片付けもまだ残っていたし。
 遠出なんてしている余裕はなかった。遠出しなくても楽しめるけれどこうも周りが騒いでいるとなんだか。休みは休むためにあるんだぞって陽キャ連中に言って回りたい。

 どこそこにいったお土産として方々から貰った個包装のお菓子をカフェテリアのテーブルにガサッと広げ、自販機のイチゴ牛乳片手にクッキーせんべいをパリッとかじる。
 イルカのチョコクランチをくれた奴は水族館に行ってきたそうだ。星の饅頭の奴はプラネタリウムに。紫のちんすこうくれた奴は、なんだかだいぶ日焼けしていたな。地獄の就活期間が始まる前に絶対沖縄行ってやるって意気込んでバイトしてたもんな。

 至極地味な休暇を過ごした俺とは違ってみんな色々あったようだ。楽しい思い出が多いのもいるだろうがそうでないのもいるだろう。
 楽しくない思い出に頭を占拠されている女子は、どうやらここにも一名ほどいる。よりにもよって俺の前に現れてしまった。
 そうやってエリちゃんに声をかけられたのは、ガレットをモゴッと頬張った時。

「ふぇ?」
「浩太。どこにいるかなって。大丈夫? なんかリスみたいになってるよ?」

 リスみたいになったタイミングで声をかけられたのでこうなっている。ひと口でいったガレットは頑張ってモグモグしてイチゴ牛乳で押し込んだ。
 浩太も俺も本当だったら今頃は講義室に向かっていたはずなのだが、休み明けしょっぱなから三時限目が休講になったため今日はまだあいつとは会っていない。飯も食わずにどこかに飛んで行ったのを目撃した奴なら何人かいた。

「さあ……どこだろう? ごめんね、分かんない」
「そっかぁ。相談したいことあったのに……」
「……どうしたの?」

 こう聞いたのが最初の間違いだった。聞くかどうか一瞬迷ったものの、迷った本能は正しかったようだ。

「実はねー、聞いてよ!」

 こうして始まったエリちゃんの話。俺の真ん前の椅子をズズッと引いて、テーブルの上にはバッグをダンッと置きながら腰かけた。

 エリちゃんは浩太によく相談しにくる子だからしょっちゅう顔を合わせてはいるが、浩太の横に俺が居がちだから結果としてそうなるだけであって個人的なやり取りはほぼない。そのため特に仲がいいわけでもなんでもないのに委細構わず話してくれる。他人のそんな悪口まで俺に言っちゃっていいのかなと心配になるような事まで、隠すことなく明け透けに。
 エリちゃんの口は止まらない。連休中に起こった出来事を一から十までスラスラツラツラ。電車に乗ろうとした日の前の晩の寝るところから話が始まった時には、失敗したと完全に悟った。

 あれがムカツク、これが気に食わねえ、どこそこのそれがマジふざけてる。本人の言うところによればこれは相談らしいのだけれど、相談とはこういうものだったっけ。
 相談に乗るよ。などと俺は一言も言っていない。どうしたのって聞いただけだ。だけどこれで良く分かった。無暗にどうしたのなんて聞いてはいけない。






「で、なんか最後は俺が怒られた」
「そりゃそうでしょ」
「相談があるってエリちゃんが言うから」
「相談があるって言ってる女子のほとんどはアドバイスなんて求めてないんだよ」

 瀬名さんの心得は正しい。女子が周囲に求めているのは助言ではなくましてや説教でもなくただ一つ、共感である。

 一個の興味もないどころかむしろ聞きたくないなって思っているくせしてどうしたのなんて言うもんじゃない。最初の方はただ呆然としていたのだが一向に終わりの見えない話に途中からは段々イライラしてきて、だったらこうこうこうしたら良かったんじゃないのとついつい口を挟んでしまったのが最大の過ちだった。
 女子が求めているのは共感。分かっていたつもりだったが俺はなんにも分かってなかった。
 すげえ喋ってる女子に反論するのは厳禁だ。とても手痛い教訓を得た。どうしたのって安易に聞くのもやめよう。社交辞令は時として脅威となり得る。


 エリちゃんにしこたまキレられたダメージを背負いながら歩いていたら、可愛らしい声で赤川くんと呼び止められたのがついさっき。
 振り返ればフワッと微笑んで返される。ミキちゃんが初めて女神様に見えた。浩太は女神様のところに行ったのだろうと思っていたけど違ったようだ。

 相変わらずの大荷物で俺の方に小走りでやって来たミキちゃんに、手近なフリースペースに移動しがてらそこまでの経緯を話した。
 ミキちゃんが座った横のスツールに腰かけ、今度は俺が相談を持ち掛けている。俺のはアドバイス求めるタイプの本物の相談だ。

「どうしたらいいと思うっていきなり聞いてきたりするからこっちは余計に困るんだよ」

 聞かれた男はどうすりゃいいんだ。

 地元でもずっとそうだった。小学校も高学年くらいになると女子はみんなお母さんみたいな喋り方をするようになって、言う事も反応も態度も何もかもどんどんおっかなくなっていく。そのくせこっちが返答をミスると、男ってほんとガキなんだからって腕組んで上から目線で言われる。

「でもーとかだってーとか言われて全然話終わんないし。あの無駄な堂々巡りはなんなの?」
「赤川くん短気だからそういうのとは相性悪いだろうね」

 さりげなく短気って言われた。

「でもとかだってで返してくる子はとっくに自分の中で結論出てるの。その結論に対してそうだねって言ってほしいだけなんだよ。だからとりあえず喋りたいだけ喋らせとくのが一番無難」
「女子に喋らせて黙って聞いてるとそれはそれでキレられるんだけど」
「なんて?」
「聞いてるのッ!? て言われた、さっきも」
「だんだん飽きてきてよそ見しちゃうんでしょ。赤川くんそいとこあるよ。それって相手からは結構見えてるよ」
「えぇ……」
「相槌はちゃんと打ってた?」
「ああ……たぶん」
「急にこれ聞かれてそういう反応する男は大体できてない」
「…………」
「自分の話を聞いてもらえてる安心感がないっていうのは無視されてるのと同じだからね」
「そんなことないよ」
「女子の世界ではそうなの」
「理不尽な……」
「理不尽でもそうなの」

 なんとも辛い世の中だ。

「……浩太はなんでいつもあんな的確に返せるんだろう」
「ちょうどいいんじゃない?」
「ちょうどいい……」
「たとえばほら、赤川くんの真逆のタイプがいちいち口挟んできてやたらアドバイスしたがる人だと思うんだけど」
「ちょっと待って。それが真逆ってなると俺が全然話聞いてない奴って感じにならない?」
「違うの?」
「…………」
「ずっと無言でいられるのもイラッとくるけど正論で返されると癪に障るんだよ。こっちは相槌は打ってほしくてもお説教なんかされたくないのに。浩太はちょうどその中間にいるから相手からしてみたら快適に話せる」
「……あいつ鉄人だったんだな」
「あれは天性の才能だと思うんだよね。私も絶対に真似できないよ」
「そう?」
「浩太なら気長に相手するけど私は無理。めんどくさい」

 ミキちゃんが属している友達グループがなかなかにサッパリしたタイプである意味が今分かった。

「相談がある女子は浩太に投げちゃえばいいよ。全部拾ってくれるから」
「ミキちゃんはそれでいいの……?」
「ただ相談に乗るだけならね」

 怖い。笑顔なのに目が笑ってないよ。

「……てかあいつほんとどこ行ったんだ」
「家に帰ったよ」
「家? なんでまた」
「ハムちゃんのおうちのカギをちゃんとピッタリかけられてたか学校来た瞬間から気になりだしたんだって」
「それ気になっちゃってわざわざ家戻る奴は絶対に閉めてるよ」
「私もそう言ったんだけど、小さいハムちゃんがケージから落っこちたら大変だって言って聞かないの。二時間目なんかずっとそわそわしてたんだから」
「過保護もあそこまでいくと感心するな」

 今頃はハムちゃんの安全を確認したついでにポテポテしたボディを愛でているだろう。
 またそろそろ俺もハムちゃん抱っこしたいな。あのフォルムと手のひらに収まる感触をぼんやり思い起こしていると、大きなバッグの中からミキちゃんがカサッと何かを手に取った。それをこっちに差し出してくる。

「えっと……瀬名さん? これ返しておいてくれる? 私も続編気になってたのでおかげさまで楽しめましたって伝えてね」

 渡されたのは薄めのマチが付いた紙袋。これは先日俺が貢がれたチョコレートの入っていた袋だが、今は中に少女漫画が入っている。これの持ち主は瀬名さんだ。
 俺が前にミキちゃんから借りたのを瀬名さんがこっそり読んでいたという少女漫画の続編。瀬名さんは本当に続きを買った。

 勝手に読んじゃってゴメンねの意味も込めてこれを貸しておけと言って突き付けられたのでしぶしぶ従ったのが連休に入る前日。物凄く迷惑だった。
 俺ですら迷惑なのだからミキちゃんからしてみたら不気味だろう。縁もゆかりもない知らないおじさんから一方的になぜか貸し出された漫画だ。

「なんかほんとゴメンね急に。普通に怖いよね」
「ううん。赤川くんに生き別れのお兄さんがいるって話は浩太から聞いてたから」
「それ違うよ」

 適当なホラ話を言い触らすな。
 こんな嘘を信じてはいないだろうけど、知らないオッサンに漫画を貸し出されたくらいじゃミキちゃんの笑顔は揺らがない。

「そういえば引っ越すんでしょう? 生き別れのお兄さんと」
「ああ……うん。生き別れのお兄さんじゃないけど」
「瀬名さんが一緒にいてくれるなら俺も安心だって浩太が言ってたよ」
「保護者ヅラすんじゃねえって言っといてくれる?」
「うん、わかった」

 言っといてくれるんだ。ニコニコと楽し気に承諾された。

 浩太を含む親しい何人かは俺が引っ越すのを知っている。あいつが生き別れのお兄さん説を流した効果なのかなんなのか、隣の部屋のサラリーマンと急に同居するなんて事になっても特に誰からも不思議がられないのが俺には割と不思議でならない。

 予約を申し込んだ引っ越し業者さんにはコミコミお得パックをお願いしたので、部屋を移るにあたって不要になる物のいくつかは同時に回収してもう予定だ。それらは当日引き取ってもらうが、引き取り不可な物は順次処分してきた。なので連休中の俺達は不用品の取り扱いにだいたい追われていた。
 俺の部屋にある冷蔵庫とか洗濯機とかは売れねえかなと思っていたのだが無理だった。たいした使用期間でもなかったのに勿体ないが処分するしかないか。とはいえ物を捨てるにもそれなりに金がかかる。大量消費時代のささやかな罪悪感もあるしお金へのみみっちい執着もあった。

 そこで打ち出してみたダメ元の呼びかけ。自力で持ってってくれるならそこそこ綺麗な状態の家電タダでくれてやるぜ。
 そうやって謎の上から目線で大学の連中に触れ回っていたら、なんと欲しいと言う奴が本当に現れた。岡崎だ。ずっとコインランドリー頼りだったとかで洗濯機を持って行ってくれることに。
 冷蔵庫についてもすぐさま嫁入り先が決定した。こっちは演劇部の魂アツい大道具の奴。缶ビールが何本か入るような小さいのしか家に置いてないそう。

 そうして譲渡先が決まると、岡崎が冷蔵庫の方もまとめて運んでくれるという話になった。助手席に演劇部を乗っけてやって来たのはこの前の連休のことだ。

 その日は金曜だったので瀬名さんは仕事に行っていた。俺が一人で待機していたマンション前に二人はやって来たのだが、まさかの軽トラがガタゴトとドン臭く迫ってきたため思わず笑った。
 都内で軽トラを見ようとは。岡崎がバイト先の先輩から借りてきた車らしい。

 野暮ったいけど何かと便利な軽トラの後ろからはもう一台普通の軽自動車もくっついてきた。浩太を隣に乗っけた小宮山だ。
 小宮山は引っ越しバイトの経験者、というか現役。浩太はダテに元サッカー部じゃない。二人とも意外と体力自慢なので、揃って助っ人に来てくれた。

 こうして男五人も集まったため、三階からの家電の運び出しでもそこまで難なく遂行できた。
 頑丈な専用ロープで荷台にしっかり固定したあとは、俺も小宮山の車に乗り込み軽トラの後を追った。それぞれの部屋に設置しに行ったはいいのだが、あいつら見かけによらずスゲエよく働くから俺はほとんどいらなかった気もする。

 そんな出来事が先日あった。休暇中に浩太を駆り出してしまったから、その彼女だって概要くらいは知っていてもおかしくない。

「なんかいいよね。男の子ってこういうとき楽しそう」
「え……そう?」

 ニコリと笑って返された。どういう笑顔なのかいまいち分からず何も言えずに思わず詰まると、俺の手に渡った紙袋を見ながらミキちゃんがそれとなく言った。

「それって浩太にも貸した?」
「え? マンガ?」
「うん」
「なんで。貸さないよ、読まないだろ」
「そっか。ならよかった」

 はて。俺が首をかしげると、ミキちゃんはさらにふふっと笑った。

「男の子同士の友情に私は交ぜてもらえなかったみたいだから」
「え……いやいやいや、だってミキちゃんに洗濯機運ばせらんないでしょ」
「私が洗濯機運びたいって言ってるように聞こえたの?」

 詰まる。難しいな。女の子のこういうところはハタチ超えたくらいじゃ分からない。俺は浩太じゃないんだから。
 ニコニコしているのになんか逆らえないし。俺の記憶を遡っても、ミキちゃんほど第一印象を覆してきた人物はいない。

「私は赤川くんの友達のつもり」
「あ……うん。俺もだよ?」
「でもいざってときは赤川くんも浩太も私を蚊帳の外にするんでしょう?」
「……え……?」
「だから今度は私が浩太をハブってやった」
「…………」

 男子は楽しそうに見えるそうだ。ミキちゃんの言う楽しそうとは、ただ単に字面通りだろうか。
 ミキちゃんに貸した瀬名さんの漫画は浩太には貸していない。それがミキちゃんにとっては気分のいい事だったようだ。
 洗濯機を三階から軽トラに乗せるみたいな重労働がしたいわけじゃない。だけど男子は、楽しそう。

「…………」

 そうか。そうだ。たぶん、そうだ。
 ミキちゃんは何も家電の嫁入り行事に参加したかったんじゃない。楽しそうというその言い方は、まったくの額面通りじゃない。

 色々ありすぎて大昔みたいに俺には思えてくるけれど、実際にはまだほんの数ヵ月前のこと。あの辺りで俺に起こった色々は、三人のうちの誰一人としてあの後も口外しなかった。それなりに続いた俺のマスク生活の日々は、ボクシングに目覚めたり階段から落ちたり猫と戦ったりしたのが理由のままだ。

 ミキちゃんが浩太になんでもペラペラ話すように、浩太だってミキちゃんになんでもペラペラいらねえ事まで全部話す。俺には生き別れの兄がいる説まで面白おかしく話したくせに、あの件だけは言わなかった。
 だからミキちゃんも何があったかは知らない。でも何かがあったのは、分かってる。

「……気づいてたんだ」
「そりゃ気づくよ。なんか四人でコソコソやってたし」

 そこまで気づいていても、普段通り何も知らない顔をずっとしていてくれたんだ。

「だけどあの時赤川くんにどうしたのって聞かなかったのは、今でも結構後悔してる」
「…………」

 女の子って本当、こういうの難しい。難しいっていうのか、怖いっていうのか。

「浩太に聞いてもはぐらかされたから。きっと私にはあんまり聞かれたくない事なんだろうなって」
「……あの……浩太は別に、ミキちゃんに隠し事したかったわけじゃなくて……」
「そう」
「俺のことただ……庇って……」
「うん」

 除け者にしたつもりはない。ミキちゃんなら浩太たちと同じ反応をしただろう。
 だがそれでもミキちゃんに、女の子に、聞いてもらいたいような内容ではなかった。同性のダチに打ち明けるのもなかなかの勇気がいったくらいだ。

「ああなったのはなんていうか……あいつらみんな……」

 そういうのも含めて全て、言わなくても分かってくれた。変な顔なんてひとつもしないで、ただ、味方でいてくれた。

「いい奴、だから……」

 ボソッと最後に呟き落とし、そうしたらじっと見られることになった。そのためソロッと視線を逸らした。それでもガン見されているのは分かる。
 ミキちゃんの視線は俺を解放しない。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ツンデレってさすがに死語かな?」
「それ俺に言おうとしてる?」

 うちのばあちゃんによればツンデレはすでに死語らしい。
 ふふっと笑ったミキちゃんは女神様でも小悪魔ですらもなくて、なんだかただのデビルって感じだ。
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