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193.エディブルフラワーⅡ
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お腹いっぱいになった後は運動もするのが健康的だ。敷地内の庭園には無料で誰でも入れるらしい。
懐の広いホテルの庭をゆっくり見渡しながら歩く。途中には涼やかな水場があって、薄灰色の飛び石を渡りきれば草木が広がる美しいエリアに出た。
レンガ造りの歩道を並んで進む。するとすぐ近くの茂みの中から、カササッと姿を見せた何か。
「あ、トカゲだっ!」
「お前がこの見事な庭園よりトカゲを選ぶ奴なのは知ってた」
「しっぽ切れてる!!」
「なぜはしゃぐ」
「捕まえます?」
「なんでだよ」
「連れ帰って俺の部屋のヤモリと戦わせるんです」
「お前とんでもねえな。こいつは今疲れてるだろうから放っといてやれ」
俺の眼下にいるこの小さい奴は、しっぽを犠牲にして戦略的撤退を果たしてきた勇敢なミニドラゴンだ。頑張って生き延びた主人公の行く手を妨げるのはやめてやることにした。
少々距離があるというのに、俺が一歩を踏み出しただけでこいつは凄まじい反応を見せた。シュササササッと俊敏に動いて草の影へと姿を消す妙技。
素晴らしい。あれぞ自然の中で逞しく生きる者の真の姿だ。
「カッケェ」
「顔が?」
「生き様が」
「そうか」
「じゃあなトカゲ。長生きしろよ」
「ヤモリと戦わせようとした奴が良く言う」
「信頼の証です」
「重すぎるだろ」
瀬名さんの愛情表現に比べればヘリウムくらい軽くてフワフワだ。
「お前トカゲそんな好きだったのか?」
「手足のある爬虫類が好きなんです」
「なるほどだから恐竜好きなのか」
「うん。大好き」
「今度は博物館行こう」
「いいっすね、花より絶対楽しい。Tレックスのデッカイ骨見たい」
「俺も見たい」
男は黙って恐竜だ。
「ネッシーを見たがってたお前の願いを叶えられなかったあの時の無念をこれでようやく晴らせそうだ」
「あれ気にしてたんだ」
「気にしてた」
「どっちにしろネッシーはネッシーなので別ですけど」
「そこは許せよ、似たようなもんだろ。想像図なんかほぼプレシオサウルスじゃねえか」
「プレシオサウルスって厳密には恐竜じゃないって話知ってる?」
「知らねえ。なんだそりゃ。何者だプレシオサウルス」
「水棲爬虫類って言うんだって。モササウルスとかもそうらしい」
「嘘だろ。恐竜だと信じてたのに……」
残念そうだ。それに悲しそうだ。たぶん肉まんにクワイが入っていた時と似たような気持ちになっていると思う。
「それにあいつらがもし恐竜だったとしてもネッシーの代わりにはならないです。恐竜とかの巨大生物は科学的根拠ちゃんとあるけどネッシーはいまだ未確認のままなのでロマンの性質が全然違います」
「プレシオサウルスだって十分ワクワクするだろ」
「するけどダメ。絶対背中に乗せてくれないもん」
「ネッシー見つけても乗せてはくれないと思う」
「ネッシーの方がまだ可能性あるよ。乗り心地良さそうだしデカそうだし」
「大型が好きか?」
「好き。かっこいい」
「じゃあモササウルスの復元模型も置いてある恐竜展探そう」
ストーン展のことはキッパリ忘れて恐竜と大型水棲爬虫類を見学しに行くことになった。
「てか瀬名さんが恐竜好きなのってなんか意外だな」
「恐竜が嫌いな人間はいねえ」
「特に誰が好き?」
「俺はガキの頃に映画観てからラプトル一筋だ」
「ヴェロキラプトル意外と小さかった説あるらしいですよ。映画の半分くらい」
「おい嘘だろマジかよ、なんなんだまた裏切られた。恐竜の羽毛説出てきた時以来のショックだ」
太古の巨大生物に心を奪われるのが人類だ。そしてこの手の説はコロコロ変わったりもするからその度に民衆は振り回される。喜んだり高揚したり、夢を壊されてガッカリしたり。
瀬名さんは羽毛タイプの恐竜いた説にガッカリしたタイプの人のようだ。かく言う俺もだ。ガッカリした。どの子もみんなウロコであってほしかった。
かつてこの地に存在していた生き物に思いを馳せながら、俺達は今この瞬間にこの地を歩く。大型とはとても思えない小鳥がピピピッとどこかで鳴いていた。
「爬虫類っぽいのは全部平気なんですか?」
「ヘビはサイズと姿かたちによる。あとワニは普通に怖い」
「トカゲは?」
「トカゲは結構かわいい顔してるだろ」
「つぶらな目をしてますからね」
「動き方もチョロチョロしてて愛嬌あるよな」
「それ言い出したらヤモリもトカゲの仲間なわけですしヒタヒタしてて可愛らしいですけど」
窓に張り付いているのを裏側から見るとピタッとしていて面白い。
地面をチョロチョロしているトカゲと、壁をヒタヒタしているヤモリ。活動時間帯も違うから綺麗に棲み分けができていて、ヤモリはしばしば益獣と言われて神聖な目で見られる事すらある。でも俺はやっぱりトカゲ派だ。
「ヤモリって夜行性だけどトカゲは昼間に動くじゃないですか」
「ああ」
「もしも夕方くらいにトカゲとヤモリが鉢会っちゃったらお互いどういう気分になるんだろう」
「気まずいんじゃねえのか」
「ケンカになったりすんのかな」
「見なかった事にして素通りのような気もする」
「やっぱさっきのアイツと仲良くなっとくんだった。本物のヤモリも取っ捕まえて勝負させたくなってきました」
「やめてやれよ。トカゲが可哀想だ」
「逆でしょ。トカゲの圧勝に決まってる」
「何を根拠に」
「ヤモリってすげえ臆病だもん。それに俺にはトカゲの地位を向上させる義務があるので応援しない訳にはいきません」
「どんな義務感抱いてんだ」
「義務っていうかむしろ使命? 昔トカゲの殺人ほう助しちゃったんで」
「お前の昔話はいつも所々地味にぶっ飛んでる」
幼少期に犯してしまった罪だ。俺にとってもあれは忘れがたい思い出になっている。
どこかでコミュニケーションを取り合っている小鳥たちの鳴き声を聞きつつ、レンガの歩道は終わりを迎えて緑の芝生へと途中で変わった。靴底をふわふわさせながらそれとない順路に沿って進むと、今度はごく小さな橋らしきものが。
その下はちょっとした小池になっている。やや幅の狭い木の橋を一列になって渡りながら、池を覗けば鯉がいた。
「子供の頃にね、生き物ノートっていうのを作ってたんです」
「生き物ノート?」
池のこっち側に渡り、俺の後ろにいた瀬名さんが再び隣に並んだところで、地味にぶっ飛んでいると評された昔話の中身を聞かせる。
「虫とか爬虫類とか捕まえてきて観察してそいつらのイラスト描いて、攻撃力とか防御力を勝手に想像して五角形のグラフにするんです」
「…………」
「前にも言いましたけど基本的に暗いんですよ、一人っ子なんで。あ、観察し終わった奴らはちゃんと帰してやってましたよ」
「そうか……そりゃよかった」
捕らえていた虫取りカゴの中から丁重にお出ししてやると、何してくれやがんだクソガキって顔して生き物たちは即座に逃げてく。
俺を振り返って戻ってきてくれる奴が一匹くらい現れることを秘かに期待していたけれど、映画みたいな友情は築けず誰一人として来てくれなかった。みんな爆速で逃げてった。
「それで小学校入った頃だったと思います。庭でいつもみたいにガーくんと生き物の捜索してて、夏休みのある日の収穫がトカゲとでっかいカマキリだったんです。納屋に行けば虫カゴになるもの一杯あるんですけど、その時手近にあったのは小さめのビン一個だけでした。だからそいつらをひとまずそん中に入れて、俺は一人でスケッチブック取りに行って」
「待った。その後の展開読めちまったんだけどまだ聞いた方がいいか」
「聞いて。懺悔したい」
「分かった」
「色鉛筆もいっぱい持ってそいつらのとこに戻りました。でもそしたらそのビンの中には……」
「ビンの中には……?」
「勝ち誇った顔したカマキリの横に、トカゲのしっぽだけが残されてました」
「だろうよ」
無知なガキが何も分からないまま呪いの儀式みたいなことをやってしまった。
「俺その二匹で言ったら断然トカゲ推しだったので泣き叫んでじいちゃんとこ駆けてって事件を報告したんです」
「お前の殺人ほう助事件な」
「じいちゃんにも言われました。生き物ってのはそういうもんだって。わざとじゃないにしてもお前はトカゲの運命を決めちまった。小さいビンの中じゃなくて広い庭の中だったらもっとうまく逃げ延びたかもしれない。そのことはよく覚えておけって」
「チビ相手にちゃんとしてんなお前のじいさん」
「俺の道徳心と倫理観のほとんどはじいちゃんの教えが元になってます」
遊び相手であり釣りの師匠であり人生の先導者だった。そのじいちゃんに言われたことだから今でもちゃんと覚えている。
俺はトカゲの命を奪った。もしかしたらメスを探しに行く途中のオスだったかもしれないし、これから卵を産もうとしているメスだった可能性もある。そうなると俺が奪った命は一つだけではなかった事になる。
なんであるにせよあのトカゲから恨まれても文句は言えない。瀬名さんも同じような事を考えたのだろう。
「遥希の部屋に巣食ってるのはヤモリじゃなくてトカゲなんじゃねえのか?」
「そんなことないですよ。俺とトカゲは心の絆で結ばれてますから」
「惨たらしい殺し方しといてよく言えるな」
「カマでザックリやったのは俺じゃなくてカマキリです」
食事を終えたカマキリだけはあの後すぐに逃がしてやったが、あいつは果たしてどうなっただろう。
せめてたくさん子孫を残して命を繋いでいてくれれば俺もまだ救われる。エサになったトカゲも多少は浮かばれる。はず。
「だけど俺がトカゲの死に場所を用意しちゃったのは言い訳できません。だからこそトカゲの分も頑張って生きてかなきゃならねえってじいちゃんに言われました」
「ほう」
「あの時のトカゲだけじゃなくてなんでもそうです。食べるにせよ身を守るにせよ、俺らは自分が生きていくために誰かの命をもらい続けてます。だから生きる事の罪を自覚して認めるのが人間の務めなんだって。奪った命を自分の業として背負いながら生きていくのも生き物の果たすべき責任だそうです」
「お前のじいさん僧侶かなんかか?」
「いいえ、大工の棟梁でした」
「そうか。……あ、だからガーくんハウス作れたんだな」
「そうなんですよ。ガーくんのおうちはプロ仕様です。納屋もじいちゃんが作り直しました」
「すげえ」
優雅な草花に囲まれた中、石の回廊に沿って足を進めていると木でできた薄茶色のベンチが現れた。
そこに並んで腰かける。ここからは庭園がちょうどよく見渡せた。ピピピッと時折高く鳴いている小鳥たちはどこで何をしているのだろう。声は聞こえるが姿は見えない。野生の良き物は身を隠すのもうまい。
「俺はあの時胸に誓いました。今後トカゲと出会ったらそいつらのことは優しく見守ってやろうって」
「ついさっき自分ちのヤモリと戦わせようとしてたけどな」
「見守るのと甘やかすのは違います」
「物は言いようだ」
「トカゲは小さいけど逞しく生き抜いてきた戦士ですから」
「しっぽ犠牲にしねえと生きてけねえような小さい爬虫類のどこが戦士だ」
「トカゲをバカにするのは俺が許しませんよ」
「だからってヤモリと戦わせるのもどうかと思う」
俺の部屋にいるかもしれないヤモリにたぶん実体はないだろう。でもトカゲならばやってくれる。
「トカゲは凄いんですよ。自分よりも強い敵が現れたくらいじゃ屈しません」
「ヤモリは強い敵じゃねえんだろ。臆病ってさっき自分で言ったじゃねえか」
「ヤモリはレベルイチくらいの敵ですから最初に出てくるスライムみたいなもんです。経験値を上げて魔王を倒すのがトカゲたちの抱く壮大な夢なんですよ」
「お前にトカゲの何が分かるんだ」
「見くびらないでください、だいたい分かってる。憧れの先輩はコモドさんで将来の目標はティラノさんです。最終形態はサラマンダーになります」
「そういう中二病案件はオタクの人達に預けた方がいい」
「あなたに中二病の何が分かるって言うんですか」
「見くびるんじゃねえ、大体分かる。オタクの生態にはちょっと詳しい」
エッヘンって感じに言われた。それは威張るところだろうか。
「瀬名さんサブカルなんか知らないでしょ」
「そんなことねえよ、知ってる」
「何を」
「たとえばアニメ好きの中二な奴に気に入られやすい色の表現は紅蓮と緋色と漆黒と純黒だ」
「なにそれ」
「銀色は単純なギンイロと呼ばねえ。シロガネかハクギンって言いたがる。銀灰も好きだ。これと同じ要領で紺碧とか赤銅とかにも弱い」
「偏見がすげえ」
「とにかく。さすが。わんぱく。それこれ。あちらこちら。ありがとうございます」
「なんです?」
「この辺はなぜか漢字で書きたがる」
「そうなの?」
「学ぶことにはやたら貪欲で世界各国の神話知識があったりする。これから勉強したいと思ってるのはルーン文字と梵字だ。あとヒエログリフ」
アニオタについてすげえ語られた。それぞれの生息エリアによってはあながち間違いじゃない気もするけど。
「……それはどこで得てきた偏見ですか」
「偏見じゃねえ。昔のダチにガチオタが二人いたから実際見たり聞いたりしてる」
「へえ。アニメとか漫画が好きな人達なの?」
「ああ。うち一人はマイルドヤンキーだった」
「アニメ好きなマイルドヤンキー……?」
「意外だろ。真鍋って言ってな、周りの目を気にする繊細な奴だからオタク趣味は隠し通してた。欲しいフィギュアを買いに行くこともできない」
「スタイルと趣味が合致してないと苦労するんですね」
「可哀想で仕方なかった。公言しちまえば楽だったろうにな」
「てかなんで瀬名さんは真鍋くんのシュミ知ってるんです?」
「ある時どうしても欲しい限定フィギュアが発売されたとかで店まで一緒についてきてほしいと土下座された」
「土下座?」
「相当な覚悟だったんだと思う」
「そっか」
「ただ俺じゃ役に立たねえから強力な助っ人を呼んだ。アニメの解説についてそいつに一聞くと百で返ってくる頼もしい奴だ。そのガチオタと隠れオタと俺の三人でフィギュア専門店に行った」
「すげえ図だな」
「意気投合して盛り上がる二人の横で疎外感をひっそり抱く俺」
「あんたの可哀想な話かよ」
この人はなんなんだろうな。コミュ力が高いんだか低いんだか分からない。
「二人とは今でも友達?」
「会う事はねえけど近況のやり取りくらいはしてる。真鍋はいま家業の歯科医院を継ぐために都内の歯医者で修行中らしい。オタク趣味は健在だが婚約中の彼女にカミングアウトしてから周りにも隠すのをやめた」
「真鍋くん幸せそうでよかった。もう一人は?」
「臨床検査技師やってる。相変わらずオタクだ」
「瀬名さんの周辺って濃いよね」
平均的な人も中間的な人も瀬名さんが紹介する登場人物の中であまり聞いたことがない。
「その二人が紅蓮とか漆黒とかヒエログリフとかが好きだったの?」
「あいつらに限ったことじゃねえ。なんでか知らねえがオタク層には一定の傾向がある」
「傾向?」
「好みが似てるんだよ」
「たとえば?」
「興味そそられる都市伝説はフィラデルフィア計画が定番だ。気になる思考実験はシュレディンガーの猫な」
「あぁ……マクスウェルの悪魔みたいな?」
「ガリレオの船とか」
「俺のダチにもアニメ好きは結構いましたけど、たしかにそういう感じの話よくしてた気がします」
「物理にはそこまで関心ねえのになんでオタクはああいうのが好きなんだ」
「俺に聞かれても知りませんよ」
俺がネッシーに心ときめくのと同じタイプのロマンだろうか。あるいは海外のエポニムだと名前の響きがちょっとカッコイイからオタク心をくすぐるのかもしれない。田中の猫とか山田の悪魔ならそこまでワクワクしないと思う。
隠明寺一之進の狼。小鳥遊喜三郎の鬼神。みたいなカッコイイのがこの国にもあれば、世界のアニオタがきっとザワついた。
懐の広いホテルの庭をゆっくり見渡しながら歩く。途中には涼やかな水場があって、薄灰色の飛び石を渡りきれば草木が広がる美しいエリアに出た。
レンガ造りの歩道を並んで進む。するとすぐ近くの茂みの中から、カササッと姿を見せた何か。
「あ、トカゲだっ!」
「お前がこの見事な庭園よりトカゲを選ぶ奴なのは知ってた」
「しっぽ切れてる!!」
「なぜはしゃぐ」
「捕まえます?」
「なんでだよ」
「連れ帰って俺の部屋のヤモリと戦わせるんです」
「お前とんでもねえな。こいつは今疲れてるだろうから放っといてやれ」
俺の眼下にいるこの小さい奴は、しっぽを犠牲にして戦略的撤退を果たしてきた勇敢なミニドラゴンだ。頑張って生き延びた主人公の行く手を妨げるのはやめてやることにした。
少々距離があるというのに、俺が一歩を踏み出しただけでこいつは凄まじい反応を見せた。シュササササッと俊敏に動いて草の影へと姿を消す妙技。
素晴らしい。あれぞ自然の中で逞しく生きる者の真の姿だ。
「カッケェ」
「顔が?」
「生き様が」
「そうか」
「じゃあなトカゲ。長生きしろよ」
「ヤモリと戦わせようとした奴が良く言う」
「信頼の証です」
「重すぎるだろ」
瀬名さんの愛情表現に比べればヘリウムくらい軽くてフワフワだ。
「お前トカゲそんな好きだったのか?」
「手足のある爬虫類が好きなんです」
「なるほどだから恐竜好きなのか」
「うん。大好き」
「今度は博物館行こう」
「いいっすね、花より絶対楽しい。Tレックスのデッカイ骨見たい」
「俺も見たい」
男は黙って恐竜だ。
「ネッシーを見たがってたお前の願いを叶えられなかったあの時の無念をこれでようやく晴らせそうだ」
「あれ気にしてたんだ」
「気にしてた」
「どっちにしろネッシーはネッシーなので別ですけど」
「そこは許せよ、似たようなもんだろ。想像図なんかほぼプレシオサウルスじゃねえか」
「プレシオサウルスって厳密には恐竜じゃないって話知ってる?」
「知らねえ。なんだそりゃ。何者だプレシオサウルス」
「水棲爬虫類って言うんだって。モササウルスとかもそうらしい」
「嘘だろ。恐竜だと信じてたのに……」
残念そうだ。それに悲しそうだ。たぶん肉まんにクワイが入っていた時と似たような気持ちになっていると思う。
「それにあいつらがもし恐竜だったとしてもネッシーの代わりにはならないです。恐竜とかの巨大生物は科学的根拠ちゃんとあるけどネッシーはいまだ未確認のままなのでロマンの性質が全然違います」
「プレシオサウルスだって十分ワクワクするだろ」
「するけどダメ。絶対背中に乗せてくれないもん」
「ネッシー見つけても乗せてはくれないと思う」
「ネッシーの方がまだ可能性あるよ。乗り心地良さそうだしデカそうだし」
「大型が好きか?」
「好き。かっこいい」
「じゃあモササウルスの復元模型も置いてある恐竜展探そう」
ストーン展のことはキッパリ忘れて恐竜と大型水棲爬虫類を見学しに行くことになった。
「てか瀬名さんが恐竜好きなのってなんか意外だな」
「恐竜が嫌いな人間はいねえ」
「特に誰が好き?」
「俺はガキの頃に映画観てからラプトル一筋だ」
「ヴェロキラプトル意外と小さかった説あるらしいですよ。映画の半分くらい」
「おい嘘だろマジかよ、なんなんだまた裏切られた。恐竜の羽毛説出てきた時以来のショックだ」
太古の巨大生物に心を奪われるのが人類だ。そしてこの手の説はコロコロ変わったりもするからその度に民衆は振り回される。喜んだり高揚したり、夢を壊されてガッカリしたり。
瀬名さんは羽毛タイプの恐竜いた説にガッカリしたタイプの人のようだ。かく言う俺もだ。ガッカリした。どの子もみんなウロコであってほしかった。
かつてこの地に存在していた生き物に思いを馳せながら、俺達は今この瞬間にこの地を歩く。大型とはとても思えない小鳥がピピピッとどこかで鳴いていた。
「爬虫類っぽいのは全部平気なんですか?」
「ヘビはサイズと姿かたちによる。あとワニは普通に怖い」
「トカゲは?」
「トカゲは結構かわいい顔してるだろ」
「つぶらな目をしてますからね」
「動き方もチョロチョロしてて愛嬌あるよな」
「それ言い出したらヤモリもトカゲの仲間なわけですしヒタヒタしてて可愛らしいですけど」
窓に張り付いているのを裏側から見るとピタッとしていて面白い。
地面をチョロチョロしているトカゲと、壁をヒタヒタしているヤモリ。活動時間帯も違うから綺麗に棲み分けができていて、ヤモリはしばしば益獣と言われて神聖な目で見られる事すらある。でも俺はやっぱりトカゲ派だ。
「ヤモリって夜行性だけどトカゲは昼間に動くじゃないですか」
「ああ」
「もしも夕方くらいにトカゲとヤモリが鉢会っちゃったらお互いどういう気分になるんだろう」
「気まずいんじゃねえのか」
「ケンカになったりすんのかな」
「見なかった事にして素通りのような気もする」
「やっぱさっきのアイツと仲良くなっとくんだった。本物のヤモリも取っ捕まえて勝負させたくなってきました」
「やめてやれよ。トカゲが可哀想だ」
「逆でしょ。トカゲの圧勝に決まってる」
「何を根拠に」
「ヤモリってすげえ臆病だもん。それに俺にはトカゲの地位を向上させる義務があるので応援しない訳にはいきません」
「どんな義務感抱いてんだ」
「義務っていうかむしろ使命? 昔トカゲの殺人ほう助しちゃったんで」
「お前の昔話はいつも所々地味にぶっ飛んでる」
幼少期に犯してしまった罪だ。俺にとってもあれは忘れがたい思い出になっている。
どこかでコミュニケーションを取り合っている小鳥たちの鳴き声を聞きつつ、レンガの歩道は終わりを迎えて緑の芝生へと途中で変わった。靴底をふわふわさせながらそれとない順路に沿って進むと、今度はごく小さな橋らしきものが。
その下はちょっとした小池になっている。やや幅の狭い木の橋を一列になって渡りながら、池を覗けば鯉がいた。
「子供の頃にね、生き物ノートっていうのを作ってたんです」
「生き物ノート?」
池のこっち側に渡り、俺の後ろにいた瀬名さんが再び隣に並んだところで、地味にぶっ飛んでいると評された昔話の中身を聞かせる。
「虫とか爬虫類とか捕まえてきて観察してそいつらのイラスト描いて、攻撃力とか防御力を勝手に想像して五角形のグラフにするんです」
「…………」
「前にも言いましたけど基本的に暗いんですよ、一人っ子なんで。あ、観察し終わった奴らはちゃんと帰してやってましたよ」
「そうか……そりゃよかった」
捕らえていた虫取りカゴの中から丁重にお出ししてやると、何してくれやがんだクソガキって顔して生き物たちは即座に逃げてく。
俺を振り返って戻ってきてくれる奴が一匹くらい現れることを秘かに期待していたけれど、映画みたいな友情は築けず誰一人として来てくれなかった。みんな爆速で逃げてった。
「それで小学校入った頃だったと思います。庭でいつもみたいにガーくんと生き物の捜索してて、夏休みのある日の収穫がトカゲとでっかいカマキリだったんです。納屋に行けば虫カゴになるもの一杯あるんですけど、その時手近にあったのは小さめのビン一個だけでした。だからそいつらをひとまずそん中に入れて、俺は一人でスケッチブック取りに行って」
「待った。その後の展開読めちまったんだけどまだ聞いた方がいいか」
「聞いて。懺悔したい」
「分かった」
「色鉛筆もいっぱい持ってそいつらのとこに戻りました。でもそしたらそのビンの中には……」
「ビンの中には……?」
「勝ち誇った顔したカマキリの横に、トカゲのしっぽだけが残されてました」
「だろうよ」
無知なガキが何も分からないまま呪いの儀式みたいなことをやってしまった。
「俺その二匹で言ったら断然トカゲ推しだったので泣き叫んでじいちゃんとこ駆けてって事件を報告したんです」
「お前の殺人ほう助事件な」
「じいちゃんにも言われました。生き物ってのはそういうもんだって。わざとじゃないにしてもお前はトカゲの運命を決めちまった。小さいビンの中じゃなくて広い庭の中だったらもっとうまく逃げ延びたかもしれない。そのことはよく覚えておけって」
「チビ相手にちゃんとしてんなお前のじいさん」
「俺の道徳心と倫理観のほとんどはじいちゃんの教えが元になってます」
遊び相手であり釣りの師匠であり人生の先導者だった。そのじいちゃんに言われたことだから今でもちゃんと覚えている。
俺はトカゲの命を奪った。もしかしたらメスを探しに行く途中のオスだったかもしれないし、これから卵を産もうとしているメスだった可能性もある。そうなると俺が奪った命は一つだけではなかった事になる。
なんであるにせよあのトカゲから恨まれても文句は言えない。瀬名さんも同じような事を考えたのだろう。
「遥希の部屋に巣食ってるのはヤモリじゃなくてトカゲなんじゃねえのか?」
「そんなことないですよ。俺とトカゲは心の絆で結ばれてますから」
「惨たらしい殺し方しといてよく言えるな」
「カマでザックリやったのは俺じゃなくてカマキリです」
食事を終えたカマキリだけはあの後すぐに逃がしてやったが、あいつは果たしてどうなっただろう。
せめてたくさん子孫を残して命を繋いでいてくれれば俺もまだ救われる。エサになったトカゲも多少は浮かばれる。はず。
「だけど俺がトカゲの死に場所を用意しちゃったのは言い訳できません。だからこそトカゲの分も頑張って生きてかなきゃならねえってじいちゃんに言われました」
「ほう」
「あの時のトカゲだけじゃなくてなんでもそうです。食べるにせよ身を守るにせよ、俺らは自分が生きていくために誰かの命をもらい続けてます。だから生きる事の罪を自覚して認めるのが人間の務めなんだって。奪った命を自分の業として背負いながら生きていくのも生き物の果たすべき責任だそうです」
「お前のじいさん僧侶かなんかか?」
「いいえ、大工の棟梁でした」
「そうか。……あ、だからガーくんハウス作れたんだな」
「そうなんですよ。ガーくんのおうちはプロ仕様です。納屋もじいちゃんが作り直しました」
「すげえ」
優雅な草花に囲まれた中、石の回廊に沿って足を進めていると木でできた薄茶色のベンチが現れた。
そこに並んで腰かける。ここからは庭園がちょうどよく見渡せた。ピピピッと時折高く鳴いている小鳥たちはどこで何をしているのだろう。声は聞こえるが姿は見えない。野生の良き物は身を隠すのもうまい。
「俺はあの時胸に誓いました。今後トカゲと出会ったらそいつらのことは優しく見守ってやろうって」
「ついさっき自分ちのヤモリと戦わせようとしてたけどな」
「見守るのと甘やかすのは違います」
「物は言いようだ」
「トカゲは小さいけど逞しく生き抜いてきた戦士ですから」
「しっぽ犠牲にしねえと生きてけねえような小さい爬虫類のどこが戦士だ」
「トカゲをバカにするのは俺が許しませんよ」
「だからってヤモリと戦わせるのもどうかと思う」
俺の部屋にいるかもしれないヤモリにたぶん実体はないだろう。でもトカゲならばやってくれる。
「トカゲは凄いんですよ。自分よりも強い敵が現れたくらいじゃ屈しません」
「ヤモリは強い敵じゃねえんだろ。臆病ってさっき自分で言ったじゃねえか」
「ヤモリはレベルイチくらいの敵ですから最初に出てくるスライムみたいなもんです。経験値を上げて魔王を倒すのがトカゲたちの抱く壮大な夢なんですよ」
「お前にトカゲの何が分かるんだ」
「見くびらないでください、だいたい分かってる。憧れの先輩はコモドさんで将来の目標はティラノさんです。最終形態はサラマンダーになります」
「そういう中二病案件はオタクの人達に預けた方がいい」
「あなたに中二病の何が分かるって言うんですか」
「見くびるんじゃねえ、大体分かる。オタクの生態にはちょっと詳しい」
エッヘンって感じに言われた。それは威張るところだろうか。
「瀬名さんサブカルなんか知らないでしょ」
「そんなことねえよ、知ってる」
「何を」
「たとえばアニメ好きの中二な奴に気に入られやすい色の表現は紅蓮と緋色と漆黒と純黒だ」
「なにそれ」
「銀色は単純なギンイロと呼ばねえ。シロガネかハクギンって言いたがる。銀灰も好きだ。これと同じ要領で紺碧とか赤銅とかにも弱い」
「偏見がすげえ」
「とにかく。さすが。わんぱく。それこれ。あちらこちら。ありがとうございます」
「なんです?」
「この辺はなぜか漢字で書きたがる」
「そうなの?」
「学ぶことにはやたら貪欲で世界各国の神話知識があったりする。これから勉強したいと思ってるのはルーン文字と梵字だ。あとヒエログリフ」
アニオタについてすげえ語られた。それぞれの生息エリアによってはあながち間違いじゃない気もするけど。
「……それはどこで得てきた偏見ですか」
「偏見じゃねえ。昔のダチにガチオタが二人いたから実際見たり聞いたりしてる」
「へえ。アニメとか漫画が好きな人達なの?」
「ああ。うち一人はマイルドヤンキーだった」
「アニメ好きなマイルドヤンキー……?」
「意外だろ。真鍋って言ってな、周りの目を気にする繊細な奴だからオタク趣味は隠し通してた。欲しいフィギュアを買いに行くこともできない」
「スタイルと趣味が合致してないと苦労するんですね」
「可哀想で仕方なかった。公言しちまえば楽だったろうにな」
「てかなんで瀬名さんは真鍋くんのシュミ知ってるんです?」
「ある時どうしても欲しい限定フィギュアが発売されたとかで店まで一緒についてきてほしいと土下座された」
「土下座?」
「相当な覚悟だったんだと思う」
「そっか」
「ただ俺じゃ役に立たねえから強力な助っ人を呼んだ。アニメの解説についてそいつに一聞くと百で返ってくる頼もしい奴だ。そのガチオタと隠れオタと俺の三人でフィギュア専門店に行った」
「すげえ図だな」
「意気投合して盛り上がる二人の横で疎外感をひっそり抱く俺」
「あんたの可哀想な話かよ」
この人はなんなんだろうな。コミュ力が高いんだか低いんだか分からない。
「二人とは今でも友達?」
「会う事はねえけど近況のやり取りくらいはしてる。真鍋はいま家業の歯科医院を継ぐために都内の歯医者で修行中らしい。オタク趣味は健在だが婚約中の彼女にカミングアウトしてから周りにも隠すのをやめた」
「真鍋くん幸せそうでよかった。もう一人は?」
「臨床検査技師やってる。相変わらずオタクだ」
「瀬名さんの周辺って濃いよね」
平均的な人も中間的な人も瀬名さんが紹介する登場人物の中であまり聞いたことがない。
「その二人が紅蓮とか漆黒とかヒエログリフとかが好きだったの?」
「あいつらに限ったことじゃねえ。なんでか知らねえがオタク層には一定の傾向がある」
「傾向?」
「好みが似てるんだよ」
「たとえば?」
「興味そそられる都市伝説はフィラデルフィア計画が定番だ。気になる思考実験はシュレディンガーの猫な」
「あぁ……マクスウェルの悪魔みたいな?」
「ガリレオの船とか」
「俺のダチにもアニメ好きは結構いましたけど、たしかにそういう感じの話よくしてた気がします」
「物理にはそこまで関心ねえのになんでオタクはああいうのが好きなんだ」
「俺に聞かれても知りませんよ」
俺がネッシーに心ときめくのと同じタイプのロマンだろうか。あるいは海外のエポニムだと名前の響きがちょっとカッコイイからオタク心をくすぐるのかもしれない。田中の猫とか山田の悪魔ならそこまでワクワクしないと思う。
隠明寺一之進の狼。小鳥遊喜三郎の鬼神。みたいなカッコイイのがこの国にもあれば、世界のアニオタがきっとザワついた。
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