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189.お礼のヒマワリ
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大学の新学期が始まった。
長い休みが明けるのは悲しい。今年度からは就活という二文字も頭にチラつく。気が重い。
しかしそんな目前に迫る危機に不安を煽られるより、俺には直ちに成し遂げなければならない一つのミッションがある。
その標的は、浩太。ハムちゃんの飼い主。カフェテリアにいたのを見つけた。ちょうど良く一人だ。暇そうにスマホをいじっている。よし。
今しかないと腹を決め、重めの足を動かした。浩太のすぐそばへ無言で向かって、テーブルの上にトンッと置いたパック。イチゴ・オレって書いてある牛乳もどきだ。
何も言わずに差し出した。それを二秒くらい眺めたのちに、浩太は顔を上げて俺と目を合わせた。
「これは何。お礼にお茶でも展開?」
「コーヒー牛乳と間違えてイチゴ牛乳押しちゃったからお前にぶん投げてるだけだ」
「素直じゃねえよなあ」
浩太を頼ったあの一件。あれは俺の誤解だったと、それだけ連絡は入れてあった。
しかし詳細は話していない。あれから実際に会うのも今日が初めて。
間違えて買っちゃったイチゴ牛乳を浩太は半笑いで受け取った。安っぽいストローを引っ張り出して、牛乳じゃないジュースを口にするこいつ。
その目の前に今度はガサッと、茶色い紙袋を置いた。
「……これは?」
「ヒマワリの種。癒しをくれたハムちゃんに礼だ」
「ハムちゃんには素直だな」
可愛い生き物には敬意を払う主義だ。
浩太はイチゴ牛乳片手に笑いながらも、それを自分の方に引き寄せ受け取った。
「とにかくまあ、解決したんなら良かったよ」
「……おう」
「どうせ荷物運ぶの手伝ってただけだろ?」
「違う」
「子犬届けた?」
「それも違う」
「宇宙人かあ。いいなあ、俺も会いたい」
「んなわけねえだろ」
「じゃあ腕組んで歩くような友達?」
「友達じゃない。ていうかそもそもそういうんじゃなかった。いもう…」
「芋?」
「……弟さん、だった」
シュポッと、その口が離れると同時にパックが間抜けな音を立てた。
テーブルの上にイチゴを戻した浩太。二秒間を置き、ふはっと笑った。
「ハルくん超ダサいね」
「うるせえ」
「早とちりもいいとこじゃん。つーか弟とか。漫画かよ」
うるさいな。まだ傷は塞がっていないんだからそこに塩塗りたくってくんじゃねえ。
イチゴ色のパックを再び手に取った浩太は、外からは見えない薄ピンクの中身を時々箱をへこませながら着実に減らしていく。
「彼女さんの弟の顔見たことなかったの?」
「なかった……名前聞いてたくらいで。ご両親とはしょっちゅう話してるけど」
「へぇ……え親ッ? もう向こうの親とも会ってんの!? そういう感じっ?」
「いやいやいや違う、なんか、事故で会っちゃってそのまま仲良くしてもらってるっていうか……」
「うわマジか、すげえ……親公認なんだ……」
「そうじゃなくて……」
そんなのを公認する親がどこにいるんだ。社会人の娘が学生の男を家に連れてきたら大多数は難色を示す。
社会人の男が学生の男を連れていったケースである俺達の場合は、なんか色々とご両親の反応が特殊で斬新だったけど。
イチゴ牛乳で全部チャラにしてさっさと逃げ去る作戦でいたが、自分の横の椅子を引いてそこをポンポンと手で叩いた浩太。
視線と手が促してくる。渋々ながら腰を下ろした。ストローを半端に口に咥えたまま、こいつは気に障る顔でニヤニヤと。
「なんだよガチだなハルくん」
「…………」
「そろそろ教えてくれても良くない? 彼女さんどんな人なの?」
「どんなって……」
「何歳上のお姉さん?」
「何歳……」
「社会人でしょ? 二十三とか四とかそれくらいの人?」
「あぁ……うーん……」
「あ、待ってやっぱ当てる。あー……七歳差くらいだろ。そんくらいだよ絶対。二十七歳のお姉さんとかいいな。なんか絶妙にエロい」
「お前、バカが……」
三十三歳のおじさんって言ったらどんな顔するだろうこいつ。
「ハルはやっぱ人生得してるよ。その顔だと彼女さんの親までたぶらかせちゃうんだ」
「人聞き悪いこと言うな。つーかお前だってミキちゃんの親と仲いいって言ってたろ」
「俺らはずっと友達だったし元々家も行き来してたから」
「その時点で付き合ってるだろ普通。なんなんだお前ら漫画かよ」
「おぉ、どしたよ急に強気だね。弟を浮気相手と勘違いしたヤツが偉そうな口利いちゃって」
「好きな子に何年も告れねえままジメジメしてたヤツよりマシだ」
「手出しできない聖域だったんだから仕方ねえだろ」
「その聖域に踏み込んどきながら二十七歳を絶妙にエロいっつったのはちゃんとバラしとく」
「やめて」
「今バラす」
「え、ホントやめて」
上着のポケットから見せつけるように俺がスマホを取り出すと、浩太は焦ってガダッと立ち上がった。
こいつも弱点は分かりやすい。浩太を撃沈させたいときにはミキちゃんの名前を出すといい。
世の中の大半の男は、彼女に告げ口されたら困るようなあれやそれやの過去の言動を一個くらいは持っている。
長い休みが明けるのは悲しい。今年度からは就活という二文字も頭にチラつく。気が重い。
しかしそんな目前に迫る危機に不安を煽られるより、俺には直ちに成し遂げなければならない一つのミッションがある。
その標的は、浩太。ハムちゃんの飼い主。カフェテリアにいたのを見つけた。ちょうど良く一人だ。暇そうにスマホをいじっている。よし。
今しかないと腹を決め、重めの足を動かした。浩太のすぐそばへ無言で向かって、テーブルの上にトンッと置いたパック。イチゴ・オレって書いてある牛乳もどきだ。
何も言わずに差し出した。それを二秒くらい眺めたのちに、浩太は顔を上げて俺と目を合わせた。
「これは何。お礼にお茶でも展開?」
「コーヒー牛乳と間違えてイチゴ牛乳押しちゃったからお前にぶん投げてるだけだ」
「素直じゃねえよなあ」
浩太を頼ったあの一件。あれは俺の誤解だったと、それだけ連絡は入れてあった。
しかし詳細は話していない。あれから実際に会うのも今日が初めて。
間違えて買っちゃったイチゴ牛乳を浩太は半笑いで受け取った。安っぽいストローを引っ張り出して、牛乳じゃないジュースを口にするこいつ。
その目の前に今度はガサッと、茶色い紙袋を置いた。
「……これは?」
「ヒマワリの種。癒しをくれたハムちゃんに礼だ」
「ハムちゃんには素直だな」
可愛い生き物には敬意を払う主義だ。
浩太はイチゴ牛乳片手に笑いながらも、それを自分の方に引き寄せ受け取った。
「とにかくまあ、解決したんなら良かったよ」
「……おう」
「どうせ荷物運ぶの手伝ってただけだろ?」
「違う」
「子犬届けた?」
「それも違う」
「宇宙人かあ。いいなあ、俺も会いたい」
「んなわけねえだろ」
「じゃあ腕組んで歩くような友達?」
「友達じゃない。ていうかそもそもそういうんじゃなかった。いもう…」
「芋?」
「……弟さん、だった」
シュポッと、その口が離れると同時にパックが間抜けな音を立てた。
テーブルの上にイチゴを戻した浩太。二秒間を置き、ふはっと笑った。
「ハルくん超ダサいね」
「うるせえ」
「早とちりもいいとこじゃん。つーか弟とか。漫画かよ」
うるさいな。まだ傷は塞がっていないんだからそこに塩塗りたくってくんじゃねえ。
イチゴ色のパックを再び手に取った浩太は、外からは見えない薄ピンクの中身を時々箱をへこませながら着実に減らしていく。
「彼女さんの弟の顔見たことなかったの?」
「なかった……名前聞いてたくらいで。ご両親とはしょっちゅう話してるけど」
「へぇ……え親ッ? もう向こうの親とも会ってんの!? そういう感じっ?」
「いやいやいや違う、なんか、事故で会っちゃってそのまま仲良くしてもらってるっていうか……」
「うわマジか、すげえ……親公認なんだ……」
「そうじゃなくて……」
そんなのを公認する親がどこにいるんだ。社会人の娘が学生の男を家に連れてきたら大多数は難色を示す。
社会人の男が学生の男を連れていったケースである俺達の場合は、なんか色々とご両親の反応が特殊で斬新だったけど。
イチゴ牛乳で全部チャラにしてさっさと逃げ去る作戦でいたが、自分の横の椅子を引いてそこをポンポンと手で叩いた浩太。
視線と手が促してくる。渋々ながら腰を下ろした。ストローを半端に口に咥えたまま、こいつは気に障る顔でニヤニヤと。
「なんだよガチだなハルくん」
「…………」
「そろそろ教えてくれても良くない? 彼女さんどんな人なの?」
「どんなって……」
「何歳上のお姉さん?」
「何歳……」
「社会人でしょ? 二十三とか四とかそれくらいの人?」
「あぁ……うーん……」
「あ、待ってやっぱ当てる。あー……七歳差くらいだろ。そんくらいだよ絶対。二十七歳のお姉さんとかいいな。なんか絶妙にエロい」
「お前、バカが……」
三十三歳のおじさんって言ったらどんな顔するだろうこいつ。
「ハルはやっぱ人生得してるよ。その顔だと彼女さんの親までたぶらかせちゃうんだ」
「人聞き悪いこと言うな。つーかお前だってミキちゃんの親と仲いいって言ってたろ」
「俺らはずっと友達だったし元々家も行き来してたから」
「その時点で付き合ってるだろ普通。なんなんだお前ら漫画かよ」
「おぉ、どしたよ急に強気だね。弟を浮気相手と勘違いしたヤツが偉そうな口利いちゃって」
「好きな子に何年も告れねえままジメジメしてたヤツよりマシだ」
「手出しできない聖域だったんだから仕方ねえだろ」
「その聖域に踏み込んどきながら二十七歳を絶妙にエロいっつったのはちゃんとバラしとく」
「やめて」
「今バラす」
「え、ホントやめて」
上着のポケットから見せつけるように俺がスマホを取り出すと、浩太は焦ってガダッと立ち上がった。
こいつも弱点は分かりやすい。浩太を撃沈させたいときにはミキちゃんの名前を出すといい。
世の中の大半の男は、彼女に告げ口されたら困るようなあれやそれやの過去の言動を一個くらいは持っている。
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