貢がせて、ハニー!

わこ

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160.にゃーにゃーにゃー!! Ⅳ

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 観光客っぽく神社に寄って瀬名さんと一緒にパンパンしてきた。この土地の神様へのご挨拶も済んだことだし試しにおみくじを引いてみたところ、俺は小吉。瀬名さんは中吉。
 二人揃って控えめな運気だ。でも俺の吉の方が小さい。どうやら運勢一つをとっても俺はこの人に敵わないらしい。カミサマとやらは今日が誕生日の人間相手にも平等だ。

 旅行客の多い地域だから閑散とはしていないものの、都会の雑踏とは程遠い。何かに追い立てられているかのようにせかせか歩く人もいないから時間の流れはゆっくりに感じる。
 少し賑やかな中心街に入っても、いくつも連なる高いビルを眩しく見上げる機会はなかった。あったとしてもせいぜい十四階分といったところか。全体的に雰囲気はおっとりとして、野鳥たちまでのんきな様子だ。この辺はカラスよりもピチピチと鳴く小鳥が多い。

 ところでそんな都会比較よりもさっきから気になっていることが一つ。天上でも目指してんのかって感じの超高層ビルがない一方、あちらこちらでキツネの像を見かけるのはなんなのだろう。ここいらは異様にお狐さん達のお出迎えが多いような。ちなみについさっき俺達がお参りした神社のご祭神はお稲荷さんじゃない。

 神のお使いではなさそうなキツネが行く先々で目に入る。これは果たして気のせいだろうか。稲荷の参道であるならばまだしも、普通の街中の至る所にキツネたちが紛れ込んでいる。そして何やら祀られているようにも見える。大抵は酒やら団子やらのお供えまで丁重にしてある。
 敬意を込めて崇めているというより何か禍々しいものを恐れ、どうにかこうにか封じ込めて、慰めでもするかのように。

「……あ。あれ見てください」
「うん?」
「またキツネです」

 赤信号の前で足を止めたその時、指さしたのは横断歩道の向こう側。
 渡り切った地点のすぐ横。どう見ても狐をかたどったと思わしき白灰色の像が建てられている。

「なんかこっち見てるような感じしません?」
「そうか?」
「目が合いそうで合わない。あいつきっと誰か探してますよ」
「指さしてると気づかれて連れてかれるかもしれねえぞ」

 上げていた腕をサッと下した。
 何を笑ってんだこの野郎。人を脅かして何が楽しい。瀬名さんの精神攻撃は相変わらずエゲつない。

 指さしちゃったけどすぐに下したからセーフだろうか。どうか呪わないでください。俺は自宅のヤモリで手一杯です。もうこれ以上は考えないようにして、ひとまず像とは目を合わせない。
 街中のあらゆる場所に同じようなキツネが点在している。だからなんだ。それがどうした。多分そういう土地柄なのだろう。きっとここの地元の人達はみんなキツネを愛しているんだ。つまりあの像はマスコットだ。

 自分に無理やり言い聞かせ、信号が青になると同時に覚悟を決めて右足を前へ。幸いにもこの横断歩道のそばに菊の花束は置かれていない。事故多発ポイントではないと思う。ぜひともそうであってほしい。
 目の前に迫るお狐さんから不自然に目を逸らす俺を見て、瀬名さんは小刻みに肩を揺らしていた。この人がキツネに連れていかれても俺は絶対に助けない。





***





 開店時間と同時に入店したのは海の見える和定食屋さん。いささか早めの昼食を挟み、それから一回旅館に戻った。買い込んだお土産を置いてくるのと、それから装備を整えるために。

 俺たちがこれから行くのは渓谷だ。滝が見られる人気のスポットを目指す。初心者が挑みやすい低山だそうだが、人間が山に踏み入るならば最大限の敬意を払わねばならない。
 子供でもクリアしやすいコースとは言え自然を舐めたらいつだってすぐ死ぬ。山の奥は雪も深く残っていることが予想されるから、雪道対応のトレッキングシューズもしっかり準備して持ってきた。

 登山口には駅から直接行ける。その駅までは旅館近くのバス停から十分もしないで着いた。
 名所の一つである山だ。冷たく澄んだ空気の中を、二人で進む。目的は滝。もっと正確に言うなら氷瀑。目当ては自然が凍り付かせた瀑布だ。

「…………」
「…………」

 そのはずだった。俺達は氷瀑を見物しに来た。しかし山に足を踏み入れたところで、目にしたのは想像とは違った景色。
 もうちょっと白っぽい世界を予定していたのだが。時期と立地と標高からして白銀と言う程ではないだろうと踏んでいたものの、もう少しくらい地面や草木には雪が降り積もっていると考えていた。ところが実際はそうでもない。

 今週に入ってから周辺エリアの天気予報はちょいちょい気にして見ていて、だから寒さがやや緩みそうなのは知っていた。昨日ここに着いたときも今朝二人で海を訪れた時も、冬だしもちろん寒いことは寒いのだが底冷えと言うにはだいぶマイルドだった。
 そういうのが重なっていたのもあって、いざ山に入ってみた時からそんなような気はしていた。瀬名さんも次第に口数を減らした。疲れたとかじゃない。気づいたからだ。

 俺達の目の前には今、目指していた滝がある。期待通りビシッと凍り付いている。いいや。微妙だ。ビシッとは凍ってない。
 ビシッとどころか凍っている部分はたかだか二割弱程度の面積で、真ん中の辺りはごくごく普通に下へと向けて水が落ちていく。

「…………」
「…………」
「凍ってませんね」
「凍ってねえな……」

 全体的に凍り付いているのは瀬名さんの顔面だ。

 周りは雪に覆われていて、外側には分厚そうな氷がそのまま壮麗に残っているが、しかしおそらくはその辺も午後にかけて溶けだしてきたのだろうと思われる。
 だって全く流れを阻害しない。八割方流れているならこれはもうほぼほぼただの滝だ。あれを見て氷瀑か滝かと問われたら、大多数の人は滝だと答える。

「たぶんこれもっと凍ってるとこ見るならせめて朝一に来るべきだった」
「…………」

 山に一歩入った辺りからどんどん顔を険しくさせていた瀬名さんは、さらに居心地悪そうな表情をした。

 氷瀑とは凍りついている滝のことだ。冷たすぎて流れ落ちる前にその場で固まってしまった水だ。
 しかし目の前では滝が清らかに、そして涼やかに流れている。ザアザアと。とても見事な水流。水面に向けて視線を落とせば音に見合った飛沫も見えて、冷たい空気がこっちにまで触れるような気さえしてくる。

「これはこれでいい思い出ですね」
「……すまねえ。俺の計画ミスだ」
「俺らは所詮人間なんですから大自然の気まぐれには敵いませんよ。この感じだと朝来たって完全な凍結ではなかったでしょうし」
「申し訳ない……」
「そんな落ち込まないでください、滝が水になってただけで」

 それが普通だ。

「流れていてこそ滝ってもんですよ」
「凍っていてこそ氷瀑と言う」
「凍ってても凍ってなくてもここが名所ってことに変わりはありません。一度は来ておいて損のないスポットです。見てくださいよこの絶景を」

 観光客のために人の手を入れ、歩きやすく整備されているこの展望台。ほぼ普通に流れ落ちている清々しい滝をそこから眺めた。
 ここは初級向けと言うだけあって、暖かい季節になると軽装でハイキングを楽しめるらしい。 しかし真冬の状況は真逆で、調べてあった観光ガイドによれば二月初め前後をピークとして雪と氷の世界になるという。
 しっかり凍り付いていれば氷瀑のすぐ近くに降りる事もできるから、気合いの入った登山者だときちんとしたスキーウェアとヘルメットを装備して凍った滝を間近で見学するそうだ。さらにガチの上級者ともなればアイスクライミングに挑戦したりするらしい。人間による真冬の滝登りだ。

 しかし本日、今この時間。下を眺めてみれば立ち入り可能なエリアに人の姿もまばらに確認できるものの、本格的な重装備をしている人は誰もいない。だからと言ってすっ転ぶような人もいない。
 そりゃそうだ。周囲にさほど雪は目立たず、氷瀑登りに挑戦しようにもサラサラ流れている滝を人類が登るのは土台無理な話。あまり近くに行くとしぶきで濡れそうだし水浴びには寒すぎる時期だし、何より端っこの氷柱がいつ落下してもおかしくない気温だから皆きちんと遠目から見ている。

 氷瀑見学に来たつもりがすっかり滝見学になった。気高い絶景を前にしながら、瀬名さんは悲しそうな顔をしている。
 隣でそんな顔をされるのはこっちが居た堪れないからよしてほしい。今にも項垂れそうな様子だ。呆然と滝を見ていた。

「……こんな使えない男でごめんな」
「いやだから落ち込みすぎ」
「俺は山のことを何一つとして分かってなかった」
「俺だって分かってないですよ今ビックリしてるもん」
「氷瀑見るんだとはしゃいで飛び跳ねてた奴に本物を見せてやる事もできないなんて……」
「あなた人のことそんなアホみたいに思って見てたんですか?」

 氷瀑見てみたいと言った記憶はある。はしゃいで飛び跳ねた覚えはない。瀬名さんが得意なのは記憶の捏造だが今回の改変もまた酷い。

「今週入ってからちょっと気温も高かったし仕方ありません。こればっかりは運です」
「クソ……俺がさっき大吉さえ引き当てておけば」
「大吉引いたくらいで滝を凍らせてくれるほど神様はコスパ良くないよ」

 理系の人間が二人集まってするのがこんな話なのも嫌だ。温暖化がどうのとかいう意識高い話は一つも出てこない。

 今にも打ちひしがれそうな三十代の人間を無視して壮麗な滝は潔く流れ続ける。この滝は何歳なのだろう。これを見事と言わずしてなんと言うのか。
 凍った滝はきっと綺麗だ。雪が積もった時みたいに、周りの音が吸収されて静かな世界になるのかもしれない。
 けれどこうして流れている今、感じられるのは生命だ。その証拠にあちこちの木々からは小鳥の高い鳴き声が聞こえる。神様なんかに頼らなくても、俺はこの人とこれを見られた。

「こういうちゃんとしたデッカイ滝を生で見たの実は初めてなんです」
「そうか……」
「この気温と環境で滝は凍らないって知れたのは今日ここに来たからですよ。実際に見てみなきゃ分かんねえことは沢山あります。見て体感してちゃんと知れたので俺は満足です」
「お前……いつの間にか大人になりやがって……」
「もしかして俺のこと親戚のチビッ子かなんかと間違えてます?」

 二年ぶりに会った親戚のおじさんみたいなことを言われた。なんでちょっと泣きそうなんだ。勝手にじんわりすんのやめろ。
 面倒くさい大人の男を元の状態に立ち直らせるのに、そこからさらに六分くらいかかった。
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