鬼天の獅子舞

黒騎士

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風鳴りの天狗

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 僧侶市善と有太は風鳴りの山に辿り着き、深い樹木が茂る斜面を山頂に向かって登り続けておりました。市善は涼しい顔ですが、元気が取り柄の有太と言え少し辛そうです。

「市善様……天狗がこの山のどこに居るか知ってんの?」

「はい、なんとなく」

「なんとなくって……」

 文句を言っても自分だって当ては無い、ここは市善を信じ黙って付いて行ってみる事にしました。程なく山頂に近付き、何やら拓けた場所に行き着くと大きな樹の上から声が響いてきました。

『お主ら~、何者じゃ~?』

「旅の僧に御座います、この山に住まわれている天狗殿を訪ねて参りました!」

 市善は樹の上に届く様に声を張ると、樹の上から黒い影が地上に舞い降りました。

 ブオッ バサッ タッ

『ふむ……人がこの儂に何用かのぅ?』

 目の前に現れたのは……赤い肌に長い鼻、白く長い髭を蓄え金色の鋭い眼光、山伏の装束を着た老天狗でありました。

「私は獅子を退治する為に旅をしております。この度、貴方の御助力を得るべくやって参りました」と市善は頭を下げます。

『あの獅子を退治するとな? ふぉふぉ無駄な事を……世迷言には付き合ってられぬ』

「そう仰らず、先ずは話だけでも聞いて下さい。実は手土産に、梅干しと太刀魚の干物を持って参ったのです」

『ほほぉ、儂が梅が好物なのをよく知っとったのう! それに珍しい海の幸か……良かろう、その気持ちに免じて話だけは聞いてやろう。付いて参れ』

 天狗は上機嫌で、二人を住処である古いお堂に案内しました。天狗は二人に山の湧水で淹れた茶を出し、ギシギシ鳴る床に面と向かって座ります。そして早速、市善の手渡した小さな壷から梅干しをつまみ、美味しそうに一つずつ口に運び茶を啜り満足気に笑うのです。

『いやあ~~久々の梅干しは美味い! これで良い茶葉が有れば最高なんじゃがのお』

「気に入って頂けて何よりです。それでは、話を聞いて頂いて宜しいですか?」

『うむ。獅子退治か……儂もあれには迷惑しておる故、手を貸すのは吝かではない。だが……何の策も無いのであれば乗れぬわな』

「術は有ります。大陸より伝わりし巻物よりその手法を得ました。それによると……獅子は眠っている時は瘴気が薄まり、その時が好機である。霊笛と鎮守の鈴の音で獅子を惑わせ、魂太皷を叩き大気と地より霊気を集め、二本の破魔の槍に纏わせ突くべし……と」

『ほぉ……面白い』天狗は話を聞きながら髭を撫でる。

「必要な道具には当てが有ります。後は必要な人材……――」『――笛と太皷の奏者、槍の持ち手じゃな? たった四人で獅子に挑もうとは無謀じゃな』と天狗が割り込みます。

「いえ……もう一人、重要な役割を果たす者が必要です。それを担うにはとても貴重な才が要り、天に選ばれた者と言えるでしょう」

『何の役割じゃと言うんじゃ、鈴を鳴らすのか?』

「いいえ。この日の本は、獅子の瘴気によって穢れきっています。それを浄化出来るのは、獅子そのもの……頭を切り落とし、その歯を打ち鳴らせば周囲の穢れを祓い幸福を招くと言われています。しかし、死しても獅子の身体には呪いが残り、誰も触れる事は出来ません。その身に正の気を宿した強い心の持ち主で無ければ、その役を果たす事が出来ないのです」

『そんな者をどうやって探し出すのじゃ? たとえ獅子を退治したとしても、其奴がおらねば世は元に戻せんのなら意味が有るまい。探す手立てが無ければ儂は手伝わぬぞ』

「御心配無く、その者は既に見付けてあります。この……有太です」と市善は隣の有太に顔を向ける。

 急に注目され訳が分からず有太は戸惑います。獅子退治の方法だけでも彼には難しいのに、自分が選ばれた特別な人間だと言われ、頭が混乱して狼狽えるばかりです。天狗も信じられません、どう見てもどこにでも居るただの子供なのですから。

『このわっぱが!? どこが特別だと言うのじゃ!?』

「獅子の毛で編まれた布に触れさせ、彼を試しました。獅子の赤い毛糸で編まれた布は強力な力を秘めていますが、人の手で触れるとたちまち呪いを受け弱ってしまうのです。しかし、有太はその布を触っても平気でした。見て下さい、彼はこの瘴気に侵された地で、生気を失わず健康そのものです。彼とはここに来る途中立ち寄った里で、偶然泊まらせて頂いた家で出逢いました。私は……これは天が示された運命なのだと思ってなりません」

『ぬぅ……』

 天狗は有太の顔をマジマジと見つめ、髭を撫りながら考え込みます。しかしやがて納得し、話を前向きに進めようとします。

『奇な話じゃのう……いや、僥倖ととるべきじゃな。それで儂に何をさせたい? 今後の段取りが有るなら聞かせてみよ』

「天狗殿には、破魔の槍の持ち手の一人になって頂きたく思います」

『何じゃと!? 儂ら妖異を滅す槍を、この儂自らに持たせると言うか!?』天狗は驚き目を見開きました。

「獅子の瘴気の所為で、才有る者は皆弱り力を失いました。今戦う力を持つ者は……妖に近い者しか居ないのです」

『むう……』天狗は腕を組み顔を強張らせます。

「私はこれより道具の調達に向かいます。手続きや話を着けるのに時間が掛かりますので、その間に天狗殿と有太で残りの人材探しをお願いします」

「えっ!?」

 狼狽していた有太は一瞬で固まります。それもその筈、里の外に出た事の無い彼にとって市善は唯一信頼出来る道標の様な存在。そんな市善と突然別れ、人外の天狗と右も左も分からない世界を当ても無く人を探し歩かねばならないのです。

「先ずは二角峠に向かい、そこに住む鬼に会って下さい。それと……ここに神木より削り出した、霊笛と太皷のばちがあります。見込みの有る人を見付けたら、これを渡して試して下さい」

 市善はそう言って、道具の入った風呂敷ごと有太に手渡しました。

『う~~む、あの鬼か。一度会うた事は有るが、素直に聞き入れるとは思わんがのう? しかし、他に当ても無し……やってみるしか無いかの』

 天狗はいつの間にかその気になり、確認を取るまでも無く仲間になる事を受け入れたのでした。一晩を明かした翌朝、山の麓で三人は別れてそれぞれの行き先へと出発します。

「それでは、宜しく頼みましたよ」市善が微笑む。

「はい、市善様も気を付けて」有太が緊張を隠せない顔で返します。

『儂が付いとるのじゃ、そっちこそ抜かるでないぞ』天狗は有太の後ろで堂々と構えます。

 市善を先に見送り、有太も出発しようと天狗に声を掛けますが……

「じゃ俺らも行こうか、え~っと天狗さん?」

『む? そうか、まだ名乗っとらんかったか。儂の名は眞是守まぜのかみじゃ、間違うでないぞ童』

「はい、えっと……まぜのかみ……さん?」

 少々ぎこちないが、彼が悪い者ではないと思う有太は、なるべく打ち解けようと道中会話を続けるのです。有太は市善から託された荷物が入った風呂敷を背負い、眞是守は何が入っているか分からぬ木箱を背負い、人が寄り付かぬ二角峠に向けて歩き出したのでした。

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