貢がせて、ハニー!

わこ

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167.ふかふかの悲しい思い出

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 日付が変わるちょっと前。なぜなのか突如、思い立った。それはもはや使命感だった。ジャンヌ・ダルクはかつてきっとこういう気分だったに違いない。

 目の前のローテーブルを見つめる。いつものニャンコのマグカップの中身はついさっき淹れてきたばかり。だがとてもじっとはしていられなくなった。見えない何かに突き動かされるかのよう。
 耐えきれずにスッと背筋を伸ばす。隣から顔を向けてきた瀬名さんに、強い意志をはっきり伝えた。

「急に肉まん食いたくなってきたのでちょっとコンビニ行ってきます」
「お前自由だよな」

 シンプルなコメントで返されてもめげずにスクッと立ち上がる。意気込みしかない。俺は行く。肉まんをお迎えしに行く。

 何せもう三月に突入した。コンビニに足を運べば必ず肉まんに出会える日々は限られている。それどころか肉まんが入ったホットケースがいつ店頭から撤去されていてもおかしくはない。寂しい。別れは辛い。
 なので速やかに買いに行く。これは実家だとできないことだ。夜中にちょっと思いついてもコンビニに辿り着くまでにはまあまあの距離があり、チャリぶっ飛ばして帰ってくる頃にはそれなりに疲れているうえ肉まんはすっかり冷え切っている。なんて悲しい。

 少々歩けばコンビニと対面できるのは都会住みならではの特権だ。その特権をフル活用すべく、後ろのベッドに放り投げてあったスマホにさっそく腕を伸ばした。
 隣からは瀬名さんが冷静にこっちを眺めてくる。

「昼間にあいつらとメシ行ったんだろ?」
「ええ」
「小籠包の専門店って言ってたよな?」
「ええ」
「お前のことだからたらふく食ったんじゃねえのか?」
「ええ、もちろん。気が済むまで」
「それで今度は深夜前に肉まん食うのか」
「小籠包と肉まんはまったく異なる食い物なので」
「材料ほぼ一緒じゃねえかよ」
「はっ。分かってねえなド素人が。噛みつくとスープがジュワッと出てくるアツアツモチモチで贅沢な食い物が中華屋さんの小籠包です。ホカホカしててちょっと安っぽいけどそこがいいのがコンビニ肉まんです。この二つには明確な違いがあります」
「そうか。まったく分からねえ」

 まったく分からねえ瀬名さんは淡々とお茶に口をつけた。マグカップの下の方で寝そべっている三毛猫は、今夜も相変わらず呑気そう。

 浩太から連絡がきたのは昼前だった。暇してるならメシ行こうぜと。すごく暇だったけど昼は適当ににゅうめんでも食うつもりでいて、材料は全部揃っていた。というか材料あるからにゅうめんを予定していた。なので出掛けるのめんどくさいと、思ったままを素直に答えた。
 すると浩太はこう返してきた。小籠包専門店だけど。
 その一行を見た俺がジャンパーを着こむまでには八秒もかからなかっただろう。もっちりジューシーで出来立て熱々の小籠包は大層ウマかった。

 しかしそれは今日のお昼の話だ。そこから半日近く経っている。今俺が求めているのは、ふっくらモコモコの肉まんだ。

「とにかくひとっ走り行ってきますね。分かんねえ人はここでおとなしくしててください」
「待て。一人で行かせると転ぶだろうから俺も一緒に行く」
「転びませんよ。瀬名さんも食いたいなら買ってきてあげます」
「いらない。食いたくない。冷凍だろ」
「だから感じ悪いって」

 去年も同じやり取りしたな。

「ああいうの嫌いなわけじゃないでしょう? いつもの中華店行けば普通に食ってんだから」
「あの店の肉まんは安全だ」
「なんですか安全って。コンビニだって一緒じゃん」
「分かってねえなド素人が。コンビニで適当に売られてる肉まんと信頼できる中華屋の肉まんには天と地ほどの明確な差がある」
「そうですか。まったく分かりません」

 鬱陶しい。

「ひと口ちょうだいって言われてもあげませんからね」
「言わねえしいらねえ。コンビニの肉まんは二度と信じないとガキのころ胸に誓った」
「何それ。肉まんにまでトラウマがあるの?」
「肉まんに罪はない。コンビニのホットショーケースに入ったあの肉まんが許せねえ。俺はこの先死ぬまでコンビニ肉まんを信じないと決めてる」

 なんだか分からないが面倒くさそうだ。
 スマホをズボンのポケットに突っ込み、そろそろ今季の役目が終わるジャンパーを着こんで、出掛ける準備だけを整えてから、仕方ないので聞いてやる。

「……昔からそんなコンビニ肉まんを目の敵にしてるんですか?」
「昔はコンビニの肉まんが大好きだった」
「えー意外」
「行くたびに必ず買ってたくらいだ」
「瀬名さんでもああいうの食うんですね。なんで買わなくなったんです?」
「クソ忌々しい事件があった」
「どんな?」
「…………」

 そこで止まった。少々の無言。瀬名さんの無駄に凛々しい目元には、ぐっと力が込められた。

「…………当時の俺は小学五年生」
「あ、はい。語り出す感じですね」

 めんどくせえ。肉まん買いに行きたかっただけなのに。一言で終わる気配ではないから、俺もいったんその場に腰を下ろした。
 瀬名さんは憤りを抑えるかのように三毛猫を凝視している。ローテーブルの上でマグカップをがっちりと握りしめて堪えている。視線の先の憐れなニャンコを、睨みつけながら低い声で言った。

「今日もこのふっくらしたおやつは俺を喜ばせるに違いない。そう信じて疑わなかった。だから最初のひと口は気づかなかった……。アレと遭遇したのは二口目だ」
「アレ?」
「ああ。アレ」
「…………」

 虫でも入っていたのか。いや、まさか。だいぶ昔の話とは言えさすがにそれは。この国のコンビニはウン十年前から衛生的だったはず。
 しかし瀬名さんの表情は、まさしく絶望を思わせてくる。

「二口目を噛んだ瞬間にな……」
「……瞬間に?」
「シャリッとした」
「シャリッと……?」
「シャリッと」
「……それは……ム、」
「クワイだ」
「は?」

 虫、ではなく。クワガタ。でもなく。

「……くわい?」
「クワイ」
「…………」

 クワイ。

「……一応聞きますけどクワイってあの、根菜の?」
「そう。それ」
「お正月のおせちとかに入れる縁起物のあれ?」
「地域によってはそうらしいがウチの方では入れない」
「あぁ……で、え……それが入ってたの? 肉まんに?」
「ああ」
「……嫌だったの?」
「シャリッとした」
「…………」

 確かにあのシャリシャリ感は他ではあまり出会うことのない歯ごたえだと思うけど。
 シャリッというかサクッというかシャキシャキというか表現が難しい。そいつが瀬名さんは嫌だった。

「レンガで殴られたような衝撃だった。小学五年生が抱いた期待をあの肉まんは裏切りやがった。俺はふかふかした外側の食感と中の具材のゴロッとしつつも柔らかい歯ごたえがたまらなく好きだったってのに……。それをあのクワイだとかいう意味の分からねえ謎の食材が一瞬でぶち壊してきたんだぞ。恨むのは当然だろ」
「繊細だなぁ……」

 瀬名さんがこんなにも肉まんに情熱を注ぐような男だったとは。
 俺はいつも何も考えずに食っていたけど、そういえばコンビニの肉まんの具材にはどんなのが入っていただろうか。玉ねぎは多分入っている。椎茸も入っていたはず。ああ、あとはあれだ。あれも食感が分かりやすくてハッキリとした、

「タケノコはいいんですか?」
「タケノコはシャリッとしてない」
「…………」

 難しい。

「当時はあのシャリッとしたのがなんだったのかさえ分からなかった。発覚したのは中学に入って隆仁に話してようやくだ。そりゃクワイだろうと」
「……知れてよかったですね」
「二年越しで真犯人に辿り着いた」
「大げさな」

 なにも敵討ちみたいな勢いで食材の正体を突き止めなくても。
 未知の食感に遭遇した幼き日の瀬名さんはよっぽど大きな衝撃を受けたのだろう。今もまた大昔の記憶に思いを馳せながら、苦々しく唸るように言った。

「商品開発担当の奴らがどういうつもりで俺の肉まんにクワイなんぞを入れやがったのかは知らねえが……」
「別にアンタのじゃないですよ」
「あれ以来コンビニの肉まんには二度と手を出さないと決めた」
「それはその当時そのコンビニチェーンでたまたまクワイを使ってたってだけでコンビニなのも冷凍なのも関係ないと思いますけど。つーか中華屋の方がむしろクワイ入ってる可能性高いのでは?」
「いつもの店では入れてない。包む系には入ってないと初めて予約したとき確認した。ネットレビューも片っ端から見たがクワイの歯ごたえに言及してる奴は誰もいなかった。肉まんにクワイの野郎が入ってれば少なくとも誰か一人は必ず食感について書き込む。つまりあの店は安全だ」
「安全の基準がおかしいよ。コンビニだって大丈夫ですから」
「誰になんと言われようと俺はもう騙されない」
「騙されたと思って食ってみりゃいいのに。そこのコンビニの肉まんには多分入ってないですもんクワイ」
「悪いがその話は信用できない。お前みてえに鈍感な奴は具材の中にひっそり隠れてるクワイの存在に大抵気付かねえもんなんだよ」
「鈍感で悪かったな」

 鈍感なガキにこれまで散々中華まんを貢ぎまくってきたのは誰だ。肉まんもあんまんもピザまんもカレーまんも去年の限定販売だったプレミアム角煮まんも、ほんの三秒見ていたというだけで即座に買い与えた鴨リーマンのくせに。

 俺の話を信じない男との間に、肉まんのせいでビキッと溝ができた。




***




 そして二十分後。
 二人で一緒にコンビニに行って肉まんを二個お買い上げしてきた。一個はもちろん瀬名さんに渡した。

 瀬名さんは疑念十割の眼差しでフカフカの肉まんを二つに割って、憎きクワイが潜んでいないか確認すべくタネを凝視していた。目視してもどうせ分かんねえからさっさと食ってみろと横からせっつき、辛うじてまだ温かいうちに肉まんに小さく食いついたこの人。

 そこから五十秒経っても無言だ。パクパクとモグモグを繰り返しているがなんの感想も返ってこない。
 ので、聞いた。

「で?」
「………………うまい」
「ほらぁ、だから言ったじゃないですか絶対ウマいもん。小学生の時ちょっとクワイに遭遇したってだけで挫けすぎなんですよ」
「俺はお前と違ってデリケートにできてる」

 この野郎。

 三十分で二度も愚鈍扱いされた。誰のおかげでまた肉まんが食えていると思ってんだ。
 コンビニ弁当もインスタント食品も基本的に好まない人だから、たとえ試しに食わせてみたとしても嫌いなままの物がほとんど。温め不要のかけるだけパスタソースなんて好きな味を見つける方が難しい。
 そんな人が、肉まんを受け入れた。高い方のプレミアム肉まんじゃなくて安い方のノーマル肉まんだけれどそれでもこの人は美味いと言った。

 今も黙々と食っている。顔には出ていないけどすげえ満足そう。
 二十二年も無駄にしただけの甲斐があるってもんだろう。これは俺のおかげだと考えていいと思う。

「次はあんまんも試してみます? ピザまんとかカレーまんも美味いですよ」
「ふざけんな。ピザとかカレーは完全に邪道だろ」
「なんですか急に。俺によく買ってくれるじゃん」
「お前がそういうのを食ってる度に横でずっと思いつつ黙ってた。あれは許しがたい悪行だと思う。本物の中華まんたちに心から謝れ」
「あんたは食わず嫌いが多すぎる」

 みんな大好きふかふかチョコまんとか去年チラッと見かけたサクラまんとかハロウィン限定だったカボチャまんとかを逐一貢がれたのはなんだったのだろう。



 こうして食わず嫌い王な瀬名さんは今宵肉まん擁護派になった。三十三歳独身男性の食えるものが一個増えたのは十中八九俺のおかげだ。

 そしてまたさらに後日。
 ためしにピザまんとカレーまんも食わず嫌い王の口に突っ込んでみた。邪道とまで言い放ったくせして大層お気に召したようだ。

 食えるものがもう二個増えた。全面的に俺のおかげだ。
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