告られました。

わこ

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わがまま言わせて

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瀬戸が受けている一時限目の講義。それが終わるまでの九十分間、俺はラウンジで待ち続けた。
なぜかって。そりゃ、当然。分かんないことを聞くために。


「おいコラ、ホラ吹き。起きろアホが」
「ギャッ」

アホが、と同時に肩を蹴られた。三つ連ねた椅子をベッド代わりにして、待ち時間を寝て過ごしていただけなのに。
上体を起こして座り直した俺は肩をさすりながら、足技を繰り出してきた瀬戸を恨みがましく見上げた。

「お前ずっとここにいたの? こっちはつまんねえ授業聞いてたってのに、人前でアホ面曝して呑気に寝てんなよ。フツーに邪魔」

普通に邪魔ってどういう事だ。
俺が夕べ田岡にヤられてたなんて、微塵も信じていない瀬戸。眠い事情を酌んでくれるはずがない。
 
だけどそれにしても言動がいちいちヒドイ。蹴ることなくない? アホ面って言われる程の寝姿だった?
ラウンジを行き交い、テーブルについてたむろする学生もいるけど、俺が寝てたって誰も気にしないだろう。

俺の隣に瀬戸は座り、後ろに深くもたれ掛かかって顔だけこっちに向けてきた。

「山本が早くから来てんの珍しいとは思ってたけどさ。何しに来たんだよ。時間の無駄だろ」
「なんか今日、キツくない?」
 
言葉の突き刺さり具合が。確かに言われた通り、寝ているだけならここに来た意味はないけど。

一限に開講されている授業で俺が取っているのは週に一つだけだ。その日を除けば、いつも十時過ぎにならないと来ないことを瀬戸は知っている。
それが今日に限って、早朝から大学に来たのは田岡に会うため。あいつも今日は二限からだけど、もしかしたら来ているかもしれないと思ったから。
 
午後にはゼミがあるから待っていれば確実に会える。だけどそれまで沈んでいるより、思い切って顔を合せておきたかった。
のに。瀬戸のせいで。結局田岡には会えなかった上に余計な考え事が増えた。

「暇なら勉強でもしてろよ。たまには」
「どーせ、たまにしかしないよ」
「そのたまにも試験前だけな。ノートのコピーが勉強の最初だもんな?」

なにコイツ超イヤミ。ムッとして横目で睨むと鼻で笑われた。

とは言えこれも確かに、おっしゃる通り。俺は授業中ほとんどノートなんて取らないから、試験前になるとコピー取りで走り回ることになる。
同じ講義を受講している奴を見つけては、土下座したり、ショボいもん奢ったりして買収。

けどこういうときも大概は、田岡の所に俺は行く。履修科目を決める時点から、田岡が取る講義を敢えて俺も選んで。結果、テスト前に手元に集まるコピーの山は、八割方が田岡のノート。
ほんとベッタリだ。他のセコイ奴らと違って、田岡からの見返り要求なんてありえないし。

考えているうちにまたもや溜息。田岡、田岡って、俺の生活はあいつで埋まってる。

いや、埋めて頂いている?
侵入してんのは俺の方だもんな。

半端ない自堕落さを思い知って、ズルズルと椅子から雪崩れていく。尻が落ちかけても体勢を立て直す気がない俺に呆れ、横から瀬戸が腕を引っ張り上げてくれた。

「何してんだよ。恥ずかしいからヤメロ。俺までコレの仲間だと思われる」
「……田岡だったらそんな辛口コメントしないのに」
「はあ?」

引きずり上げられながら、肩を落として無いものねだり。瀬戸は意味が分からないって感じに俺の腕を放した。

「なあホント何しに来たの? 山本、今日三限からだろ?」

三限は、ゼミ。八時間振りくらいに田岡と会う。
すっごくどうでもいいけど、ついでに瀬戸も同じゼミ仲間だ。

「昼過ぎまでここで寝てる気?」
「違うから……。瀬戸のこと待ってた」
「なんで。どした」
「……さっきの話。田岡とカナコちゃん……」

本当に付き合ってるの?

そう聞こうとして少し躊躇う。それを知って俺はどうしたいんだろう。
ところがウダウダ迷っていると、まだ聞いてもいない事を瀬戸が平然と答えた。

「なんだよ、やっぱ妬んでんのか。ちっせえ男だな。告ったのカナコちゃんからみたいだし、奪い取るのは百パー不可能。あいつの部屋に入り浸ってるアホがいるせいで進展しないんじゃねえの? 聞いてんだろ、お前も。邪魔ばっかすんなよ」

グサっときた。今、本気でヤバいのがきた。そうだよな。周りから見たら俺なんか邪魔者なんだよな。
少しでも気を紛らわせようと、胸を押さえて深呼吸をしてみる。なんだろう、心臓いてえ。

死にそうになりながら、それでもどうにか瀬戸に顔を向けた。聞きたい事も聞けなくなったら山本家長男として終わりだ。

「……いつから?」
「あ?」
「いや……俺聞いてないし、田岡から。カナコちゃんと付き合ってるって話」
「そうなの?……あー、アレじゃん? 山本に言うと変な嫌がらせされると思ったんだろ、さっきみたいに。まさかお前とヤッたなんて吹かれるとは思ってなかったろうけどな」

完全にオオカミ少年にされてる。
嘘じゃないのに。ホントに泣きながらヤられたのに。田岡、ビックリするくらい怖かったのに。

あの辛さが分からないとは幸せな奴め。瀬戸なんか通りすがりの男色強姦魔に掘られちまえ。
みたいなことを口走ったら、今度こそ椅子から蹴り落とされるから。打ちひしがれながらも、大人しく本題を続行。

「……ソレ、田岡が言った? ほんとに付き合ってるって?」

まだちょっと疑ってたり。なんてったって瀬戸の言うことだから。

「どう言ってた……?」
「どうって……まあ、あいつからっつーより、問い詰めた感じ? 田岡ってこういう事あんま言わねえもんな。最近あの二人仲イイからさあ。なんかあったんだろって聞いてたら、コクられたってこの前ようやく白状したよ」

どこの覗き見家政婦だコイツは。あれだけ一緒にいても俺は全然気がつかなかった。
押し潰されそうなのを堪えて、どうにか瀬戸の話にしがみつく。

「告られたの……いつ?」
「ああ、この前行った飲み会の何日か前だって。セッティングすんのいつもあいつら任せだったしなー」
「……告られて、田岡の返事は? それでホントに付き合いだしたって?」

どうしても信じたくない。俺はそんな心境みたい。テンション低めに呟くと、瀬戸が半眼で俺を見据えてきた。

「あのコに告られて断る理由ないだろ、田岡フリーだったんだし。しっかり者の勝ち組二人がくっつくのは自然な流れだ」
「でも……告られたってだけで、田岡が付き合ってるって言った訳じゃないんだろ?」
「しつこいオマエ、未練がましい。そこまで言われなくても見てれば分かるっての。もし田岡が断ってたら、いくら同じゼミだからってあんな風に仲良く話さねえよ」

断言されてぐうの音も出ない。とうとう押し黙って、俺は目線を足元に落とした。

田岡は本当にカナコちゃんとデキてんのかな。
でも、だったら昨日田岡が言ってたことは嘘? 彼女がいるのに俺のこと抱いてた?

まさか。田岡に限ってそんなことは絶対にない。そもそもあの飲み会よりも前の日に告られたなら、飲み会後に俺に告ってくるなんておかしすぎる。

だって。
田岡が好きだって言ったのは俺。カナコちゃんじゃない。

「………………せとー……」

言い訳みたく考えている自分に気づいて、物寂しさから瀬戸を呼んだ。鬱陶しそうな目が向けられる。

「……俺って田岡のジャマかな?」
「うん。そうだな」

即答。

「……瀬戸、キライ」
「そりゃ良かった」
「…………」

なんて奴だ。高校からの付き合いはなんだったんだ。
挫けそうになって、これ見よがしに肩を落とす。更にうんざりした顔をされた。

「うっざ。超ウザい。そんなことしたって誰も優しくしてくんねえからな。田岡くらいなもんだよ、山本の飛び抜けたバカに付き合ってやれんのは」
「俺のバカっぽいトコがいいって言ってたもん、田岡」
「何言ってんの? 馬鹿なの? ああ、バカだったな。決定だよ、お前は大馬鹿だ。いっぺん死んでこいバカヤロー」

バカって四回言った! 死ねって言った!
衆議院だって解散させられちゃう失言上回ってんのに、本人ワルびれもしない!!

「だいだいさっきからなんでそんな拘ってんだよ。山本はカナコちゃんが人のモンになったのが嫌なの? 田岡が構ってくれなくてイジけてんの?」

失言を取り消すどころか、的確な事を訊かれて咄嗟に詰まった。

「どっちでもいいけど、どっちだろうとウゼエ」

そして脱力した。もう嫌です、この人。







***







田岡が受けているはずの、二限目の講義。鬼発言連発の瀬戸から逃げた俺は、ストーカー紛いにその講義室の前をウロウロしていた。
かれこれ三十分ほど。
 
「……何してんだろ」

ついには独り言まで覚えた。終わりだよ。

 
講義室は学務課の近くにある。そして学務課には何かと行き来する学生が多い。
通り道となるこの講義室前に長いこと居座っている俺は結構目立から、ドアのガラス部分から田岡はどこだろうかとコッソリ覗いていれば、通行人から不審者みたいな目で見られても仕方ない。

三限までおとなしく待たず、怪訝な目に晒されながらもここで張っているのはなぜか。俺には一分間でパッと捻り出した作戦があった。

俺の計画はこう。
講義室の前で授業終了の鐘が鳴るのを待ち、予め田岡のいる位置を確認しておく。中央より前側の席に座っていれば前方のドアから、後ろ側に座っていれば後方のドアから出ていくことになるだろう。そして鐘が鳴ったら、前後どちらかのドアに移動。昼飯を求めてガーっと出てくる人の波に紛れ、田岡が出てくるタイミングを見計らい、今ちょうど通りかかりましたって顔して田岡の前に現れる俺。

「よー田岡ぐーぜーん。今朝振りだなー。今から昼? 俺もなんだよー。行こ行こー」

という。
偶然を装って再会を果たして一緒に昼メシ食って仲直りしよう作戦。

…………俺ってホントに馬鹿かも。

作戦名、ながっ。
その割に中身がないっていうね。

けど冗談抜きに、田岡との今朝の別れ方はサイアクだった。あいつはとんでもなく思い詰めてて、俺はボロ雑巾のような状態で動けなくて。
気づいた時には布団の中にいたけど、目を覚まして、ベッド脇に佇んでる田岡を見た瞬間体が強張った。

そんなつもりはなかったのに。俺がそうやってビクついちゃうから田岡は余計に顔色険しくさせて、そして一言。
ごめん、って。コイツほっといたら身投げでもすんじゃねえかって程、暗い表情と張り詰めた声で言われた。

俺を残して部屋を出て行ったのはその直後だ。引き止めても振り向いてくれなかった田岡は、そのまま帰ってこなかった。
 
そんな事があった後だ。どうやって顔を合わせたらいいか分からない。できるだけ自然に話したいけど、すんなりいけるかは相当際どい。
またもや落ち込みそうになって、通路に茫然と立ち尽くした。気まずいってのもあるし、カナコちゃんのことも蟠っている。何から先に決着をつけるべきか、まさにお手上げ状態だ。

だけどそうやって悩みぬいていたちょうどその時、俺の背後に人影が立った。

「……山本」

その声に、はっとする。即座に後ろを振り返った。

「…………」
「田岡……」

どおりで。さっきから何度も教室の中を確認しているのに、一向に見つからなかった。
俺の後ろに立っている、田岡を見て納得がいった。

「……あー……遅刻? 珍しいな、お前が」

とにかく何かしゃべらないと。そう思ってぎこちなく笑ってから気づいた。
俺が部屋にいるかも知れないから、田岡は戻るに戻れなかったんだ。

それに。ストーカーの現行犯、目撃された。
ダメだろ。余計気まずい。

「…………」
「…………」

ほらー。こうなるからー。
折角考えた作戦だったけどこれじゃあ使えない。なんとかこの状況を打開しようと、必死になって頭を巡らせる。

場を繋ぐための最も無難な話題と言えば……。
 
なに。天気とか?
そっか、天気の話だ。

急遽変更した路線の中、新たな作戦を考え付くまでの時間稼ぎを見つけた。苦しい内心を笑顔に変えて、早速頭を上げてみる。

「そういや今日、外すげえ晴れてるよなー?」
「……そうだな」
「…………」
「…………」

終了。
えーっ!

うっそん。俺ってそんな話ベタだったっけ。更に空気重くなったよ。
なにがマズかったんだ。晴れてるよなー?で止めちゃ駄目だったのか。

そりゃ、だからなんだよって事になるよな。晴れてるからピクニック行こうぜ、くらい言っとかないと続かないよな。

……ピクニックって。わー、俺テンパってる。

脳内バーチャルで冷や汗だらだらになっていると、田岡が足を一歩踏み出した。

「ごめん……。俺、ココだから授業」

そう言って、後方のドアに向かおうとする田岡。俺とは目も合わせてくれない。
少し眉間を寄せた厳しい顔つきで、今朝の別れ際と同じように思い詰めたまま。そんな田岡を、俺は咄嗟に止めた。

「待ったッ」

すれ違った瞬間、思わずガシッと腕をつかんだ。反射的に田岡も顔だけ俺に向けてくる。
何か言わないと。何か。

「……あ、のさ……。よくない? もう講義サボっちゃって。半分くらい過ぎてんだし、今からじゃ入りづらいだろ?」

……ああ。マジメ男になんてことを。

こいつにサボリとか居眠りとかの概念はない。遅刻だって、多分大学に入ってから初めてじゃないだろうか。
サボっちゃえ、なんて提案は以ての外。こんな誘いで釣れるはずがない。

今時いないだろ、こんな堅物。もう少しくらい適当に生きろよ。
とは思うけど、それが田岡だ。

「……なんて、な。ダメだよな? ちょっと言ってみただけ。悪いな、引き止めて」

返答に困っている田岡に屈し、掴んだ腕をスゴスゴと放した。数歩後ろに下がった俺に、田岡は何か言いたそうな表情を見せたような気もする。でもそれに食いつくほどの勇気が俺にはなかった。

「じゃあ、また……ゼミで」

聞きたいことの一つも聞けず、これ以上言うことも無くなってポツリと呟いた。
不自然な挨拶には失笑だ。またゼミで、だって。いつからそんなこと言わなきゃなんない仲になったんだろ。
昨日か。更に言うなら俺のせいか。

「……山本」

背を向けて逃げるようにその場から離れていく俺に、田岡が後ろから呼び止めてきた。
ピタッと、足が止まる。振り向くか振り向かないかって程度に顔の角度を変えると、躊躇った感じの静かな声が投げかけられた。

「……平気か?」
「ぁ……うん」
「……ごめん」

まただ。やっぱ、気にしてる。
まだ言うんだ、そんなこと。今の田岡は罪悪感の塊。

でも違うよ。俺が気にしてほしいのはそれじゃない。どっちかが謝って済むんなら、ごめんって言うのは俺の方だ。田岡から聞きたいのはもっと別のこと。

「……なあ……田岡」

今度は体ごと振り向いて、田岡と少し離れた距離から向かい合って、迷いながらも小さく呼ぶと田岡の目が俺を映した。

訊きたいことは、たった一つ。カナコちゃんと付き合ってんの?と、三秒あれば言い切れる疑問。
自他共に認める長所に見せかけた俺の欠点は、よっぽどのことがない限り尻込みってものをしない事だ。
 
言いたいことは言う。聞きたいことは聞く。テスト問題が超難解だという噂の怖い教授に、今度のテストに何出すか教えてくださいなんて真顔で尋ねて呆れられたことまである。
なのにその俺が、この時に限っては声が出ない。喉に痞えた言葉が、これ以上押し進むことを拒否している。

「いいや……やっぱ。なんでもない」
「…………」
「じゃ、な……」

ばかみたい。ほんと、馬鹿すぎる。
田岡の顔を確認せずに、俺は今度こそその場を後にした。


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