貢がせて、ハニー!

わこ

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59.マタタビのご使用はご遠慮ください。

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 年上の恋人が猫まみれになっている。

 あぐらをかいた膝の上は綺麗な白猫に陣取られ、他より一回り小さいキジトラと目の形が真ん丸でパッチリの黒猫には両サイドをピタッと囲まれ。斜め後ろから離れないのは俊敏でやんちゃな三毛猫だ。勢いのいいダッシュとともに腰の位置めがけてモフッと頭突きをかましてきて以降こうなった。顎横をクイクイ撫でてもらって気持ちよさそうに目を細めている。
 瀬名さんの手足や腰にスリスリしていく通りすがりの猫は後を絶たない。そばでゴロゴロ寝そべったまま時々ペロペロ毛づくろいを始める呑気そうな茶トラ白は、器用に動く尻尾を瀬名さんの足にパフパフ当てて遊んでいる。初対面の猫にマーキングされる男は満更でもなさそうな顔。その光景に向けてスマホを構えた。

「……おい。俺は撮らなくていい。撮るんなら猫を撮れ」
「俺も猫を撮りたいんですけど猫があなたにくっついてんだもん。二条さんにも送っときますね」
「送るな」

 猫カフェに来ました。瀬名さんがモテモテです。
 コメントと共に休日のサラリーマンの猫まみれ画像を送りつけた。

「俺ネコ使いって初めて見ました」
「誰がネコ使いだ」
「こんなに一瞬で猫を集める人間はあなたくらいですよ」
「おやつ持ってる奴には敵わねえ」

 猫のそういう現金なところも全国の猫好きを悶えさせる。おやつ持ってないおじさんのくせして猫をたぶらかすのが瀬名さんだ。
 そうこうしている間にもまた一匹、元気そうな灰白カラーのハチワレが瀬名さんの手に頭をこすらせに来た。
 この男にかかると自由気ままな猫達もモフリ放題になる。灰白も結局ここに居ついて、瀬名さんの目の前を陣取った。





 土曜日の花屋バイトのあとにボルダリング施設へと連れ出され、普段の生活では使わない筋肉までみっちり二時間酷使してきた。
 瀬名さんはボルダリング経験者だけれどもう何年もやっていないからと、俺と一緒に一から説明を受けて俺と一緒に初心者コースにチャレンジ。一発で華麗に取り戻していた。それに張り合ったのは失敗でしかなかった。化け物並みの体力を誇る元気な三十二歳なんかに対抗心を燃やしたせいで、シューズとチョークを返却する頃には全身がバギバギに強張っていた。

 家に着いたらマッサージしてやる。親切のように超絶いい笑顔で提案してきたこの変質者。
 即座に拒否して目を合わせないようにしながらジムを出た頃には日も落ちていた。

 男二人で夜の猫カフェに入ったのはたまたまだ。歩いている途中でのぼりを見かけた。
 月一で譲渡会も実施しているらしい保護猫のための小さな施設。中をちょっとだけ覗いてみると思ったより人がいなかったから、入り口でしっかりした案内を受けたのち休憩もかねて足を踏み入れた。
 体はヘトヘト。ひどい状態だった。寝っ転がりたいのを理性と常識でどうにか堪えて座り込んだ床の上。いま癒しが必要なのは絶対俺の方なのに、猫はみんな俺を通り過ぎて瀬名さんの元へと向かう。

「瀬名さんとはもう猫カフェには来たくないです。ネコ全員取られる」
「おやつ買うか?」
「買う」

 お触りオッケーのキャバクラみたいにここの猫さんは抱っこオッケーだ。もっと仲良くなりたい場合はおやつを五百円で購入できる。キャバ嬢にガンガン酒を飲ませて客に金をひねり出させる悪質な店とは全然違うからおやつは数量限定だ。

「あ……見て。瀬名さん、見て」
「見てる」

 今まさに貢ぎ行為に出ようとしていたら腰を上げる直前で右手にモフッと。見下ろしたそこには白黒のハチワレ。足先の白い靴下猫がわざわざ構いに来てくれた。

「ふわふわだ……」
「よかったな」

 感動する。しかもずっと居てくれる。俺の真横でモフッと腹をカーペットにくっつけた白黒は、のんびりパタリと尻尾を揺らすと靴下模様をペロペロしだした。かわいい。

「この子ちょっと瀬名さんちのキキに似てますね」
「だよな」
「あなたは今浮気中ですけど」
「キキとココには黙っててくれ」

 大勢の猫を囲いながら隠ぺい工作とは卑劣な野郎だ。キキ似の白黒の鼻の前に控えめに手を差し出すと、両方の前足でパシッと捕獲されて肉球でぱふぱふ叩かれた。かわいい。

「お前のそれも浮気だからな」
「ガーくんには黙っててください」

 俺もなかなか卑劣な野郎だった。猫を前にすると人類はみんな腰砕けの浮気者になる。

 ここの猫はみんな人懐っこくてのびのびと自由に過ごしている。これならば新しい家族に出会って巣立てる子達も少なくないだろう。
 瀬名さんの実家の初代猫であるルルはダンボールの中の捨て猫だったが、白黒のキキも元は保護猫で里親募集中だったらしい。茶トラのココもまた同様に。二匹のいた保護施設ではカフェの併設はしていなかったが、同じような境遇のここの猫たちのことも瀬名さんは優しく穏やかに見守る。

 俺がもしも猫だったとしたら、確かに頭をこすり付けに行きたくなってしまうかもしれない。今もまたサバトラとキジ白の二匹が瀬名さんの元に吸い寄せられてきた。

「もしかしてマタタビ持ってます?」
「持ってねえよ」
「サバトラさんが膝の上乗りたそうにしてますよ」
「お前も後ろから狙われてるぞ」
「え?」

 直後、モフッと腰に当たった。白いとこ多めの三毛だ。高い声で可愛くにゃあと言われた。
 腰に体をこすり付けて何を確かめたのか不明だが、寝床として認めてもらえたようで膝の上にとこッと乗っかってくる。あたたかい重みを噛みしめながら、腹をモッフリくっ付けて寝そべるトビ三毛を無言のまま見下ろした。

「…………」
「よかったな」
「……三十分延長していい?」
「俺もそのつもりだった」

 人類は猫に敵わない。今まで散々非難してきた瀬名さんの異常な貢ぎ行為が一歩か二歩か三歩かそれくらいは理解に近付いたかもしれない。
 カフェには寄付システムがあるっぽいから帰りに何口か支援していこう。
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