×××の正しい使い方

わこ

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5.ずっと求めていたいから

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ドッキリ?冗談?事故ったなんてウソなんだろ?

頭グラグラの状態で、訳の分からないまま駆け込んだ病院。空港に行く途中の事故ってことは、ユキが運ばれてからとっくに一日近く過ぎている。

なんにも知らなかった。虫の知らせとか、そういうやつ。
あれって結局は迷信だ。ユキの一大事を、察知させてくれるものなんて一つもなかった。
 
夕べはずっと、ぼうっとしたまま更けていく夜を眺めていて。今頃ユキは飛行機の中かあ、なんて思いながら何度も寝返りを打っていた。気づきもしないで。

……気づきもしなかった。



 

「ッ……!!」

ガララっとやかましく音をたてて、病室のドアを開けた。息が詰まって、名前を叫びたくても出てこない。
だって、どうしようかと。ドアを開けた先、そこにいるユキが。ベッドに横たわったまま動かなかったら。
もう二度と、あの目を見ることができなくなっていたら。陸、って。呼んでもらえる事もなくなっちゃったら。

膨らんでいたのは悪い想像のみ。もしこうなってたら、もしああなってたら……と。
そんな感じだったんだけど。




「よお」

……だったんだけど。

「なにお前、そんな慌てて」
「…………」

…………は?
って思った。

ユキがいる病室に響き渡るのは、嘆きの言葉でもなければ、悲しい鳴き声でもなく。
なんかもう、ひたすら笑い。ユキではない、別の奴による俺へのアザケリ。

「馬鹿じゃん! つーか気づくし!! 受付でユキの病室訊けてなんでその先アタマ回んねえのっ? ココ一般病棟だぞ?」
「…………」
「久々に見たあ、こんなアホ!」

ええ、ええ、ええ、ええ、そうですよ、俺が悪いよ、どうせ頭も悪いよ。

個室のベッドで上体だけ起こしているユキ。額とか腕とか、見える部分の包帯は痛々しいけど、その表情は和やかで元気そう。
なんてったって、俺に向けた第一声は「よう」だ。

そしてその傍らを囲むようにして立ち並ぶのは、さっきケータイで話したばかりの圭吾と、イントラの修二さん。
圭吾はあからさまに俺を指差して笑い転げ、修二さんはそれを宥める振りをして喉の奥で笑っていた。
 
だけどそれにしたって、圭吾はさっきからベラベラと悪質。俺を惑わした張本人のクセに。
ただでさえ赤っ恥を晒したばかりなのに、俺をいじり倒している圭吾はここぞとばかりに言い連ねてくる。

「ユキを勝手に殺すなよッ。普通分かんだろ、無事だったんだって! ここの階、一般の入院患者しかいねえじゃん。ユキの顔のどこに白い布被せてあんの?」

不謹慎。

「……うるさいな」
「入って来た時のお前の顔っつったら……!」

もうヤメテ……。






病室の引き戸を乱雑に開け、俺の目の前に広がっていたのは、見舞いに来た二人と談笑するユキの姿だった。
それは瀕死の重体でもなければ、まして動かなくなった亡骸なんかでもない。ピンピンしてる。

俺が病室に駆け込んだ直後、「なんでそんな慌ててんだ」とユキは言った。ケロっとした態度をとって、バカじゃねえのって位の勢い。
そして間を置かずして次に出てきたのは、「いつまでもそんなトコ突っ立ってんじゃねえよ」という。

頭に包帯巻いちゃってる割にはフッツーの顔して言ってのけ、面食らった俺が半ば放心状態になってベッドに近づけば、今度は隣に立った圭吾がバンバンと肩を叩いてきた。
呆然とする俺を見て、圭吾が言い放ったのがコレ。

「いつまで呆けてんだよ、見て分かんねえ? ユキは無事! 勘違いもハナハダシイな!」

冗談混じり、というかバカにしている以外の何物でもない呼び掛け。二人から次々にそんな事を言われた末、俺はしばらくの間何も喋れなくなった。
ショックで。半端ないドッキリで。さっきまでのハラハラ感、返せ。

そんなこんなで今に至る。ユキには冷めた目で見られるし、圭吾には散々バカにされるし、ここまで恥ずかしい思いをしたのも久し振りだ。
でも考えてみれば、そもそも悪いのは圭吾なはず。こいつだってスマホにかけて来た時は相当焦っていた。

俺より一足先にここに着いたというだけで、頭にあった最悪の事態は絶対に似たり寄ったりだったに違いない。修二さんだってきっとそうだ。
きっとそのはずなんだけど、ここにいる最年長者は思いっきり圭吾に加担していた。

「だけどホント、陸にもあんなマジメな顔ができるなんて知んなかったよ。どうせなら写メ構えときゃ良かったな。スタジオの奴らに見せる用」
「修二さんまでそんなコト言うんすか……」

見せる用ってなんだ。生徒いじって何が楽しいんだよ。
修二さんのにこやかな冷やかしで、ここしばらく味わっていなかった本気モードのガックリを体感した。

こうやってこの二人にいじめられるくらいなら、ユキに冷たくされる方が断然マシ。だから俺は圭吾から一歩離れて、ユキの真隣の位置にイソイソと移動した。
瞬間、見られる。嫌っそうな目で。

「んだよ、寄んな。バカがうつる。入院長引いたらどうしてくれんだ」
「どんな? ソレ……」

冷たいにも限度があるよ。ツッコミの方向おかしいだろ。
俺の早とちりが気に食わなかったのか、ユキはいつにも増して冷徹だ。

この際泣き真似でもしてもっと嫌がられてみようかと考えていたのに、ユキの目線は早速俺をスルーして、修二さんの方に行ってしまった。

「あの修二さん、ホントすいませんでした……なんか心配かけたみたいで。俺全然平気なんで」
「いや、良かったよちゃんと話せて。電話取ったのマキコちゃんだったんだけど、お前が事故ったなんて聞かされてかなり慌ててたから」
「ああ……そうですか……。マキコさんが……」

マキコさんはリープの受付けの人だ。いい人だけど慌てん坊みたいな一面がちょいちょい現れる。
どんな感じに騒ぎ立てたのか想像したようで、ユキは苦笑いを浮かべた。

「マキコちゃんがテンパっちゃうから他の奴らにも伝染してな。けどあいつら連れてこぞって押しかける訳にもいかないし、取り敢えず俺と圭吾で行ってくるからっつって」
「はあ……どうも。スイマセン、レッスンあんのに……。みんなにも謝っといてください」
 
俺の時と態度違すぎ。俺だって物凄く心配したリープメンバーの一人じゃん。
それを訴えたくて、ユキをジーっと見つめた。
うぜえ、って顔された。

俺の立場ってどうなっちゃってんの?

まー別にいいけどねー、慣れてるから。不貞腐れたってどうせ構ってくんないの知ってるしー。
だけどそれより、なんでリープに連絡が入ったんだろう。普通こういうのって、家族とかにいくもんなんじゃ。

頭によぎったささやかな疑問。その答えはすぐに分かった。
耳に新しい、ガララっという引き戸の鈍い音が響き、その直後、
 
「ッ由紀人!!」

突如、病室のドアが開いた。叫びながら傾れ込むようにして入って来たのは一人の女だ。そのあまりの勢いに、俺達の注目が一斉に集まった。
三十前後くらいの、ちょっと派手めな美人。その女はデカイ荷物を抱えてユキに駆け寄り、ベッドの側に立ち尽くしてわなわなと震えていた。

ユキはユキでベッドに座ったまま、女を黙って見上げた。最初のうちは驚いていたようだけど、すぐにいつもの冷静な顔に戻る。
だけど女は冷静なんかじゃいられなかったようだ。少しの間黙り込んでいたと思ったら、思い出したように突然声を張り上げた。

「……っなによ、生きてんじゃない!」

……は?って。また思った。たぶん今度は、修二さんと圭吾も。
でも言われた張本人は全然動じない。

「生きてちゃ悪いかよ」
「だってハワイから飛んできたのよッ?!」

誰だこの人。その荷物はそういうことか。
つーか、怪我人とハワイをはかりにかけてるよ。一言二言では収まらない。

なに事故ってんだ情けないとか、折角貯めた旅費返せとか、五分近くかけて理不尽な文句をギャアギャア言い連ねた。
しかしようやく満足したかと思いきや、次に女はいきなりユキの顎をひっ捕らえた。嫌な顔をされようが気にも留めず、クイッと上を向かせてマジマジと観察しだす。
怪我人相手にする所作とは到底思えない。だけどやられているユキはされるがまま。

振り払うこともなく、ぶすっと不本意そうな表情をして目線をずらしていた。

「……ヤメロ」
「元気そうね」
「だからワリいのかよ」
「言ってないじゃない、そんなこと。確認よ、確認」
「……もういいだろ、放せ」
「カワイクないわねえ」
 
なんだこの、淡々とした空気は。
変な女の乱入と、ついていけない微妙な状況。思わず圧倒された俺は横にいる二人に目をやった。
だけど修二さんと圭吾も、同じように訳分かんないって顔でベッドを眺めている。

目線の先は、そこにいる女。ユキの髪を引っ張ったり、頬をペチペチ叩いたりして、謎の嫌がらせを仕掛けている女だ。
この人何しに来たんだ。おもちゃにされてユキはやさぐれ、見ている俺達三人は呆然とし。女は何を思ったのか、今度はユキが着ている服を脱がしにかかった。

……って、え?何?脱がすの?

ぇえー。何それ。ちょっとオイシイとか思っちゃった俺は大丈夫なんかな。
とかなんとか、脳内で巡らせていると、

「……っヤメロっつってんだろクソババア!」

それまで沸々とした表情で耐えていたユキが、さすがにキレて声を張り上げた。
クソババアか。懐かしいコトバ。ちょっとツッパってみたくなっちゃう、反抗期の中学生時代。お袋にそんな暴言をふるってみたらぶん殴られた事があった。以来、一度も言ってない。それどころか絶対服従にまで発展する始末。実家を出た今でも続いていたり。
女親って強い。

自分に起こったイタイ過去をしみじみ振り返っていると、俺の目の前ではその時のデジャヴが発生した。
クソババアと言われた女は、クソババアと吐き捨てたユキに。ガッ……と。

右ストレート。

「…………」
「失礼ねえ。誰がババアよ」

まばたきも忘れているユキに、女は平然と吐き捨てた。
何度も言うけど、ユキは怪我人。それも重症の部類と思われる。
いきなりのバイオレンスを目撃させられたこっちはビックリだ。

分かるよ。そりゃあ分かるよ。まだそんなに年もいってない美人がクソババアなんて言われたら、怒るのは当然ってことくらい男の俺にも分かる。
でもナイでしょ。入院患者にそれは。

ユキだってそんな状態にありながら殴られるなんて思っていなかったんだろう。容赦なく頬に拳が食い込み、殴られた方向を向いたまましばし呆然としていた。
それでもヤラレっぱなしってのはユキの性分に合わない。気力だけでどうにか立ち直り、しれっとしている女にすぐさま振り返って噛みついた。

「テメエ頭おかしいだろ?! フツー殴んねえしッ、こんなんなってる自分の息子!!」

だよねー、俺もそう思う。普通殴んないよ。自分の、

……息子?

「知らない。アタシこんな可愛くない子産んだ覚えない」
「涼しい顔してなに言ってんだ!?」
「ほらー、すぐ怒るー。もっと大人しくて気品のある子に育てたかったのにねえ。ヤダ、こんな子」

出産否定までしてユキのこと貶してるけど。
マジかよ。これが親子なの?この人が母親?いいのか、それで。

いや、でも確かに。言われてみれば似てるかもしれない。
気の強そうな感じとか、パッと見のクールな印象とか。美形親子ってやつだ。

だけどユキだってもうすぐ成人。二十歳になる息子がいるにしては、この女は若すぎる。
ユキとは家族の話なんてしたことがなかったけど、複雑な家庭事情でもあんのかな。

ひたすら唖然としっぱなしの俺達見舞い人は、同じ心持で立ち尽くしていた。
つっても男三人でいつまでもボサッとしているのも格好悪いし、俺と圭吾が選んだ手段は、修二さんにしつこく目配せ。
声を掛けろと。ユキの母親らしきこの女は多分、すぐ近くにいる俺達の存在を忘れていると思う。

なんとなく危ない感じのユキ母とは、できれば極力関わり合いたくない。
俺と圭吾はその一心で、全てを隣にいる大人に押し付けた。情けない生徒二人に肩を落とした修二さんは、しぶしぶといった感じに口を開く。
息子と言い争いを続ける、年齢不詳の母親に。

「……あのー……。すいません、ちょっと……」

…………腰、ひくっ。
どうしたよ、修二さん。普段もっとビシっとしてんじゃん。カッケー兄貴分はどこ行っちゃったの。
予想外の頼りなさにガッカリ。でもまあ、目の前であんな拳見せつけられたら尻込みの一つもするか。

人に嫌な仕事を押し付けておきながら偉そうに考えていると、そこでようやくユキ母も俺達の方に顔を向けた。

「あら……。ああやだ、私ったらつい。ごめんなさいね挨拶もなしに。私、この子の母です。……あなた方は?」

あ、意外と普通。
訊き返されたもんだから、修二さんも大人な対応。

「ああ、どうも失礼しました。リープスタジオで講師をしています。この二人もそのメンバーでして」
「ああ! ダンスの……! どうもー、この子がお世話になってますー」

何コレ。やり取りスゴイ普通。どんな反応してくるかと思ったら超普通。
一方、見た感じ街中をフラついていそうな修二さんには、割と常識的な喋り方がかなりの違和感。つーか、できるんだ。
そりゃそうか。そこそこいい歳だしな。

意外にも怖くはなかった女に、ビクビクしていた俺達は安堵した。特に修二さんなんかは一度言葉を交わせば強くて、早くも親しげに話し始めている。
生徒勧誘用の営業スマイルで磨き上げた、特上の笑顔を繰り出し、綺麗だの何だの言いまくっては褒め称えた。
もしや、惚れたか?イイ女だからってやめとけよ、生徒の母親に。

中身は硬派な人かと思っていたのに、思いっきりナンパ体質だ。だけどそれを隣で見ていたユキは、この上なく納得がいっていないご様子。
修二さんの一言一句に気を良くして微笑んでいる自分の母親を、胡散臭そうに眺めながらボソッと呟いた。

「……いい年して真に受けてんじゃねえよ。五十のババアがいい加減ハデすぎ…」

途中まで言いかけ、ユキの言葉はそこでストップした。再、右ストレート。音の鈍さが、さっきの二割増しだ。
ベッドを挟んでユキ母と話していた修二さんは凍りついた。

「……ってえな、何すんだよッ! ボコスカ殴んじゃねえ!!」
「何度だってやってやるわよ! あんた親の年も分かんなくなったワケっ!?」
「四捨五入すりゃ五……っ」

再々。ガッツリ右ストレート。ユキは瀕死だ。

「四捨五入ってのは四まで繰り下げるもんなのよ。このバカ息子が。小学校からやり直せ」
「…………」

同じようなトコだろ、みたいなユキの心の叫びが聞こえた。後に聞いた話によれば、この人は四十四だという。
どっちにしろ見た目年齢は詐欺だ。

それから少しして、騒がしい病室には看護婦が叱責にやって来た。
「静かにしてください、ここは病院ですよ!」という、当然の注意は仕方がない。ところがその看護婦は騒ぎの元となった親子ではなく、なぜか見舞いに来た男三人が悪いと言いたげな目をしていた。

誤解です、看護婦さん。やんなっちゃうわよねえ全く、って感じで素知らぬ顔してるお母さんもなんなんですか。
でもその看護婦の目的は、俺達を咎めることではなかったようだ。到着を待っていたらしいユキの母親を連れ、医者から話があるとかで病室を出て行った。


どうしてユキの事故の知らせがリープに行ったのか。それは単純に母親がハワイにいて、戻ってくるのに時間が掛かったから。飛んで帰って来たらしいけど。
じゃあなんでハワイにいたか。その答えも単純だけど、理由としてはちょっと変。

一人息子も夫も、家にいなくて暇だから。ユキの親父さんは長期出張中で、会社のフィリピン支社に派遣されているそうだ。
どんなだよって思う。つまんないからハワイ行っちゃおうってどんな感覚?

しかもその理由だってかなりおかしい。ユキによれば、外国イケメンからのナンパ狙いだろうとのこと。
趣味はイイ男探し。探すだけだから旦那も公認中。日本にはすごい一家がいる。


病室に残された俺達はその後三十分程度、大して意味もない平穏な話をしていた。精神的に元気なユキを見て、一先ずは安心させられる。
ニューヨークはまた今度に持ち越しだなと、笑って言い合えるくらいの気軽さもあった。

ユキの母親が戻ってくると、じゃあ俺達はこれでってことで病室を後にした。久々の親子対面な訳だし、積もる話もあるだろう。
俺達も早いところリープに行って、ユキの無事を報告しないといけない。








だけど、こうやって三人になって外を歩いている今。俺達の面持ちは少しだけ重かった。

病室のベッドで見たユキは、欠片の不安もなく、笑っていた。元気そうに振舞っていた。
でも実際、ユキが巻き込まれた事故は凄惨なものだったようだ。車五台くらいが絡む、結構な騒ぎになった事故。
幸い死者は出なかったみたいだけど、そんな中にあってユキがあの程度で済んだのは、本当に運が良かった。

運ばれた時には、ユキにも意識はなかったらしい。外傷に処置を施され、打たれたのは鎮痛剤。
きっとユキがああやって平然としていられたのは、その薬の効果だ。だけど病室で話をしている時、ふと思ってからずっと気にはなっていた。
布団の下で微動だにしない、下半分の身体。

俺が来てから見たユキは、ベッドの上で起きてはいるけど、動かすのは上半身だけ。母親に殴られて果敢に向かい撃って行った時も、その威勢とは裏腹に足が動く気配はなかった。
だけどあれは動かさなかったんじゃなくて。

たぶん、動かせなかった。






「……修二さん……ユキは……」
「…………」

リープの手前の道を三人で歩きながら、ここまでほとんど口を開かずに来たのを俺が破った。この二人は俺よりも先にユキと話しているから、もしかしたら何か聞いているかもしれない。
呼び掛けた俺の声でいくらか厳しさを増した修二さんと、それを隣で見ていた圭吾の表情。二人のその顔つきは、俺の予想が当たっていたことを示していた。

二人とも俺とは目を合わせない。向かっている方向を眺めたまま、修二さんは俺に応えた。

「……足、ヤッタらしい。一、二週間くらい後に手術するかもって……」

圭吾は隣で黙ったまま。俺は俺で、返す言葉がなかった。
俺達みたいな人間にとって、足の怪我ってのは結構怖い。足だろうがどこだろうが常に体を駆使する場合には、とにかく万全な状態であることが大前提に求められる。
治ったとしてもその間のブランクは重いし、まして後に残るようなものだったら、それ以上悲惨な話はないだろう。リハビリを重ねて完治して、それでも何かしらのクセが残るなんて事だってある。

足の先まで全神経を行き渡らせて。力感の中に儚さを思わせる。
それが、ユキが周りに見せるワザ。俺が好きな、ユキの自由な感性。

あいつは人の見ていないところで踏ん張っているような奴だ。人一倍努力してテクニックを磨きながら、今のあの身体をつくり上げてきた。
財産だ。あれはユキが培って来たもの。なのにそれを、たった一瞬の出来事が壊した。

「…………」

大丈夫。きっと治る。
そう言いたかったけど、口に出すことなんかできなかった。

いつだったか、ユキは絶対ニューヨークに行くと、そう断言したのは俺だった。
それなのに今。ユキに起こった現実はこれだ。


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