掌編・短編集

わこ

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11.彼が免許を取る理由

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 多くの男が理想とする女の子のタイプと言えば。

 それはもちろん人それぞれ好みが違うのは当然だけれど、何十年も変わらず言われ続ける大まかな傾向くらいならある。
 黒髪ロングのストレート。清楚で気品があって大人しめ。純粋かつ、物腰やわらか。これを一言でまとめるとするなら、いわゆる、大和撫子だ。

 どこに行っても必ずと言っていいほどこう答える男が一人はいる。
 俺もそこに含まれていた。好みのタイプは大和撫子。家庭的で優しい子と付き合いたい。

 それなのにどこをどう間違ったのか、現在の俺の恋人はこれとは全く正反対。
 黒かったはずの髪は脱色しすぎてほぼ金色だし。口数は元々多くないから大人しいと言えなくもないけど、その代わりいちいち行動荒いし。
 ガラ悪いし、言葉遣い酷いし、目付きは殺人犯並みだし。常に眉間を寄せているせいで、怒ってなくても不機嫌に見えるし。

 ていうか、女の子でもないし。



「……タカマサくん」
「あぁ?」
「…………怒ってる?」
「は? 怒ってませんよ」

 怒ってないのに、「あぁ?」とか言わないで。ぶん殴られるかと思った。

 バイク雑誌片手に俺を振り返る年下の恋人。睨まれている訳じゃないのに睨まれているような気がしてしまって、内心では溜め息をついた。
 先週ようやく十八歳の誕生日を迎えたタカマサくん。前々から欲しかった大型二輪の免許をそろそろ取りに行きたい、なんて。
 そんなような事を言っていたタカマサくんは年相応で可愛いとも思った。だけど高校の制服を着たまま俺の部屋でバイク雑誌を読み耽る恋人は、どこからどう見ても容姿が凶悪。

 最近になってまたしても怖い要素を増やしてきたこの子は一体、何を考えているのだか。
 唇に刺さっているソレ。見ているこっちが痛くなってくる。そして実際に痛いだろう。あんなの痛くないはずがない。よりにもよって、口にピアスなんて。
 なんなんだよ、ヤメテよホントに。痛いのとか怖いのとか苦手なんだよ。

 痛々しい姿になったタカマサくんを最初に見たのは三日前。突然ピアスを唇なんかにつけてきたこの子を見た時にはもう、本当に言葉が出なかった。
 顔のつくり自体はいいから何をしたって不思議としっくりきてしまうのがまた良くない。自称ヤンキーじゃないタカマサくんが、俺の中で完全なるヤンキーになった瞬間だった。

 今の高校生ってこういうのが流行ってるなのかな。いやでも違うよな。タカマサくんの他にこんな見た目の高校生なんて俺は知らない。
 大学に進学してから俺だってまだ二年半しか経ってない。変化の激しい時代とは言え、たった二年でファッションがそこまで大きく変わるとも思えない。
 今後もしも背中に彫り物を入れるとかなんとか言い出したら、その時はさすがに止めよう。年上として諭さねば。

「……教習いつ行くの?」

 バイクよりも先に普通免許取った方がいいんじゃないかな。とは口が裂けても言えない。
 雑誌から目を離そうとしないタカマサくんは、大型二輪の免許が欲しくて欲しくてどうしようもないらしい。

「来週からです。バイト代も十分貯まったし、住民票も昨日取ってきた」

 準備はや。よかったね、近くに教習所があって。バイトに勤しんだ甲斐があるってもんだね。
 タカマサくんの学校は明後日から夏休み。短期教習で予約をすると少し前に言っていた。原付しか持っていないこの子は最短でも二週間少々かかるはず。

「行く気満々だね」
「だってカナタさん免許持ってねえんだもん。俺が取って来た方が早い」
「ん?」

 なにそれ。なんでそこに俺が出てくるの。
 話が読めずに後ろで首をかしげたら、タカマサくんは雑誌を手放して俺と顔を向かい合わせた。

「どっちか免許持ってた方が行動範囲も広がるじゃないすか。あんたのコト後ろに乗っけて海まで走んのが俺の夢」
「……海?」
「この前海行きたいって言ってたでしょ。つっても取ってすぐには二人乗りできねえけど。一緒に普免も受けてくるんで、そっちで休み中に行きましょう」

 そのために、教習に行くのか。ただ単にハーレーに憧れを持っているヤンキー風の十八歳というわけじゃなかったんだ。ていうか普通免許も取るんだ。
 免許が欲しい理由の中に、俺の存在があったとは。知らなかった。ちょっと嬉しい。本当はかなり、物凄く嬉しい。
 意外と可愛いこと言ったりやったりするんだよな時々この子。見た目は凶悪的に怖いのに、中身は青春真っただ中の爽やか系純情ボーイだ。

「早く取れるといいね、免許」
「うん。すげえ頑張ります」

 ニコって。
 嬉しそうに笑った顔がいきなり可愛い。金パと口ピやめて毎日ニコニコしていればいいのに。

 楽しそうに笑うタカマサくんの姿は普段も滅多に拝めない。だからこのギャップが余計に可愛い。ついつられて笑う俺。
 向かい合って座ったまま、自分よりもタッパのある子の頭に手を伸ばしてポンポンと撫でた。ガキ扱いしないでくださいといつもだったら怒られるけど、今日は不満を返される事なく、反対に腕をぐいっと引かれた。

 腕の中に抱きとめられてギュっとされる。年下の高校生にこんな抱っこをされてしまっても、嫌などころか嬉しく思うようになっちゃったのはいつからだったか。
 俺をこうやって抱きしめる時はタカマサくんが甘えたい時でもある。この肩に顔を埋め、この子はボソッと声を零した。

「……免許はホント欲しいんですけど、教習中は時間無くなるからカナタさんともあんま会えない」

 かわいいなぁ、もう。なにこのコ。
 大型二輪だけでも結構な日数がかかるが、普通車も一緒に取るとなると短期教習と言えど長いだろう。二人で海に行く夢を叶えるためにも夏休み中に終わるといいね。

「絶対に何があっても乗り越さねえ……。一分一秒でも無駄にしないって誓うので浮気とかマジでしないでくださいね」
「何を心配してんの。する訳ないでしょ」
「じゃあ昼間会えなかった日は夜中にここ来てもいいですか?」
「それは全然いいんだけど……タカマサくんバイトもあるよね? 体もつ?」
「余裕です」

 即答か。若い子は元気だ。俺と二つしか違わないはずなのにいつもすごく若々しい。

 大学近くに借りたこのアパートの鍵は、付き合い始めた時からタカマサくんに渡してある。合鍵あげないと殺されそうな顔で迫られた時につい押し負けて。
 高校生にこういうのあげちゃうのはちょっとどうかとも思ったけれど、深夜近くにバイト先からトボトボ帰って来たある日、明かりが点いた部屋でタカマサくんがご飯を作って待っていてくれた時には死ぬほど感動して泣きかけた。

 この子は意外にも料理が上手。ご飯だけじゃない。お菓子だって作れる。
 前に一度シフォンケーキを焼いてもらった事があったけど、あれもめちゃくちゃウマかったな。お菓子屋さん始めたら絶対に繁盛する。

「カナタさんも休み中バイト?」
「うーん、そうだね。大学は夏休み長いし」
「夜はあんまり入れないでください」
「あー……夜のがちょっと時給いいんだよね」

 ここのところ実家からの仕送りがストップする勢いで減ってきている。生活費を稼がないと大変な事になるから時給は重要だ。
 若干気まずく答えると、タカマサくんが顔を上げて俺と目を合わせてきた。ちょっと前まで笑っていたのに、すっかりいつもの不機嫌顔だ。

 もしかして怒らせたかな。夜来てもいいってついさっき言ったの俺だしな。
 いい加減慣れろと自分でも思うが、この表情はどうにも迫力がある。俺には絶対手を上げないけど、タカマサくんはこの見た目通りケンカにもめちゃくちゃ強い。そもそもなんの接点もないようなこの子と俺が付き合っているのだって、夜道でカツアゲに遭っていたところを助けてもらったのがきっかけだった。

 ささやかな恐怖心を抱きながら年下の恋人を見返す。しかしどうやらこの子の考えは、俺とは全く別の方向にあったようで。

「…………分かった。会えなくなるの我慢するんで今補充してっていいですか」
「え?」
「シたい。だめ?」

 答える前に口を塞がれた。顔が怖くてバイクが大好きでお菓子作りが得意なこの子は、すっごく優しいキスをする。
 目を閉じて感じるのは、よく知っている唇の感触。そのはずだけど、今日は違った。冷たくて硬い、小さな質感が唇に触れて、伏せたまぶたを薄く開けた。

 ああ、そっか。ピアスだ。口の。
 これが唇に当たるのか。

「……タカ……ん……」

 呼びかけはすぐに途切れた。啄まれる度に小さな金属が唇に押し付けられる。
 ちゅくっと舌が絡まる瞬間も、絶えずその存在を下唇辺りに感じた。

「ン……ふ……ピアス……」
「うん……え? あ、コレ嫌? カナタさんが嫌なら外す」

 外すんだ。折角穴あけてきたのに俺が嫌だって言ったらやめちゃうんだ。
 漏らした言葉でキスは中断。抱きしめられたまま目を覗きこまれた。

「つけてんの嫌ですか?」
「……イヤじゃないよ。見てて痛々しいけど」

 正直な感想を言うと、割と気持ちいいかもしれない。唇が擦れると小さな丸い粒も一緒に押し付けられる感覚。新鮮だった。

 タカマサくんの顔を両手で挟んだ。キスを再開させるために自分から引き寄せる。
 ちゅっと重ねてから離し、イタズラ心で小さな金属を舌先で軽くつついた。舐めるようにコロコロ転がしてその感触を楽しんでいると、くすぐったいのか痛かったのか、されるがまま大人しくしていたタカマサくんから反撃に遭った。
 がぶッと。強めにくる。本気で喰われるかと思った。

「っ……んぅ……んん」

 荒っぽい。けど、仕草は優しい。耳にタカマサくんの指先が触れ、ゆっくり撫でられてぞくぞくする。
 絡まる舌同士の舐め合いが深まるにつれ、きつく抱きしめてその体を自分の方に引き寄せた。もつれ合うようにしてどさっと倒れ込み、俺の背中は床に着地。

「……カナタさん、エロい」

 唇を離すや否やそんな事を上から言ってくる。シたいって言ったの自分じゃん。

「嫌だった?」

 腕を伸ばしてタカマサくんの髪を撫でつけながら聞くと、うんざりしたような目をして顔をふいっと逸らされた。

「ヤな訳あるかよ。アンタ可愛すぎんだよ。こっちはもう止まんねえよ」
「いいよ。俺もうこのあと何もする事ないし」
「……なんかムカつきます。年上の余裕みたいで」

 不貞腐れたようにボソッと呟く。俺からしてみればタカマサくんの方がよっぽど可愛い。見た目はかなり怖いけど。

「……満タン超えるまで補充してくからな。押し倒させたのはあんただぞ。最後まできっちり責任取れ」
「敬語消えてるよ?」

 凶悪感が増すからやめてよ。すでにもうキスされてるし。

 せっかちだなあ。余裕ないんだろうなあ。明日の俺の腰は無事かなあ。
 ああでもやっぱり、気持ちいいな。ピアスも。結局一番イタイのは俺なのかもしれない。

 ごそごそと服の中で手を動かして、脇腹辺りを撫でられる。タカマサくんの薄い唇が首へ肩へと下りていくのを感じ、金属の質感にくすぐったくなりながらもゆっくりと目を閉じた。
 ピアスもなかなか悪くない。もしも舌にまで付けてきたらどんな感じになるのだろうかと、少しだけ想像してしまったのは究極的秘密事項だ。
 多分やるし。万が一俺がそんな事をちょろっとでも口走ったら、この子は次の日自分の舌を痛めつけてくるに違いない。

「……なに笑ってんの。ずいぶん余裕っすね」
「いやいや決してそんな事は」
「その顔は泣かしてもいいってことですか」
「…………」

 そうです、と。ちょっと言いかけた。言わなくても無言のまま抱き寄せてしまえば同じこと。

 またもや降ってきたキスをあっさりと受け入れて、ピアスごと唇に甘く噛みつく。
 やはりイタイのは俺の方だった。これはハマりそうな予感。

「……いちいちエロいって」

 困ったような顔をして、俺を見下ろすタカマサくん。
 ついうっかり躊躇いもなく晴れやかに笑ってしまった俺は、フルを超えて充電したい恋人によって本気で泣かされることになった。
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