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辻ヶ浦本堂、市善が待ち合わせ場所として指定していた大きな仏閣です。入り口で箒掛けをしていた小坊主に取次をお願いすると、境内に通され別の和尚に案内を引き継ぎました。
「よくお越しになられました。時が御座いません、早く此方へ」
何故か和尚は皆を急かし、境内に上げ奥へと案内します。案内された先の部屋の襖を開けると、中には酷く窶れた市善が床に臥せっておりました。それを見て有太は驚き、つい声を上げてしまいます。
「市善様!」
「……あぁ有太、来てくれたのですね……」
そっと目を開けた市善は、有太の顔を見て微笑みます。一行は部屋の中に入り、市善に見える様に並んで座りました。
「おぉ……無事に集まりましたか。有太、眞是守殿、ご苦労様でした。皆さんよくぞ来てくれましたね、本当に有難う御座います。この様な失礼な姿で話をする事をお許し下さい」
「市善様……一体何があったんですか?」
「そこの葛籠の中に、槍を持つお二人の為に作った衣装が入っています。大陸から取り寄せた獅子の毛で糸を紡ぎ、私が気を込めながら織り上げました。獅子のすぐ側まで近付くお二人を、瘴気から守ってくれるでしょう」
「獅子の毛? それって人間が触れると呪いを受ける筈じゃ!?」
「えぇ、それでこの通り……もう間も無く、私は御仏の元に召されるでしょう。貴方がたの事が気掛かりでしたが……最期にこうして一目会う事が叶いました、御仏の慈悲に感謝します」
「そんな……」
本当に今にも死んでしまいそうな市善の様子を見て、有太は動揺を隠せません。俯き口を閉じる有太に、市善は最後の言葉を残します。
「私に悔いは有りません。最も危険な役目を貴方達に任せて、先に逝くのはとても心苦しく思います。皆さんどうか……この日の本に平和を取り戻して下さい。そして有太、人々に……希望を届けて下さい。お願い……しました……よ……」
その言葉を言い終えると、市善はゆっくり目を瞑り静かに息を引き取りました。有太は彼の死を悼み、皆は有太をそっと気遣います。普段なら、人の不幸を嘲笑ったり心無い言葉を吐く阿多醐も……この時は黙って見守っておりました。
市善を残し一行は部屋を出ると、意志を託されていた和尚が市善に変わり必要な説明を話し始めます。
「市善殿から必要な事は全て伺っております故、後は我らが跡を引き継ぎます。魂太鼓と鎮守の鈴は既に用意出来ております。しかし……破魔の槍を守っている前山神宮からは、あまり良い返事を頂いておりません。そこで……有太殿と槍の持ち手方には直接話を着けに行って頂き、笛と太鼓の奏者お二人にはここで稽古を積んで頂こうと思います」
その説明を受けた皆は有太を見ます。有太は市善から使命を任され、旅の間も皆を率先したり元気付けたりと一行の中心的存在となっておりました。しかしその有太も今は心が乱れ判断が出来ず、眞是守を頼って顔を見上げます。
「ふむ……そうするしか無いじゃろうな」
「じゃあそうしよう。俺らは必ず槍を持って帰って来る、二人は稽古頑張って」
箕輪と島助には、市善が事前に頼んであった笛と太鼓の玄人が指導してくれる事になっています。特に島助は基礎から学ばなければならないので苦労する事でしょう。その間に有太達は、遠く離れた前山神宮へと出向く事になります。片道二週間は掛かる長い道程ですが、一日も早く槍を受け取って帰らねばなりません。市善の葬いが済んだ後、三人はその翌朝すぐに出発し、慣れない馬に乗り只管西を目指して走り出すのでした。
三人は前山神宮へと無事辿り着きましたが、いつもと違う馬での旅に少し草臥れておりました。大きく立派な神宮には民の姿も多く、苦しみから救われようと神に縋り手を合わせています。
巫女の一人に話をしてみると、怪訝な顔をしつつも取次の為に社へと向かいました。暫く待っていると……許しが出たとの事で、巫女の案内で宮司の元に通されました。まだ若く見える細い吊り目の宮司は、何か異様な雰囲気を纏わせており、三人は無意識に警戒してしまいます。
「ふっ……そう構えなさるな。市善殿の文から多少話は理解しています。君はただの人間の少年の様だが……そっちは天狗、そしてそっちは鬼ですね?」
「一目で見抜きよるか、やりおるのう」
眞是守が素直に感心する程、この宮司は強い力を持っておられる様です。しかし彼には敵意は無い様子ですが、薄っすら笑みを浮かべ何を考えているのか読めません。
「貴方達が、獅子頭の運び手と槍の使い手という事ですか。成る程……面白い」
「あ、あの! 槍を貸して下さい! 獅子を倒すには、破魔の槍が絶対に必要なんです。お願いします!」と有太が頭を下げ必死に頼みます。
「構いませんよ」
「「え……?」」
アッサリと許可した宮司に三人は唖然としてしまいます。その理由は槍の保管場所……宝物殿の最奥への道中で語られます。
「私は市善殿と何度も交わした文のやり取りで、ただの一度も断った事は有りません。我々の役目は、槍の使い手に相応しい者が現れるまで管理し守る事、適格者が現れる事は寧ろ望ましい。しかし……渡すには直接使い手を見定めなければなりません。不心得者に槍を穢されない様、側に近付ける事も避けたいのでね」
宝物殿の最奥に在る二重扉を開けると、丁重に祀られた二本の霊槍が祭壇の左右に立てて置かれておりました。
「これが破魔の槍です。これを手に取る事が出来れば、これは貴方達の物です。しかし気を付ける事です。槍を扱えるのは清らかな心を持った者だけ。もし槍に拒絶されれば、相応の罰が与えられる事になります。以前侵入した賊が触れた瞬間、槍を掴んだ腕が消し飛びましたからね。邪悪な心を持った妖が触れようものなら……その身は一片残らずこの世から消えて無くなるでしょう」
その話を聞いてしまうと、さしもの眞是守と阿多醐も躊躇いを隠せず全く手が出せません。やがて顔が引き攣り、大粒の汗が流れ始めました。
「大丈夫だよ……二人なら心配要らない」
突然口を開いた有太に皆が注目します。
「一緒に旅して来た俺は知ってるよ。マゼは偶に厳しい事を言うけど、俺や皆を想って言ってくれてたのは解ってる。そしていつも俺の事を優しい眼で見守ってくれてた。アタゴはいつも人を喰うだとか悪ぶってたけど……一度も本気で人を傷付けたり食べようとした事なんか無い。危ない時は守ってくれたり、荷物を持ってくれたり気遣いもしてくれる……そう、兄貴みたいだった。だから二人なら絶対大丈夫、俺は信じてるよ」
有太の眼は本当にそう信じて疑ってない眼です。その眼差しに、二人は何故か気持ちが落ち着き深く息を吐きました。
「悟られとったか、儂もまだまだ脇が甘いのう。そうじゃな……儂も一人になって長い。昔は仲間も身内もおったが、皆逝ってしもうて……天狗は今や儂一人になってしもうた。最初はただ、役目を担うお主を守っとっただけじゃったが……物を教える内に弟子の様に見え始め、今は孫の様に思っとる。これが清き心なのかどうかは判らんが……童が信じるならば、儂も信じよう」
胸の内を明かした眞是守は、安らかな表情で有太を見つめた後、躊躇わず槍を手に取った。だが何も起こらず、槍が眞是守を使い手として認めた事を意味しておりました。
「さ、次はアタゴね」
「ば、馬鹿言ってんじゃねえ! オレは鬼だ、清らかな心なんか持ってる訳ねえだろ。今まで人間を喰わなかったのは美味そうな奴が居なかっただけで、全部終わったらお前を喰うって約束もしてるだろ! オレにゃ絶対無理だ……」
鬼とは本来、残忍で凶悪な存在……阿多醐が無理と思うのも当然でありました。しかし、それでも有太は何も言わず信頼の眼差しで阿多醐を見つめ続けます。そのまま暫く動きがありませんでしたが、待ち飽きた眞是守が口を挟みます。
「情け無いのう……それでも怖いもの知らずの鬼か? 同胞の仇を討ちたいのではなかったのか? その様な無様を晒しおって……あの世で皆が嘆いておる事じゃろうて。この度胸の無い小心者めが」
「なんだと爺い! オレ様が怖がってるってのか!?」
「そうじゃ。違うと言うなら証明してみせい。どうせ獅子の所為でじわじわ死ぬも、ここで消えるも同じ事じゃ。ならば今こそ、潔い鬼の勇姿を見せてみぃ。そして獅子をその手で討ち取るのじゃ!」
「あぁやってやる……やってやるよ! 目ん玉ひん剥いてよぉっく見てやがれ! らああぁっ!! …………」
眞是守の言葉で頭に血が上った阿多醐は、槍の前に駆け寄って目を瞑って槍の柄をガッと握りました。眼を閉ざした阿多醐の手には、しっかり何かを握っている感触が有り、恐る恐る眼を開けると……自分の生存と槍を手に入れた事実を確認する事が出来たのでした。
「言ったでしょ、大丈夫だって」
「る、るっせえ! もう用が済んだんだから帰るぞ!」
阿多醐は照れ隠しに慌てて出て行こうとし、有太はそれを追い掛けます。残された眞是守と宮司はすぐに追わず、その場で少し言葉を交わします。
「おめでとう御座います、これで全てが揃いましたね」
「うむ。だが、まだ始点に立っただけじゃ。必要な物が揃い、これから準備をせねばならん。そして本番は天下無双の獅子との戦い……大変なのはこれからじゃ」
「そうですね。……一つ気になる言葉が有ったのですが……あの鬼と少年の約束というのは、本気なのですか?」
「本気じゃよ、少なくとも童はの。獅子を退治し、全国を回って穢れを祓った後自分を喰わせると。あの童は恐らく約束を守るじゃろう。しかし、それは彼奴らだけの約束、儂には関係の無い事じゃ。じゃから……その時は、儂が童を守るつもりじゃ」
「そうですか、余程あの少年が気に入ったのですね。さ、そろそろ行かなければ置いて行かれますよ?」
「ん、ではの」
宝物殿の外まで眞是守を送り、待っていた有太と阿多醐と共に帰路に着く一行見送る宮司は、彼らの後ろ姿に語り掛ける様に一人呟きます。
「天狗よ、心配しなくともその鬼は少年を喰おうとはしないでしょう。貴方と同じ様に、旅の中で彼の心も変わったのです。少年が彼を慕う様に、彼もまた少年が掛け替えの無い存在となっている事でしょう。貴方達になら我々の命運を託せます。宜しく……頼みましたよ」
「よくお越しになられました。時が御座いません、早く此方へ」
何故か和尚は皆を急かし、境内に上げ奥へと案内します。案内された先の部屋の襖を開けると、中には酷く窶れた市善が床に臥せっておりました。それを見て有太は驚き、つい声を上げてしまいます。
「市善様!」
「……あぁ有太、来てくれたのですね……」
そっと目を開けた市善は、有太の顔を見て微笑みます。一行は部屋の中に入り、市善に見える様に並んで座りました。
「おぉ……無事に集まりましたか。有太、眞是守殿、ご苦労様でした。皆さんよくぞ来てくれましたね、本当に有難う御座います。この様な失礼な姿で話をする事をお許し下さい」
「市善様……一体何があったんですか?」
「そこの葛籠の中に、槍を持つお二人の為に作った衣装が入っています。大陸から取り寄せた獅子の毛で糸を紡ぎ、私が気を込めながら織り上げました。獅子のすぐ側まで近付くお二人を、瘴気から守ってくれるでしょう」
「獅子の毛? それって人間が触れると呪いを受ける筈じゃ!?」
「えぇ、それでこの通り……もう間も無く、私は御仏の元に召されるでしょう。貴方がたの事が気掛かりでしたが……最期にこうして一目会う事が叶いました、御仏の慈悲に感謝します」
「そんな……」
本当に今にも死んでしまいそうな市善の様子を見て、有太は動揺を隠せません。俯き口を閉じる有太に、市善は最後の言葉を残します。
「私に悔いは有りません。最も危険な役目を貴方達に任せて、先に逝くのはとても心苦しく思います。皆さんどうか……この日の本に平和を取り戻して下さい。そして有太、人々に……希望を届けて下さい。お願い……しました……よ……」
その言葉を言い終えると、市善はゆっくり目を瞑り静かに息を引き取りました。有太は彼の死を悼み、皆は有太をそっと気遣います。普段なら、人の不幸を嘲笑ったり心無い言葉を吐く阿多醐も……この時は黙って見守っておりました。
市善を残し一行は部屋を出ると、意志を託されていた和尚が市善に変わり必要な説明を話し始めます。
「市善殿から必要な事は全て伺っております故、後は我らが跡を引き継ぎます。魂太鼓と鎮守の鈴は既に用意出来ております。しかし……破魔の槍を守っている前山神宮からは、あまり良い返事を頂いておりません。そこで……有太殿と槍の持ち手方には直接話を着けに行って頂き、笛と太鼓の奏者お二人にはここで稽古を積んで頂こうと思います」
その説明を受けた皆は有太を見ます。有太は市善から使命を任され、旅の間も皆を率先したり元気付けたりと一行の中心的存在となっておりました。しかしその有太も今は心が乱れ判断が出来ず、眞是守を頼って顔を見上げます。
「ふむ……そうするしか無いじゃろうな」
「じゃあそうしよう。俺らは必ず槍を持って帰って来る、二人は稽古頑張って」
箕輪と島助には、市善が事前に頼んであった笛と太鼓の玄人が指導してくれる事になっています。特に島助は基礎から学ばなければならないので苦労する事でしょう。その間に有太達は、遠く離れた前山神宮へと出向く事になります。片道二週間は掛かる長い道程ですが、一日も早く槍を受け取って帰らねばなりません。市善の葬いが済んだ後、三人はその翌朝すぐに出発し、慣れない馬に乗り只管西を目指して走り出すのでした。
三人は前山神宮へと無事辿り着きましたが、いつもと違う馬での旅に少し草臥れておりました。大きく立派な神宮には民の姿も多く、苦しみから救われようと神に縋り手を合わせています。
巫女の一人に話をしてみると、怪訝な顔をしつつも取次の為に社へと向かいました。暫く待っていると……許しが出たとの事で、巫女の案内で宮司の元に通されました。まだ若く見える細い吊り目の宮司は、何か異様な雰囲気を纏わせており、三人は無意識に警戒してしまいます。
「ふっ……そう構えなさるな。市善殿の文から多少話は理解しています。君はただの人間の少年の様だが……そっちは天狗、そしてそっちは鬼ですね?」
「一目で見抜きよるか、やりおるのう」
眞是守が素直に感心する程、この宮司は強い力を持っておられる様です。しかし彼には敵意は無い様子ですが、薄っすら笑みを浮かべ何を考えているのか読めません。
「貴方達が、獅子頭の運び手と槍の使い手という事ですか。成る程……面白い」
「あ、あの! 槍を貸して下さい! 獅子を倒すには、破魔の槍が絶対に必要なんです。お願いします!」と有太が頭を下げ必死に頼みます。
「構いませんよ」
「「え……?」」
アッサリと許可した宮司に三人は唖然としてしまいます。その理由は槍の保管場所……宝物殿の最奥への道中で語られます。
「私は市善殿と何度も交わした文のやり取りで、ただの一度も断った事は有りません。我々の役目は、槍の使い手に相応しい者が現れるまで管理し守る事、適格者が現れる事は寧ろ望ましい。しかし……渡すには直接使い手を見定めなければなりません。不心得者に槍を穢されない様、側に近付ける事も避けたいのでね」
宝物殿の最奥に在る二重扉を開けると、丁重に祀られた二本の霊槍が祭壇の左右に立てて置かれておりました。
「これが破魔の槍です。これを手に取る事が出来れば、これは貴方達の物です。しかし気を付ける事です。槍を扱えるのは清らかな心を持った者だけ。もし槍に拒絶されれば、相応の罰が与えられる事になります。以前侵入した賊が触れた瞬間、槍を掴んだ腕が消し飛びましたからね。邪悪な心を持った妖が触れようものなら……その身は一片残らずこの世から消えて無くなるでしょう」
その話を聞いてしまうと、さしもの眞是守と阿多醐も躊躇いを隠せず全く手が出せません。やがて顔が引き攣り、大粒の汗が流れ始めました。
「大丈夫だよ……二人なら心配要らない」
突然口を開いた有太に皆が注目します。
「一緒に旅して来た俺は知ってるよ。マゼは偶に厳しい事を言うけど、俺や皆を想って言ってくれてたのは解ってる。そしていつも俺の事を優しい眼で見守ってくれてた。アタゴはいつも人を喰うだとか悪ぶってたけど……一度も本気で人を傷付けたり食べようとした事なんか無い。危ない時は守ってくれたり、荷物を持ってくれたり気遣いもしてくれる……そう、兄貴みたいだった。だから二人なら絶対大丈夫、俺は信じてるよ」
有太の眼は本当にそう信じて疑ってない眼です。その眼差しに、二人は何故か気持ちが落ち着き深く息を吐きました。
「悟られとったか、儂もまだまだ脇が甘いのう。そうじゃな……儂も一人になって長い。昔は仲間も身内もおったが、皆逝ってしもうて……天狗は今や儂一人になってしもうた。最初はただ、役目を担うお主を守っとっただけじゃったが……物を教える内に弟子の様に見え始め、今は孫の様に思っとる。これが清き心なのかどうかは判らんが……童が信じるならば、儂も信じよう」
胸の内を明かした眞是守は、安らかな表情で有太を見つめた後、躊躇わず槍を手に取った。だが何も起こらず、槍が眞是守を使い手として認めた事を意味しておりました。
「さ、次はアタゴね」
「ば、馬鹿言ってんじゃねえ! オレは鬼だ、清らかな心なんか持ってる訳ねえだろ。今まで人間を喰わなかったのは美味そうな奴が居なかっただけで、全部終わったらお前を喰うって約束もしてるだろ! オレにゃ絶対無理だ……」
鬼とは本来、残忍で凶悪な存在……阿多醐が無理と思うのも当然でありました。しかし、それでも有太は何も言わず信頼の眼差しで阿多醐を見つめ続けます。そのまま暫く動きがありませんでしたが、待ち飽きた眞是守が口を挟みます。
「情け無いのう……それでも怖いもの知らずの鬼か? 同胞の仇を討ちたいのではなかったのか? その様な無様を晒しおって……あの世で皆が嘆いておる事じゃろうて。この度胸の無い小心者めが」
「なんだと爺い! オレ様が怖がってるってのか!?」
「そうじゃ。違うと言うなら証明してみせい。どうせ獅子の所為でじわじわ死ぬも、ここで消えるも同じ事じゃ。ならば今こそ、潔い鬼の勇姿を見せてみぃ。そして獅子をその手で討ち取るのじゃ!」
「あぁやってやる……やってやるよ! 目ん玉ひん剥いてよぉっく見てやがれ! らああぁっ!! …………」
眞是守の言葉で頭に血が上った阿多醐は、槍の前に駆け寄って目を瞑って槍の柄をガッと握りました。眼を閉ざした阿多醐の手には、しっかり何かを握っている感触が有り、恐る恐る眼を開けると……自分の生存と槍を手に入れた事実を確認する事が出来たのでした。
「言ったでしょ、大丈夫だって」
「る、るっせえ! もう用が済んだんだから帰るぞ!」
阿多醐は照れ隠しに慌てて出て行こうとし、有太はそれを追い掛けます。残された眞是守と宮司はすぐに追わず、その場で少し言葉を交わします。
「おめでとう御座います、これで全てが揃いましたね」
「うむ。だが、まだ始点に立っただけじゃ。必要な物が揃い、これから準備をせねばならん。そして本番は天下無双の獅子との戦い……大変なのはこれからじゃ」
「そうですね。……一つ気になる言葉が有ったのですが……あの鬼と少年の約束というのは、本気なのですか?」
「本気じゃよ、少なくとも童はの。獅子を退治し、全国を回って穢れを祓った後自分を喰わせると。あの童は恐らく約束を守るじゃろう。しかし、それは彼奴らだけの約束、儂には関係の無い事じゃ。じゃから……その時は、儂が童を守るつもりじゃ」
「そうですか、余程あの少年が気に入ったのですね。さ、そろそろ行かなければ置いて行かれますよ?」
「ん、ではの」
宝物殿の外まで眞是守を送り、待っていた有太と阿多醐と共に帰路に着く一行見送る宮司は、彼らの後ろ姿に語り掛ける様に一人呟きます。
「天狗よ、心配しなくともその鬼は少年を喰おうとはしないでしょう。貴方と同じ様に、旅の中で彼の心も変わったのです。少年が彼を慕う様に、彼もまた少年が掛け替えの無い存在となっている事でしょう。貴方達になら我々の命運を託せます。宜しく……頼みましたよ」
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