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38.恋の悩みⅡ
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気の利く男。
そう言われた場合に俺が真っ先に思い浮かべるのは瀬名恭吾というサラリーマンだが、意外な所にもう一人いる。浩太だ。こいつもそっち側の男だ。
「ひどくない?!」
「うん酷い、ほんとそう思う。エリちゃんなんも悪くないのにね」
「でしょう!? なのにあの店長いっつもあたしのこと目の敵にしてさ……ッ」
「分かる、いるいる、そういうオッサン。人のことはめっちゃ責めるのに自分にはすっげえ甘かったり」
「そうッ、そうなの!」
「ムカつくよなぁ。そんな奴の下でもずっと頑張っててエリちゃんは偉いよ。なあハル?」
「え? あ、うん」
急に振られて適当に頷く。詳細はほとんど聞いていなかった。分かるのはエリちゃんがキレていることだけ。
さっきからずっと喚き散らす勢いで激高している女の子の話に、浩太はうんうん相槌を打ちながら根気強く付き合っている。
浩太は優しい。誰にでも優しいけど特に女の子に優しい。口は良く回るし調子はいいもののそれはつまり明るいってことで、話を聞くのも上手い奴だから女子の相談に乗ることもしばしば。
過去を振り返っても今現在も、俺は同期の女の子から相談を受けた事なんてない。仮に相談されても困る。浩太みたいな対応はできない。
こいつは女の子が望んでいることをいつもさり気なく与えてやれる。クソの役にも立たないような上から目線のアドバイスではなく、女が男に求めているのは共感という名の優しさだ。と、これも瀬名さんが前に言っていた。
「浩太だけだよ、あたしの気持ち分かってくれるの」
「話くらいならいつだって聞くよ。溜め込んじゃうのって一番つらいでしょ」
「ありがとーっ。浩太いてくれてよかったぁ」
すげえ。ヒートアップしていた女の子をいつの間にか鎮めている。
最初のエリちゃんは幻だろうかと思うくらい今はにこやかだ。
バイト先の愚痴は楽しいお喋りにすっかり変化したようだ。キャハハっとエリちゃんの明るい声を聞いた。その笑い声の次に聞いたのは、時間を区切るチャイムの音。
五時限目の試験が今始まった。変更がなかったらこれの前の時間で今期最後の試験を受け終え、俺は今ごろ帰るところだったはず。浩太ももうすでに学校にいる必要はないと思うが、こいつはバイトか用事でもない限り講義の後も同期の誰かと話し込んでいることが多い。
完全に機嫌の直ったエリちゃんはだいぶ余裕もでてきたようだ。この曜日のこの時間に俺がここにいる事を不思議に思ったらしい。
「あれ。ハルはまだ試験残ってるんだっけ?」
「んー、そう次。六時限目」
「あ、時間変更になったって言ってたやつか。ダルいねぇ」
「ねえ」
大学生はみんな何かとだるい。浩太だったらこんな些細なやり取りでさえもエリちゃんを楽しませられただろうが、俺は浩太じゃないから無理だ。
今期最終日で夕方前の時間帯とあって、ラウンジにいる学生はまばら。俺達と、他にちらほらいるだけ。
浩太のおかげですっきりした顔になったエリちゃんは、ヒラヒラと軽やかに手を振ってから一足先に帰っていった。休み中に二人で遊ぶ約束もしっかり取り付けた浩太は抜け目がない。エレベーターに乗り込む間際に振り返ったエリちゃんに、ニコニコと手を振り返して愛想よく見送っていた。
「……お前は春休みも忙しそうだな」
「そりゃあ、十九歳の春休みは一回しか来ねえもん。ハルこそ休み中なにするの?」
「バイト」
「また? 夏にも同じこと言ってなかった?」
「そろそろ免許取りたいんだよ」
瀬名さんのイカガワシイ教習じゃなくてちゃんとした普通免許のやつ。
「明日みんなでカラオケ集まるけどハルも行く?」
「俺はいいや」
「早いんだよ、いつも答えが。ちょっとは考えてよ」
適当に返事をしながら自分で取ったノートに目を落とした。どうせあと一時間以上も待たなければならないのだから、あのままずっと図書館にいても良かったかもしれない。
そろそろノートとの睨めっこも飽きてきた。それをテーブルの上にバサッと置いた時、向こうから一人で歩いてくるミキちゃんの姿が見えた。
さっきと変わらず大荷物。分厚い本ばっか借りるから。
向こうも俺に気づいたようで、そこから手を振ってきたため俺も同じようにヒラヒラと返した。すると浩太も後ろを振り向き、そこにいるのがミキちゃんと分かるとスクッと椅子から腰を上げた。
「ごめんハル。ちょっとここにいて」
「んー」
エレベーターの前に駆け寄った浩太。その場で何やら立ち話。勉強も飽きたしすごく暇だし、二人の様子をここから眺めた。
ポケットから何か取り出した浩太はそれをミキちゃんに手渡している。遠目にも楽しそうなのが分かった。浩太は誰とでも仲良しだ。
「おー、ハルー?」
呼び声に顔だけを後ろに向けた。呼んだのは小宮山。その隣には岡崎も。こいつらもしょっちゅう二人でつるんでる。
「この時間にいるの珍しいね」
小宮山に軽く頷いて返し、答えようとしたら先に岡崎が言った。
「試験の時間変更になったって言ってたよな。六限だっけ?」
「ああ、そっか。ダルいな」
この大学にはダルいやつしかいないのか。
人のノートに手を伸ばしてパラパラめくっていく小宮山。俺の半年分の積み重ねにはそんなに興味がなかったみたいで、すぐに閉じて顔を上げた。その視線の先には浩太とミキちゃん。二人はまだお喋り中だ。
「……ミキちゃん可愛いよなあ」
「ヤレそうでヤレないって子とどっちが可愛い?」
「うーん……悩む」
「そこ悩むんだ」
しょうもねえなこいつら。
「でも顔はやっぱミキちゃんかな」
「分かるよ」
「そんな子をフッちゃえる男の気持ちが俺には一生分かんねえ」
「それは俺にも分かんねえわ」
二人してこっち見てくんじゃねえよ。どうせ俺は悪者だよ。
ずいぶん前のことを責め立てられても俺が無言を貫いていると、二人の視線は再び浩太とミキちゃんの方へと注がれた。
「……暇潰しっちゃあなんだけどさ、浩太がそろそろ告るか賭けない?」
岡崎の提案に俺も顔を上げた。いきなり何を言ってんだこいつ。
思わず小宮山と顔を見合わせている。こいつも俺と同じ意味で目を合わせてきたのかと思ったら、小宮山はハハッと半笑いで岡崎に言い返した。
「あいつは告んねえって。浩太もそこまでバカじゃねえよ」
「いやでもめちゃくちゃ仲はいいじゃん。飲み会にだって浩太が呼べば絶対来てくれるし」
「毎回ハルで釣ってんだろ」
「ハルがそういう集まり来ないってもうみんな知ってるよ。俺は告る方に五千円賭ける」
友達で賭け事するなよ。なんだかよく分からないながら傍観を決め込む俺に岡崎が迫ってくる。
「なあハル、お前はどっちに賭ける。浩太は告る? 告らない?」
「……誰に?」
「ミキちゃんにだよ、決まってんだろ。ちゃんと話聞いとけっての」
俺もその話に交ざってたのか。いや、そんなことよりも。
「……浩太ってそうなの?」
「そうって?」
「ミキちゃんのこと……」
歯切れ悪く俺が聞くと、途端に二人はギョッとした。岡崎に至っては口がポカンと開いている。
「うそだろ……え、ねえ待ってハル。鈍感って言われない?」
無神経とかはたまに言われる。
「見てれば分かんじゃん。あれはどう考えても惚れてんだろ」
と言うのは小宮山。
呆れたように次々と言われ、浩太とミキちゃんの方に目を向けた。
「……え?」
「えぇぇー」
「マジか。すげえなお前」
エレベーターがようやく来たようで、そこに一人で乗り込もうとするミキちゃん。その時外からさり気なく、浩太がドアを押さえたのを見た。
やっぱりな。あいつもあっち側のタイプだ。
エレベーターの内と外とで気安げに言葉を交わすと、ミキちゃんを見送りながら浩太はドアから手を離した。
「あ、でも……俺にミキちゃん会わせたの浩太だけど……」
「だから惚れた弱みってやつだろ。あいつに頼んじゃうミキちゃんもすごいとは思うけどさ」
「…………」
小宮山の即答。徐々に否定もしづらくなってくる。
そうこうしているうちに浩太もこっちに戻って来た。元いた場所に座り直し、賭けに使われていたとも知らずに二人と普段通り喋っている。お前がミキちゃんに告る方に岡崎は五千円賭けようとしてたぞって告げ口してやりたい。
小宮山と岡崎はこれから帰るところだったようで、それからすぐにラウンジを出ていった。ここに浩太と残された俺。あいつらの発言が耳に残っている。
誰が誰を好きでどういう状況だろうと俺にはなんの関係もないけど、さすがにこれは、酷いことをしたかも。
言われてみれば確かに納得のいく部分も多い気はする。あの時も浩太はミキちゃんのために必死に俺を誘い出そうとした。なぜそうしたのか今分かった。好きな子の頼みだったからだ。
「あのさ浩太……」
「んー?」
「……悪かったよ」
「んんん?」
ポケットからスマホを取り出した浩太に前置きもなく謝ると、こいつは画面の操作をやめてすぐに俺の顔を見た。
「急になに。どしたの」
「……ミキちゃんのこと。もう今更だろうけど」
「……なにが?」
「いや、だから……お前の気持ちとか、知らなくて……」
人の話を聞くのがうまい奴はたったこれだけで察したようだ。驚きと感心が入り混じった顔で、まじまじと俺を眺めてくる。
「……デリカシー欠如型のハルくんがまさかそんなこと言ってくるとは」
「バカにしてんのか」
確かにあいつらに言われなければ全然気づかなかっただろうけど。
イラッと顔をしかめた俺に、浩太はヘラヘラ笑って返してくる。こいつはいつも穏やかだ。怒ったところなんて見たことがない。あの時も自分の気持ちを隠して、俺とミキちゃんをくっつけようとした。
「ハルが謝ることじゃないんだから気にしなくて大丈夫だよ。ミキは俺のことなんとも思ってないんだし」
「あの子は気づいてんのか……?」
「まさか。気づいてないよ、俺にハルのこと頼んでくるくらいだもん。分かっててそんなこと言ってくるような奴じゃない」
「…………」
小宮山はああ言っていたけど、今なら俺も浩太に賛同できる。あの子はそういうタイプではない。分かっていて利用はしないだろう。
「高校からの付き合いって言ってたよな」
「うん。だからこそ余計にね。男と女の間にも友情は成立しちゃうわけだよ、惚れた方がずっと黙ってれば」
「……いいのか?」
「いいも何もないかなあ」
「俺と引き合わせてないでさっさと自分が告ればいいのに」
「それ言う?」
ははっと笑って見せる浩太は、本当にそれで満足なのか。好きな子とどんなに仲良しでいられても、他の男に持っていかれたらいい気分はしないだろう。
「……なんで俺と会わせた」
「ハルなら真面目だし、ちゃんとしてるだろうから。付き合ったら彼女大事にしそうじゃん」
「もし本当に俺がミキちゃんと付き合っちゃってたらどうすんだよ」
「良かったねって言うよそりゃ。ハルはミキの初恋だもん」
「はつこ……え?」
思わぬ一言。つい聞き返す。
「……初恋?」
「これ言ったのミキには内緒な」
「……今まで彼氏とか……」
「いないんだってば。意外だろ?」
かなり意外だ。寄ってくる男なんていくらでもいそうだけど。可愛すぎると逆に彼氏ができないと言うのは都市伝説じゃなかったのか。
ミキちゃんは意外性の宝庫だ。実は昆虫オタクですとか言われてももう驚かない気がする。
「……さっきあの子に何か渡してたよな」
「ああ、チケット? サッカーの試合観たいってずっと言ってたから」
昆虫ではなくてサッカーだった。
「春休みに行こうって約束してたんだよ」
「お前も十分貢いでんじゃん」
「いやいや、これはもう恒例でさ。俺高校の時サッカー部で、あいつマネージャーだったんだ」
「……前から二人でよく行ってんの?」
「うん」
なんでミキちゃんはこいつと付き合わないんだろう。
見かけじゃ人は分からないのは十分理解したつもりだったが、まだまだ全然足りてなかった。能天気な奴だと思っていた浩太に、こんなにも真面目な悩みがあった。
「……俺はお前のこと誤解してたかもしれない」
「うん、だよね。知ってたよ」
「もっと軽薄なクズだと思ってた」
「ハルくん俺に当たり強すぎない?」
知り合ってから約一年。ここでこの話を聞いていなければ、今後も軽薄なクズという印象に変わりはなかったと思う。
「俺にゴメンねって思ってるなら次合コンやる時おいでよ。メンバーにハルが交ざってたら相手サイドの女の子たちのテンション確実に上がるから」
「行かねえよ。っつーかお前、ミキちゃんは」
「それはさぁ、まあ、ねえ。俺だって男の子だし」
「…………」
前言撤回。やっぱり軽薄なクズだった。
「ハルはあれでしょ。元気満タンの明るい子よりもおしとやか系とか清楚系が好きでしょ」
「知らない」
「照れんなって、俺に任せな。そういうタイプも集められるから」
「お前普段何やってんの」
軽薄なクズどころじゃない。最低じゃねえか。なんでそんな合コン慣れしてんだ。
「おいでって。楽しいよ」
「そういう勧誘には乗らないって決めてる」
「堅いなハルくん。ああ、それとも何。好きな子と進展でもあった?」
「…………」
ミキちゃんと言い、浩太と言い。なんなんだまったく。お前らこそもう付き合っちゃえよ。お似合いだよ。
何も言えずに目を逸らした俺のこの行動によって、浩太は確信に変えたようだ。
「へえ……なるほど。もしかして今その子と付き合ってる?」
子。って感じでは、全然ないけど。
「……悪いか」
「なんだよもう水臭い。そういうのちゃんと教えてってば」
「なんでお前に言わなきゃならねえんだ」
女子は浩太に相談するけど、俺はこいつには相談したくない。
そう言われた場合に俺が真っ先に思い浮かべるのは瀬名恭吾というサラリーマンだが、意外な所にもう一人いる。浩太だ。こいつもそっち側の男だ。
「ひどくない?!」
「うん酷い、ほんとそう思う。エリちゃんなんも悪くないのにね」
「でしょう!? なのにあの店長いっつもあたしのこと目の敵にしてさ……ッ」
「分かる、いるいる、そういうオッサン。人のことはめっちゃ責めるのに自分にはすっげえ甘かったり」
「そうッ、そうなの!」
「ムカつくよなぁ。そんな奴の下でもずっと頑張っててエリちゃんは偉いよ。なあハル?」
「え? あ、うん」
急に振られて適当に頷く。詳細はほとんど聞いていなかった。分かるのはエリちゃんがキレていることだけ。
さっきからずっと喚き散らす勢いで激高している女の子の話に、浩太はうんうん相槌を打ちながら根気強く付き合っている。
浩太は優しい。誰にでも優しいけど特に女の子に優しい。口は良く回るし調子はいいもののそれはつまり明るいってことで、話を聞くのも上手い奴だから女子の相談に乗ることもしばしば。
過去を振り返っても今現在も、俺は同期の女の子から相談を受けた事なんてない。仮に相談されても困る。浩太みたいな対応はできない。
こいつは女の子が望んでいることをいつもさり気なく与えてやれる。クソの役にも立たないような上から目線のアドバイスではなく、女が男に求めているのは共感という名の優しさだ。と、これも瀬名さんが前に言っていた。
「浩太だけだよ、あたしの気持ち分かってくれるの」
「話くらいならいつだって聞くよ。溜め込んじゃうのって一番つらいでしょ」
「ありがとーっ。浩太いてくれてよかったぁ」
すげえ。ヒートアップしていた女の子をいつの間にか鎮めている。
最初のエリちゃんは幻だろうかと思うくらい今はにこやかだ。
バイト先の愚痴は楽しいお喋りにすっかり変化したようだ。キャハハっとエリちゃんの明るい声を聞いた。その笑い声の次に聞いたのは、時間を区切るチャイムの音。
五時限目の試験が今始まった。変更がなかったらこれの前の時間で今期最後の試験を受け終え、俺は今ごろ帰るところだったはず。浩太ももうすでに学校にいる必要はないと思うが、こいつはバイトか用事でもない限り講義の後も同期の誰かと話し込んでいることが多い。
完全に機嫌の直ったエリちゃんはだいぶ余裕もでてきたようだ。この曜日のこの時間に俺がここにいる事を不思議に思ったらしい。
「あれ。ハルはまだ試験残ってるんだっけ?」
「んー、そう次。六時限目」
「あ、時間変更になったって言ってたやつか。ダルいねぇ」
「ねえ」
大学生はみんな何かとだるい。浩太だったらこんな些細なやり取りでさえもエリちゃんを楽しませられただろうが、俺は浩太じゃないから無理だ。
今期最終日で夕方前の時間帯とあって、ラウンジにいる学生はまばら。俺達と、他にちらほらいるだけ。
浩太のおかげですっきりした顔になったエリちゃんは、ヒラヒラと軽やかに手を振ってから一足先に帰っていった。休み中に二人で遊ぶ約束もしっかり取り付けた浩太は抜け目がない。エレベーターに乗り込む間際に振り返ったエリちゃんに、ニコニコと手を振り返して愛想よく見送っていた。
「……お前は春休みも忙しそうだな」
「そりゃあ、十九歳の春休みは一回しか来ねえもん。ハルこそ休み中なにするの?」
「バイト」
「また? 夏にも同じこと言ってなかった?」
「そろそろ免許取りたいんだよ」
瀬名さんのイカガワシイ教習じゃなくてちゃんとした普通免許のやつ。
「明日みんなでカラオケ集まるけどハルも行く?」
「俺はいいや」
「早いんだよ、いつも答えが。ちょっとは考えてよ」
適当に返事をしながら自分で取ったノートに目を落とした。どうせあと一時間以上も待たなければならないのだから、あのままずっと図書館にいても良かったかもしれない。
そろそろノートとの睨めっこも飽きてきた。それをテーブルの上にバサッと置いた時、向こうから一人で歩いてくるミキちゃんの姿が見えた。
さっきと変わらず大荷物。分厚い本ばっか借りるから。
向こうも俺に気づいたようで、そこから手を振ってきたため俺も同じようにヒラヒラと返した。すると浩太も後ろを振り向き、そこにいるのがミキちゃんと分かるとスクッと椅子から腰を上げた。
「ごめんハル。ちょっとここにいて」
「んー」
エレベーターの前に駆け寄った浩太。その場で何やら立ち話。勉強も飽きたしすごく暇だし、二人の様子をここから眺めた。
ポケットから何か取り出した浩太はそれをミキちゃんに手渡している。遠目にも楽しそうなのが分かった。浩太は誰とでも仲良しだ。
「おー、ハルー?」
呼び声に顔だけを後ろに向けた。呼んだのは小宮山。その隣には岡崎も。こいつらもしょっちゅう二人でつるんでる。
「この時間にいるの珍しいね」
小宮山に軽く頷いて返し、答えようとしたら先に岡崎が言った。
「試験の時間変更になったって言ってたよな。六限だっけ?」
「ああ、そっか。ダルいな」
この大学にはダルいやつしかいないのか。
人のノートに手を伸ばしてパラパラめくっていく小宮山。俺の半年分の積み重ねにはそんなに興味がなかったみたいで、すぐに閉じて顔を上げた。その視線の先には浩太とミキちゃん。二人はまだお喋り中だ。
「……ミキちゃん可愛いよなあ」
「ヤレそうでヤレないって子とどっちが可愛い?」
「うーん……悩む」
「そこ悩むんだ」
しょうもねえなこいつら。
「でも顔はやっぱミキちゃんかな」
「分かるよ」
「そんな子をフッちゃえる男の気持ちが俺には一生分かんねえ」
「それは俺にも分かんねえわ」
二人してこっち見てくんじゃねえよ。どうせ俺は悪者だよ。
ずいぶん前のことを責め立てられても俺が無言を貫いていると、二人の視線は再び浩太とミキちゃんの方へと注がれた。
「……暇潰しっちゃあなんだけどさ、浩太がそろそろ告るか賭けない?」
岡崎の提案に俺も顔を上げた。いきなり何を言ってんだこいつ。
思わず小宮山と顔を見合わせている。こいつも俺と同じ意味で目を合わせてきたのかと思ったら、小宮山はハハッと半笑いで岡崎に言い返した。
「あいつは告んねえって。浩太もそこまでバカじゃねえよ」
「いやでもめちゃくちゃ仲はいいじゃん。飲み会にだって浩太が呼べば絶対来てくれるし」
「毎回ハルで釣ってんだろ」
「ハルがそういう集まり来ないってもうみんな知ってるよ。俺は告る方に五千円賭ける」
友達で賭け事するなよ。なんだかよく分からないながら傍観を決め込む俺に岡崎が迫ってくる。
「なあハル、お前はどっちに賭ける。浩太は告る? 告らない?」
「……誰に?」
「ミキちゃんにだよ、決まってんだろ。ちゃんと話聞いとけっての」
俺もその話に交ざってたのか。いや、そんなことよりも。
「……浩太ってそうなの?」
「そうって?」
「ミキちゃんのこと……」
歯切れ悪く俺が聞くと、途端に二人はギョッとした。岡崎に至っては口がポカンと開いている。
「うそだろ……え、ねえ待ってハル。鈍感って言われない?」
無神経とかはたまに言われる。
「見てれば分かんじゃん。あれはどう考えても惚れてんだろ」
と言うのは小宮山。
呆れたように次々と言われ、浩太とミキちゃんの方に目を向けた。
「……え?」
「えぇぇー」
「マジか。すげえなお前」
エレベーターがようやく来たようで、そこに一人で乗り込もうとするミキちゃん。その時外からさり気なく、浩太がドアを押さえたのを見た。
やっぱりな。あいつもあっち側のタイプだ。
エレベーターの内と外とで気安げに言葉を交わすと、ミキちゃんを見送りながら浩太はドアから手を離した。
「あ、でも……俺にミキちゃん会わせたの浩太だけど……」
「だから惚れた弱みってやつだろ。あいつに頼んじゃうミキちゃんもすごいとは思うけどさ」
「…………」
小宮山の即答。徐々に否定もしづらくなってくる。
そうこうしているうちに浩太もこっちに戻って来た。元いた場所に座り直し、賭けに使われていたとも知らずに二人と普段通り喋っている。お前がミキちゃんに告る方に岡崎は五千円賭けようとしてたぞって告げ口してやりたい。
小宮山と岡崎はこれから帰るところだったようで、それからすぐにラウンジを出ていった。ここに浩太と残された俺。あいつらの発言が耳に残っている。
誰が誰を好きでどういう状況だろうと俺にはなんの関係もないけど、さすがにこれは、酷いことをしたかも。
言われてみれば確かに納得のいく部分も多い気はする。あの時も浩太はミキちゃんのために必死に俺を誘い出そうとした。なぜそうしたのか今分かった。好きな子の頼みだったからだ。
「あのさ浩太……」
「んー?」
「……悪かったよ」
「んんん?」
ポケットからスマホを取り出した浩太に前置きもなく謝ると、こいつは画面の操作をやめてすぐに俺の顔を見た。
「急になに。どしたの」
「……ミキちゃんのこと。もう今更だろうけど」
「……なにが?」
「いや、だから……お前の気持ちとか、知らなくて……」
人の話を聞くのがうまい奴はたったこれだけで察したようだ。驚きと感心が入り混じった顔で、まじまじと俺を眺めてくる。
「……デリカシー欠如型のハルくんがまさかそんなこと言ってくるとは」
「バカにしてんのか」
確かにあいつらに言われなければ全然気づかなかっただろうけど。
イラッと顔をしかめた俺に、浩太はヘラヘラ笑って返してくる。こいつはいつも穏やかだ。怒ったところなんて見たことがない。あの時も自分の気持ちを隠して、俺とミキちゃんをくっつけようとした。
「ハルが謝ることじゃないんだから気にしなくて大丈夫だよ。ミキは俺のことなんとも思ってないんだし」
「あの子は気づいてんのか……?」
「まさか。気づいてないよ、俺にハルのこと頼んでくるくらいだもん。分かっててそんなこと言ってくるような奴じゃない」
「…………」
小宮山はああ言っていたけど、今なら俺も浩太に賛同できる。あの子はそういうタイプではない。分かっていて利用はしないだろう。
「高校からの付き合いって言ってたよな」
「うん。だからこそ余計にね。男と女の間にも友情は成立しちゃうわけだよ、惚れた方がずっと黙ってれば」
「……いいのか?」
「いいも何もないかなあ」
「俺と引き合わせてないでさっさと自分が告ればいいのに」
「それ言う?」
ははっと笑って見せる浩太は、本当にそれで満足なのか。好きな子とどんなに仲良しでいられても、他の男に持っていかれたらいい気分はしないだろう。
「……なんで俺と会わせた」
「ハルなら真面目だし、ちゃんとしてるだろうから。付き合ったら彼女大事にしそうじゃん」
「もし本当に俺がミキちゃんと付き合っちゃってたらどうすんだよ」
「良かったねって言うよそりゃ。ハルはミキの初恋だもん」
「はつこ……え?」
思わぬ一言。つい聞き返す。
「……初恋?」
「これ言ったのミキには内緒な」
「……今まで彼氏とか……」
「いないんだってば。意外だろ?」
かなり意外だ。寄ってくる男なんていくらでもいそうだけど。可愛すぎると逆に彼氏ができないと言うのは都市伝説じゃなかったのか。
ミキちゃんは意外性の宝庫だ。実は昆虫オタクですとか言われてももう驚かない気がする。
「……さっきあの子に何か渡してたよな」
「ああ、チケット? サッカーの試合観たいってずっと言ってたから」
昆虫ではなくてサッカーだった。
「春休みに行こうって約束してたんだよ」
「お前も十分貢いでんじゃん」
「いやいや、これはもう恒例でさ。俺高校の時サッカー部で、あいつマネージャーだったんだ」
「……前から二人でよく行ってんの?」
「うん」
なんでミキちゃんはこいつと付き合わないんだろう。
見かけじゃ人は分からないのは十分理解したつもりだったが、まだまだ全然足りてなかった。能天気な奴だと思っていた浩太に、こんなにも真面目な悩みがあった。
「……俺はお前のこと誤解してたかもしれない」
「うん、だよね。知ってたよ」
「もっと軽薄なクズだと思ってた」
「ハルくん俺に当たり強すぎない?」
知り合ってから約一年。ここでこの話を聞いていなければ、今後も軽薄なクズという印象に変わりはなかったと思う。
「俺にゴメンねって思ってるなら次合コンやる時おいでよ。メンバーにハルが交ざってたら相手サイドの女の子たちのテンション確実に上がるから」
「行かねえよ。っつーかお前、ミキちゃんは」
「それはさぁ、まあ、ねえ。俺だって男の子だし」
「…………」
前言撤回。やっぱり軽薄なクズだった。
「ハルはあれでしょ。元気満タンの明るい子よりもおしとやか系とか清楚系が好きでしょ」
「知らない」
「照れんなって、俺に任せな。そういうタイプも集められるから」
「お前普段何やってんの」
軽薄なクズどころじゃない。最低じゃねえか。なんでそんな合コン慣れしてんだ。
「おいでって。楽しいよ」
「そういう勧誘には乗らないって決めてる」
「堅いなハルくん。ああ、それとも何。好きな子と進展でもあった?」
「…………」
ミキちゃんと言い、浩太と言い。なんなんだまったく。お前らこそもう付き合っちゃえよ。お似合いだよ。
何も言えずに目を逸らした俺のこの行動によって、浩太は確信に変えたようだ。
「へえ……なるほど。もしかして今その子と付き合ってる?」
子。って感じでは、全然ないけど。
「……悪いか」
「なんだよもう水臭い。そういうのちゃんと教えてってば」
「なんでお前に言わなきゃならねえんだ」
女子は浩太に相談するけど、俺はこいつには相談したくない。
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