告られました。

わこ

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告られました。

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「好きなんだ」
「へー。何が?」
「お前が」
「…………へ?」


男に告白されました。









***









今日は大学のゼミ連中と飲み会だった。安い居酒屋で遅くまで騒いで、頃合いを見ていつものようにお開き。
ただ次の日が休みで偶々バイトも午後からだった俺は、なんとなく、飲み足りないというか遊び足りないというか。
だから解散後、一緒に帰っていた田岡にもう一軒行こうと誘いをかけた。

で。田岡から返ってきた答えが、ウチ来いよ。

お互い借りているアパートもそんなに離れていないし、途中で寄ったコンビニで酒を買い込んだ俺は意気揚々と田岡の部屋に上がり込んだ。
別に今更気兼ねするような間柄でもない。年も学部も同じで、割と話も合うこいつと飲むのは単純に楽しかった。

どっぷり深夜に浸かって、それでもタラタラと中味の無い会話は続いて。ドンチャン騒ぐようなこともないけど、ふわふわした感じの楽しさ。
俺は心地よく酔い、田岡は見た目には分からないけど多分酔ってて。山本って、落ち着いた雰囲気で田岡から呼ばれたから応えてみると、好きなんだと言われた。
前触れもなく、唐突に。

それで冒頭。それまでの会話からは完全に逸脱したまさかの告白。
なんだソレ。って思う、普通。意味が分からなくなった俺はとりあえず逃げた。

田岡んちのトイレに。
そうですよ、アホですよ。




「山本」
「………ハイッテマス」
「酒持って便所行くヤツお前くらいだよ」
 
トイレ立て篭もりから十分後。友達から真顔で変な告白をされてすっかり酔いの醒めた俺は、蓋を閉めた便器の上で体育座りをしていた。
座り方がバカっぽい辺り、まだ酔っているのかもしれないけど。

ドアの外では田岡が張ってる。追い詰められた犯人みたいな状況の俺が思うことはただ一つだ。

どうして玄関に行かずにトイレに入った。頭の悪い自分を恨む。


「出て来いって。人んちの便所で一晩明かす気か」
「それでもいい、俺は便器と仲良くする。お前ヘンだし。早く酔い醒ませ。いつもの田岡戻って来ーい。カムバーック。カムヒアー」
「酔ってんのお前だろ。大丈夫か」

大丈夫じゃない奴に大丈夫かって言われた。 終わりだ俺。なんか泣けてくる。
 
抱えた膝に額をくっつけて本当に泣きそうだった。そんな俺の様子を知ってか知らずか、田岡は外からノックしたりドアノブをガチャガチャやったり。
結構怖い。つーかこれ、悪いの俺?
違うよな。田岡が変なんだよな。

それからしばらく似たような問答が続いた。 出て来い、嫌だ、出て来い、無理だの繰り返し。 
まさか男から、それも田岡から告られるなんて思っていなかった。大学に入ってからの二年間、ずっと仲のいい友達だったのに。俺はそう思っていたのに。

こいつには何度も色んな相談をしたことがある。彼女と二週間で破局した時には、俺の気の済むまで泣き酒に付き合ってくれたこともあった。締切直前の課題レポートで俺が死にかけていればさりげなく助けてくれるし、飲み会で酔い潰れても余裕で構えていられたのは田岡が介抱してくれると知ってたからだし。
あとは金がないときに奢ってくれる。

……餌付け?


「なあ山本、頼むから出てきてくれ。悪かったよ変なこと言って」

俺が意地でも鍵を開けずにいると、田岡の静かな声が語りかけてきた。
告白されたことを謝られるというのもおかしな気分だけど、そうさせているのは俺だ。ドアの外では田岡が微かに溜息をついたのが分かった。

「ごめん……気持ちわりいよな、こんなの。さっきのは忘れていいから。聞かなかったことにして」

どこか諦めたような声に、俺は顔を上げて目の前のドアを眺めた。気持ち悪いと。そう言われて少し考える。
なにも気持ち悪いとまでは思っていないけどさ。いきなりのことにショックが大きかっただけっていうか。
どうしたんだコイツくらいは思っても、そのせいで田岡を嫌いになるようなことは絶対にない。

ドアの向こうで田岡がどんな顔をしているのか想像してみると、急激に申し訳なくなってきた。それは同情でも罪悪感でもなくて、俺にとっては一番の親友であるこいつに辛い声を出させるのは嫌だというだけ。
少し迷った末、トイレの鍵を開けた。ゆっくりドアを開いて外を覗き見れば、すぐ前に立っていた田岡と目が合う。

「……ごめん」
 
田岡の第一声。謝られてもそれはそれで困るんですが。

後ろ手にドアをパタンと閉め、一緒に立て篭もっていた缶ビールを片手に元居た場所に戻った。
折り畳める小さめのテーブルを前にして座り、俺は再び体育座り。この体勢、意外とクセになる。

「あのさ、キモチワリいとかじゃなくて……。ちょっと……ビックリした」
「うん……」

俺の斜め前でテーブルを囲んだ田岡が腰を下した時、躊躇いつつも小さく口にした。このまま気まずくなるなんて嫌だから、どうにか丸く収めようと。
でもその前に誤解だけは解いておきたくて、嫌悪の類がないことをはっきり示した。

ちらっと横を向いて、田岡の顔を窺う。田岡はテーブルの上に散乱した空き缶を眺めていた。
普段から何を考えているのか読めない男は、この時もまた、やっぱり何を考えているのか分からない。

よくよく考えてみれば、滅多に顔色を変えない寡黙な田岡と、年がら年中頭に花が咲いていそうな(と、ダチからよく言われる)俺とは、性格も行動パターンも似ている節がほとんどない。
だけどどうしてか田岡と一緒にいるのは、他の誰かと一緒にいるよりも居心地がいい気がする。

飯奢ってくれるし。
……やっぱ餌付け?

「いいから。ホント、俺が言ったことは気にしないで。悪かった」

俺と目を合わせた田岡はそんな事を言ってくる。だけど情けない俺は、返してやる言葉が何も浮かばずに田岡を眺めていた。

「田岡……」

呼んでみて、そこで途切れる。呼ばなきゃ良かったかも。名前の響きで余韻残っちゃう辺りがイヤ。
微妙な空気の中でお互い気まずく見つめ合って更に微妙。

こういうとき、時計の秒針が妙に煩く感じるのはどうしてだろう。カチカチカチカチやたらしつこい。
精神的にチクチクと責められている気分になってくる。

でもこのまま無言で一晩、なんて事態は最悪。多分ないけど。常識人、田岡のことだから俺のことを家に帰すだろう。
しかもその場合は絶対に送ってくれる。酔ってて危ないからって言って家まで付き添うに違いない。

超紳士。田岡はそういう男だ。俺が女だったら一発で惚れる。
やっぱこいつ、凄くいい奴だ。

とかなんとか一人で考えていたら田岡がその場で立ち上がった。つられて顔を上げると、田岡は床に脱ぎ置いていた俺の上着を手にとった。
そこで思う。下から見上げてもイイ男。感心している場合じゃありません。

「悪い、俺も頭冷やすから。ウチまで送ってく」

早くも俺に背を向けて玄関に歩き出す田岡。
俺の田岡認識は間違っていなかった。今すぐ帰れとやんわり告げてくる。

だけどこのまま家に帰ったとして。土日を挟み、次に会うのは月曜日の三限目。
これはその間に今よりももっと気まずくなりそうな予感がする。そして嫌な予感というのは大抵当たる。

未来の危機回避行動に出ることに迷いはなかった。俺もその場に立ち上がり、突っ立ったまま、田岡の背に向って一言。

「泊めてくんない?」

そもそも普段なら泊まる。どっちかの部屋で飲めば、そのまま朝まで泊まっていく。
俺が習慣を口にすると、田岡は足を止めて俺を振り返った。少し意外そうな顔。玄関よりも手前で、田岡は驚いたように俺を見ている。

「いや……俺は、構わねえけど……。いいの? お前は」
「なんで。いつも泊めてくれんじゃん」
「そうじゃなくて……」

困った様子がちょっと可愛いい。田岡のこんな顔なんて滅多に拝めない。
とはいえ俺にもさすがに、こいつの言いたいことくらいは分かる。

硬派な男は俺の意思を最優先だ。いきなり告ってくるようなヤローと一晩一緒にいられんの?って事だろう。

俺は田岡のすぐ近くまで行って上着を引っ手繰り、一緒になってまた同じ場所に戻った。
座って。田岡を凝視。困ってる感じが面白い。
それを見ていると俺も大分落ち着いて、自分の中で言葉が復活してきているような気がした。

「なあ俺さあ、ほんとナイよ。キモイとかそんな風に思ったりとかゼッテーないから。あーそれとも、もしかしてトイレ立て篭もったの怒ってる?お前のことヘンっつったのは言葉のアヤだぞ?驚いただけで別に嫌じゃないし、田岡から好かれて悪い気しないし。俺だって好きだよ、田岡のこと。…あ、いや、でも、ダチな?ダチとしてな?お前とどうこうなるってのはちょっと考えらんねえけど、でも友達はやめたくない」

俺が一人でべらべら喋っているせいで田岡は圧倒され気味。対して自己完結させた俺は結構すっきり。
でも俺の答えはきっと、自分に告白してきた人間に対して言うにはあんまりだ。

俺も昔好きだったコに告白して、
「気持ちは嬉しいけどゴメン。付き合うのはムリ。友達でいよう?」
なんて言われたことがある。

あの時は上目遣いに騙されていーよいーよとヘラヘラ返しちゃったけど、友達でいようと言ってきた女がその後も友達でいてくれる確率は限りなくゼロに近い。
女ってそういうところがある。

しかし。だ。

その点俺は違う!(断言)
友達やめたくないと言ったからには死んでも続けてやる!(強調)
俺とこいつは親友だ!(重要)

という訳で、呆気に取られている田岡に、俺はぐいっと顔を近づけた。

「つーか飲み足んねーんだよ!」
「は?」
「飲もっ。田岡。ホラ、缶持って、はい開けて。よっしゃ、カンパーイ」

ヤケです。そうです。俺は開き直りました。いい感じに酔いも醒めていませんでした。
酒の力に頼って、明日の朝、清々しくこの部屋から出られるように。じゃあなー、またなー、って。いつもみたいに軽い挨拶で別れようという、女よりもタチの悪い小心者の魂胆。

の、ハズでした。



「………………うっそー」




翌朝。なんでこうなるかなー。
目覚めてビックリ。田岡と真っパでベッドに寝てました。

「……ウソだあ」

頭抱えた。二日酔い、最悪


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