掌編・短編集

わこ

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2.Daily wage

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夜だと言うのにカラスが鳴いた。通り過ぎて行った黒猫は、わざわざ俺を振り返ってメンチを切った。
 
なんとも不吉。縁起が悪い。
そんなことを思っていたら、道を曲がったところで自転車にひかれた。


 




「バカかお前」
 


足を骨折して全治一か月。翌日、病院で診察を受けてから松葉杖をついて出社した俺を目の前に、先輩は慈悲の欠片もなく言い放った。

 
「何骨折なんかしてんだよ、このウスラバカ。人の仕事増やしやがって。俺が今日、納品に何件立ち会うか知っててやってんのか」
「……スミマセン」


分かり易い嫌味にも謝るしかない。先輩に楯を突いても泣かされるだけだ。
 
俺達の仕事は、福祉器具の営業販売。設置、説明、アフターケアも込み。
鬼みたいなこの人がどうして今の仕事を選んだのか。客を相手にしたときの、まごころ溢れる笑顔は詐欺だと思う。

 
「おい」
「ハイ……」

 
そもそも福祉とは。助け合いの精神で成り立つ。全ての人のシアワセのため、見返り云々の問題ではないはずだ。

だけど先輩は違う。


「お前が使いものになんねえ間、そのシワ寄せが来んのは俺のとこだ。バカな新人が給料泥棒して? 有能な俺は、増えた仕事の分タダ働き。そんな話があっていい訳ねえよなあ?」
「……すみません」


泣くかも。

ねちねちと不満を口に出し、陰険に俺を責め立ててくる。そんな先輩は心底楽しそうだ。


「悪いと思ってんならお前が代わりに給料払え」
「え……」


それは無理だろう。俺よりも遥かに稼いでいる人が、後輩相手にタカリまでするのか。福祉に携わる人間として有るまじき行為。

だがそうではなかった。先輩はそこまで優しくなかった。
立ち尽くす俺の肩に手を置き、腰を屈めて、耳元で一言。

 

「カラダで」
 
 

なんて不吉な。

 

「……パワハラ? セクハラ……?」
「あぁ?」
「イエ……」

 
小声だったのに聞こえた。カラスよりも黒猫よりも、俺は先輩が怖い。

 
「全治一か月だったな。まともに動けるようになるまで、日給にでも換算しといてやるよ。一日分で二晩」
「二晩……」
「文句あるか」
「…………イエ」


三日で治す。絶対に完治させる。
 




きっと俺が間違えたのは、大学を卒業してすぐ、引っ越し先に決めてしまったアパートだ。
俺のお隣さんはこの先輩。なんだかんだでもうすぐ一年になる。


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