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大怪獣タケノコドン
願い
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――井戸端町――
タケノコドン活動再開から2日。安全確認が取れ帰宅許可が出たカエル園の面々は、住み慣れた園へと戻り日常を取り戻しかけていた。ところがその矢先、小型怪獣の群れが各地に分散した事により東北地方には緊急事態宣言が発令。小中高学校は臨時休校となり、他の地方では戒厳令が発令されるまでとなった。外遊びが常の快活な園の子供達は、自宅待機のこの状況に相当なストレスを感じていた。特に一番出たがりのダイは養母のハルカ先生に少しだけと懇願するも「駄目です」の一言で一蹴され、不貞腐れた様に窓から外を眺めてボーっとしている。そんな今日、戒厳令を無視してまでとある取材クルーが園を訪問していた。快く迎えた園の一同は、2人を居間に通し挨拶を交わすのだが。
「どうもこんな時にすみません。ディレクター兼アシスタント兼カメラマンの青山麻美です」
「こんな時ですのに、報道の方々は大変ですねえ」
「いえまあ、報道と言ってもローカルのケーブル局ですので。ホラ、あんたも挨拶」
「インタビュアーを務めます、甲斐美弥子です。趣味は映画鑑賞、好みは香港映画です」
「あんた、合コンじゃないんだから……すみません、一応この子なりの処世術のつもりの様で」
「僕も香港映画好きです!」
「あらそう! 俳優誰好き? ジャッキー? ブルース? それともジェット?」
「サモハン、ウンピョウ、ドニー」
「通だね~! あなたとは気が合いそう」
「ンッンン!! 本当はもう少し人数が来る筈だったんですが……怪獣の方に割かれたうえ戒厳令で大人数だと動き難いとの事で」
「でも、取材はキチンとさせて頂きますので、宜しくお願いします!」
「ウチでお役に立てるのでしたら、はい」
「では先ず、家族構成からお聞きしてもいいですか?」
「はい。ウチは全部で7人で、大人は私1人に、高校生が2人と小学生の子が4……あら? ダイちゃんは?」
「まだ窓の所に居るんじゃないの?」
「あらやだ。ちょっと呼んで来てくれない?」
ハルカ先生に頼まれ小学生グループが二階の部屋へと駆け上がり、未だ崩れた裏山を眺めるダイに声を掛ける。
「ちょっと何やってんの、早く来なさいよ」
「…………」
「アンタ、まさかまだ根に持ってわざとハルカ先生困らせてんの?」
「ミーちゃん、ダイちゃんはそんな子じゃないわよ。ねえダイちゃん、どうしたの?」
「…………」
「ダイちゃん……ずっと何か考え込んでるでしょ。あの刑事さんが来た日から」
「…………シンちゃんよぉ、タケノコドンの事どう思う?」
「どうって?」
「何であんなもんがあそこから出て来たのかとか……何がしたいんだろうとか」
「そんなの分かるわけないよダイちゃぁん」
「……俺さあ、怪獣見たいって書いたんだよね」
「……?」
「短冊、お願い」
「それは……偶然でしょ。七夕で願いが叶ったなんて、そんな事あるわけが」
「花は咲いたぜ?」
「花?」
「よしえのお願い、見た事もない花だったよな?」
「え、うん」
「お前、何て書いた?」
「学校休みにして欲しいって」
「だろ? 他愛無い内容だって3つも書いた通りになるなんて偶然で済むか?」
「え、いや、でも……」
「その話、詳しく聞かせて貰えないかしら」
「……誰?」
そこには、いつまで経っても戻って来ない子供達を呼びに来た那由子とクマ、そしてそれに着いて来た取材クルーの2人が立っていた。ダイの話に関心を持った彼女達は、カメラを回しながらメモを取り一から詳細に話を引き出していった。その内容は子供の空想に思われそうであるものの、怪獣の動向に絶妙に付随しており彼女らの興味は大いに掻き立てられた。特に甲斐女史はブツブツと独り言を発しながら思考を巡らせ、その手に持ったペンを器用に回し始めた。その速さは見る見る加速し動きは複雑化して、いつの間にか皆の視線は釘付けになっていた。
「姉ちゃん凄え……摩擦で火が点きそう」
「みやこ! まだインタビューの途中!」
「あ、ゴメン」
――一方その頃、すっかり人の減った特殊災害対策本部。依然指揮を預かる上條ではあったが、各地から上がる報告を纏めつつも何も行動出来ないもどかしさと、その内容に理解の追い付かない状況に頭を抱えていた。
「もう一度確認する。計器は正常なんだな?」
『はい、2台とも数値は水準を大きく下回っています』
「怪獣の通過した被爆地の放射線量が劇的に低下しただと? それも処理水のタンクまで破壊し飲み干した……奴らのエネルギー源は放射能だとでもいうのか? ……小型幼体の様子は?」
「依然、変わり有りません。森林、市街地所構わず通行。その進路に法則性は無く、破壊行動や対人への攻撃行動も一切見られません。ただ、ゴミ集積所や廃棄場を襲撃しゴミを捕食して排泄物を出すといった異常行動が見られました。排泄された物質を解析に回したところ、リンや窒素といった自然界にありふれた有機物で構成されており、現状無害な物だという事です」
「…………大型の方は?」
「福島第一原発寸前で停止し20時間の沈黙の後、西に転進し以後都市部を避け関東方面へ移動中」
「つまり、被害らしい被害はゴミだけで、ほぼ実害の無い状態を維持しているという事か?」
「そうなるかと」
「そんな都合の良い事が有るか‼︎ ゴミを食べ放射線を吸い、人を避けて通る有益な怪物なんて……子供の絵空事の様なモノが居てたまるかっ‼︎」
上條は強い怒気を発しながらデスクに拳を振り下ろした。事態のあまりの好転ぶりに、これまでの自分の行動が全て否定された気がして感情のコントロールが出来なくなる寸前まで混乱し始めていた。場が静まり返ったその時、開け放たれた扉から見慣れぬロングコートの男が声を上げた。
「その絵空事が現実に起きてるんですよ」
「誰だお前は? ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「顔を見て話すのは初めてですね。青森県警の北野です」
「っ、貴殿が。申し訳ない、見苦しい所をお見せした」
上條は謝罪しながら歩みより、2人は握手を交わした。付き合いはほぼ無い間柄の2人だが、共に驚天動地の重大事に立ち向かい少なからず言葉を交わした事で戦友に近いシンパシーを感じていた。
「お恥ずかしい話です。最初から最後まで私のやった事は無駄どころか、ただ悪戯に被害を広げただけでした……」
「そんな事はありません。結果的にそうなっただけで、貴方はその時々に最善を尽くされた。あの即断力は賞賛されるべきです。結果的に“何もしない”のが正解だったとしても、それを選択出来た人間は先ず居なかったでしょうから。一度でもその選択が出来た貴方はやはり優秀な指揮官でしたよ」
「過分な賛辞、痛み入ります。しかし、今後何が起きるのか……何をすべきか……何も分からず頭を抱えるばかりです。情け無い」
「その答えが、ここにあります」
そう言って北野はスマホを取り出し画面を上條に向け、ある動画を再生する。
「これは……例の第一発見者の少年?」
「とあるローカル番組の映像です」
『タケノコドンは俺達が七夕に短冊に書いた願いに沿って行動してるんだ。俺は、怪獣が見たいと書いた。こいつは学校が休みになる様にって。見た事も無い花が見たい、環境問題改善……全部その通りになった。信じらんねえかもしれねえけど――』
「この言葉が事実だと?」
「僕の仮説を覚えておられますか?」
「確か、強い潜在能力を持った少女の霊力と念が篭った短冊をキッカケに、龍穴という莫大な霊的エネルギーと怨霊が融合したという話でしたか?」
「その通り。しかし僕は失念していたんです……彼女が願いを叶えたのは、怨霊だけではなかった事に」
「えっ?」
「今の仮説が正しいとして。彼女の分の短冊だけでなく、他全ての短冊にも彼女の霊力が流入していたとしたら」
「あ……」
「そもそも、龍穴の力を取り込んだだけでは怨霊はただ強大な力を得て大怨霊や禍ツ神といった高位霊的存在へと謂わばパワーアップするだけ。怪獣という突飛な存在に転化した事こそ、彼らの願いも取り込んだという証拠です。特にゴミ……中でも放射性物質や資源に還元されないビニールやプラスチック製品を有機物に変換するなど、他に説明が付きません。即ち怨念が浄化された今、アレは正に純真な子供達が思い描いた無垢な願いの化身なのです」
「だとすれば、アレの行き着く場所は?」
「5つの願いの最後の1つ……それは――」
――2日後。タケノコドンは遂に富士山へと辿り着いた。日本の象徴たる富士に大怪獣が登頂するという信じ難き一大ショーを、世界中の人間がリアルタイムでテレビの向こうから見守った。斜面を滑り岩肌を削りながら、怪獣は着実に頂上へと近付いていく。そしてもうすぐ山頂という所で突然脚を止めた。登山道や山頂を潰すのを躊躇したのか、怪獣は迂回し、今はもう閉じた山頂カルデラの内部に降り立ち丁度中心で静止した。暫しの沈黙の後、天を仰ぎながら一声の長い鳴き声を上げた。
グゥオオオオオオオンンン……
それは力の篭った咆哮ではなく、青い澄み切った空に融ける様な儚げな声だった。まるで溜まった仕事をやり終えた後、伸びをしながら上げる「終わったあ」という掛け声にも似ていたかもしれない。それを合図に怪獣の体に異変が起き始める。緑の光に包まれながら全身の表皮が剥がれ落ち、体の形状が見る見る変化していく。腕が縮み脚は広がって左右繋がり頭頂から間伸びしていく。やがて光が消えると、歪な形をした巨大な一本の竹へとタケノコドンはその姿を変えた。
その後、日本は復興と新たな道を歩み出す。拡散したタケノコドンの幼体は以後も自己増殖と拡散を続け、各地で汚染物を浄化してはまた違う地へ。個体によっては地に根を張り、大きな青竹へと姿を変え、中には面白い花を咲かせるものも有った。海へと姿を消した者も多く、いつかは遥か海を越えて世界中で浄化をし続けていくのかもしれない。人類はこの新たな環境を受け入れ順応していくのだろうか。その答えが出るのは、まだ少し先のお話。
全ての願いを叶え、タケノコドンはその役割を終えた。富士の頂きで静かに眠りに就いたその日、人知れず起きた小さな奇跡が有った。
その身の一点が黄金色に輝き、段々上に向かって登って行く。それはやがて頂点の先端から飛び出し、淡く搔き消えながら空高く舞い上がって行った。それは核となった人の魂。怨みを晴らし浄化された彼は漸くこの世の軛から解放され天へと昇った。その巨竹の先端部には、色取り取りの紙の飾りと、願いが書かれた6枚の短冊がヒラヒラと風に揺られていたという。
タケノコドン活動再開から2日。安全確認が取れ帰宅許可が出たカエル園の面々は、住み慣れた園へと戻り日常を取り戻しかけていた。ところがその矢先、小型怪獣の群れが各地に分散した事により東北地方には緊急事態宣言が発令。小中高学校は臨時休校となり、他の地方では戒厳令が発令されるまでとなった。外遊びが常の快活な園の子供達は、自宅待機のこの状況に相当なストレスを感じていた。特に一番出たがりのダイは養母のハルカ先生に少しだけと懇願するも「駄目です」の一言で一蹴され、不貞腐れた様に窓から外を眺めてボーっとしている。そんな今日、戒厳令を無視してまでとある取材クルーが園を訪問していた。快く迎えた園の一同は、2人を居間に通し挨拶を交わすのだが。
「どうもこんな時にすみません。ディレクター兼アシスタント兼カメラマンの青山麻美です」
「こんな時ですのに、報道の方々は大変ですねえ」
「いえまあ、報道と言ってもローカルのケーブル局ですので。ホラ、あんたも挨拶」
「インタビュアーを務めます、甲斐美弥子です。趣味は映画鑑賞、好みは香港映画です」
「あんた、合コンじゃないんだから……すみません、一応この子なりの処世術のつもりの様で」
「僕も香港映画好きです!」
「あらそう! 俳優誰好き? ジャッキー? ブルース? それともジェット?」
「サモハン、ウンピョウ、ドニー」
「通だね~! あなたとは気が合いそう」
「ンッンン!! 本当はもう少し人数が来る筈だったんですが……怪獣の方に割かれたうえ戒厳令で大人数だと動き難いとの事で」
「でも、取材はキチンとさせて頂きますので、宜しくお願いします!」
「ウチでお役に立てるのでしたら、はい」
「では先ず、家族構成からお聞きしてもいいですか?」
「はい。ウチは全部で7人で、大人は私1人に、高校生が2人と小学生の子が4……あら? ダイちゃんは?」
「まだ窓の所に居るんじゃないの?」
「あらやだ。ちょっと呼んで来てくれない?」
ハルカ先生に頼まれ小学生グループが二階の部屋へと駆け上がり、未だ崩れた裏山を眺めるダイに声を掛ける。
「ちょっと何やってんの、早く来なさいよ」
「…………」
「アンタ、まさかまだ根に持ってわざとハルカ先生困らせてんの?」
「ミーちゃん、ダイちゃんはそんな子じゃないわよ。ねえダイちゃん、どうしたの?」
「…………」
「ダイちゃん……ずっと何か考え込んでるでしょ。あの刑事さんが来た日から」
「…………シンちゃんよぉ、タケノコドンの事どう思う?」
「どうって?」
「何であんなもんがあそこから出て来たのかとか……何がしたいんだろうとか」
「そんなの分かるわけないよダイちゃぁん」
「……俺さあ、怪獣見たいって書いたんだよね」
「……?」
「短冊、お願い」
「それは……偶然でしょ。七夕で願いが叶ったなんて、そんな事あるわけが」
「花は咲いたぜ?」
「花?」
「よしえのお願い、見た事もない花だったよな?」
「え、うん」
「お前、何て書いた?」
「学校休みにして欲しいって」
「だろ? 他愛無い内容だって3つも書いた通りになるなんて偶然で済むか?」
「え、いや、でも……」
「その話、詳しく聞かせて貰えないかしら」
「……誰?」
そこには、いつまで経っても戻って来ない子供達を呼びに来た那由子とクマ、そしてそれに着いて来た取材クルーの2人が立っていた。ダイの話に関心を持った彼女達は、カメラを回しながらメモを取り一から詳細に話を引き出していった。その内容は子供の空想に思われそうであるものの、怪獣の動向に絶妙に付随しており彼女らの興味は大いに掻き立てられた。特に甲斐女史はブツブツと独り言を発しながら思考を巡らせ、その手に持ったペンを器用に回し始めた。その速さは見る見る加速し動きは複雑化して、いつの間にか皆の視線は釘付けになっていた。
「姉ちゃん凄え……摩擦で火が点きそう」
「みやこ! まだインタビューの途中!」
「あ、ゴメン」
――一方その頃、すっかり人の減った特殊災害対策本部。依然指揮を預かる上條ではあったが、各地から上がる報告を纏めつつも何も行動出来ないもどかしさと、その内容に理解の追い付かない状況に頭を抱えていた。
「もう一度確認する。計器は正常なんだな?」
『はい、2台とも数値は水準を大きく下回っています』
「怪獣の通過した被爆地の放射線量が劇的に低下しただと? それも処理水のタンクまで破壊し飲み干した……奴らのエネルギー源は放射能だとでもいうのか? ……小型幼体の様子は?」
「依然、変わり有りません。森林、市街地所構わず通行。その進路に法則性は無く、破壊行動や対人への攻撃行動も一切見られません。ただ、ゴミ集積所や廃棄場を襲撃しゴミを捕食して排泄物を出すといった異常行動が見られました。排泄された物質を解析に回したところ、リンや窒素といった自然界にありふれた有機物で構成されており、現状無害な物だという事です」
「…………大型の方は?」
「福島第一原発寸前で停止し20時間の沈黙の後、西に転進し以後都市部を避け関東方面へ移動中」
「つまり、被害らしい被害はゴミだけで、ほぼ実害の無い状態を維持しているという事か?」
「そうなるかと」
「そんな都合の良い事が有るか‼︎ ゴミを食べ放射線を吸い、人を避けて通る有益な怪物なんて……子供の絵空事の様なモノが居てたまるかっ‼︎」
上條は強い怒気を発しながらデスクに拳を振り下ろした。事態のあまりの好転ぶりに、これまでの自分の行動が全て否定された気がして感情のコントロールが出来なくなる寸前まで混乱し始めていた。場が静まり返ったその時、開け放たれた扉から見慣れぬロングコートの男が声を上げた。
「その絵空事が現実に起きてるんですよ」
「誰だお前は? ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「顔を見て話すのは初めてですね。青森県警の北野です」
「っ、貴殿が。申し訳ない、見苦しい所をお見せした」
上條は謝罪しながら歩みより、2人は握手を交わした。付き合いはほぼ無い間柄の2人だが、共に驚天動地の重大事に立ち向かい少なからず言葉を交わした事で戦友に近いシンパシーを感じていた。
「お恥ずかしい話です。最初から最後まで私のやった事は無駄どころか、ただ悪戯に被害を広げただけでした……」
「そんな事はありません。結果的にそうなっただけで、貴方はその時々に最善を尽くされた。あの即断力は賞賛されるべきです。結果的に“何もしない”のが正解だったとしても、それを選択出来た人間は先ず居なかったでしょうから。一度でもその選択が出来た貴方はやはり優秀な指揮官でしたよ」
「過分な賛辞、痛み入ります。しかし、今後何が起きるのか……何をすべきか……何も分からず頭を抱えるばかりです。情け無い」
「その答えが、ここにあります」
そう言って北野はスマホを取り出し画面を上條に向け、ある動画を再生する。
「これは……例の第一発見者の少年?」
「とあるローカル番組の映像です」
『タケノコドンは俺達が七夕に短冊に書いた願いに沿って行動してるんだ。俺は、怪獣が見たいと書いた。こいつは学校が休みになる様にって。見た事も無い花が見たい、環境問題改善……全部その通りになった。信じらんねえかもしれねえけど――』
「この言葉が事実だと?」
「僕の仮説を覚えておられますか?」
「確か、強い潜在能力を持った少女の霊力と念が篭った短冊をキッカケに、龍穴という莫大な霊的エネルギーと怨霊が融合したという話でしたか?」
「その通り。しかし僕は失念していたんです……彼女が願いを叶えたのは、怨霊だけではなかった事に」
「えっ?」
「今の仮説が正しいとして。彼女の分の短冊だけでなく、他全ての短冊にも彼女の霊力が流入していたとしたら」
「あ……」
「そもそも、龍穴の力を取り込んだだけでは怨霊はただ強大な力を得て大怨霊や禍ツ神といった高位霊的存在へと謂わばパワーアップするだけ。怪獣という突飛な存在に転化した事こそ、彼らの願いも取り込んだという証拠です。特にゴミ……中でも放射性物質や資源に還元されないビニールやプラスチック製品を有機物に変換するなど、他に説明が付きません。即ち怨念が浄化された今、アレは正に純真な子供達が思い描いた無垢な願いの化身なのです」
「だとすれば、アレの行き着く場所は?」
「5つの願いの最後の1つ……それは――」
――2日後。タケノコドンは遂に富士山へと辿り着いた。日本の象徴たる富士に大怪獣が登頂するという信じ難き一大ショーを、世界中の人間がリアルタイムでテレビの向こうから見守った。斜面を滑り岩肌を削りながら、怪獣は着実に頂上へと近付いていく。そしてもうすぐ山頂という所で突然脚を止めた。登山道や山頂を潰すのを躊躇したのか、怪獣は迂回し、今はもう閉じた山頂カルデラの内部に降り立ち丁度中心で静止した。暫しの沈黙の後、天を仰ぎながら一声の長い鳴き声を上げた。
グゥオオオオオオオンンン……
それは力の篭った咆哮ではなく、青い澄み切った空に融ける様な儚げな声だった。まるで溜まった仕事をやり終えた後、伸びをしながら上げる「終わったあ」という掛け声にも似ていたかもしれない。それを合図に怪獣の体に異変が起き始める。緑の光に包まれながら全身の表皮が剥がれ落ち、体の形状が見る見る変化していく。腕が縮み脚は広がって左右繋がり頭頂から間伸びしていく。やがて光が消えると、歪な形をした巨大な一本の竹へとタケノコドンはその姿を変えた。
その後、日本は復興と新たな道を歩み出す。拡散したタケノコドンの幼体は以後も自己増殖と拡散を続け、各地で汚染物を浄化してはまた違う地へ。個体によっては地に根を張り、大きな青竹へと姿を変え、中には面白い花を咲かせるものも有った。海へと姿を消した者も多く、いつかは遥か海を越えて世界中で浄化をし続けていくのかもしれない。人類はこの新たな環境を受け入れ順応していくのだろうか。その答えが出るのは、まだ少し先のお話。
全ての願いを叶え、タケノコドンはその役割を終えた。富士の頂きで静かに眠りに就いたその日、人知れず起きた小さな奇跡が有った。
その身の一点が黄金色に輝き、段々上に向かって登って行く。それはやがて頂点の先端から飛び出し、淡く搔き消えながら空高く舞い上がって行った。それは核となった人の魂。怨みを晴らし浄化された彼は漸くこの世の軛から解放され天へと昇った。その巨竹の先端部には、色取り取りの紙の飾りと、願いが書かれた6枚の短冊がヒラヒラと風に揺られていたという。
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