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2.通りすがりのパチ屋の店員
しおりを挟む決死の思いで挑んだユーフォー作戦。馬鹿にはされたけど、それなりの効果もあったみたいだ。
立場分らせてやるよ的なノリで俺を薙ぎ倒したこの男は、子羊を脅す意気込みもシラけたらしい。興醒めな顔をして俺の上から退いた。
怖かった……。
「で。あんた誰」
「人にモノ尋ねる態度じゃねえな。なんでそんな隅っこで縮んでんだよ」
偉っそうに。誰のせいでこんなに惨めな思いしていると思ってんだ。
こいつが上から退くや否や、俺は即座に身を起こしてドアの方に避難した。出て行きゃいいのにってのは俺が一番思っている事だけど、ここで背を向けると尻尾を巻いて逃げ去るイヌみたいになっちゃうし。有るんだか無いんだか分らないような男の意地が、こういうときに限ってヒョッコリ頭を出してきた。
ドアから外には出たくない。でもこの男の近くに行くのは怖い。結果、俺はどうしたか。男の目線にじっと耐えつつ、ドアのまん前からジリジリと横方向に移動し、部屋の隅っこにピトッと背中をくっつけて準備完了。バリバリの警戒心は、全開で剥き出しに。
ところがここは厄介なスペースだった。壁と壁で挟まれた九十度の一角。体の収まり、凄くいい。なもんで、和む。迂闊にもホッコリくる。避難の意味がなかった。
折角の警戒心が、早くも薄れ逝く残念な俺。方やこの目線の先にいる男は、堂々と足を組んでベッドの縁に座っていた。
つーか足長え。見せびらかしやがって、嫌味か。ジトッとしてその姿を目にしていると、男は俺に向かってまたもや鼻で笑った。
「座敷ワラシ」
失礼な。
「誰が座敷ワラシだ」
「コトブキツルが」
「だからスズだっつってんだろ! いい加減覚えろよ、頭ワリイなっ」
怒鳴ってみて、後悔した。頭悪いと言った瞬間、男の眉がピクリと反応。
怖っ。どうしよう、すげえ見てる。
俺も拳には自信がある方なんだけど、こういうタイプには逆らっちゃ駄目だと本能的に感じる。万一こっちからかかって行きでもしたら、間違いなく狩られると思う。もしかするとこいつ、人一人くらい殺してるんじゃないかな。
ひっそりとそんな事を考えていたら、怒ったらしき男が立ち上がった。ホントどうしよう。こっち来るんだけど。
なんで来んの、なんで来んの、なんで来んの、来なくていいよ!
「おい」
「なんっ、………でしょうか」
やっぱ敬語。これも一つの身を守る術だ。
すぐ目の前に立たれて怖気づく。ここは部屋の隅っこ。直角の壁際な訳で。避難所だったはずのほっこりスポットは、敵に目の前に立たれると逃げ場がなくなるデンジャラスゾーンだった。
やべえ、気づくの遅え。
背後の壁に手をつかれて、本気で身動きが取れなくなった。左は壁。右はこいつの腕が通行禁止令発動中。
言うまでもないけど、真ん前には男本体が立ちはだかっている。
「お前……」
「っ!?」
いきなりだ。まさに、ヒッ!って感じ。オロオロしている俺の頭を、男が突如がしっと鷲掴みにした。
日常生活の中で頭を鷲掴みにされるなんて事はそうそう無い。普通は無い。ケンカをしている時だって無い。でも今、それが身に降りかかった。
びっくりだよ。
「なっ……にか、ご無礼でもイタシマシタデショウカ」
すっごい片言。使った事のない敬語なんかに挑戦しようとするからこうなる。
対する男は、俺のテンパり具合には全く興味を示さない。だけど未だに俺の頭からは手を放さず、人の顔をまじまじと観察していた。
なんなんだろう。硬直しつつ、俺も目の前の顔を見返す。
「コトブキツル」
「いや、だからスズ…」
「お前、見れば見るほど貧しいカオしてるな」
「…………」
なんっじゃ、そりゃッ。頭鷲掴みにしてまで観察してみて、何考えてんのかと思ったらそんな失礼なことかよ。
だいたい貧しい顔ってどんなだ。俺は普通に健康な若い男だっての。確かに貧乏だけど顔に出るほどの激苦は味わっていないし、毎日フラフラしながらもそれなりに楽しい生活をしている。
と思う。これくらい思っていないとやってられない。
もしや、これか。こういう言い訳がましい考えが貧乏人クサいのかな。まあいいけど。そんな事より、とんでもなく失礼な観察を終えたならさっさと退いてほしい。
相変わらず威圧感ヒシヒシに立ちはだかられているせいで、やられるこっちは精神的に持ちそうにない。なぜなら怖くて。絶対コレ、殺人犯の目だもん。
「……もう貧乏そうでも何でもいいから、そろそろ退いてくんない? あんた……えーっと…」
勇気を振り絞って途中まで言いかけたものの、呼びかけようとして口籠った。
こいつそういや、まだ名前すら名乗ってないぞ。誰なんだよこの人。さっきの質問を流されてから、俺まで忘れていた。恐怖感の方が遥に大きい。
もう一回訊いてみたって、どうせ馬鹿にされながらはぐらかされそう。窺い立てるように悶々と男を勘繰っていると、どうやらそれが通じた。男は俺に向かって一言。
「ミカミ」
「はい?」
「三上だ」
「三上……さん?」
三上かあ。いいなー、普通。貶す要素が一つもない。
あ。でももしかしたら、
「三上、何さん?」
「麻紀」
「………」
アサキだってさ。普通だったね。なんかもう疲れてきた。
なんでもいいから早く帰りたい。尻尾巻いて逃げるのがどうとか、すでにどうでもいい。もう負け犬でいい。
「それじゃ三上さん。俺そろそろ出てくんで、いい加減退い…」
「お前、メシ作れるか」
「はあ?」
どうしてそう、次から次へと急なんだ。人の話なんか聞きやしねえ。
俺を隅っこに囲い込んだまま、三上に何やら迫られて困惑。
「メシ。料理できる?」
「まあ……人並くらいになら」
つっても、俺基準での人並み。ゆで卵を電子レンジで作ろうとしない、イコール料理が上手い人。みたいな。
一般的な人並みとは、多分ズレが生じていると思われる。だけど三上はさらに無謀な要求を突きつけてきた。
「じゃあ作れ」
「ぁあっ?」
なんでだ。
「冷蔵庫ん中、食い物で埋まってて邪魔なんだよ。酒が置けなくて。適当でいいから取り敢えずある物使い切れ」
傲慢にもそう言い放ち、三上はようやく壁から手を離した。同時に俺の前からも退いたから、一応はこれでやっとこ自由の身。
かと思いきや。今度は腕を取って引っ張られた。
「ちょっ……なに!」
ドアから外へは出られた。でも状況的には嬉しくない。強引に腕を引かれて足がもつれる。
「なんなんだよッ」
「だから飯作れっての。お前も食ってっていいから」
「ホント何様?! つーか自分で作れ! 邪魔になるほど買ってきた意味ねえだろ、それじゃ!!」
「知らねえよ。女が勝手に買ってきて勝手に置いてった」
そりゃあ大層おモテになることですね!
って、あれ。女?なにこの人、女いるの?
朝の目覚めがアレだっただけに、男が好きな奴なんだとばっかり思ってた。
そうこうしているうちに連れて行かれたキッチン。リビングとかさっきいた部屋とかを見ても思ったけど、三上の部屋は俺の部屋と比べると天と地程の差がある。地は俺ね。
歳なんかそんなに変わらなそうだけど、結構稼いでいるようだ。なんとなく劣等感に苛まれている中、そんな事はお構いなしに問題の冷蔵庫の前に押しやられた。
だから仕方なく、渋々ながら冷蔵庫の扉を開けた。ところが目にした中身にはどうしようもなくウンザリ。
「……作ってあるじゃん。コッチ先に食えよ」
中にあったのは使いかけの食材と、ラップに包まれた皿に小分けされている手料理らしきもの。一旦冷蔵庫を閉めて後ろを振り返ると、三上はいつの間にやらダイニングテーブルに寄り掛かって煙草を吸い始めていた。
女が勝手に食い物置いて行くわけだよ。立ち姿が妙に様になっている。ちょっとモデルみたい。だけど口に出す言葉は劣悪。
「それマズイ。邪魔だからお前が食え」
「彼女が作ってってくれたんじゃないの? もっと言い方あるだろ」
「彼女じゃない。ヤリ友。なんか勘違いしてるっぽいけど」
「あんた近いうちに絶対刺されるよ」
ていうか、刺されろ。
そして結局は作らされた。三上の指示通りできる限り残った食材を片付けようと、切り刻んでみたり炒めてみたり鍋にぶち込んでみたりしながら。
「まっず」
不評。
「……だったら食うな」
「仕方ねえから食ってやってんだろ。女が作ってったのに比べれば僅差でマシだしな」
自分は何一つとして手伝わなかったくせに偉そう。その彼女だかセフレだかって人に対しては酷過ぎる。なぜか一緒に飯を食わされている俺は、イライラしながら箸を進めた。言うほど不味くないじゃん。
それにしても変な気分だ。朝のドッキリから始まって、今に至るまでのストレス状態。その原因を作っている男と、何が悲しくて朝飯を一緒に食わなきゃならないんだろう。ダイニングテーブルについて、向かい合わせの近距離で。
少し前までは動揺、その他危機感でまともな思考を巡らせることもできなかった。でもこうして朝飯に辿り着いてしまえば、ちょっとばっかしの記憶回復も可能になってくる。
男と一緒に寝ていればそりゃあ驚く。だからさっきは、ビックリしちゃっていただけだ。さすがに飲む前の出来事くらいは、徐々に徐々にと蘇ってきていた。
戻ってきた記憶は単純。俺は夕べ帰宅途中に、若い兄ちゃん連中から絡まれた。俗に言う、アレ。カツアゲ。
これからワンカップ焼酎とご対面しようっていう、ワクワク感に浸っていたのに。たまたま通りかかっただけの、しかも他人にくれてやるような金なんか持っていない、貧しい俺に向かってだ。
金出しやがれと。タカる相手、間違ってんだろ。
無い金は出せないし、ただでさえバイト後の疲れている時間帯。面倒な事になるのも嫌だから、できるだけ腰を低めに素通りしようと頑張ってみた。だけれども。失敗。
五人くらいいたと思う。前後左右を取り囲まれて、ついでとばかりにドツかれた。前にいた奴に肩を押され、後ろにいた奴に尻を蹴られ。その弾みで落下した、俺の一日の楽しみ。
焼酎。
この際オッサンくさいとかそういう細かい話はナシだ。雇われ労働を終えて頑張った自分をねぎらってやろうと、貴重な三百円を叩いて手にするワンカップの重み。最低賃金にギリギリ届く時給のために、あっちこっちに出向いては体を酷使したり罵倒を浴びせられたりしている奴にしか、あの幸福感は分かんないだろうね。
それを、あのヤロウども。俺の三百円を返せ。幸せな一瞬を返せ。ヒトサマ脅して金入手してんじゃねえよクソが。
いくら人畜無害で温厚な俺だって、そんな奴らには当然キレる。焼酎を台無しにされた恨みは強い。てな訳で即決行した、逆カツアゲ。勝利の暁にはウマい酒が待っている。この人数を伸したら、まあまあの額が集まるだろう。
酒がかかればこっちもノリ気だ。勝算はあった。ただブン殴ればそれでいい。
良い子な俺がこんな感じで楽観的に思えるのには、それ相応の訳があったりなかったり。
俺がかつて通っていた高校は、他よりちょっとだけヤンチャな学校だった。あそこには先輩後輩の立場関係なんてモノがほとんどない。強い弱いだけで形成されるヒエラルヒーが、えげつない位に絶対の場所。野郎しかいない地獄だ。
三年もそんな所にいれば、ケンカ慣れしちゃうのも当たり前といえば当たり前。うっかりピラミッドの上の方にいさえしなければ、もしかしたら俺は今、もう少しまともな人生を送れていたかも。
なんて事はさて置き。反旗を翻した俺に、タカリ連中はビックリに伴いお怒りのご様子だった。それでも勝てると思っていたし、実際その兄ちゃんらは特別強いってわけでもなかった。
ただ、その時の俺にあったのは、割かし長めな乱闘ブランク。高校を出てからはずっと大人しくしてきたから、かれこれ五、六年ほど拳を使っていない。
ヤレるけど。ちょっくらヘバる。そんな感じ。
ここでもしも俺が少女マンガのヒロインだったら、イケメンがカッコよく登場して助けてくれたはず。でも俺は少女マンガからもヒロイン気質からも掛け離れているから、そんな奴は絶対に現れてくれない。現われて貰っても嫌なんだけど。
で、だ。疲れたなー、面倒になってきたなー、みたいに思い始めていたちょうどその時。イケメンヒーローの代わりに近くを通りかかった奴が一人だけいた。
この暗い裏通りを、気だるそうに煙草を咥えて歩いてくるヤツ。道を塞ぐようにして争っている俺達を見て、あからさまにウゼエって顔をしたのが目に入った。それが三上。
ヒーロー並みにイケメンなのは認めるけど、それにしたってずいぶんな態度だ。乱闘に驚くことも、まして怖がることもない。だけど多分、邪魔だったんだろう。俺達が。
何をどう考えたのかは知らないけど、全く関係のない三上はなぜか喧嘩に参加。どっちが優勢なのかも判断したようで、迷わず俺の方に付いてくれた。
訳も分からぬままに二人で兄ちゃんらを全員地面に転がして、俺はそいつらの財布を漁り、三上は一服しながらそれを傍観。集まったショボイ金を元に、俺達は成り行きで一緒に飲みに行った。お互い名前も名乗らないまま。
という訳で、こんなもん。大分時間を食って俺が思い起こした記憶はこの辺りまでだ。飲みに行ったのはいいとしても、どうして一緒に寝ていたのかまでは思い出せない。
けど、とにかく。俺は三上に助けられた形になっているっぽい。一人でもどうにかなったと思うけど、バテてきていたのは本当だったから、三上の参戦で助かったことに間違いはない。
礼とか……言うべきかな。
物凄く不本意だよ。この二時間ちょいで散々馬鹿にされたから。
「コトブキツル」
「スズだ」
「じゃあ、伊織」
「馴れ馴れしいな」
「お前にその名字は勿体ないだろ。どんだけ名前負けしてんだよ」
こんな野郎にお礼なんか言いたくない。自分を落ち着かせるのも一苦労だ。握った箸が折れそう。
「伊織」
「なんだってのッ」
「夕べのこと、なんか思い出したか」
「あ?」
やぶから棒に。こいつは起承転結な順序立てってもんができないのか。
さっき何があったのか訊いた時には教えてくれなかったくせに、今頃になっての質問返し。訝るように表情を探っていると、野菜炒めの中のピーマンだけを器用に避けていた三上が顔を上げた。
眼力強いよ。見た目だけなら文句無しの男前なのに、なにチマチマと皿の端にピーマン避けてんだ。
「……ピーマン嫌い?」
「嫌い。ピーマンの存在とか意味分かんねえ」
チビッ子か。
じゃなくて。そんな、三上の好き嫌いなんかどうでも良くて。
今こそ夕べの真相を明らかにするチャンスだ。何が知りたいのかと言えば、それは勿論シたのかシていないのか。
貧しい顔だと貶してくる割には、ヨさそうに見えるなんて気味の悪い感想を突き付けてきたから、実際のところ俺達の間に何があったのかは半信半疑。このまま帰ったら半年くらい引き摺る事になりかねない。
問題は、どうやって訊くか。一番手っ取り早いのは直球に訊いちゃう方法だけど、馬鹿にされることは確実だからなるべく避けたい。
だから。回りくどく、慎重に。取り敢えず、プライド捨ててお礼言っとく?
「……夕べさ……その、悪かったな。なんか、助けてもらっちゃって」
いい子作戦、其の二。通用すっかな、こいつに。
折角だから、もうちょいしおらし気にいってみよう。
「………ありがと」
すっげー、いいコー。いい子の手本みたいないいコー。
どうだ三上。さすがのお前もこれには言い返せないだろ。こんなにも素直な感謝の言葉に難癖付けてくるようなら、お前にはもう人の心ってもんが無いんだと思うしかない。
気持ちも大きめに、内心ではふんぞり返った。しかしそんな俺に気づく由もなく、ピーマン避けに飽きたのか野菜炒めを諦めて箸を置く三上。
「別に。助けようと思ってしたんじゃねえし。なんか面白そうな事してたから俺も混ざっただけ。いい暇潰しになったな」
「…………」
問題外だった。難癖こそ付けられなかったものの、切り返し受けた助太刀の理由が破綻していた。
乱闘騒ぎを目にして面白そうだと思う奴、普通はそんなにいないよ。しかも混ざるとか有り得ないからね。
やっぱこいつ、絶対に人一人以上は殺めてる。じゃなきゃ相当な馬鹿だ。変人だ。
「三上さんさあ……」
「あー?」
「……何してる人?」
殺し屋?始末屋?極道?チンピラ?美人局の彼氏役?
あとは。えーっと、何があるだろう。アウトロー、もしくはセコイ感じの金稼ぎ。
「パチ屋の店員」
「あー、パチ屋。え、パチ屋?」
「なんだよ、悪いか」
「いえ、滅相もない……」
滅相もないんだけど、ふっつー。普通すぎてつまんねえ。なんだよパチ屋って。思いっきり接客業じゃん。
三上が新台をせっせか入れ替えている光景を想像。クスっときた。ところがそれに敏感な反応を示したのが、目の前の殺し屋もどき。ほんのちょっと笑っただけだっていうのに、こっちに鋭い眼光を送って寄越した。
怖いよ。何考えてるんだか読めない眼差しヤメテよ。
気まずさの余り、目線をどこへともなくすっ飛ばして危険回避。だけど三上のこの目線は、なに笑ってんだこのヤローの意味ではなかったようだ。
「それで? どこまで思い出したよ。夕べ言ってたことは本気か?」
また急だからね、この人は話の振り方が。俺はまだ知りたい事の質問すらしていないのに。
「冗談だったなんて言わせねえぞ」
「えっと……何が?」
「あ? なんだよ、都合の悪いトコは思い出さねえんだな。タチわりい」
なんの事を言っているんですか。散々馬鹿にされた果てには、とうとう悪者扱いまでされんの?
キョトンとする俺を見て、三上は呆れたように肩をすくめた。けど、そんな顔をされたって思い出せないものは思い出せない。
「俺、なんか言った?」
「言った」
「……なんて?」
ジレンマってこういう事だ。訊き返したけど聞きたくない。笑ってるもん、三上。嬉しい答えなんか貰えるはずがない。
そしてその予想は的中。
「カネくれるんなら相手してやってもいいよ、お兄さん。って」
「……へ?」
「カネくれるんなら相手してやってもいいよ、お兄…」
「繰り返すな!」
楽しんでる。完全に楽しんでやがる、こいつ。人の顔から血の気が引いていく様子がそんなに面白いか。
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「……そーですか」
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もやしばっか食うとか、キャベツ炒めてばっかとか、風呂なしトイレ共用のベニヤ板みたいなアパートに住むとか、終いには公園で段ボール敷いて寝てみるとか。そこまでの生活より一段上にいられるのは、全て健康な体があるからだ。
重労働ができるから、風呂トイレ完備のワンルームに住むことができる。割の良さそうなバイトには三秒で飛びつくから、肉を食ってタンパク補給だってできる。
世話になって生きてきたな。かなり使える、俺の体。見せびらかせるような胸板も上腕二等筋も無いけど、高時給バイトにはまあまあ向いている。
でも。でもさあ。これはダメでしょ。さすがにマズイって。使うカラダの意味が違うよ。酷使するのはオッケーだけど、変なイミで酷使したくないよ。
項垂れた俺はなかなかに復活が困難だった。三上の前で撃沈したまま、現実世界に戻ってこられない。
どうしよう。ホントどうしよう。女相手に枕営業したことだってないのに。一番金になりそうなホストですら、なんとなく避けてきたのに。飛び越えるモン飛び越えて、男相手に売春行為……。
「あ゛ー」
「伊織」
「頼むからちょっと黙ってて。立ち直ったら即出てくから。俺消えるから。もう二度と三上さんの前に現れないから。金なんかいらないから。だから夕べあったことは忘れて」
重傷。テーブルに肘をついて顔を覆って悶々。
「男と……。あー……男と」
「一応言っとくけどヤッてねえぞ」
「あー……あ?」
ヤッてない。三上の言葉で、バッと顔を上げた。
「……どういう?」
「お前見てると可哀想になってくるな。馬鹿すぎて」
思う所は多々あるだけじゃ済まないけども。この際水に流して。
「……ヤッてないの?」
「ヤッてない」
「ホントに?」
「嘘ついてどうすんだよ」
確かに。
まばたきの回数が半端ないことになっている俺に、三上は呆れ果てて溜息。本気で可哀想な人を見る目をしながら口を開いた。
「飲みに店入ったのは覚えてるか? お前、圧勝記念だとかなんとか言って散々飲んだ挙句に一人じゃ立てなくなって、訳分かんねえこと喚いてて黙んねえから取りあえず連れ帰った。この部屋に。自宅の場所訊いたって言えねえだろうと思って」
「……大変ご迷惑を」
「全くだ」
やらかしてたか、俺。こりゃ頭上がんねえわ。
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抱き心地。収まり具合。
「細身だもんな。抱き枕には最適」
「……は」
「顔はまあまあカワイイし」
煙草に手を出しながら、三上は平然と言ってのけた。
いや、困るんだけど。そんなこと平然と言われちゃマズイんだけど。
「金やるからそのうちヤラせろ」
「…………」
ヤバい。この人、本気だ。
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精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
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