鬼天の獅子舞

黒騎士

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災いの獅子

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 遠い昔……この日の本がいくつもの国に分かれていた頃、この地は自然に溢れ夜の闇はとても暗く妖達が息衝いておりました。

 そんな時、とある災いが日の本を恐怖の渦へと巻き込んだのです。〈獅子〉……紅い血の色をした体毛と六本もの脚があり、漆黒の闇の様な鬣が生え、黄金の瞳と牙を持つ怪物であります。
 獅子は人を好み、人里を襲っては何人も喰らい……その身からは瘴気を放ち、疫病を流行らせ多くの者を苦しめました。その金色の瞳に睨まれた者は恐怖の虜となり狂人と化し、全ての民は瘴気に当てられ心は絶望に支配されました。
 日の本中のお殿様が獅子退治に兵を挙げるも……瘴気に侵され、恐怖に飲まれ皆近付く事もままなりません。刃や矢はその身を傷付ける事すら叶わず……山すら崩すと言うその力で、全ての兵は肉片と化し餌食となってしまいました。

 獅子の猛威に、日の本の民は絶望の底へと突き落とされ……我が身が滅ぶ日を震えながら待つのみでありました。そんなある日、一つの希望を持った一人の僧がある山里を訪れた事で物語は始まるのです。
…………
……


 静かな山間、そこに小さな家が十程のほんの小さな山里が在りました。そこに住む者は、田畑を耕し山で山菜を採り、狩りをして慎ましく暮らしておったのですが……獅子が日の本に現れてからは、作物が育たず生き物も居なくなり、とても苦しい日々を送っておりました。とある家、細やかな夕飯を囲む家族にも危機が訪れ、やつれた母親がこう告げます。

「困ったね、もう食べる物が無いよ……」

「明日は山で何か採って来る」

 父親がそう言いますが、家族は皆それが無駄な事を理解しており暗い顔をしています。山に入っても山菜も茸も採れず、生き物はもう何年も見ていません。両親と三人の子供が飢え死にするのも時間の問題と思われました。すると――コンコン――と、木戸を叩く音が聴こえます。

「ん? こんな時間に誰だ? 有太ありた、出なさい」と父が長男に命じます。

 長男有太が戸を開けると、そこには錫杖を持ち笠を被り袈裟を着た一人の僧が立っておりました。

「もし、一晩の宿をお願い出来ませんか?」と僧が尋ねます。

「……悪いが、食わせる物が無い。この里も作物が採れなくなり、もう自分達が食い繋ぐ事も出来なくなっちまった」と父は答えます。

 旅の者……それも僧を泊めるなら食事を出すのが礼儀とされ、そうでなくとも今は他所者と関わりたくない程気が滅入っている父親は断りたいと思っていました。

「それでは……一宿のお礼に、この粟と僅かですが味噌をお納め下さい」

 そう言って僧は背負った風呂敷を下ろし、粟が入った小さな麻袋と味噌を包んだ包み紙を取り出してみせました。

「おお……ありがたや、感謝します」と父は手を合わせ迎えました。

「いいえ、感謝するのは此方です。一晩お世話になります」僧は笠を脱ぎ頭を下げます。

 その僧はとても美しく涼やかな顔をしており、食事の用意も断りただ一晩寝かせてくれるだけで良いと言う。しかし眠るにはまだ時は早く、暫く雑談に興じる事となり皆で世間話をしておりました。特に長男の有太は外の世界に強く興味を持ち、ウキウキと積極的に僧に問い掛けていたのです。

「――それで、お坊さんは何で旅してんの?」

「旅の目的ですか。それは……世を救う為に、獅子を退治する術を求めて旅をしています」

「獅子を退治!? 出来るのそんな事!? 殿様だって退治出来なかったって聞いたぜ?」

「ええ。実は獅子は遠く海を渡った大陸にも現れた事が有りましてね。古文書を読み解き、退治する方法と必要な道具はなんとか判明しました。今はその道具と人材を探す為に各地を巡っているのです」

 その話を聞き、さっきまでウキウキしていた有太の顔が真剣な表情になり……何かを決意した様に口を開きます。

「……お坊さん、その旅、俺にも手伝わせてくれ」

「な、何を言い出すんだいこの子は!?」母親は驚き声を上げます。

「どの道近い内に家を出るつもりだったんだ。獅子の所為でみんな苦しい思いをしてる……俺はみんな家族やこの日の本を助けたいんだ」

「有太……あんた……」母親が顔を崩す。

 両親は有太を止めようとはしませんでした。二人の大人、十三歳の有太と二人の弟妹……この食糧難の時であります、口減らしはよくある事でした。両親とて我が子を見送るのは身を切られる程に辛かったでしょうが、自分から言い出してくれた事は有難いと思ってもいました。それ故尚更、両親は罪悪感に苛まれ必死に涙を堪えるのでした。しかし、そんな事情を理解していない幼い弟妹は、出て行くと言う兄を止めようと身に縋ります。

「兄ちゃん、何で行くんだよ~!」
「やだよ~どこにもいっちゃやだあ~~!」

「心配すんな! 兄ちゃんは絶対獅子をやっつけてすぐに帰って来る。それまで、兄ちゃんの代わりに母ちゃんと父ちゃんの手伝いをするんだ。出来るか?」有太はそう言って二人の頭を撫でる。

「「……うん」」

 弟妹は返事をしたものの、本音は納得しておらず今にも泣きそうな顔で母親の元に駆け寄って行きました。僧はその様子を黙って見守っていましたが、有太は僧の前に正座し改めて同行を願い出ます。

「お坊さん、そういう事だから……途中まででいいから一緒に連れてってくれ。手伝える事が有るなら何でもする、お願いだ」

「……分かりました、共に行きましょう」

 事情は聞かずとも理解していた僧は同行を受け入れました。しかし一つの疑問を抱いていたのです。有太が出て行く理由は勿論口減らしでもあるのですが、獅子を退治する決意も本気であるというのも感じとれたからです。獅子の瘴気によって誰もが絶望し生気を失くしている中、有太は瞳に強い意志と力を感じ肌艶も良く元気が有り余っておりました。そこで僧は、一つ有太を試す事にします。

「有太、この布に触れてみてくれませんか?」

 僧は風呂敷から白い包みを取り出し、開くと中には赤い布切れが見えました。有太は言われた通り布にそっと触れてみますが……何の変哲も無いただの布としか思いませんでした。

「……見付けた。これぞ天のお導きか」

 僧は満足気に微笑を浮かべ、その夜は皆静かに眠りに就きました。翌朝、何の荷物も持たず有太は僧に伴い旅立ちます。家族は里の入り口まで見送り、有太は笑って手を振り返し寂しさは微塵も見せませんでした。彼はこれが今生の別れだとは思ってはいません、本気で獅子を退治しここに戻って来るのだと心に決めているからです。僧は家族に向け一礼し、道の先へと歩み始めます。有太もすぐ後を追い、彼の獅子退治の旅が幕を開けたのです。

「有太、これからよろしくお願いしますね。私の名は、市善いちぜんです」

「こっちこそよろしくな! それでこれからどこ行くんだ?」

「この先の風鳴り山です」

「風鳴り山? あそこは危ないんだぞ、天狗が棲んでるって話だぜ?」

「はい、その天狗に用が有るのです」

 いったい天狗に何の用があると言うのでしょう。こうして二人は、天狗が棲むと言う風鳴り山に向かうのでしたが……慣れない旅に果たして有太は付いて行けるでしょうか。

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