鬼天の獅子舞

黒騎士

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希望

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「みんなお疲れ様!」

 労いの言葉を掛ける有太でしたが、皆返事も出来ない程疲れ果てております。特に箕輪と島助は、瘴気に侵され息も絶え絶えです。

『……童、獅子の歯を打ち鳴らすのじゃ……早ようせんと手遅れになるぞ……』

「わ、分かった!」

 眞是守の指示を聞き、有太は息絶えたばかりの獅子の頭を恐る恐る持ち上げ、下顎に片手を添え勢い良く口を閉じさせ歯を打ち鳴らしました。

 カン カン カン

 その音が岩山に響渡ると……辺りの瘴気が一瞬にして搔き消え、皆の体に活力が甦りました。ホッとした島助と箕輪はふいに声を漏らします。

「……助かった」

「……ええ、終わったのね」

『まだじゃ。これから日の本中を回り、今の様に穢れを祓わねばならん。こうしとる今も皆苦しみ死に瀕しておる、あまりゆっくり休んどる暇は無いぞ?』

『どうしたんだ爺、いつから人間の味方になりやがった?』

『人間を救おうと言うのでは無い。早よう世を救わねば、これから生きて行くのが辛いというだけじゃ。それより童、これからの事は全てお主に掛かっておるぞ。死んだ獅子には、もう儂らでも触れられそうに無い。頭を落とし歯を打ちながら歩く事が出来るのは、お主一人じゃ』

「分かってる。みんなが命懸けで戦ってくれたんだ、後は俺に任せてくれ!」

 有太は意気込み、恐れを忘れて小さな刃物を片手に獅子の解体を始めます。必要なのは頭だけなのですが、獅子の毛皮は触れた者に呪いを授ける危険な代物……回収しておくべきと判断した有太は、小さな頃から培った皮剥の技術を活かし、獅子の全身の毛皮ごと頭を切り取りました。


 その後一行は全国を行脚し、町や村だけでなく山や森、野でも獅子の歯を打ち鳴らし穢れを一片残らず祓って回ったのです。それにより……土が生き返り、草木が新たに芽吹き、生きとし生けるものが活力を取り戻しました。日の本を覆う瘴気の暗雲は消え去り、この地に再び平和が訪れたのです。
 道中、箕輪の家族が住む町に立ち寄った際に彼女と別れ、島助の故郷の村では村の再建の為に彼ともそこで別れました。短い間でしたが、共に苦労して旅した仲間との別れを皆惜しみましたが、希望に向かう新たな門出に笑顔で快く送り出したのでした。
 勿論、有太の故郷の里にも立ち寄り家族との再会も果たしました。誰も欠ける事なく、無事に再会出来た事を家族皆で喜びました。これで必ず帰るという約束を果たした有太は、世を救う使命の為にまた旅立つ事を告げ再び家族を残して里を去りました。

 獅子を討って救済の旅を始めて五年余り……漸く全ての穢れを祓い終えた有太、眞是守、阿多醐の三人。獅子の頭と退治の為に用意した道具を、全て前山神宮に奉納し……これで本当に全てが終わったのです。そして有太は、残る最後の約束を果たそうと人気の無い山深くにやって来たのでした。

「二人共、長い間守ってくれて有難う。お陰で日の本も家族も救う事が出来た……もう思い残す事は無い。アタゴ……約束だ、どうせなら上手く料理して美味しく喰ってくれよ?」

 潔く我が身を差し出す有太ですが、阿多醐は手を出そうとせず黙って有太を見つめ……意外な言葉を口にします。

『…………いらねえ』

「えっ?」

『要らねえっつってんだ』

「どうして……約束だ、正当な報酬だよ? 俺は覚悟は出来てる」

『獅子を殺ってからの五年の間、人間の美味い飯がたらふく喰えた……それでもう満足だ。その美味い飯が喰える様になったのもお前のおかげだしな、それに免じてチャラにしてやるよ! ……代わりに別のもんになって貰う』

「別のもの?」

『あの~あれだ……失くした同胞の代わりに……な?』阿多醐は何故か照れた様に口籠もります。

「同胞の代わり? 仲間とか……友達とか……」

『家族じゃろ?』

 眞是守が核心をつきました。そう、阿多醐も眞是守も独りっきりなので、共に生きる者を求めていたのです。勿論有太は快く受け入れました。
 それから三人は、人里から離れた場所に孤児や妖の生き残りを集め共存する隠れ里を作り、皆仲睦まじく平和に暮らしたのでした。

 ~ めでたし めでたし ~

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