タケノコドン

黒騎士

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タケノコドンⅢ――邪神獄臨――

地獄の窯の蓋が開く時

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 とある九州の深い山間。ここに人知れず隠された秘密の施設が存在する。続く道も無ければ電線すら通っておらず、人里離れた辺鄙な森の中で誰も気付く事も無い。その筈なこの場所にたった1人だけ、不気味な男が何やら怪しい研究と実験を繰り返していた。
 所々切れた電灯が照らす黴臭い薄暗がりの通路の先、この施設で一番大きな実験室が在る。室内は異様で、バイオハザードマークや髑髏が描かれた大量の容器が壁の様に積み重ね並べてあり、最奥の大きなガラス水槽には気味の悪い色をした液体の中に何かが浮かんでいる。それは何と、様々な器具や管が刺さったタケノコドンの小型幼体であった。それをまじまじと眺める白衣を着た男は、不衛生で痩せこけながらも眼だけはギラつかせ、何やら物思いに耽っている様子だった。

(長かった……ここまで来るのに二十余年。やっと奴らに思い知らせてやれる時が来た。思い返せば子供の頃、蔵で古びた手記を見付けた時から運命は決まっていたのかもしれない。
 ここは旧帝国時代の秘密軍事施設で、表沙汰に出来ない非人道的な実験や兵器の開発をしていた場所だという。先祖はその関係者だったらしく、ここが閉鎖された後は秘匿し管理する密命を受け動いていた。手記にはその様な事を暗号で記されてあったが、俺は齢8つにしてその旧日本軍の暗号を解読してしまった。そして13歳でここを見付け出し、文字通り秘密基地として遊び場にしていた。だがやがて、この施設に在った物を知り血の気が引いた。遺されていた毒や兵器を始めに実験で変貌した検体の標本、後の世に違法になった化学薬品や放射性廃棄物の隠し場所として半世紀前まで利用されていたのだ。それから俺はこの場所には近付かなくなった。
 その後高校を出てMITを卒業。複数の博士号を取り天才と称され、世界を変えていく人間だと持て囃されたが……そんな俺に嫉妬し理解出来ない凡愚共に学界を追放された。論理に欠けるだの非常識だのと宣っていたが、俺の頭脳にお前達の理解が追い付いてないだけだ。だから理解り易く、あのタケノコドンが現れた際にその利用法を提唱してやった。無限に増殖し攻撃性が無く、実験や品種改良も容易い。奴らから新たな資源やエネルギーを得られるかもしれんし、効率的な廃棄物処理法を作り出す事も出来る。将来的には火星のテラフォーミングにも活躍するだろう。
 それなのに……奴らがそれを認められないなら、俺自らが証明してやる。優秀なハッカーを使いタケノコドンの起源は掴んでいる。莫大な霊的エネルギーと怨霊が人の思念によって融合した存在。その再現は不可能だが……劣化品とは言え既に出来上がったこの現物が有れば、足りない物を足してやるだけで原種を超える物が作り出せる筈だ。餌は十分用意した。後は霊的エネルギーだけだったが……それがネットオークションで手に入るとは思ってなかったな。試しにめぼしい物をいくつか取り寄せてみたが、まさか本物を引き当てるとは……これは正に僥倖というもの。後はを完成させれば……)

 そう思いながら男は懐から取り出したナニかを左手に持ち替え、右手で撫でながら狂気じみた笑みを浮かべていた。が突然、背後からバァンと大きな音が響いた。驚き振り向いた男が見たものは、ドアを蹴破り駆け込んで来た特殊部隊風な男達と、遅れてやって来た場違いなロングコートの男の姿だった。忽ち包囲されライフルの銃口を向けられた白衣の男に、コートの男が語りかけた。

「そこまでだ、奥浪 三張。青森県警の北野だ。お前を逮捕する」

「北野? そうかお前が……何の容疑で? 令状は?」

「現行犯で十分だろう? こんな危険物貯め込んで……ここの動力も小型核融合炉だそうだな」

「何故そんな事まで知っている? この場所だって知っている者は限られて……まさか! あの骸骨野郎、リークしやがったのか⁉︎」

「ふっ……良い人間を信用したものだな」

「ググッ……裏の世界で一番信用出来ると言うから使ってやったのに、あの畜生がっ‼︎」

「裏の人間だろうが、世界の命運と仕事じゃ天秤にかけるまでも無いと判断しただけだろう」(ま、一番の理由は、前金だけ払っておいて後払いの報酬を踏み倒したからだがな。一見のツケなんぞ、まして裏の人間に通用する訳が無いのに。ナメられたと相当怒ってたぞ)

「世界の命運? それは破滅という意味か? 俺の研究は寧ろ革新的でより良い未来の創造に繋がるものだというのに」

「それが後ろのタケノコドンと何の関係が有る?」

「判らんか? 品種改良したタケノコドンは無限の恩恵を齎してくれる。土壌改良に、竹だけでなく食用の野菜や果実を実らせる事が出来れば食料問題が即解決する。宇宙なら、シャトルやステーションに1匹置いておくだけで水と空気の清浄を担わせる事も可能になるだろう。海底牧場ならぬ海底都市の開発も進むな」

「本気で言っているのか? もし暴走して危険な性質に変異したらと考えないのか?」

「勿論、その為の研究と実験だ。何も確かめもせずにリスクだけ提唱するのは愚の骨頂。誰もそうやって理解しようとしない……お前もそうか。ならばこれ以上語る必要も無い。互いに譲れないならば押し通るまでだ……コイツを使ってな」

 奥浪の言葉を隊員達はタケノコドンを意味するものと捉えたが、北野だけは奴がその手に持つ異様な物に一目見た瞬間から危機感を抱いて注視していた。

「そんな物を一体何処でどうやって手に入れた?」

「その反応を見るにコレは本物の様だな。正直コレばかりはここに至るまで半信半疑だったのだが……お前のお陰で確信が持てた」

「それがどんな物なのか理解しているのか?」

「都市伝説では割と有名だろう? 今流行りの言葉で言えば、特級呪物……リンフォン。地獄の門だとかコレ其の物が地獄だとか諸説有るが、強大な霊的パワーを内に秘めた代物である事は確かなようだ。そんな物がネットで手に入るのだから世も末だな」

「悪い事は言わん、今すぐ手放せ。それを開けたが最後、お前自身どころか下手すれば世界がどうなるか判らん」

「望むところだ。俺を認めん世界なんぞ、いっそ壊して作り直してやる」

「そんな便利で都合の良い物じゃない。警告する、今すぐそれを床に置いて二歩下がって跪け。指示に従わない場合は容赦しない」

「出来るのか? 平和ボケした日本の警察や兵士が、いくら訓練しても人を撃ち殺す経験なんぞ有る訳も無い。そこで我が偉業の始まりを見届けてればいい」

 そう言って奥浪がリンフォンに右手をかけようとした次の瞬間――パァンと1発の銃声が響き、奥浪の右肩から鮮血が飛んだ。傷口を抑え苦悶の表情と憎々しい目で拳銃を向ける北野を睨む。

「生憎、視てきたものが違うんだ。彼らも覚悟は出来ている。これが最後の警告だ、指示した以外の動きをすれば命の保証は無い。只でさえ表に出せない案件だ。お前毎闇に葬られるところ温情をかけられてる事忘れるな」

「何が温情だ……俺がどれだけの年月を費やしたと思ってる。この為だけに生きてきた。それが叶わんなら……死んだ方がマシだ‼︎」

 咄嗟に振り返り、駆け出そうとした瞬間――隊員達の銃弾が奥浪を貫いた。致命傷を受け倒れ伏し、血溜まりを作りながら呻きを上げる。激痛、流血による脱力感、そして脳裏に浮かぶ走馬灯……蘇るのは己を蔑んだ憎い者共の記憶ばかり。

「ち……しょ……こ……して……や……みんな…………こん……せかい……ほろんで、しまえぇ……」

 今際の際にすら怨嗟と妄執に支配された男は残された力を振り絞り、左手に持つソレを強く握り締めた。すると――カキンと、まるで彼の意を汲み取ったかの様にソレは瞬時に形を変えた。先程まで何を象った物かも判別出来なかったソレは、今は一目で魚と思える形で手に収まっている。それを認めるや否や、北野は叫びながら駆け出していた。

「マズい! 全員逃げろおおっ‼︎」

 状況が理解出来ず即座に反応出来なかった隊員達は実験室から逃げ出そうとした直後、混沌に呑まれた。奥浪の手元から溢れ出した混沌は球状に拡がり、全てを呑み込みながら徐々に拡大していく。施設から溢れて山毎呑み込み、拡大を止めた混沌はやがて何か形作り始めた。
 間一髪混沌から1人逃げ延びた北野は、車を走らせながらただならぬ汗を流し焦りの色を浮かべていた。

(なんて事だ……地獄が溢れた。このままでは、世界が……世界其の物が地獄に変わる)

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